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雲のうえとした  作者: 汪海妹
1/10

わたしのほうが上

この作品は、いつも空を見ている②と③の話とつながっています。ただ、独立した構成になってますので、一部説明不十分と思いながら、この雲のうえから読んでいただいてもいいかと思います。

それで、なんかすっきりしないなと思われた方、ぜひ②と③もお読みください。

②と③で語られなかった主人公のお父さんとお母さんの話です。彼の生い立ちを父親の視点から描いて、それぞれ補完し合う構成になってます。

お楽しみいただけたら幸いです。


主な登場人物

メイン

 修平さん

 翔子さん

サブ

 樹君(修平さんの息子)

 千夏ちゃん(樹君の奥さん)

 梨花ちゃん(樹君の腹違いの妹)

 直子さん(梨花ちゃんのお母さん)

 真理子さん(翔子さんの妹)

 

(現在)


千夏さんが指定した店へ行く途中、東京ドームの脇を通る。なんでドームなんだろう?と思いながら。まぁ、でも、別にいい。こちらは会って話せればどこでもよかったから。お昼に約束をしていて、樹には内緒で出てきてくださいと。困ったふうもなく二つ返事で承諾してくれた。

「別になんか嫌な話があるとかではないんです。」

息子の結婚に文句があるとかではない。

「ただ、ちょっとお願いしたいことがありまして。」

「それが、樹君には内緒でということですか?」

「はい。」

「わかりました。」

その回答の速さが、躊躇せずにすっというのが、なんというか大人だなと。そりゃそうだ。千夏さんは梨花より樹より年上だし、ずっとアメリカで働いてきたような人だから、しっかりしているんだろうな。

彼女より早く着いて、水を飲みながら窓の外眺めて待つ。

雲ひとつない青空。桜が散ったばかり。こういう空はあまり好きではない。雨が降っていたり、曇りの方が好き。抜けるような青空は、あの日を思い出してしまうから。

「すみません。遅くなりまして。」

「ああ。」

立ち上がってお辞儀をする。

「お忙しいところ、お呼びだてしてしまって。」

「ああ、いえ。そんなふうにおっしゃられないでください。恐縮です。」

千夏さんがお辞儀を返す。

「式の準備や、異動されたばかりでお忙しいんじゃないですか?」

「ああ、いや。そういうのはどうとでも。」

そう言って笑った。

2人で向かい合って、座る。メニューもらって、中を見る。

「なんか、ここらへんってカレー屋さんが多くって。」

「カレーなんかでよかったんですか?」

お店を見まわしながら言う。

「なんというか……。」

「はい。」

「千夏さんのような若い女性の方より僕みたいなサラリーマンのおじさんが好きなお店みたいじゃないですか。」

「いや。ごはんはおいしければいいんです。わたしはそういう人間ですので。」

そう言ってメニューぱたんと閉じた。

「すみません。」

ウェイトレスを呼ぶ。何を食べるか決めるのも早かった。

「今日は東京ドーム見てみたくって。」

そう言って、嬉しそうに外を見ている。

「東京に住まれたことはないんですか?」

「ここ何年かは家族がいるので来ていましたけど、住むのは初めてです。」

それから、お水を飲む。

「弟がいたら、やっぱり喜ぶのかな。でも、まぁ、あの子は大きい物が好きなわけではないんですよね。」

「弟さんですか?」

「ええ。あの子、建築の仕事しているんです。ええっと、家の設計ですか。一戸建ての家の設計をするのが子供の頃からの夢で。だから、東京ドームはやっぱりあの子には大きすぎるんだろうな。」

そう言って、外を見ている。ここからドームの屋根が見える。

「ああ、すみません。自分の話ばかりしてしまって。今日は、何かお願いがあるって。」

「ああ……。」

そう言っていると、料理が来た。

「すみません。食べ終わった後でもいいですか?」

持ってきたものが汚れてしまうかも。食べながらは見せにくくて。あたりさわりのない話をしながら、食事をする。不思議だった。樹が結婚するというのが。まだ、ぴんと来なくて。でも、嬉しかった。普通に。

