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050_上洛と別れ

 


 茂福掃部助盈豊は雲慶に討ち取られて、茂福掃部助盈豊に集められた浪人も多くは討ち取るか捕縛した。

 これでしばらくは静かに過ごせるだろう。

 反乱を鎮圧した俺は久しぶりに桑名城に腰を落ち着けている。

 すると、スマホが振動したので、厠にいくふりをして一人になってスマホを見た。


『チュートリアル終了のお知らせ』

『現在進行中のミッションを最後に、今後はミッションは発生しません。これまでご苦労様でした』

『溜まっているプレゼントはそのままお使いいただけます。プレゼントを全て取り出すとプレゼントのアイコンは消滅します』


「………」

 なんだこれ?

 これまでのことがチュートリアルなのかよ……?

 俺がこの時代に飛ばされて八年だぞ? 八年もチュートリアルがあったってことかよ?

 バカにしやがって!?

 俺を弄ぶ存在に毒を吐きまくって少し落ち着いたら部屋に戻って仕事を再開する。


「殿、佐久間様よりの書状です」

 信辰からの?

 小姓から手紙を受け取ると、中の手紙を取り出して開けた。

「………」

 その内容に俺は呆然自失となった。

「殿、手紙にはなんと?」

 半兵衛が何か言っていたようだが、俺の耳には入ってこない。

「ごめん!」

 誰かが俺の手から手紙を取っていったようだが、そんなことはどうでもいい。

「なんと……」

 俺は気づくと涙を流していた。

 そして、拳で床を何度も殴った。


「殿……」

「半兵衛……なぜだ?」

 俺は半兵衛の胸倉を掴んだ。

「なぜ……殿が死ぬんだ?」

 手紙には殿が亡くなったと書いてあった。

 半兵衛に縋って泣いた。俺の意思とは関係なく、とめどなく涙が溢れ出してくる。


「とにかく、詳細を確認をしましょう」

「………」

 なんて答えればいいのか?

 半兵衛に任すと言えばいいのだろう。でも、声が出ない。

「利益殿!」

「……おう?」

「ただちに京へ上ってください。詳細を確認して報告を」

「分かった!」

 利益が大きな足音を立てて立ち去っていった。


「半兵衛……」

「はい」

「少し時間をくれ。それまで半兵衛に任せていいか……?」

「承知しました」

 半兵衛は俺に頭を下げると、小姓に俺を連れていくようにと指示をしていた。


 屋敷へ戻った俺は布団を被って泣いた。

 なぜこれほど泣けてくるのか、自分でも不思議だ。

 あのチュートリアルの終了と関係があるのか?

 あるんだろうな、じゃなきゃこんなにタイミングよく終了の案内がくるわけがない。

 俺をこの世界に送り込んだ存在は、最初から殿を殺す気だったんだ。

 殿の死をもってチュートリアルを終わらせるつもりだったんだ……。

 ふざけやがって。なんでそんなことをするんだ!?

 殿が何をしたっていうんだ!?

 くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ。


 一昼夜泣き続けた俺は、精も根も果てたと思う。

 翌朝、俺は布団からゾンビのように抜け出した。

 布団の横にはお由が座っていて、俺を見つめていた。

「朝餉を用意させます」

 一晩中、俺のそばにいてくれたんだな。

「……頼む」

 お由は何も聞かなかった。その心遣いがとてもありがたい。


 朝餉を食べた俺は、縁側で秋の晴れ渡った空を見上げた。

 お由は何も言わず、俺の横で寄り添ってくれている。

「お由……」

「はい」

「殿が……殿がお亡くなりになられた……」

「はい」

「今まで、殿のために一生懸命働いてきた」

「はい」

「殿のために刀を持ち怖い思いを我慢して戦場にも立った」

「はい」

 お由は俺の言葉をただ聞いてくれた。

 何かを言ってほしいわけではない。

 ただ、こうして聞いてくれるだけで、俺はありがたかった。


「俺はこれからどうすればいいのだろうか?」

「好きになされませ」

「侍を止めてもいいのか?」

「農民にでもなりますか?」

「どうだろうか……。俺に農民なんてできるのかな……?」

「旦那様でしたらなんでもできますよ」

「そうか……」

「そうです」

 俺はすくっと立ち上がった。

 そして、お由を見つめる。


「表へ出る。仕度を」

「はい」

 お由は黙々と身支度を整える手伝いをしてくれた。

「いってくる」

「お気をつけていってらっしゃいませ」

 三つ指をついて、俺を送り出してくれた。

 いい女房だ。


 桑名城内の執務室へ向かう。

 城内に緊張が漂っているのが、分かる。

 執務室には半兵衛、清次、雲慶、貞次、一豊、元網が集まっていた。

 俺が執務室に入ると五人が頭を下げ、俺が上座に座ると頭を上げた。


「皆、殿のことは聞いているな?」

 全員が頷く。

「半兵衛。その後、何か情報は?」

「今はありません。利益殿を京に差し向けておりますれば、数日のうちに何かしらの知らせがあると思われます」

 相変わらず半兵衛はしっかりとしている。


「各城には?」

「知っているのはこの場にいる者だけです。しかし、噂はすぐに広まりましょう」

「それでいい」

 俺は半兵衛たちの顔を順に見ていく。


「殿のことは詳細が分かるまでいつも通りだ。俺が言うのもなんだが、落ち着いて行動してくれ」

「「「「「はっ!」」」」」

 俺は日常業務をいつも以上に身を入れて取り組んだ。

 こうしていないと自分が保てないような気がしたからだ。

 不謹慎だけど、こういう時に戦があってくれたら、殿のことを考えなくていいと思ってしまう。


 数日後、利益が帰ってきた。

「大殿は六角家の観音寺城攻めの最中に流れ矢に当たってしまったとのことです」

 流れ矢……? 殿はまた前線に出ていったんだな……。

「矢の当たり所が悪く、手当の甲斐なくお亡くなりになったそうです」

 あんなに元気だった殿なのに、たった一本の矢で命を失うのか……。

 命がこんなにも儚いものだと、考えたこともなかった。


「佐久間様と滝川様は現在謹慎中です。大殿を護れなかったことで、信長様が大変ご立腹されたと聞いております」

 二人の役目は殿の補佐だから、信長様の怒りも当然なのかもしれない。

 こんなことなら面倒くさがらずに俺がついていけばよかった。

 そうすれば……いや、俺がついていったとしても結果は同じだったのかもしれない。

 俺は一向一揆によって殿が戦死する未来がなくなったと思って安心していたが、殿の天命は決まっていたのかもしれない。

 それにあがなうことは誰にもできないのか……。

 だけど、殿が実史で死ぬのはあと二年も先だったはずだ。

 くそ、なんだか考えがまとまらない。


「信長様から殿へ、なにかしらのご指示はなかったのですか?」

「信長様にお会いすることはできなかった。ただし、これを受け取った」

 利益は半兵衛に答えると、懐から手紙を取り出し、俺に差し出してきた。

 俺はその手紙を読み進める。

 内容は至極簡単で、引き続き伊勢のことは俺に任せるので上手くやれというものだった。

 俺はその手紙を半兵衛に渡すと、目を閉じて考えた。


 引き続き伊勢のことは俺に任せる……。

 俺はあくまでも殿が不在時の代理でしかない。

 なのに、引き続き? 俺に任せる?

 言葉のあやかもしれないけど、気になった。


 ▽▽▽


 永禄十二年(1569)一月。

 信長様は京から岐阜へ帰ったが、とんぼ返りのように上洛した。

 それは三好三人衆と斎藤龍興らの浪人衆が共謀して、信長様のいない京に攻めこみ、義昭公の仮御所である六条本圀寺を攻撃したからだ。

 義昭公はなんとかこの攻撃を跳ねのけたが、このことで信長様は義昭公のために、二条に大規模な御所を築くことにした。二条城である。


 さらに三好三人衆に呼応して蜂起した勢力を駆逐した信長様は、堺に二万貫の矢銭と服属を要求した。

 堺の会合衆は三好三人衆を頼ったが、三好三人衆が織田軍に敗退すると支払いを余儀なくされた。

 信長様は堺を直轄地化することで、堺から上がってくる莫大な税を手に入れることになったのだ。


 同年三月。

 俺は京の信長様の元に呼び出された。

「お久しゅうございます」

「勘次郎、彦七郎の法要をいたす。お前が取り仕切れ」

 殿が亡くなって半年近く経っている。

 信長様が忙しく法要どころではなかったのは分かるが、弟の死を今まで放置してきた信長様に不信感が湧く。

「ありがとうございます」


 法要は京の寺で行うことにした。

 殿の故郷である尾張でしたかったけど、信長様が京から離れることができないから京で行うことになった。

 派手ではないが、質素でもない。そんな法要が終わると、俺は信長様に呼び出された。


「よい法要であった。礼をいうぞ」

 信長様の目に涙が浮かんでいた。

 かつては弟を殺して、尾張統一を引き寄せた信長様だし、この数年後には第六天魔王とまで言われるほどの、非情な男だと思っていた。

 しかし、それは俺の思い違いだったようだ。

 信長様だって、今まで自分のために働いてくれた可愛い弟である殿の死が悲しくないわけがないのだ。

「はっ」

「今後、伊勢のことはお前が全て取り仕切れ」

 それはつまり……俺が伊勢方面の軍団長になるということなのか?


「遅くなったが、お前にも官職が与えられる。玄蕃頭(げんばのかみ)である」

 玄蕃頭……一向衆と戦ってきた俺にこの官職を用意するのか。

「ありがとうございます」

 俺もこの時代に放り出されて九年が経っているので、官職について勉強したこともある。

 玄蕃頭は京内の寺院・仏閣、諸国の僧尼の掌握と外国使節の接待などを行う官職のことで、信長様が俺にこの玄蕃頭を贈った理由には皮肉も込められているのかもしれない。

 俺への皮肉ではなく、一向衆への皮肉だ。


「佐倉玄蕃頭与辰。これからそう名乗るがよい」

「は、ありがたき幸せ」

 この日より俺は信長様の直属の部下として、伊勢方面の軍団長になった。


 殿は岐阜を手に入れた信長様が『天下布武』を使い出した意味をしっかりととらえ、信長様を手伝って天下統一をという考えがあった。

 すぐに酔いつぶれて寝てしまっていたが、殿は酒を飲みながらよく伊勢統一の話をしていた。

 信長様の偉業の一翼を担うためにも、伊勢を統一すると赤ら顔で熱く語っていた。

 家臣の話をしながら笑う殿の顔が忘れられない。

 わがままを言うことも多かったけど、家臣思いのよい主君だった。

 だから俺は亡き殿の悲願である伊勢統一をなすために、努力しよう。


 ---完---


 

お読みいただき有り難うございました。

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