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笑う女

本日は、前話と本話、二話更新しています。


***


【前回まで】


≪『1.旅立ち』-『ホラー的妄想』より抜粋≫

----------

 横手の扉が開き、金色の髪をした女性が入室してくる。

 以前に会ったことがある、左手が義手の、枢機卿の側近の女性だった。

「――祐奈様。わたくしはアン・ロージャと申します。聖女アリス様からお呼びがかかるまで、お茶のご用意などをさせていただきます」

 ここまで丁重な扱いを受けたのは、リベカを発って以来初めてだ。

「ご親切に、ありがとうございます」

「祐奈様、お砂糖はお入れしますか?」

 角砂糖を入れてくれようとしているらしいので、慌てて答える。

「あ、はい。――ではひと、つ」

 しかし甘噛みして最後がぐちゃぐちゃっとなってしまった。これじゃ何を言っているか分からないだろう。

 思わず赤面しながら、人差し指を立てて、

「ええと、ひとつ、お願いできますか?」

 と言い直した。

 アンはショーのようにいちいち軽蔑したりせずに、彼女も右手の人差し指を立ててみせ、

「――おひとつですね」

 と落ち着いた声音で繰り返し、ふたたび微笑んでくれた。

----------


 祐奈たちがカナンから去ったあと、枢機卿の側近を務めているアンが、あとを追うように遺跡内に入って来た。


 根元がダークな金色の髪は長く垂れ、背中のほうに流されている。灰茶の虹彩は放射状に濃淡が滲み、相変わらず神秘的な輝きを放っていた。とはいえそれは鮮やか過ぎて人工的な感じもするくらいだった。


 開け放たれた赤い扉の前に佇み、彼女は感慨深げな表情を浮かべる。


 ――やがてアンは左手から義手を引き抜き、無造作に足元に投げ捨ててしまった。何かから解放されたような、すっきりした表情で。


 そしてためらうことなく足を前に踏み出した。


 しっかりした足取りで長い階段を下りて行く。背筋は伸び、堂々たる態度だった。


 広間をしばらく進むと、左横に奇妙なオブジェがある場所に差しかかった。アンはそちらに進路を変えた。


 おどろおどろしく溶解した物体の隙間に、金色に輝くリングが見える。


 アンは歪んだ物体の表面をそっと撫でた。微かに瞳を細めて、呟きを漏らす。


「……返してもらうわね」


 そうして右手を隙間に躊躇いなく差し入れ、聖女のブレスレットを引っ張り出した。


 そのまま右手首に嵌めようとしたのだが、片手だとどうにも上手くいかず、少し手間取ってしまう。


 アンのあとを遅れてついて来ていたサンダースが、静かに歩み寄り、恭しい手付きでブレスレットを彼女の手首に嵌めた。アンは労うように彼を見遣った。


「――アリスの監視、長いあいだご苦労様でした。サンダース」


「もったいなきお言葉」


 荒くれもののサンダースが、アンに対しては心からの敬意を払ってるのが、その態度から窺える。サンダースは背を丸め、彼の女王に傅いた。


 そしてアンに追従してきたのはサンダースだけではなかった。


「アン様」


 枢機卿が彼女に恭しく声をかける。普段とは立場が逆転しており、奇妙な光景だった。彼女は枢機卿の部下であるはずだ。――義手の件で周囲から虐げられている、ただの側近――皆がそう信じていたし、そういう扱いをしていた。


 ――早川アンは首を垂れた枢機卿を見おろし、鷹揚に頷いてみせた。


 オズボーンもこの場に居たものの、少し引きの位置で佇んでいる。


 アンは足元に蹲るサンダースの巨大な体躯を見据え、空虚な笑みを浮かべた。それは見ようによっては、この上なく冷ややかなものだった。



***



「カナン遺跡を聖女二人が無事に通過する方法があろうとは……」


 枢機卿は複雑な思いを抱えていた。そうできたのなら、初めから教えてくれれば……と言う気持ちになっていた。


「これは望ましい事態ではないのよ。――致し方ないというやつね」


 アンは振り返りもせずに、うんざりしたという態度で答えるのだが、枢機卿はやはり納得できない。


「祐奈に目こぼしをしたのですか?」


「まさか」


 アンが鼻で笑う。


「通常ならば、星の上下が引っくり返ったとしても、カナンからローダーに飛ぶことはありえなかった。けれどそのまさかが起きてしまった。あの忌々しい『回復』魔法――あれで全てが狂ったわね」


「どういうことです?」


「ヴェールの聖女はローダーに飛び、聖具から祝福を得てしまったのよ。あの状態ではカナン遺跡を通過できてしまう。あれは一人目、二人目、関係なく、カナン遺跡を無事に通り抜けるためのお守りのようなものだから」


「しかしあなたは無事だ。こうして何事もなく、ここを通過できている」


「それは聖女のブレスレットが、赤い扉の前で『二回』かざされているから。それをクリアすれば、トラップは解除される。だから今は安全なの」


「意味がよく――」


「赤い扉はね、ブレスレットさえかざせば、聖女じゃなくても通過できるのよ。――石板上に刻まれた注意書きには、『聖女()腕輪で触れよ。とどまるなかれ』とあるでしょう? 分かる? 『聖女()ここに触れよ』とは書いていないの。つまり腕輪さえあればいいのよ。そしてここを通過したのは二組。一組目はアリス隊。二組目は祐奈隊。祐奈は祝福を受けているから、隊ごと無事通過できた。けれどアリスは……」


 アンは微かに眉根を寄せたのだが、口元には笑みが浮かんでいた。上機嫌というわけではない。様々な感情が渦巻き、どうしようもなくなって、笑みの形で表に出たのだ。


 聖女のうち一人は鳥の加護を受けられないので、カナンにてにえとなる。聖典は本来、ここで祐奈を殺して取り込むつもりでいたのだが、アクシデントにより、それは叶わなかった。祐奈がウトナに到着するまで、彼女に手は出せない。


 しかし聖典は空腹のまま我慢することができなかった。急ぎエネルギーを欲していた。そこで『ないよりマシ』ということなのか、アリス隊の全てを食らい尽くすことにした。――現状、ここにオブジェとして残されているのは、犠牲となった者の亡骸のごく一部である。他は跡形もなく消し飛んでしまった。


 アンは醜く溶解した物体を流し見てから、呟きを漏らす。


「……偽物の聖女は、カナンでその役目を終えたということよ」



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― 新着の感想 ―
はあー? おいおいおいおい、また話が突然変わったなー アリスは聖典に愛されてたんじゃないのかい? アリスの護衛隊を犠牲に、アリスは通過したんじゃないの? それに、アンとやらは何故義手を外した? 突然、…
[一言] まさかのアリスは捨て駒だったとは! アリスは自分が殺されるかもしれないと思って、ラング准将に助けを求めたかったのか? 二人目の聖女(生け贄?)が来るまでに色々下準備をしてあったということで…
[良い点] アンが真の聖女だったとは…! [気になる点] なぜアリスが聖女のふりをしてアンが枢機卿の側近のふりをしていたのかはこれからわかるのだと思いますが、現時点で後書きの説明がないと本文の内容がわ…
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