1人で死にたいだけ
(現在)
「千夏、あれ、やりな。あれ。」
ドレス着て控室にいるときに、お母さんがそっと耳打ちしてくる。
「なに?」
「あの、今までお世話になりました。」
ちょっと考える。
「なんか、わたしに似合わないような気がするんだけど。」
「似合わなくてもいいのよ。せいちゃんが泣くかどうかみてみたいの。」
「ああ。」
それはちょっと見てみたいかな。わたしも。
「何を、二人でこそこそぼそぼそやってんだ。」
お父さんがじっとこっち見る。
「なんか、お父さん、今日、気のせいか。」
「なに?」
「不機嫌じゃない?」
「いや。別に普通です。」
「そう。」
しーん。盛り上がらないね。意外と。結婚式って。
「ねぇ、大人げないよ。せいちゃん。」
「なにが?」
「もっとにこにこしなよ。めでたいじゃん。あの千夏が結婚するんだよ。行かず後家になるかもって思ってたのに。」
「お母さん。」
ちょっと神経に触ったわ。
「いかず後家って今日もう二度と言わないで。」
「なんで?そうならなかったんだからいいじゃん。」
コンコン。ドアをノックする人がいる。
「誰だろ?」
「樹君かな?」
お母さんがドアをあける。
「こんにちは~。お邪魔したらだめ?」
女の人が三人、覗き込んでる。
「うわぁ~。千夏ちゃん、きれい!い~な~。」
楓ちゃんと梢ちゃんが目をきらきらさせながら、部屋に入ってくる。三人は今日も色違いの素敵な着物を着ていた。
「ありがとう。今日はわざわざ。このはおばさんも、忙しいでしょ?いろいろ。」
「いや、そんなことないわよ。売れっ子の作家さんとかじゃないんだから。」
そういって、部屋に入ってきて、はぁ~とため息ついた。
「千夏ちゃん。きれいね。おめでとう。」
「ありがとうございます。」
「蒼生さんにも見せたかった。喜んだだろうに。」
「残念です。」
「思い出すわぁ。私たちの結婚式にも来てくれたもんね。千夏ちゃん。」
「え?そうなの?」
楓ちゃんと梢ちゃんが驚いている。
「そうだよ。写真が残ってるよ。」
「え~。知らなかった。」
「時間が経つのはほんと早いね。なっちゃん。」
お母さんがにっこり笑う。
「あの~。」
ドアのところで遠慮がちにのぞきこんでる。
「なんか、すごいにぎやかだね。」
樹君。そういってわたしのほう見て、嬉しそうにした。
「中入らないの?」
「あ、ごめんなさい。ほら、行くわよ。二人とも。」
「は~い。じゃあ、またあとでね。」
お母さんがお父さんをこづく。
「せいちゃん、わたしたちもあっち行ってましょ。」
「はいはい。」
お父さんがめんどくさそうに立ち上がると、ぞろぞろとみんな出てく。
まだ、ドアのあたりに突っ立ってる。樹君。
「どうしたの?」
「いや、なんか胸がいっぱいで。」
手をあげてさしのべると、やっと近寄ってきた。
「まだ、信じられないな。」
「何を?」
「千夏さんと結婚するって。一晩寝て起きたら夢だったっておちが思いつく。」
「長い夢だね。」
二人でちょっと笑った。
「ね、あんなに毎日のようにドレスとか肌がとか言ってたけど、どう?合格?」
「もちろん。」
そういってから、彼、わたしの脇腹を軽くつねった。
「あ、でも、ここらへんはこの前のアイスの分だ。」
「もう、やめてよ。信じらんない。くすぐったいって。」
ひとしきり笑った。
「ああ、今日は、本当に残念。」
「何が?」
「お母さんに見せたかったな。僕のお嫁さん。」
樹君の幸せそうな顔に少し寂しそうな色がにじむ。
「うん。」
ちょっと黙った。
「でもね、きっとどこかで見てる。樹君のお母さんも。」
「うん……。そうだね。」
ドアがぱっと開いた。
「邪魔?」
「あ!」
二人かぶった。
「里香さーん!」
なんか樹君、かけよって抱き着いてるんだけど。意味がわからない。意味が。
「おいおい、どうした?」
里香も抱き着かれて、肩ぽんぽんしながら軽くひいてるって。
「里香さんみたら、今までのつらかった道のりが走馬灯のように……。」
「ええっと、結婚までの道のり?」
