護衛騎士と結ばれたの、私も入れてたった三人?
「それでミリアム」
ラング准将が話を元に戻した。
「聖マリウス騎士団のおかしな動きというのは?」
尋ねられたミリアムが眉根を寄せた。その表情は訝しげでもあったし、憂鬱そうでもあった。
「それが、どうやら――やつらは聖典を今すぐウトナへ戻したいらしい」
……今すぐ?
全員が眉根を寄せた。特にラング准将とリスキンドはこの話題に最大限の注意を払っているのが見て取れた。
「理由は?」
「さあ……正確なところは何も分からない。とにかく聖マリウス騎士団は謎に包まれているからねえ」
ミリアムがこれだけ歯切れが悪いのも珍しい。
「通常はさ……聖マリウス騎士団は聖女が帰還したあとも一年間はじっとして動かない。拠点であるマリウス島に籠って身をひそめている。それで一年たって聖女の音読業務が終わったら、やっとマリウス島から出て、王都シルヴァース大聖堂にやって来るわけだ。その後は国のお偉いさんたちが見守る中、シルヴァース大聖堂にて『聖典拝受式』が行われる――ここで初めて34行聖典が、聖女の手から聖マリウス騎士団に移る」
耳を傾けていたラング准将が微かに瞳を細めた。
「通常、『聖典拝受式』が終わるとすぐに、聖マリウス騎士団は二部隊に別れますよね。まず選りすぐりの少数部隊が34行聖典を持って、その足ですぐに西へ旅立つ――目的は先ほどから話しているとおり、ウトナに聖典を戻すため。今回聖マリウス騎士団の動きが早いということですが、『聖典を早く移動させたい』のか、あるいは『聖女を早く手元に置きたいのか』――どちらなのだろう」
「どちらも、かもしれない」ミリアムが頷いてみせた。「ウトナへ行かない団員は聖女を囲い込んでマリウス島まですみやかに護送する――ちなみにこの修道院に入ったら、二度と出られないよ。出られないどころか、外部の人間と面会することも原則禁止される。その証拠に、過去マリウス島に連れて行かれた聖女がどういう扱いを受けたかって、誰も知らないだろ」
二度と出られない、そして面会禁止……厳しい現実を突きつけられ、祐奈は息を呑んだ。
もう少し緩い規則だと思い込んでいた。誰か知人が訪ねて来たなら、自室に招き入れ、話をする自由くらいはあるのかと……。
祐奈はこわごわ尋ねた。
「あの……今のお話だと、『聖典拝受式』が終わったら、聖女は問答無用で強制連行される……というふうに聞こえました。聖女の意思や都合は無視なのですか?」
「祐奈」
ラング准将が穏やかな声音で語りかけてきた。
「君は私の妻だ。祐奈に関しては、マリウス島に連れて行かれることは絶対にない」
「エド……」
「そうさな、あんたは大丈夫」
これに関してはミリアムも太鼓判を押した。
「一応ね、聖女に対しては聞き取り調査があるよ――修道院に入るか、入らないか。実際に歴代の聖女でも、護衛騎士と結ばれて嫁ぎ、修道院に入らなかった女性もいるしね」
「――嘘だあ、まじで?!」
リスキンドが目を丸くして前のめりになった。言動から彼が本気で驚いているのが伝わってきた。
祐奈はそれを横目で眺め、『ちょっと大袈裟じゃない?』と思った。ウトナまで長い旅をして、近くにいてくれる護衛騎士と恋仲になったとしても、そんなに不思議はないと思うのですが……。正直、自分がラング准将と結婚したのは奇跡というか、今になってみても不思議で仕方ない。けれど歴代の聖女は皆美しくリーダーシップがあったのだろうし、彼女たちに仕えていた騎士から愛されたとしても自然なことだと思うなぁ……。
祐奈はいまだに『歴代の聖女はとても美しく、周囲から尊敬される素敵な人たちだった』という思い込みが抜けていないので、こういう時に周囲と認識のギャップが出る。
――ではなぜ周りの人間は祐奈の誤解を解かないのか?
それは別に意地悪のつもりで教えないのではなく、この件に関してはなんと言っていいものか分からなかったからだ。
というのも祐奈の誤解はネガティブなものではないので、わざわざ彼女に「いや、歴代の聖女の大半は男好きで残虐、そして内面の醜さがそのまま反映された見た目をしていたらしいよ」と言い聞かせるのも、それはそれで下世話な行為である。よってこの件に関しては、そのまま誤解が残ってしまっていた。
リスキンドがミリアムに尋ねる。
「護衛騎士と結婚した聖女って何人? 存在したとしても、さすがにひとりだろ?」
うわ、失礼……祐奈は聞いていてドン引きした。
ところが。
「ぶっぶー外れ、ふたりだよ。まあ公的記録は二千年分しか残っていないから、それ以前のことは知らないが。つまり二千年間でふたり……今回の祐奈を足すと三人か」
祐奈は驚愕のあまり「え!」と声を上げて、椅子から数センチばかり腰を上げてしまった。
嘘でしょう、二千年で三人!? 三十四年でひとり迷い込むから、二千年だと大体六十人弱――すると六十分の三――つまり二十分の一? た、たったの五パーセント!?
「いくらなんでも少なーい!」
ここ最近で一番大きな声が出た。そのくらい衝撃だった。
……ん? 全員が呆気に取られて祐奈を眺める。そして一拍置き、『ああ……例の誤解のせいか……』と等しく納得した。皆の顔に気まずさが滲む。
祐奈はひとり訳が分かっていないので、早口に続ける。
「護衛騎士と結ばれたの、私も入れてたった三人? すごく少ないです。なんで?」
リスキンドが腕組みをして、難しい顔で目を閉じた。そして簡潔に言い放った。
「それはだな――相性!」
「……え?」
「これは相性の問題だ……誰も悪くない」
祐奈は納得できなかった。人が「誰も悪くない」と言う時って、言葉どおり本当に誰も悪くない場合と、その逆のパターンもあるよね? 明らかに誰かが悪いのだけれど、突っついてもロクなことにならないから、臭い物に蓋をする……みたいな。
「――とにかく」
ラング准将がサラリとまとめた。
「俺は祐奈と結婚して幸せだ――本件に関してそれ以外のコメントはない」