結 : Bane
死ぬ覚悟は出来ている。
だから後は向こうが引き金を引くのを待つだけだ。
しかし、拳銃の発砲音は何時まで経っても鳴らない。
「……気のせいか……」
俺の考えと重なって奴の呟き。一体何だろうか。だが目を開けて確かめる気力は無い。
「いや、違う!」
何を慌てているんだ? 何が違うのか、俺には果たして分からない。
「……ハメやがったなてめえ! どうりで俺を誘って来た訳だ畜生!」
確かに俺は爆弾を仕掛けた地点へ誘おうとしたが、それは失敗した筈だ。一体奴は何を怒っている?
その時、
ゴゴゴゴゴ!!!!! ――突如鳴った轟音。
地震、瞼に遮られても分かる閃光。
俺は成すがままに飛ばされるだけ。堅い地面の上を転がされる。
ほんの一瞬が数時間にも感じられる。
まだ止まらない――ゴゴゴゴゴ……
やがてそれらは収まり、流れる静寂。
横たわった俺は好奇心と義務感に駆られ、光を焼き付けられた瞼を思わず開ける。
目の前に居た青年は消えていた。
代わりに、少し離れた所には巨大なクレーターが出現していた。
クレーターの表面では何かに溶かされたように熱気を帯びているのが見える。
「……きえた、の、か……」
俺の問いには誰も答えてくれない。
仰向けになり、昼下がりの青く晴れ渡った空を見上げた。
太陽と青い空が見えるだけ。
だがそこにある。
聞いた事があるぞ。確か軍が人工衛星による戦術レーザー砲を開発していたそうだ。
奴のスピードでは狙いが定まらないから、俺が引き付けている間に照準し撃ってくれたって訳か。
偶然俺には命中しなかったのが何たる幸運。やっぱし今日はツイてるな。
「……が……が、ははは、はは、は……は……」
勝利の高笑いを上げた。弱々しい声は虚しく俺のみに響くだけ。
瞼が重い。もう笑い声も出ない。地面に張り付く感覚が消えゆく。
俺の強運もここまでか……
フランスに存在するとある軍施設。その奥のコンピューターが並んだ指令室にて。
「映像が回復します」
白いノイズだらけの大きなモニターが切り替わり、画面には瓦礫と荒れ果てた住宅地と、中央に大きく存在するクレーター。
「周囲に動的反応はありません。目標は沈黙、いえ、消滅しました」
コンピューターを操作するオペレーターの報告を聞き、部屋中心のデスクに立つ指揮官らしい五十代程の男性がホッと胸をなで下ろした。
「ようし、待機命令解除。出動させていた兵員を向かわせ様子を調べさせろ。しかし、小さく高速で移動する目標には照準が合い難いという衛星レーザー砲の弱点を、あの名前も分からぬ兵士が引き付けてくれたお蔭で何とかなったものだ」
「言っておきますが、私は最後まで衛星兵器の使用は反対でしたがな」
反論するのは隣の補佐官らしき三十代の男性。安心する指揮官とは対照的に、顔を強張らせている。
「仕方あるまい。あのままでは更に大量の兵士が殺されていただろう」
「上層部にはどう伝えます? まさかたったあの一人の人間相手に、衛星レーザー砲を使用したなどと、とても言えませんでしょう」
「常識的に考えてはそうだ。だがこの出来事が常識だと思えるか? それにデータも取ってあるのだ。説明に使えば良い」
「ですが……」
「違う。問題は“これ”が何なのか、突き止めなければならぬ」
「……はい」
反論しようと口を紡ぎかけた補佐官だが、指揮官に先を越されては言いようがなかった。
「まあこれでこの一件は終わったって事でしょうかね」
補佐官が肩の力を抜き、ため息を吐く、その時だった。
ビーッ! ――何の前触れもなく警報音。
「何事だ?!」
反射的に指揮官が冷水を浴びせられたように問う。
「……あ、何と言いますか、その、こちらを……」
口ごもった言い方のオペレーターはモニターを示した。二人が画面を覗き込む。
衛星兵器の状態を示すモニターの中央には、【撃墜】の文字が赤く大きく示されていた。
「どうなってる?! あの衛星の位置は他のどの軍にすら知られていないのだぞ!」
怒鳴りながら勢い良く机を叩いた指揮官。補佐官がなだめようと目の前に入る。
「少将、落ち着いてください。もしや射撃で逆探知され、衛星の居場所がばれたのでは……」