「ありとあらゆる困難があったなあって感無量になりました。」
「ああ、千夏はめんどくさい女だからなぁ。」
「そう。最近周りにいる人たちはそれが全然わかってくれなくって。」
「うん。」
「ぶっちゃけ、ちょっと疲れてたんです。」
「ちょっと!本人の前で言わないでよ。」
悪かったですね。めんどくさい女で。
「まぁ、よかったじゃない。二人とも。終わりよければすべてよしじゃん。」
なんか、まとめに入ってるわ。
「里香、もう、こっち落ち着いた?」
「まーねー。」
宣言してた通り、ロス引き上げたんです。この人。
「婚活順調?」
「ぼちぼちかなぁ……。」
「今日も、いろいろ独身男性いるよ。」
「うーん。」
里香さん上を見上げる。
「なんか、がむしゃらにって気分でもないんだなぁ。こう、ドラマティックな出会いとかないかな~。」
「ははははは。変わらないなぁ。里香は。」
「どう?奥さんになる気分は?」
「うーん。」
ちらっと樹君のことを見る。
「ご主人のいるところでは、言いにくいわね。」
「なんで?聞きたいけど、僕も。」
二人とも黙ってわたしの返事を待つ。
「そんな簡単に言っちゃったら、わたしらしくないでしょ。」
「なんだよ、もう。」
「がんばれよ。若造。」
里香が樹君の肩をたたく。
「もう、そろそろお時間です。」
式場の人の声がかかって慌てた。
「後でね。」
樹君が笑いながら出ていく。
「あ、入ってきた。千夏さん。」
脇で梨花がはしゃいでいる。
「あ、やだ。本当だ。」
くすくす笑ってる。
「何笑ってるの?」
「え、いや。千夏さんに聞いてたの。千夏さんってお父さんに瓜二つだって。本当によく似てるね。」
「ん?ああ、そうだね。千夏さんはお父さん似だね。」
お父さんに連れられて千夏さんがしずしずと進んでくる。周りの参列者からため息がもれる。きれいな花嫁さんだ。樹は本当に幸せ者だな。
「なんか、結婚って悪くないかもね。お兄ちゃんの結婚みてて初めて思った。」
驚いた。梨花を見る。
「お前、誰か相手でもいるの?」
「え?やだ。お父さん。そんなわけないじゃん。」
笑った。心なしか最近、梨花が前より笑うようになった気がする。少し心が温まった。
「なぁ、梨花。」
「何?」
「お前にはさ、本当にすまなかったな。」
「なにが?」
「お前が結婚なんてくだらないって思うようになっちゃったのは、お父さんのせいだよね。」
何も言わずにそっと梨花が僕を見ている。
「お父さんが自分の気持ちにウソをついて、お母さんと一緒にいて。二人で憎しみ合って。そんな夫婦を見ていたら、結婚っていいって思えないのは当たり前だよな。」
「どうしたの?お父さん。急に。」
目を見張っている。
「お父さん、今更だけど、もう嘘をつきたくないんだ。お母さんと離婚しようと思う。」
「え?」
「こんな席で言うことじゃないのかもしれないけど。」
前から少しずつ思っていた。樹が幸せそうな様子を見て、背中を後押しされた。
「なぁ、梨花。お父さんについてきなさいよ。」
「……」
「一旦、お母さんから少し離れてさ。それで、これからどうするかゆっくり考えてみたらどうだ?それで、やっぱりお母さんのことが好きだったら戻ってもいいし。お前ももう大きいんだから、一人で暮らしたかったら、社会人なったら出ていけばいいし。」
「お父さん……」
「あくまでお父さんの目からみてだけどね、お前とお母さんにはそういうちょっと離れる時間があったほうがいいんじゃないかなと思うんだ。お互いについて一人で考える時間がさ。」
「お父さんは一人になってどうするの?」
「お父さんは……」
千夏さんが樹のところにたどりついて指輪の交換をしている。樹が彼女のベールをあげて、そっと口づけをするのが見えた。
「一人で死にたいだけだ。」
死んでいくときにはひとりでいたい。それがせめてもの翔子さんへの償いのような気がした。あの人と寄り添えなかった僕は、彼女を一人で逝かせてしまった僕は。その償いとして自分も一人で逝こうと思う。自分が死ぬ瞬間にきっと僕は彼女のことを思い出す。彼女はどうだったんだろうか?
