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帝都の守護神  作者: 麺見
4/10

4. 上司とは上使と書く

 トントン


「アステルです」


「いいぞ、入れ」


 アステルは部屋に入るとビッ、と敬礼する。


「失礼致します。報告に参りました」


「はぁ……」と聞こえてくるため息。部屋の正面、夕日が射し込む窓の、手前に置かれたデスクに着いている女の口から漏れたものだ。


「貴様がわざわざ報告に来るということは、すなわち厄介事だと言う事だ」


 黒く長い艶やかな髪に、化粧っ気はなくとも整った顔立ちは、男達の視線を集めるには充分過ぎる程である。そんな美しい彼女の欠点は、やる気のなさ。いや、やる気がないように見えてしまう所だろう。気だるそうな表情に面倒臭そうな喋り方。だが決してやる気がない訳ではない。能力も高い優秀な人間である。


「は、まったく困ったものです。何故南門ばかりにこのような案件が集まってしまうのか……」


(何を白々しい……)


「まぁ座れ」


 女は応接用のソファーに座るようアステルに指示する。


「は、失礼します」


 アステルが座ると女はテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰を下ろし、おもむろにタバコに火を点ける。


「で、内容は?」


「は、閣下。本日昼頃……」


「待て待て」


「は、何か?」


「何か、じゃない。いい加減その敬称はやめろ。私はたかだか(じゅん)将軍だ。将軍以上の将官ならまだしも、閣下、などと呼ばれる立場ではない。それに上の者に聞かれでもしたら、私にその様な野心があると変に勘繰(かんぐ)られてしまうだろうが」


「は、これは失礼を……閣下に対します恩義や尊敬の念から、自然と口から出てきてしまうもので。以後、気を付けます」


(まったくもって白々しい……)


 リッシュ・ハッター(じゅん)将軍。帝国治安維持部隊第一師団、帝都南方面隊を取り仕切る責任者であり、南門警備隊を監督する立場である。

 治安維持部隊とは衛兵が所属する組織であり、軍とは明確に差別化されている。第一師団は帝都周辺が、南方面隊は帝都の南地区と南門が管轄(かんかつ)である。

 そしてここは帝国治安維持部隊第一師団本部、リッシュの執務室だ。


「まぁいい。報告を聞こう」


「は、本日昼頃、南門を通過しようとした商隊の荷から、とある魔獣を発見致しました。三頭発見し、うち二頭はすでに死亡、生き残った一頭は押収物として警備隊にて保護しております」


「魔獣、ね。で、その魔獣とは?」


「は、バルマーウルフであります」


「はぁぁぁ……」と、リッシュは再びのため息。


「ベールの至宝……外交問題ど真ん中の案件だ」


「さすがは閣下、ご存知でしたか」


 またしても厄介事……リッシュは左手で目頭をぐぐっ、と押さえる。


「本当に貴様の隊は厄介事ばかり引き込むな」


「は、まったくもって不本意であります」


「ああ、そうだろうよ、くそったれ!」


 吐き捨てるようにそう言うと、リッシュはふぅぅぅ、とタバコの煙を吐く。


 かつて帝国はバルマーウルフの美しい毛並みに目を付け積極的に輸入、毛皮を加工し販売する事で莫大な利益を得ていた。ベールの至宝の存在が広く世に知れ渡ったのはこの為である。

 そしてそれに伴い必然的に密猟が横行、バルマーウルフの生息数は大幅に減った。その為ベール王国はバルマーウルフの一切の輸出を禁止、保護に乗り出した。しかしその後も密猟は後を絶たず、しかもそのほとんどが帝国に密輸されている事実が判明すると、ベール王国は帝国に対し発見した密猟者や密輸業者、加工業者や依頼人を厳しく罰するよう要求した。帝国もそれを受諾(じゅだく)し対応を強化するが、実際の所はイタチごっこが続いている。