翔子さんに見せてあげたかった。

「お願いというのは……」

食事が終わって、皿が下げられて、食後のコーヒーを飲んでいるときに取出した。

「これを預かっていただきたいんです。」

千夏さんがきょとんとした。

「ああ、通帳?ですね。」

「それと、印鑑です。口座を開くときに使った。」

両手をそろえて、じっとしばらく見ていた。口座名。上条樹。

「あの、これは?その、開いて中見ても構いませんか?」

「どうぞ。」

開いてペラペラめくってる。

「あの、このお金が何か?」

「それは、その、樹が社会人になってから毎月僕に返済してきたお金なんです。」

「えっ?」

千夏さん、一度閉じた通帳をもう一回開いて眺めている。

「僕の口座に入ったものをそっくり、息子名義で開いた口座に振り込んできました。これを預かっていただけませんか?」

「預かる、ですか?」

「樹に直接渡したら、受け取らないので。」

「返済というと、何の?」

「翔子さんが、ああ、あの子の母親ですが、亡くなったときまでで準備したお金で賄えなかった分の学費と生活費です。大学生だったころの。僕が出したものを、社会人になってから毎月少しずつ返してきたんです。もう、全部終わってるんですけど。」

「はぁ」

「親として当然のことをしただけですけど、あの子は僕を父親としてやっぱり受け入れてないんでしょうね。きっちり返してきました。驚いた。もっと時間がかかると思っていたんで。」

何も言わずに、千夏さんがまた、最初のページからゆっくりと指でなぞりながら記帳された金額を見直す。

「ボーナスもらったとき、ほとんど全額入れてるんじゃないですか?これ。」

「そう、かもしれませんね。」

ため息をついた。

「驚いた。全然知りませんでした。」

そう言って、目をあげると、通帳を閉じた。

「うちって、娯楽系の会社で、華やかそうに見られること多いんですけど、お給料そんなよくないんです。」

そう言って笑った。

「すごい悪いってわけじゃないんですけどね。だから、月にこれだけお父様への返済に回してたら、手元にあんまり残らないですよね。」

「家計って今は千夏さんが見られてるんですか?」

「あ、いえ。」

そういうとはははと彼女は笑った。

「うち、完全別財布で、お互いの口座の残高も給料も秘密です。」

「え?」

「同じ会社なんで、なんとなくわかるんですけど、給料明細見せ合ったりするのやめようって決めたんです。」

「なんで?結婚したら普通そういうの秘密にしないでしょ?」

もう一回、はははと笑って、コーヒー飲んだ。

「わたしのほうが上なんで、年も、会社での肩書も、それで…」

「ああ、給料もね。」

こくんとうなずいた。

「わたしは気にしてるわけじゃないんですけど、やっぱり男の人は気にするのかなと思って。」

「じゃあ、生活費の負担とかどうしてるんですか?」

ちょっと興味がわいた。

「まぁ、今は彼が住んでいたところにわたしが入った形で住んでるんで、自然に支払は彼が中心になってするようになってて、ときどき、これ頂戴、あれ頂戴って請求が来る感じですかね。」

