転 : Resist
『目標を確認。幾らか損傷を受けているようですが、異常なく動いています』
『待て、奴の様子がおかしい。どこか変な方向を向いているぞ』
味方の通信を余所に、奴は余裕の、人を貶す嘲笑を浮かべていた。
俺に向かって指を指している。
そして青年は指を銃の形にし、バン、と撃つようなジェスチャーを見せた。
『今笑ったぞあいつ』
『妙な行動を取りますね……』
撃ってみろ、と誘っているのだろう。ふざけやがって!
怒りに身を任せた俺は、対物ライフルの引き金を引いていた。
スコープの向こう側で奴は首を曲げる。直後、青年の後ろにあった瓦礫に銃痕と砂煙が生まれた。
次の瞬間、スコープからは青年の姿が消滅した。
『目標が目の前から消失』
続く味方の通信。疲れて気迫もさほど感じない。もう残り少ないのか……
来やがれ。例え俺は死んでもお前を絶対に殺す!
『……はあっちに……』
『……だ……しろ……』
もはや味方の通信も聞こえない。小刻みに振動する視界。体の震えが自分でも分かる。
銃の向きを変えると、青年が正面から恐ろしい速さで突進する光景が見える。
こんなのを避けるのは余裕だってか? 舐めやがって!
待て待て、相手の思うつぼだ。
落ち着け、深呼吸だ……せめて最後の二発くらいは当ててやろう。
俺は銃を手放し、代わりに瓦礫をどかして立ち上がり、右腕を前に突き出す。
右腕の三銃身ガトリングが、俺の意志に連動して回転を始め、秒間五十発もの驚異的なスピードで掃射。
ガガガガガ!――連続する振動のような反動。バイザーで軽減されたマズルフラッシュが目に焼き付く。
バイザーに映る拡大された映像では、男は大量の銃弾を前に躱す事も防ぐ事もせず、銃弾はそのボディに簡単に弾かれる。
ならもう一丁、左腕も前に。
左腕のグレネード連射銃が俺の思考を読み取り、毎秒二発のペースで発射。ガトリングと比べ物にならない程遅い連射速度だが、それを爆発範囲で補っている。
バシュッ!――強い衝撃によって一瞬、左腕が後退させられる。
やはり初速が遅いのが駄目か、男は体をスライドさせて断続的に放物線を描くグレネードを避け、虚しく瓦礫が破裂する。
ならこれでどうだ。
俺の意志に従って、両肩に格納された二丁の軽機関銃がロボットアームによって展開し、撃ち続ける。視線で照準を定めるか画像認識システムでロックオン続ければ自動で撃ってくれる。
両肩を押さえ付けられるが、パワードスーツの重量と出力によって反動はへっちゃらだ。また、脚部では高負荷射撃に対応する際に、ふくらはぎから射撃安定補助レッグまで展開してくれる。
ただし軽機関銃程度の銃弾も男は受け付けず正面から突破される。もはや驚きも悲しくもないが。
【グレネード:残弾無し 軽機関銃:残弾無し ガトリング:残り五十発】
左腕と両肩の反動が無くなる。やがてガトリングから発射音が無くなり、モーターの回転音だけが空しく残る。
【ガトリング:残弾無し 残り武装:ソード、ワイヤーガン 目標:正面百メートル停止中】
音速で走れるはずの奴が、ガトリングの弾が無くなる程時間が掛かる訳ではあるい。しかも止まってるだと? 舐めやがって!
いや、逆だ。向こうはいつでも殺せる、と俺を甘く見ている。まずは呼吸を整えよう。
「来いよ。どうした? ただの人間の俺が怖いってのか?」
俺は深く息を吐いて、足元に転がっているライフルを拾い上げ、ガチャリ、とボルトを引く。空薬莢をこぼし、腰に構えながら左手を前に出し、掌を上に、相手に見えるように「来い」と数回ヒラヒラさせる。見えるかどうかは知らんが、奴の力ならどうせ見えているだろう。
【警告:目標:急速接近 目標:前方十メートルで停止】
レーダーの示す通り、俺の十メートル先に男の姿があった。まさか俺の手に乗っかるってのか?
「おいオッサン」
遠くから、恐らくは俺を呼びかける声。否、味方識別信号は周囲には無い。だから間違いなく俺か。
「なあ、聞こえてんだろ? 決闘しようぜ」
「……ルールは何だ?」
奴を「範囲内」にさえ入れられれば、俺はそれで良い。
青年はニヤリと余裕の笑みを浮かべ、口を開いた。
「そうだな、あんたは俺が戦った中でも“普通”の奴らの中では頭が切れるし、相当強い。だからここは一つ、敬意を表してあんたが決めて良いぜ」
チャンスだ。だが万に一つのこの機を逃してはならん。歯を噛み締める。
「それは本当か?」
「ヘヘヘッ、頑固はいかんぜ年寄りさん。俺が嘘を付くような奴に見えるか? 俺が不利な条件でも構わん」
見えるとも。特にお前みたいにヘラヘラ笑う若者はな。
だが、ルールが決められるのはデカい。どうやって誘い出す?