 ベールの至宝を取り巻く両国の関係は微妙な状況にあった。


「で、生き残った個体の様子は?」


「は、保護直後は多少暴れたようですが現在は落ち着いており、水や肉を口にしたようです。本来であれば研究所に引き渡すのが筋でしょうが……」


「ダメだダメだ! あの狂人どもの手に渡ったら最後、研究の名の(もと)に散々いじくり回して結局殺してしまう。脇目も振らずに外交トラブルまっしぐらだ。保護したのは英断だったな。死んだ個体はどうした?」


「この陽気です、放置しておけば腐敗し衛生上よろしくありません。いっそ焼却してしまおうか、と考えておりました」


 リッシュはタバコをふかしながら、しばし考える。


(確かに衛生上の事を考えれば、放置しておく訳にはいかない。研究所に嗅ぎ付けられ、回収されても厄介だ。しかし、(あと)でベールから要らぬ疑惑をかけられても面倒だが……)


「良いだろう、早急に焼却処分しろ。ケツは私が持つ」


「は、了解しました」


「で、その商隊の商人どもは?」


「商人は八名、留置所にぶちこんでおります。取り調べを行いましたが、全員何も喋りません。やむ無く特別取調室へ送ろうかと」


「ああ、殺すなよ、後々(あとあと)面倒だ。とは言え、絶対に口を割らせろ。調査権は我々にある、他所(よそ)にかっさらわれるなよ。では調査を待って外務省に掛け合い、返還の段取りを……」


「閣下、その事についてですが……」


 リッシュはアステルをジロリと睨み付ける。


「貴様、その顔はまた良からぬ事を考えているな」


「滅相もございません、一つのご提案です」


「はぁぁぁぁ……」とリッシュはさらに深いため息。


(絶対にまともな話ではない。断言出来る。過去、こいつのバカげた話にどれだけ振り回されてきたか……)


「……聞くだけ聞こう。言ってみろ」


「は、端的(たんてき)に申し上げます。バルマーウルフ、我が隊で飼育したいと考えます」


「………………」


 言葉が出ない。


 分かってはいたのだ。アステルは厄介事をさらに厄介にする天才だ。波風立てずに物事を収める、という大人であれば誰しも考え実行する処世術を知らない。いや、知っているがやらないのか……? ともあれ、今回のこのバカ話は過去最大級だ。が……


「……貴様、至宝という言葉の意味を知っているか?」


「は、この上なく貴重な宝、であります」


「ほう、知っていたか。しかし、こいつは驚きだ。知っていて(なお)、その様なバカげた話を私の前でのたまう(・・・・)とはな。ここまで来るとこれはもう、嫌がらせや精神攻撃の(たぐ)いだ。貴様、そんなに私の事が憎いのか?」


「滅相もございません、いたって真面目な提案です」


 ドン! とリッシュはテーブルを叩く。


「真面目な者はこんなバカげた提案をしないと言っている! ベールの至宝は両国間にばらまかれた毒入りの飴玉のような物だ。甘い匂いに誘われうっかり拾い上げればその手はただれ(・・・)、口に含もうものならすぐさま死に至る! 貴様に自殺願望があったとは初耳だな!」


 激昂(げきこう)するリッシュに対し、眉一つ動かさずアステルは進言を続ける。


「我が副官ライシンによりますと、バルマーウルフは人のみならず、他の種族の言語まで理解出来る程に知能が高く、(あるじ)に対して従順であり、かつ優れた嗅覚を持っている、と。それらの能力を組み合わせる事で現在帝都が抱えている社会問題を、水際で食い止めるきっかけになるやも知れません」


「……社会問題とは?」


「薬物です」


 ピクリ、とリッシュの眉が動く。


 そう、今回のこのバカ話は過去最大級だ。が、アステルのバカ話、実現すればアステルの持ってくる厄介事を、遥かに上回る大問題を解決するきっかけになる事がある。故にリッシュはどんなに悪態をついたとしても、アステルの言葉を聞いてしまう。いや、聞かざるを得ない。


 そしてそれをアステルは理解していた。


「……続けろ」

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