聞いてみた。ふと思い立って。
式の最中、部長が代表でわたしたちのスピーチしてる最中。
「あのさ、樹君ってなんで里香じゃなくってわたしだったの?」
「え?」
「あんなにかけよって抱き着く?普通。相手女の人だよ。」
ははははは、会場の人たちが笑ってる。あれ?何話したんだろうね。ま、いいか。
「いや、でも、そういうのじゃないし。里香さんに対する感情は。ていうか、千夏さんと里香さんってタイプ全然違うじゃん。」
ちょっと考える。
「そうなの?」
「自覚ないの?」
樹君が心なしか、あきれている。
「それにさ、あれだよ。100歩譲って僕が師匠とつきあっても。」
「うん。」
「2,3回で捨てられる気がするよ。」
「ああ、こんなもんか。ってね。」
やり捨てしそう。里香。豪快に。
ぱちぱちぱち。終わった。スピーチ。全然聞いてなかった。部下二人とも。すんません。
「なんかでも、それつまんないな。」
「なにが?」
「里香だったら2、3回で捨てる男の人とわたし結婚するの?」
「……」
彼の顔色が変わった。なんかまずったと気が付いた。さすがに。
「なんか今、言っちゃいけないこと言った気がする。」
「うん。言ったね。きっつい冗談。」
「ごめん。」
「慣れてるから、いいですよ。別に。傷ついたけど。」
「ごめん、ごめん。撤回する。」
「最初から言わないほうがよかったね。」
まだ、笑顔がひきつってるんだけど。こほん。
「え~っと、言い直します。」
「今更何ですか?」
やばい、やっぱり怒らした。こんな日に。
「里香にはね、引き出せなかったの。本当の魅力的な樹君を。だから、君はわたしじゃないとだめなんだよね。」
にこ、営業スマイル。どうだ?機嫌治ったか?
「うん。」
ああ、やっぱりわたし、恋愛偏差値低いな。やばいな。結婚してうかれてる場合じゃない。こういう偏差値低い人って、速攻で離婚されちゃうんじゃないの?どきどき。
「あのさ。」
「はい。」
「僕も君じゃないとだめだけど、君も僕じゃないとだめなんじゃない?だって、いろいろひどいこと言うし、ときどき何考えてるかわかんないし。こんな大変な人に付き合える男なんてなかなかいないって。」
「はい。すみません。」
「全部わかってるけどさ。でも、やっぱり優しい言葉もほしいな。ときどきでいいから。」
そういって笑った。優しい顔だった。よかった。
「結婚するからって千夏さん、安心しすぎ。」
「はい、すみません。反省しました。」
ちょっと調子に乗ってた。最近。そう、わたし、この人に捨てられたら、後がない人です。忘れてました。
「わかったら、ちゃんと大事にしてくださいよ。」
う~ん。男の人に言われちゃった。なんか立場逆になっちゃったよ。
「はい。大事にします。」
そういったら、また、優しい顔で笑った。