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入学式の朝

「瀾ちゃんさぁ……何で、ヌイグルミを3つも抱いて寝てんの?」

 あたしは……両親の離婚で、赤ん坊の頃から別々に育ったけど、高校進学を機に一緒に暮す事になった双子の姉を起そうとしていた。

 ただし……姉の瀾ちゃんは……ベッドの中で、十年ほど前の子供向けアニメに出て来た恐竜のヌイグルミを抱いて寝ていたのだ。それも複数個。

「『3つ』って言い方は……ちょっと差別的じゃないか?」

「へっ?」

「せめて、3人とか……」

「意味が判んないよ、瀾ちゃん」

「前々から思ってたが、日本語はやっぱり言語として不完全だ。人間より高等な生物を数える為の助数詞が無い」

「仮に恐竜が人間より高等な生物だとしても、それは恐竜そのものじゃないよ。あくまで、恐竜のヌイグルミ」

「寂しい事を言うな……」

「それはいいから、とりあえず、あたしの最初の質問に答えて」

「いや……その……ガジくんをガールフレンドのスーちゃんから引き離して、私が抱いて寝るのは……何か不道徳な気がしてな……」

 そう言って瀾ちゃんは、とぼけた顔の「ガジくん」と、ちょっと恐い顔の「スーちゃん」を持ち上げた。

「はぁ?」

「いや……その……ガジくんだけ抱いて寝るのは不道徳な気がするんで2人一緒に……」

「じゃあ、ガジくんとスーちゃんの2つだか2匹だか2人だかだけ抱いて寝れば良くない?」

「あ〜、タル坊はさびしがり屋さんなんで1人ぼっちにしとくのは気が進まない……」

「じゃあ、タル坊だけ抱いて寝れば……」

治水(おさみ)、お前、天才だな。はい」

 そう言って、瀾ちゃんは、一番気が弱そうな顔の「タル坊」をあたしに渡そうとする。

「へっ?」

「『へっ?』って何が『へっ?』」

「えっと……」

「お前が抱いて寝たかったんじゃないのか?」

「あのね……あたしは、その手の『可愛いもの』が苦手なの」

「あ……そ……」

 ともかく、瀾ちゃんは、制服に着替える。

「結局、制服はズボンにしたんだ……」

「ああ……何か有った時、肌の露出が少ない方が怪我が軽くて済む」

「あのさ……まだ……『御当地ヒーロー』になる事に未練が有るの?」

 瀾ちゃんは一瞬、「あっ」と言いたげな顔になった。

「……い……いや、自転車通学だから……自転車で転んだ時とかの事を考えて……」

 十年前の富士山の噴火で関東が壊滅した時、あたしの母さんは、あたしの従姉妹の(みちる)姉さんと、そのクラスメイトだった桜姉さんを養子にした。

 その後、母さんも満姉さんも死んでしまい……残った桜姉さんの勤め先は対異能力犯罪広域警察「レコンキスタ」だ……しかし……あたしの父さんの一族の「稼業」は、「レコンキスタ」にとっての取り締まり対象にして商売敵である「御当地ヒーロー」「正義の味方」だったのだ。

 しかし、3月中旬に起きた大騒動の結果、瀾ちゃんは「御当地ヒーロー」を「破門」され、警官とその取り締まり対象が一つ屋根の下で家族として暮す、と云うややこしい事態は回避された。

「おはよう……」

「何ですか、その格好?」

 台所に居た桜姉さんは、職場の制服ではなくて、普通のビジネススーツを着ていた。

「お前の入学式に保護者として付いていく為だ。治水の方は、お祖母ちゃんが行ってくれる事になった」

「じゃあ、学校まで自転車で行くんで、あっちで落ち合いましょう」

「そうだな……」

 こうして、あたし達の高校生活は始まった。

 もちろん、この時は、平穏な高校生活になる確率は(ゼロ)じゃないと信じていたのだが……ほんの数日で、その予想は外れる事になった。

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