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承 : Hope

 今の所、奴は俺の方を向いていない。もし向こうが俺に気付いているなら、俺はとっくにあの世へ行ってる筈だ。


 それに奴は既に視界から姿を消し、別の味方を殺しに行っているらしい。遠くから銃撃や爆音が聞こえている。


 廃墟と化した住宅街を見回し、死体と瓦礫の中から使えそうな物を探す。


 あれ程目に捉えられない移動速度だと、向こうの動体視力も相当あるだろうから弾速の遅いロケットランチャーや無反動砲の類は遠距離では使えないだろう。なら多少危ないが至近距離で撃つか、それとも対物ライフルで迎え撃つか。


 爆薬を使うとすれば爆発は全体に広がるから人一人だけを殺すにはエネルギー効率が悪い。だから粘着爆弾かモンロー効果で指向性を持たせるべきだろう。しかしあのスピードであれば直撃しそうにないから、やはり周囲に爆散する方が良いか……


 考えながら、俺は運良く装甲車の残骸から、無反動砲と三十ミリライフルとそれらの弾薬を見つける事が出来た。


 予め弾をセットし、他の物資を捜索する。無残に仲間の死体が転がっているが、仇は打ってやる。


 俺が目当てにしていた、考える限り最も頼もしい“それ”は、大して苦労せずすぐに見つかった。それは近くの兵員輸送トラックに搭載されていた。


「よっしゃあーラッキー! しかしこれ使うの久しぶりだなあ」


 俺が喜んだのも無理はない。


 全長二メートル、全身がチタン炭素複合鋼で覆われ、人の形をしたそれは特殊重装歩兵用のパワードスーツだ。


 値段が高過ぎるので全ての歩兵が着れる訳じゃないが、以前俺はゲリラやテロリストを壊滅させるためにこれに乗り込んだ事があったが、凄かった。というか俺はこれに憧れて軍隊に入ったんだ。


 重量が数百キログラムもの物体を持ち上げられるし、アサルトライフル弾は受け付けないし。何よりB級映画ごっこが出来るのも良い所だ……今は奴に集中するか。


 迷彩柄の軍服を脱ぎ、まずは体にフィットする疲労軽減機能や体温調節機能付きの黒いインナースーツを着る。新兵時代から愛用の九ミリ拳銃をインナースーツの上にホルスターごと付け、ようやく本体を装着し始めた。


 この時面倒なのが、漫画みたいにスーツが自動で変形してくれないから殆ど自分の力で着なくてはならない。まあ変形とか脱着以外必要ない機能だし。足を付け、唯一の装着機能として関節をボルトで繋ぎ……


 操縦者を除いた重量は百二十キログラム、最大出力二万ワット、最大走行速度五十キロメートル毎時間、軽金属貯蔵式燃料電池で動き、最大稼働時間は六時間。


 右腕に三銃身のガトリング砲、左腕にグレネード連射砲、両腕にワイヤーガン一本ずつ、両肩に軽機関銃一丁ずつ、腰にセラミックス複合炭素鋼の剣、バッテリーが切れて動けなくなった時の為に、スーツからの緊急離脱装置や備え付けの拳銃とサブマシンガンも付いている。


 歩兵を守り、歩兵の力を最大限引き出せる。見事だが、全身を覆うため、体のどこかが痒い時に掻けないのが辛い。まあそれと値段以外に欠点は無いだろう。


「とりあえず武器はこれでよしと……」


 問題はこれらをどう使うか。まさかこれらの装備を一気に使っても倒せまい。


 現在、奴を倒せる候補は三十ミリライフルと近距離での無反動砲。ガトリングやグレネードはせめてもの護身用だ。


 味方達が引き付けている間、まだ時間がある。他には無いのか……


 見つけたのは同じく対物ライフルやロケット砲ばかりで違う物が出て来ない。精々C4爆薬や硝安爆薬、手榴弾が良いところだ。その代わり大量にあるので、爆薬で囲んだ所へおびき寄せて周囲三百六十度から強力な爆風で押さえつける、なんて方法でも……


