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起 : Encounter

未知は人間の本能である好奇心と恐怖を煽る。

 銃の使い方というのはとても簡単だ。


 銃を正しく持ち、狙いを標的に定め、あとは引き金を引くだけ。たったこの三つを正しくやるだけで敵を殺せる。実に簡単だろ?


 兵士として鍛えられた俺なら、小は拳銃、大は対物ライフルまで、歩兵が一人で使用する事を前提に設計された武器ならば大抵の物は扱える。


 銃に不慣れな民間人であっても、正しい持ち方ならば九ミリ拳銃程度なら扱える。狩り用のハイパワー拳銃は撃てば肩が脱臼すると言われているが、それは持ち方が間違っているからだ。また、銃がちゃんと縦になっていなかったら反動でブレて中々当たらない。


 引き金を引く、という点に関しては使用者か銃自体の問題だ。


 何度も人を殺して来た身であれば引き金を引く事に迷う事は無い。銃だって欠陥品でもない限り弾はしっかり出る。


 だが、ここでの“問題”は「狙いを標的に定める事」。


 銃弾を目標に命中させるためには一番重要だ。針でさえ急所に突き刺せば一撃で死ぬし、大砲だって狙いを外してしまえば無意味だ。


 自慢ではないが、俺は両目とも視力二・〇以上はあるし、格闘で培った動体視力だってある。今日に限って体調が優れない訳でもない。むしろ今日は出掛ける時に妻から、いってらっしゃいのキスを貰ったから調子は良い。


 要するに、ナルシスト的に言えば、俺には欠陥は無いという訳だが……


 ところで、現在直面している問題というのが、その“標的”だ。


 軍務に就いてから今まで十数年、俺は米国陸軍兵士として歩兵は勿論、重機関銃、バイク、大砲、装甲車、戦車、あらゆる敵を相手にしてきたが、どんな相手だって自分の目に捉える事は出来たし、弾を命中させ破壊する事だって可能だった。


 だが、


『被害が甚大だ! 退却する!』

『敵の座標を教えろ!』

『お前ら! この前線は絶対に……』

『確認した! 敵は現在戦車隊を突破し……』


 突如、耳にはめたイヤホン型通信機から味方の声が消え、ノイズ音。


 前方で前線を支える味方達のために、四百メートル離れた後方で狙撃支援を行うのが俺の役割だが、“標的”は見えない。


 代わりにライフルのスコープ越しに見えるのは――ボロボロに打ち壊された住宅地、恐怖に駆り立てられながら小銃を乱射する味方達、戦意を喪失し武器を捨てて逃げ惑う味方達、そして、倒れてピクリとも動かない味方達の死体の山。


 たった今、味方の一人が投げ飛ばされるように俯せに倒れた。生の気配を感じない背中には何かに貫かれた、例えるなら太い槍のような刺痕と、滲み出る血が見えた。


 近くで若い兵士がナイフを持ってやけくそに振り回している姿が見える。突然、その胴体が血肉を吹き出し、胸には防弾ベストを貫いた、直径十五センチメートルはあろう大穴が見えた。


 あのサイズの穴や血や肉の飛び散り加減から見るに、恐らく対物ライフル級の銃弾を受けたのかもしれない。


 ところで、俺やこの場に居る味方は皆、今日この戦闘に派遣され、現地に着いてからまだ一時間も経っていない。にも関わらず、既に数師団級の戦力は半分にまで削ぎ落とされている。


 対処するにもその対策しようがない。


 理由は単純、敵が見えないのだ。


 派遣されてから味方の最初の一人が死ぬまで想像すらしなかった。その当時は突然、まるでトラックにでも正面衝突したかのように吹き飛び、その時の衝撃で即死だったのだ。


 以来、俺達は未知なる何かに震えながらこうして無残に、理不尽に死んでいっている。


 何なのかは分からない。だが、確実にそこにある。


『狙撃部隊に告ぐ! 中衛部隊を破られ、そちらに向かっている!』

「マジかよ!」


 思わず声を上げた。額が汗でびっしょり濡れていた事に今頃気付く。


 左方向にオレンジの閃光――横に振り向くと、数十メートル離れた先、戦車一台が突如にして爆発し、炎上していた。爆風に煽られ、倒れる味方も見える――ドゴン!