「変わってるね。」

「そうなんですかね?」

「まぁ、でも樹らしいといえば樹らしいですね。」

「そうなんですか?」

「あの子は、かなり早い段階から家のお金のやりくりしながら育ってるから。」

「お母様がされてたんじゃないんですか?」

「生活の部分は預けてたみたいですよ。大きくなってきてからは。」

ちょっと驚いている。

「なんか、すみません。全然知らなくて。」

「お金の管理はしっかりしていますよ。あの子は。」

時計を見た。

「あんまりお引止めしてはいけないですね。」

伝票持って立ち上がる。

「すみません。ご馳走様でした。」

お店の外でぴょこんと頭を下げられた。

「いえ、かえってこんなものですみません。」

駅まで歩く。2人はどんな関係に外から見たら見えるんだろう。いいとこで、上司と部下だろうか。

「すみません。あの、今日は変なことを頼んでしまって。」

「あ、いえ。」

「そのお金は……」

「はい?」

「いつか千夏さんから樹に返して二人の何かに使ってください。」

そういうと、千夏さんにっこり笑ってくれた。

「はい。その時まで確かにお預かりします。」


「ただいま。」

「どこ行ってたの?」

靴脱ぎながら、樹君の顔を見る。

「えっと、散歩?」

「ずいぶん長い散歩だったね。」

「うん。途中でお昼食べたし。」

「一人で?」

「うん。」

「変なの。」

「なんで?」

「一緒に昼ごはん食べる人がいるのに、一人でごはん食べるなんてけんかしてるみたい。」

「そお?」

洗面所で手を洗う。向こうから、声が聞こえる。

「ほんとはなんか、怒ってるとか?」

「いや。別に。」

樹君、じっとわたしのこと見る。

「千夏さんって、いまだによくわからない。やっぱり。」

「だから、君はそれがいいんだって。」

ほんとはあなたのお父さんとご飯食べたんだけどね。

「それよりさ、引き出物とか、当日テーブルに飾る花とか、もう一回確認してよ。」

「ああ……」

テーブルの上に、結婚式関係の資料がいろいろ載せてある。今、改めて見ると、なんか……。

「なんか、これも、これも、別に一番安いのでいい気がしてきた。」

「は?」

この前見てるときは、絶対これがいいみたいに言ってたかも。わたし。なんかわがままだった気がしてきた。

「なんからしくない。どうしたの?誰かに何か言われたの?」

「そういうわけじゃないけど。」

樹君がそんなに苦労しながら社会人してたのとか、知らなかったし。そういう人からみたら自分のお金遣いって嫌かなと思った。彼、じっとわたしのほう見て言った。

「あのね。今まで高い安いじゃなくて好き嫌いで生活していた人がさ、結婚を機に変わると、それは、ご主人の影響だとみんな思うよね。」

「うん。そうね。」

「僕がいじめられるからやめて。周りの人に。」

「へ?」

顔を見る。あら、本気で言ってるみたい。

「今でも、会社の中でひどい目にあってるのにさ。これ以上耐えられないって。旦那がけちだから千夏さんが変わったってみるんだよ、みんな。」

「そうなの?」

「それにね。結婚式って一旦お金払ってもさ、ご祝儀もらえるからこれ、全額自己負担ってわけじゃないんだよ。このくらい平気だよ。簡単に計算してみたし。」

数字見せてくれた。

「ああ、そうなんだ。」

たしかに、お父さんの言ってた通り、樹君ってお金の管理慣れてるんだな。そんな風な目で今まで見たことはなかった。

「あなたって」

「なに?」

「外見で損してるね。」

変な顔した。なんかかわいい顔してるから、しっかりしてそうに見えないのにね。お金遣いも荒そうに見えるのよ。もちろん料理とか家事とかもしそうにみえないし。

「それ、どういう意味?」

「いや、褒めてるんだけど。」

「今のがどうしたらほめ言葉になるの?」

「うーんと。」

あなたって見た目よりしっかりしてるのね。みんな知らないけど。なんか、みんなが知らないけど自分だけ知ってるっていいなぁ。

「また、どうせ、頭の中だけで言って教えてくれないんでしょ?」

しょうがないな。

「いや。あなたって見た目よりしっかりしてるなって思って。」

「ああ、かわいいから損してるってことか。」

「そうそう。」

「そうだよ。千夏さんの外づらがよすぎるのもひどいよ。みんな勝手にああだこうだ想像して、そんで、俺のこと悪いほうに想像してさ。実際は全然違うのに。」

ははははは

「他人事だと思って笑ってる。」

「ごめんね。損しちゃったね。わたしなんかと結婚して。」

式の前にもう入籍しちゃったんだよね。区役所に2人で届け出だした。

「いや」

彼が立ちあがった。わたしのほうに来て背中のほうから抱きしめられた。

「でも、そういう嫌なこと全部差し引いてもおつりがくるよ。」

「ほんと?」

しばらくして耳元で彼がうんというのを聞いた。


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