 爆薬を瓦礫の中に仕込みながら考え、爆薬に関してはセット完了だ。俺から五メートル前方の開けた場所を中心に半径五メートル以内に等間隔でC4を、そこへ万遍なく硝安を設置。勿論瓦礫に埋まっているから外側からでは気付かれまい。


 問題は、どうやってその範囲に誘い込むか。奴が俺に気付いてこちらに向かったとすると、あの速さじゃC4のボタンを押す前に殺される。一番良いのは俺がこの爆薬設置範囲内に居る事だが、やっぱ自爆しか無いのか……


 俺はパワードスーツを着ているが、大量の爆薬はおろか当たり所が悪ければ対物ライフルにさえ負けてしまう。


 俺は偶々近くに落ちてあったスコップを持ち、地面を掘り始めた。当然爆薬設置内だ。


 スコップは穴を掘ってそこに隠れるためにある。大砲の榴弾は爆発して破片を撒き散らすが、伏せて隠れる程度の窪みがあるだけでそれを防げる。まあ手榴弾を投げ込まれればオダブツだがな。それにスコップは殴ると強い。もっとも、アイツには通じないだろうが。


 パワードスーツの二万ワットという、理論上では一トンもの物体を持ち上げられるだけの力のお蔭で地面を掘るのが疲れない。始めてから二分が経って既に、縦二メートル、横六十センチメートル、深さ十五センチメートルもの穴が出来ていた。


 あと三十五センチメートル深く掘ると、ライフルとロケットを中に入れ込み、自分もその中に入り、動けるスペースを確保しつつ、瓦礫と土で自分もろとも埋める。


 外側も自分が爆発を受けないようにするため、出来るだけ土と瓦礫で囲み、爆薬をスーツの外壁へ付けた。戦車の爆発反応装甲と同じく、爆発で攻撃を跳ね返す事によって内側の自分は助かるって訳。爆風自体は人体に直接吹き付けなければ大丈夫だ。


 土に囲まれ、身動きはあまり取れない――遠くても車両が光を放ったり煙を上げるのが見える。パワードスーツの通信機能で味方の叫びや爆音どころか、挙動や振動まで伝わってきた。随意分と高解像度だな。


【兵装の照準と同期】


 もっと正確に状況を知るべく、ライフルのスコープが見る景色を、ヘルメット内の目の正面に来るようにした。


 青年が上に蹴り上げ――その先にある戦車の砲塔が、プレッツェルみたいにポキリと折れるのが見えた。


【対象物距離:五百二十メートル 目標:設定・捕捉】


 バイザーヘルメットの裏側に表示されるメーター類、その中で視界左下に映るレーダーの表示だ。


 目標を設定し、広角カメラだの赤外線距離把握システムだの搭載された観測機器は勿論、ドローンや味方からの情報、果ては観測飛行船・衛星まで、これらを基にその居場所を割り出してくれる優れモノだ。パワードスーツの真価はこういった人工知能の有効活用にもある。


 奴は既に俺達の一個師団を壊滅させ、別な味方を殲滅しているらしい。所々レーダーに味方を示す点が見えるが、それは俺と同じく、運良く見つからなかったからだろう。だが、それでもまともに動けるとは思えないが……


【目標:六百メートル地点を北上中 目標移動速度:時速千二百キロメートル】

「何だって?!」


 思わず上げた声がスーツの中で響いた。


 現在時刻昼三時過ぎ。太陽は俺の斜め左後ろに位置している。つまり男は俺から斜め右前へと移動しているので、俺に近づいている訳ではない。


 俺が驚いたのは、後半の「時速千二百キロメートル」という部分。まず音の速さが秒速三百四十メートル、時速に換えれば千二百二十四キロメートル。つまり男は、センサーが間違っていなければ、ほぼ音速で走っているという事になるのだ。


