孔井元弘 こと 御当地ヒーロー「風天(ヴァーユ)」
「なぁ……お前んとこ保険は下りるの?」
俺は駅ビルの同じフロアに入っていた、ちゃんぽん屋の店長にそう言った。
俺と奴の視線の先には……壊れた駅ビルが有った。
この駅ビルの一番損害が酷い階に、俺の「表」の商売であるうどん屋の店舗が有った訳だ。
営業再開まで数ヶ月。
ビルだけじゃない。
電気・水道・通信。地下に有るインフラ網のダメージもかなりデカい。
先月半ばのあの事件から二〇日以上……この辺りでは……未だに携帯電話の接続が悪い。
まず、基地局を動かす為の電線が寸断されてる。
そして、基地局が動いても、その先のネット回線も寸断されてる。
「満額じゃなかけど……何とか……。でも……次の保険の契約更新で、保険料上がると云う話じゃ……」
「ウチもだ……」
一応は、保険会社も支払い対象と認めてくれて……「テロ・異能力犯罪保険」の保険金は下りる事になった。
とは言っても、世間一般では知られてないタイプの「異能力者」による馬鹿みてぇな……最早、犯罪って言うより災害レベルの事件だったんで、揉めに揉めて、結局「異能力犯罪」じゃなくて「テロ」扱いになったが……。
「ところで従業員の給料……どうする気ね?」
奴はそう聞いてきた。
「ああ、3〜4ヶ月の間だけだが……正社員の分は……三分の二ぐらいは保険で出せる。バイトは西鉄の駅前の支店に入れるか……新しいバイト先を紹介した」
「お……おい、待て、そんな保険のコースが有ったのかよ?」
「ああ……」
「知らんかった……」
「こんな御時世に迂闊だろ、そりゃ」
「いや……まさか、九州でも、あんな事が有るとか思いも……」
二〇〇一年九月一一日。「この世界には『普通の人間に無い能力』を持つ者が山程居て……しかも、その『能力』の多くは現代の科学では理屈が説明出来ない」……世間一般がそう知ってしまった日。
あの日、俺達は……結構、いい齢だった。
それから二十年以上……いや三十年近くが経った。
「今ん時代……世界中どこでも……こんな事は起き得るんじゃねえのか?」
「言うても仕方無かが……何ちゅ〜御時世になったんじゃろ……」
「あんた……いくつだったっけ?」
「……六十五……」
「どんな時代も……年寄は若い頃とは違う世界で生きていかなきゃいけねのに変りは無かったんだよ……。俺達の時代は……それが少しばかり極端だっただけさ……。『時代の変わり目』じゃなかった時代なんて無ぇよ……」
「何ね。あんたらしくも無い……。どっかの学者先生みたいな事を言うて……」
「あれ……何やってんですか?」
その時、若い女の声。
「小僧……今日が入学式か?」
自転車から声をかけたのは、俺の「裏」の仕事である「御当地ヒーロー」「正義の味方」の……「見習い」だった瀾だ。
「ええ……」
「おや……ウチの常連さんじゃなかね?」
「待て……お前……お前の親父や伯父貴とは長い付き合いだったのに……ウチの商売敵の所に行ってたのかよ⁉」
「ああ……そう言や……お父さんらしか人と一緒の事が多かったような……」
「ええっと……」
その時、少し先から「おい、高木、行くぞ」と云う声がした。
「あ……クラスメイトが待ってるんで、その話は、別の機会に……。おい。自転車の2人乗りは危ないぞ」