『聖女殺し』レナード・クイン
「ねえねえミリアムおばあちゃん」
はーい、と挙手をしてリスキンドが話題を変えた。
「さっきの説明でちょっと引っかかったんですけど――『過去マリウス島に連れて行かれた聖女がどういう扱いを受けたかって、誰も知らないだろ』って言ったじゃん? でも先代の聖女だけは例外だよね? あの話、超有名だし」
ピリ……ふたたび空気が張り詰める。
なんだろう? 祐奈は不思議に思った。
先代――つまり三十四年前にこの世界にやって来た聖女か。そういえば峠の宿に泊めてもらった時、ミリアムは前聖女との思い出を語っていた。
確か……気性がすごく荒い人で、護衛騎士の耳を切り落としたと言っていなかった? 祐奈はそれを聞き、『歴代の聖女って全員清らかだったと思い込んでいたけれど、中には例外もいたのね』と驚いた記憶がある。ミリアムはそんな激しい聖女とも上手くコミュニケーションを取り、結局セーラー服を譲られたんだよね……そして三十四年がたち、宿に泊まった祐奈が袖を通すことになったのだから、なんとも不思議な縁である。
つまり歴代の聖女の中で、祐奈が唯一間接的に関わったのが、先代の彼女なのだ。
先代の聖女は確か……当時十八歳だったとミリアムが言っていた。ということは今現在、五十二歳か。
ミリアムが食えない顔つきで顎を撫でる。
「さあて、そうだね――そろそろドギツイ話題に移ろうか。『聖女殺し』の異名を持つ黒騎士レナード・クインについて語るとしよう。やつは四年前に先代の聖女を殺害した。こいつに関しては、あたしより、ラング准将のほうが詳しいだろう?」
……え?
祐奈ばかりでなくリスキンドも訝しげにラング准将を見遣った。
レナード・クインという騎士と、ラング准将は面識があるの? そして『四年前に先代の聖女を殺害した』とは?
ラング准将とミリアムの視線が静かに交差する。
ミリアムが口角を上げた。
「レナード・クインはかつてあんたの上官だった男だ。あいつは相当手強いぞ……敵に回す覚悟はあるかい?」
そう問われたラング准将は謎めいた瞳でミリアムを見返す。
琥珀色の瞳は泰然としていて、この場にいる誰も感情を読み取ることができなかった。
* * *
王都に帰還した『聖女殺し』レナード・クインは楽しげに口角を上げた。
年齢は四十歳くらいだろうか――精悍でありながらも細面でもあるので、癖のある黒髪が良く似合っている。
そして彼が身に纏っているのは聖マリウス騎士団の騎士服で、これも髪色と同じ黒が基調だ。祭服のようなローブ状の騎士服には、前面に特徴的なシンボルマークが入っている――漆黒の中に、赤い横向きの二重線。これには『調和』『統一』という修道会の理念が込められていた。
クインは街道に立ち、そよぐ風を気持ち良さそうに受け止め、周囲の風景を眺めた。一見上機嫌そうであるが、視線はどこか虚ろで乾いている。
「あんまり変わってないなあ……王都」
笑んだまま、彼は腰に吊った剣の柄を撫でた。
そうするうちに、さらに笑みが深まった。
「さあて……本命はあくまで祐奈だが、とりあえず聖女アンのほうを先に済ませるか。ゾクゾクするねえ……再会が楽しみだよ、エド」