【目標距離:現在地点から北西へ千六百メートル 目標:停止】


 レーダー表示が更新されるまで約三秒、奴が移動した距離は一キロメートル。およそ秒速三百三十メートルになる……間違いない。


 信じられない光景を何度も目の前にした俺は、あっさりと事実を受け入れていた。その代わり、奴を仕留める事に集中するだけ。


 スコープで覗いてみたが、幸運にも地形の起伏や建物で隠れて見えない、という事はなかった。俺がちょっとした起伏の頂点に居るのも一つの要因だろうが、建物が壊れていて見通しが良いのもラッキーだ。今朝のテレビの星座占いめ、最下位というお前のあては外れだぜ。


 どうでも良い考えに割り入るように、レーダーが奴の動きが止まったのを知らせた。スコープ越しには、奴が笑いながら味方一人に何か言ってるのが見える、何も聞こえないが、恐らく馬鹿にしているのだろう。


「戦場ではそんな傲慢が命取りになる事を教えてやる。銃弾もセットでお得だ。オペレーターは一切増員いたしません」


 冗談を呟きながらスコープの中心を男の頭に。パワードスーツ搭載のコンピューターが弾道計算をしてくれるので、相手が止まっていればバイザーに表示された標点を合わせて撃つだけ。


 人差し指を引き切る――重く速い発射音と同時に、体ごと後退する一瞬の圧力。デカい空薬莢が瓦礫の中にこぼれ落ちる。


 パワードスーツと周囲を土で固めたお蔭で反動を減らし、体勢を崩さずにスコープから男が見える。狙う。


 およそ一・五秒後、突然だった。スコープに映る男が急に上体を斜めによじらせたかと思うと、弾は側頭部を掠めていった。


 まさか銃弾が見えたのか? とはいえあんな恐ろしいスピードを持つからには当然だろう。


 だがあの反応、少なくともダメージにはなるから避けたに違いない。希望を見出してボルトを引く。


『目標一瞬沈黙、攻撃を畳み掛けろ!』


 通信が自動的に傍受した反撃の命令———スピーカー越しに銃声の嵐と、スコープの視界を埋め尽くす無数の発射光。


『対人ライフルは無効だ! 爆発物か対物ライフルを使え!』

『化け物めえ!』

『出来るだけ相手の動きを牽制しろ!』

『相棒の仇だクソッタレ!』


 大きな音や眩しい光は、通信機とバイザーヘルメットを通して人体に悪影響が出ないレベルにまで抑えられるが、有り余る気迫が伝わってくる。ありがとよ、会った事も知りもしない同僚達。