「なら、お前はハンデとして武器を使うな」
「これを使わなければ良いんだな?」
奴は抱える銃を頭の高さに持ち上げ示す。
「そうだ。良い銃だな」
「おっ、分かる?」
そして青年は俺の要求をあっさり受け入れ、銃をゴミのようにそこらへ投げ捨てた。戦車の装甲すら貫く奴が無ければ、こちらにとっては条件は大分マシだろう。
とはいえ、奴自身の力を侮って良い訳じゃないが。
「しかし妙な銃だった。弾薬や反動はどうなっている?」
「そこに気付くとは頭良いな。簡単に言えば、俺の持つエネルギーを直接発射して衝突の瞬間に破壊や熱に直接変換している。弾薬は必要無いし、銃弾はエネルギーの塊だから反動も無いって訳。まあ知っても無意味だがな」
エネルギーを衝突時に直接変換……一体どんな技術なんだ?
現代の歩兵携行装備として、レーザー光線や素粒子ビーム、レールガンといった兵器は、まだ実用化されていない。色々原因はあるが、一番はエネルギー効率が悪いからだ。
エネルギーを直接変換するという技術は聞いた事なんて無いし、ましてやそのタイミングを調整出来るなんて、実在するならもっと世間に広まってエネルギー資源に革命が起こる筈だ。それが戦争に使われるのは皮肉だが……
「他は無いのか? 右腕と両足を折られたって構わん。何ならもっと武器を持って来たって良いんだぜ」
「……いや、これだけで良い」
「ほう……」
笑いを含んだ男の目付きが急に鋭くなった。パワードスーツを着ているのに、まるで内臓まで見透かされている気分だ。
この男こそたった一人で俺の所属師団を滅ぼした張本人だ。僅かな時間で大量の味方が殺されたんだ。
自然と歯を食いしばり、震える体を動かしながらライフルのスコープを目の前に掲げる。
考える力は残っている。
何か企んでいるのか? しかし爆薬は見えないように置いているからばれてない筈だ。
「で、何時始める? 決闘は昼十二時、村の通りのど真ん中で始めるだろ?」
「若いのに中々センスあるなあ。じゃあこうしよう……今だ!」
咄嗟にずるい方法で合図を告げ、即座にスコープ越しに見える姿を中心に合わせ、トリガーを引く。
男の上体が右に傾く――心臓を狙った筈の銃弾が、虚空を貫通した。
「そんな程度か?」
「まだだ! さっさと来い! こんな程度でビビるのか?!」
挑発しながらボルトを引き、最後の弾を込める。
“今まで”と同じならば当然今回も避けられるだろう。だから、俺はあらかじめ手を打っておいた。
最後の弾は軽い小口径弾にした。口径が小さくなる分空いてしまう銃口の隙間を、発射後に分離する軽い補助発射体で埋める。これにより弾速は、秒速千二十メートルから、およそ一・六倍の千七百メートルにまで跳ね上がる。
バシュッ!――反動は変わらないが、今までと格段に違う、軽く素早い音。
「ぬおっ?!」
瞬間、青年の胸に何か物体が当たったように、敵の姿は一瞬後退した。
「ヘヘッ、やっと一発当ててやったぜ。どんなもんだ」
殺しは無理だったが、一つ成し遂げ満足した。
しかし、もう一つやるべき仕事が残っている。弾切れになったライフルを瓦礫に捨て、その準備に取り掛かる。
一方、目の前の男はというと、
「よくも俺をこんなオモチャみてえなライフルで撃ってくれたな」
コンクリートや金属すら貫く筈の銃弾を受けた胸、服に直径二センチメートルばかりの穴が空き、強く触れて赤くなった引っ掻き傷らしき痕が残っていた。
俺のさっきの呟きのせいか、それとも単純に当たったのが嫌だったのか、向こうは明らかに怒っていた。強力な力を持つのに短気とは、やはり性格は大した事ないらしい。精神攻撃は通じそうだ。
ふと、青年の姿が揺らいだ。次の瞬間、俺の目の前五十センチメートルに、奴は移動していた。
「これは殺し合いなんだ、よっ!」
パワードスーツを装着した合計体重二百キログラムの俺を、片手で頭の上にまで掲げ、
「そんな程度で満足する、なっ!」
軽々と放り投げられ、浮遊感。
間も無く背中を壁か何かに打ち付ける、硬い衝撃を感じた。勢いは止まらず、数回転がってようやく止まる。
脳を揺さぶられて頭が痛いが、スーツのお陰で外傷は無い――奴はあそこに立ったままだ。後はC4のスイッチを……
リモコンを携えている腰の辺りに手をやろうとしたが、途中まで伸ばし、先が動かない。
見ると、這いつくばる俺の横で奴が立ち、俺の手をがっちりと掴んで固定している。なんつう速さだ。