 あの爆発だと外側に爆薬を仕掛けたのではなく、内側から爆発が起こったのか。グレネードを真下に投げ込むには接近の前にやられるだろうし、燃料タンクを撃ち抜くにしてもよっぽどの威力と精度が必要になる。


 爆炎と爆煙の中に向かって、近くの兵士達が所構わず銃を乱射している。どの顔も恐怖に引き吊っていた。


 目視した兵士達は二十人程、しかし、次の瞬間恐るべき事が起きた。


 一秒にも満たない時間――二十人余りの兵士達が無音で銃弾を食らったように吹っ飛んだ。彼らは胸から血を流して二度と起き上がらなかった。


 ありえない、何だ今のは?! 何も見えなかったし、何も聞こえなかった。


「畜生! 誰か説明してくれ!」


 驚き、未知の恐怖に怯えながらも俺は両手に抱えるライフルをフルオートモードにした。スコープから目を離し、状況を把握すべく全体を見渡す。


 少し離れた所にあった装甲車両が縦方向に百八十度倒れていた。更には後方のエンジン部に大きな凹み。しかし、あの凹み、まるで漫画みたいに誰かが殴ったような手形みたいだな……


 誰か? 手形?


 倒れた車両の傍に、ストレートを打ち終わった体勢の……


 人だ。


 身長は俺とそう変わらん、百八十センチメートル前半。まだ若く二十代の青年に見える。体格は普通。少々痩せても見えるが、それは鍛えられて引き締まっているからだろう。


 服装は何の変哲も無いシャツにズボン。防弾ジャケットの類は身に着けてない。左手にはアサルトライフルらしき銃。少なくとも見た目は人間だというのは確かだ。


 オイオイ、冗談だろ?! まさかコイツがたった一人で師団数個をあっという間に半滅させたってのか?! 怪獣の方がまだ説得力があるぞ。


 俺の疑いを嘲笑うように、視界から奴の姿が消えた。パッと消えるのではなく、視界がぼやけた感じだ。


 九時の方向、一人の兵士が巨大な鉄球にぶつかったかのように軽々と吹っ飛び、後ろにあった装甲車に激突する。


 再び奴が姿を現した。腰に銃を構え、引き金を引いている。


 銃口の延長にあった、先程の兵士がぶつかって停止した装甲車。後方のエンジンルーム外壁に銃痕が出来上がる。それも一瞬という時間で数十個も……


 ふと、俺はある事に気付いた。


 火薬の点火による発光が、見えなかった。


 遠くまで届く筈の銃声が、聞こえなかった。


 男が立っている足元には空薬莢が、無かった。


 俺は奴が引き金を引き、装甲車のエンジンを貫くのを見た。だが技術が進んだ現代のどんな銃にですら必ずある発射光、発射音、空薬莢が無いとはどういう事なんだ?!


 もっと良く見たら奴が引き金を引いた時、体が全く動じなかった。これはつまり反動すらも無い、という事になってしまう。


 有り得ない。これが幽霊だったらまだいい。何せ見えないし、聞こえないし、存在しないからだ。


 でも確かに俺の目の前で起こっている……まさか夢じゃあるまいし。誰かつねってくれよ!