「馬鹿を言うな! 落ち着いていられるものか! 射撃から三分と経たず、場所を特定され撃墜されるなんて幾ら何でも早過ぎる!」
興奮する指揮官だが、補佐官は聞き入れ考えてみる。
「……確かに、逆探知してからミサイルで撃ち落としたとすればもっと時間が掛かるでしょうし、砲撃ではそもそも大気圏外には届きませんし……」
結論が出ない所へ、オペレーターが話に割って入った。
「待って下さい、成層圏観測飛行船から見た、地上の先程の人物が消滅した地点の近くです」
大画面の映像が切り替わる。
画面の中央には、見知らぬ人物がこちらを向いて銃を構えていた。
「何だ奴は? まさか新手か?!」
「ひょっとして衛星兵器はあの男が……」
補佐官が言い終わる前に、画面の中の男は引き金を引いていた。
数秒後、画面はブラックアウトし、ノイズだけを映す。
「……これで決まりだな」
「……はい……」
補佐官の肯定を最後に、指令室内を沈黙が訪れた。
数秒後、静寂を破ったのは外部からの通信だった。
『指令部へ報告! 現在突然現れた別のターゲットと交戦中! 人型で先程の人物と同じく強力な力を持っています!』
「そうか……」
指揮官は諦めたように呟きながら、力なく拳を机に叩きつけた。隣の補佐官も歯を噛み締めている。
しかし彼らの絶望は、
『小隊長! あれは!』
『二人居るぞ!』
『いやあそこにも……四人だ!』
『違う、もっと……』
続く通信内容によって、更に深くへと入り込む事となった。
突如ノイズに変わる兵士達の声。
周波数が同調した兵士達の通信を聞き、指揮官は恐ろしさすら同調し、無言のままただ体を震わせる。他の誰かさえ何も言わない。
『撤退だ! 撤退しろ!』
『化け物めえ! 死ねえ!』
『駄目だ! 追い付かれた!』
銃撃と爆発のBGMの中、肉の裂かれるSE。指令室内の人間は皆顔を顰めた。
「海軍と空軍はどうした! まだ援護が入らんのか!」
補佐官の怒鳴るような尋ね。
「それが、海軍と空軍も謎の勢力と交戦中だとの事です。これも恐らくは……」
返ってきた報告に、思わず息を吐きながら頭をがっくりと下げた補佐官。
「それで、“奴ら”について何か分かっている事は?」
沈黙した指揮官の代わりに補佐官が更に尋ねる。
「はい……敵の数は、陸軍が戦闘中のが八体、海軍が交戦中なのは十二体確認されています。空軍は現在地上と海上に分かれそれぞれを援護中。どの“人物”も例外無く、やはり強力な力を持っているそうです」
それを聞いた補佐官は怒りを爆発させそうになるのを堪え、拳を握り締めた。
次の瞬間、
『第一級警告! 敵の侵略を受けています!』
施設内の警報と共に、合成音声が敵襲を知らせた。警報は、敵がこの施設内部まで侵入し、こちらが追い詰められている事を示している。
ガコン!
警告を予兆にしたかの如く、指令室の後方で轟音。
皆が一斉に振り向くと、部屋と外界を繋ぐ唯一の、重そうな金属製の扉が大きく凹んでいるのが見えた。
扉は断続的に轟音を鳴らし、その度に壁が轟音と共に凹みを増す。
やがてスライド式のロックされたドアは外れ、部屋側に倒れた。そこには若い人物の姿が……
「ああ神よ、我々に勝ち目なんて始めから無かったんだ……」
指揮官はあっさりと現実を容認した。
「本部へ連絡。敵の指揮官を発見。抹殺します」
「我々に勝ち目なんて無かったんだ……」
「核だ! 核を……」
若い人物の声を聞き、補佐官の慌てた指示が出た直後、指令室内を血飛沫と悲鳴が埋め尽くした。
部屋へ強引に侵入した人物は、部屋のあちこちに転がる死体を一瞥する。そして耳の通信機に手を当て、喋ろうとした。
しかし、目の前で起きていた出来事によって開きかけた口を閉じる。
視線の延長上では、頭を抉られだらけた死体の一つの指が、モニターのパネルを押していた。そして画面には無機質な文字。
【核要請を許可 発射開始】
西暦二〇七〇年某日、フランスノルマンディー地方にて米仏連合軍が謎の勢力によって壊滅され、最終的に戦域核が使用され勢力は壊滅されたものと思われた。
またアジア・中東での発展途上国同士での小規模な戦争が行われていた事も重なり、この事件によって間接的ではあるが世界中に波乱が呼び起こされ、後の「第三次世界大戦」が勃発した。