「どうやら俺を爆弾で囲み、それで俺を殺すつもりだったらしいな。だが相手が悪かったぜ、ハハハハハ!」
奴は手を振り払い、俺の腰のリモコンを取り次第握り砕く。高らかに笑いながら、破片を俺の目の前に投げ捨てた。
「……お前の言う通り、俺の負けだ……」
「やっと認めたか、最初っからオッサンが勝てる訳無えんだよ。くたばれ、このクソ目障りな……」
満足そうに俺に暴言を吐き続ける青年。傍らで俺はある事を考える――イメージをパワードスーツが受け取り、スーツが動く。
すると、小気味良い発射音が二つ、小気味良い反動が両腕にそれぞれ。腕から奴に向かって飛んで行く二本のワイヤーを目に捉えた。
右のワイヤーは奴の左足へ、左のワイヤーは奴の首へ、それぞれ巻き付き、勢い良く引っ張る。
だが、力を入れても逆方向に引き返され、全く動かない。体重まで変化している訳じゃあるまいし。
直後、引っ張る手応えを失い、腕が虚しく空振る。両方のワイヤーが千切れたのが見えた。
「野郎!」
もはやこいつを殺す事なんかどうでも良い。
無意識に左腕で勢い良く体を起こし、右手で腰のセラミックブレードを抜く。
「うおおおおお!!!!!」
ただ、奴に一泡吹かせられなければ悔しいだけだ。
雄叫びを上げながら地面を蹴り、右腕を振り出す。刃先が弧を描く。
手が止まる。目に映ったのは、剣を真横から受け止める、傷一つ無い奴の腕。
突然、頭に強い衝撃――視界がぼやけ、宙を舞う。
次に、体を叩く衝撃と豪快な破砕音。肌に風が触れたのを覚えた。
ヘルメット部が外れ、目の前に居た男がそれを投げ捨てる。
「“お前達”はな、何か武器を持たなければ戦えない、そんなザコなんだよ!」
目の前から罵声を浴びせられ、尖った手が俺に向かって突き出される。次の瞬間、左肩から先の感覚が無くなった。
青年が俺に向かって足を振り下ろす。両足の付け根に圧力――感覚が消えた。
半分遠のいていた意識が戻る代わり、襲い掛かったのは激痛。四肢を千切られ、張り裂けるような痛み。
「う、うあああああ!!!!!」
我慢できず、情けない悲鳴を上げてしまう。
俺は今まで軍人として戦場に赴き、あらゆる傷を負ってきた。銃弾も何発か受けた事はあるが、俺の運が良かったのか相手が下手だったのか、致命傷には程遠く後遺症にもならなかった。
人体の一部を抉り取られた者など中々居ないだろう。俺の友人に片足を失った奴が居たが、敵の爆弾によるもので、痛みは一瞬だけだったそうだ。
だが俺は、目の前で手足を無理矢理人力で引き千切られる、というあまりに残虐でクレイジーなやられ方だ。何なら今の俺と同じ状況を、全世界の五体満足の奴に味わわせてやりたい。
「殺して欲しいか?」
俺の目の前に、血が滴りだらしなく垂れ下がる腕や足を見せびらかす奴。胃がきしむ。
「……ま、まだ……まだだ!」
何もしないまま死ぬか、馬鹿をやって死ぬか、答えは決まってる。奴を殺せないのなら、せめて俺は最後まで抵抗してやる。
俺は唯一残った右手を腰の位置まで動かし、そこにある硬く重量のある物体を掴む。
物体を固定する引っ掛かりを人差し指で外し、腕を前に伸ばし、狙いも定めずに人差し指を曲げた。
パン!――乾いてあっさりした発砲音。こんな時だけ十数年人生を共にした愛銃が頼りない。
確認しようにも力が入らず、首が曲がらなかった。
「まだ懲りねえのかよクソ野郎! さっさと俺に殺されろ!」
罵倒が耳に入ってくる。もう俺に出来る事は何も無い。妻よ、息子よ、娘よ、戦場に立ってから覚悟してきたが、お前達を残して先に逝ってしまう俺を許してくれ。
味方の姿は全く見当たらない。対策を練るべく撤退したのだろう。こんな時だけは頼りないぜ……
「あんたのその銃のセンスが良い事だけは認めてやろう。オーストリア製の九ミリプラスチック拳銃か。『グロック』とかいったっけ。カスタムや安全装置が効いてて良いよなそれ。生憎俺は四十五口径派だが」
「……フッ……いい、だ、ろ……」
「まあ俺に傷を付ける事さえ出来んが」
勝ち誇ったように奴が言いながら拳銃を俺の手中から奪い取り、俺に銃口を向ける。
「これで死ねるならお前も本望だろう。久し振りムカついたぜ。全然力もねえ癖に。これで清々する」
もうやれる事は無い。目を瞑る。心拍は何故か落ち着いていて、次第に遅くなっている気もする。
「あばよ」
あばよ、皆……