 青年が地面を踏み込む。再び姿が消えた。


 続いて後方で何か柔らかい物が破裂する音、例えるなら肉を叩いてミンチにする音、が連発。


 危険に身を震わせながら振り向く。体の何処かの肉を抉り出された死体が、何十と横たわっている。中央では、味方一人の胸が、青年の腕に貫かれていた。


 過剰な肉片と鮮やかな血飛沫に、流石の俺でも吐き気がする。やや遠目とはいえ、スプラッターホラー映画がこうも再現されるとは……


「落ち着け……落ち着けよ俺……」


 自分に言い聞かせ、無意識に起こる体の震えを、歯を噛み締めて抑える。


 いつも通り、冷静になって相手を見極めろ……十数年の経験が無意識に俺へ指令を与える。


 味方の一人が奇声を上げながら突撃し、奴に向かって銃を乱射した。


 一方で男は何も動じることなく突っ立っている。それどころか、横顔はニヤリと笑っている。


「野郎おおおおお!!!!!」


 至近距離、マガジン一個分の銃弾。


 だが、向こうの身体は血飛沫を飛ばすどころか、掠った程度の傷すら付いていなかった。更には、奴が着る服さえ破れていない。


 途轍もない防御力だ。音速の三倍を誇るライフル弾三十発が全く効かないとは。あの調子では重機関銃も効くかどうか……


「これ意外と痛いんだぜ。俺から天国行きへの切符を渡してやるってのにしぶてえんだよ!」


 戦場のど真ん中だというのに何て余裕だ。若いトーンで、人を馬鹿にするような、見下すような、まるで自分が王や神であるかのような態度だった。


「うわあああああ!!!!!」


 恐怖で心がやられた味方一人がナイフを取り出し突進。ナイフを持つ腕は青年の胸に伸び……


 だが、青年は何も変化を見せず、仁王立ち状態のまま――奴の胸には刃先が突き立てられているが、二十センチメートル程ある刃は服の上から全く動かず、切り傷さえ無い。


 あのナイフは銃なんかに比べりゃ強いとは言えないが、皮膚や大抵の衣服は簡単に切り裂ける。だがそれすら通じないとは、あの青年はどれ程堅い皮膚を持っているというのか……いや、皮膚ではなくあの切れなかった服自体もとんでもない防御力になる……


 片や味方の左胸は奴の手刀が貫通していた。ナイフより丸みを帯びていて、遙かに切れ味の悪い人体の筈だというのに。


 青年は口を開いて嘲笑を浮かべながら手を引き抜き、膝を着き崩れた味方へ唾を吐く。俺達はあの青年に人として見られているのだろうか。


「……だ……」

「何だ? 聞こえんぞ。」


 味方はまだ諦めぬ強い意志を見せるが、相手は余裕の蔑む笑いでそれを吹き飛ばす。


「……まだだ……」

「これは驚いた。心臓を貫いてなお俺に刃向かうか。だがそんな体で何が出来る? ダンスでも踊るのか? それと……」


 奴は最後まで言い切る事が出来なかった。次の瞬間、味方が閃光を発したと思うと、炎と煙を巻き起こし、爆風と爆炎が周囲を包んだのだ。


「危なっ!」


 直感的に伏せる。致命傷を与えるまでの破片は来なかったが、衝撃と熱風が服を通して肌に伝わってきた。


 あの味方、新兵らしくまだ実戦には不慣れな様だが、まさか自爆するとは……俺には妻と今年で十歳の息子と今年で六歳になる娘が居る。だから俺は生き延びなければ……


 ともかくあいつの勇気だけは確かだったな。顔も名前も知らないが、戦闘から帰還した暁にはウイスキーでも供えてやろう……無事に帰れたらな。


 伏せたまま顔だけを上げる。巻き上げられた砂と塵が段々晴れてくる。


 そして、煙の中に立つ人影――奴だ。まあ無事だろうとは薄々分かっていたが。


 奴自体は無事らしいが、服は少々焦げており、破れている箇所もある。それに青年が怒りに顔をしかめているのが見えた。


 戦車さえ吹き飛ばす威力の爆薬でも死なんが、あの様子だと痛みを感じない訳でもあるまい。


 対人銃弾やグレネードは効かんならば何をすべきか……


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