 だが、奴はとっくに俺の視線の先から消え、見えないが数々の銃弾や砲弾や爆弾を躱しているのだろう。黒い煙の中からは何も見えない。


『もうすぐ海岸沖二十キロメートルから海軍による支援攻撃が入る。離れながら奴をこの場に押さえ付けろ!』


 味方からの通信と同時に、爆炎が上がる。すると、爆風で体勢を崩した青年が姿を現した。


 考える間もなく引き金を引き、ガクン――結果を知るべくスコープを凝視する。


 一拍遅れて奴が地面を蹴って跳ぶ。当然弾は当たらなかっただろう。向こうの姿が地に着くと再び動き回る。


 全く、どうやったら一キロメートル以上離れた所から発射された、しかも音速の三倍を誇る銃弾すら簡単に避けるのだか。


 ボルトを力一杯引く。マガジンは一個で五発、だから残りは三発。


『着弾まで五秒……』


 味方は既に砲撃誤差範囲外にいるらしく、それ以上後退する動きを見せないが、


『四、三……』


 男が攻撃に翻弄されて中々移動できないまま、


『二、一、弾着!』


 スコープに閃光が映った。勿論、爆発による物だ。爆風が巻き上げる砂煙が視界を遮る。


 閃光から五秒ほど遅れ、爆音が千六百メートル離れた俺の耳にも届く。


 爆音は一分ほど続き、音は止んだ。


『誰か奴を確認してくれ!』

『今やっている!』

『……おい、嘘だろ?! あんなん受けてまだ生きてるってのか?!』

『少なくとも目標に目立った外傷は無し! 早く海軍にもう一度艦砲射撃の要請を……』


 告げが中断され、代わりに、グチャリと人肉が弾ける音が、スピーカーから忠実に再現された。こういう時だけ綺麗な高画質・高音質は必要ないな。


 元々血飛沫や爆散やらグロいのに慣れている俺は、スピーカーの音を意識から外し、バイザー越しにスコープを、スコープ越しに標的の青年を……狙う。


 引き金——一秒強遅れて男の体が大きく横にスライドした。


 続く味方達の弾幕射撃。ダメージを受けているどころか被弾しているという雰囲気は無いが、青年の行動を抑えてくれているのは確かだ。


『あと三十秒で空軍から攻撃機による支援が入るぞ』


 よっしゃあ、これまた頼もしい。何なら戦域核でも出しやがれ。


「俺も、せめて一発!」


 俺は両手に持った対物ライフルを傍に置き、隣に置かれた無反動砲に持ち替えた。装填の手間が惜しいので、これは使い捨てにする。無反動砲は残り三つだ。


 無反動砲は通常のロケット砲とは違い、反動の代わりに強烈な後方爆風を吹き出し、それによって反動を打ち消している。少々重いが、命中精度は良く、現代では一キロメートルも離れた地点へ命中させる事も出来る。


 俺が今使おうとしているのはカウンターマス方式といって、後方爆風によって弾と同じ重さの重量物を吹き飛ばす。これによって後方爆風を減らし、砂埃は巻き上がらないから居場所もばれにくい。


 弾は誘導装置も無いから目視で狙いを定めなければならないが、パワードスーツのコンピューターが簡単にしてくれる。


 狙いを定めてトリガーを引く――体が固定される圧力。これを三回。


 ただ、弾速は俺の目に捉えられる程遅い。大量に発射する訳でもなく、一発一発が特別強力な訳でもないから正直不安だ。


『あと五秒……』


 最初のロケット弾が地面に命中し、土砂を巻き上げる。だが奴には遠く及ばない。


 続いてもう一発、今度は男より横に十メートル程離れた位置で爆発し、爆風で怯ませる事も出来なかった。


 最後の一発。これだけでも当たってくれ……


 キイイイン!――高速物体が空気を圧縮する事で生じる衝撃音。つまり空軍はもう近くに居る訳だ。


『爆撃開始!』


 スコープから目を離すと、視界の左端、味方の三角形をした航空機が奴へ接近するのが見える。観察すれば、機銃弾をばら撒き、機体下部からミサイルを投下している。レーダーを見れば、味方機は男の居る座標のすぐ近く、あと二百メートル地点。


 青年の足下より二メートル、爆発し、土砂が巻き起こる――身体が爆風によって吹き飛んだ。後はやってくれ。


 途端、大量の攻撃が青年に降り注ぎ、炎が辺り一帯を包んだ。数秒遅れて爆発音。奴の姿は爆発の嵐で見失った。


 驚くべき事は突然訪れた。


 視界の右上の方で何かが光った。原因を確かめるべく、再びスコープを覗き込む。


「……嘘だろおい?!」


 さっきまで俺達の援護をしていた爆撃機は、燃える金属の屑と化していた。


 まさかあれを撃ち落したのか?!


 爆撃地点を覆っていた嵐が収まり、機体が地平線の向こう側へ消える。一方、奴は銃口を上空へ向けていた。


 前世期から戦闘機の材料だったチタン合金は現代において炭素繊維を加えたカーボンチタン合金となっており、硬度・軽さ・耐熱性・ステルス性、全てチタン合金を上回っており、三十ミリライフル一発で仕留めるのも難しい。


 それを奴はあんなアサルトライフルもどきで、しかも全部撃ち落とした。銃弾の威力が高いのか、連続で当てる精度が高いのか、それとも両者か。


 考えている間、俺はある事に気付いた。


 奴がこっちを見ていた。


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