005_運命の桶狭間
藤吉郎さんと出会って二日が経った。俺がこの時代にきてから四日後だ。
あれ以来、藤吉郎さんの姿は見ていない。
そして、今日はなんだか城内が騒がしい。
昼前に彦七郎様がやってきた。鎧を着ていた。
「出陣じゃ! いくぞ、勘次郎」
出陣ってなによ!? 俺、戦争にいくの!?
「出陣って、どこにいくんですか!?」
「今朝早く丸根砦が落ちた。今川と決戦だ!」
桶狭間かっ!?
その瞬間、懐に入れていたスマホの振動が伝わってきた。
スマホはマナーモードにできた。
「四半時で出立する。急げよ!」
彦七郎様はドスドスと足音を立てて消えていった。
もう、足の方は大丈夫のようだ。
さて、困った。戦争なんて勘弁してほしい。人を殺すのも殺されるのも勘弁だ。
でも逃げようにも、どこへいけばいいんだ?
はぁ、どうすればいいんだよ……。
てか、俺、鎧とかありませんよ?
「佐倉様、これを使ってちょ」
「あ、藤吉郎さん!?」
藤吉郎さんが防具を持ってきてくれた。
なんというタイミングのよさだ!? さすが、出世する人は違うぜ!
てか、戦争いくのは決定事項じゃねぇか!
藤吉郎さんに手伝ってもらって、防具をつけた。
剣道の胴と篭手のような物、あとは膝当てかな。
俺の姿は完全に雑兵である。
俺が防具を着ける終わると、藤吉郎さんはどこかへいってしまった。忙しい人だ。
そこで俺はスマホを見てみる。
【ミッション】
『殿を助けて戦功をあげろ! : 彦七郎を助けて戦功をあげるのだ!』
『報酬 : 戦功次第で、プレゼントをランダムで三個から五個』
アホか!? 素人の俺にはハードルが高すぎるぞ!
だいたい、殿ってなんだよ!? 彦七郎様は完全に殿認定なのかよ!
そんなことを考えていると、すぐに時間がきてしまったようで、彦七郎様がやってきた。
「勘次郎! いくぞ!」
渋々ついていく。また走った。彦七郎様は……いや、殿は馬で、俺は自分の足だ。
途中、神社に寄った。ここが熱田神宮のようだ。
代表者が戦勝祈願をしている。あれが信長なのかな?
俺はこの時代の人に比べ、背だけは高いので障害物はないが、遠くてよく見えない。
そんな時だった。俺の顔に冷たい物が落ちてきた。
それが雨だとわかるのに、時間はかからなかった。
「あの、彦七郎様……」
「なんだ?」
「なぜ俺を家臣にしてくれたのですか?」
「なんだ、不満か?」
彦七郎様はブスッとして聞いてきた。
「いえ、とてもありがたいことです。でも、俺は彦七郎様と会って間もないですし……」
「そんなもの、俺の勘だ!」
「勘?」
「俺が勘次郎は信用できると思った。それだけだ!」
そんなことで俺を家臣にしてくれたのか!?
彦七郎様は俺なら考えられない思考の持ち主のようだ。
でも、信じてくれるのは嬉しい。戦争は嬉しくないけど。
信じてくれる彦七郎様に少しでも恩返しをしないといけないな。
それにまだ子供なんだから、大人が護ってあげないと。
雨の中の行軍は大変だ。足元がぬかるんでいるので、歩きづらい。
しかも、駆け足での移動だ。
この時代の彦七郎様といい、信長といい、ブラックだろ!
俺は心の中で毒づきながら、彦七郎様に遅れないように駆け足で進んだ。
空は俺の心を表しているかのように、暗くなって雨は激しさを増していく。
「勘次郎、絶対に義元の首を獲るぞ! 東海道一の弓取りがなにものぞ!?」
「彦七郎様は足首をねん挫しているのですから、無理をしないでください」
主に俺のために無理をしないでくれ。
「何を言うか!? ここで戦功をあげて城をもらうのだ!」
いやいやいや、そんな簡単に城なんてもらえないでしょ?
あ、でも、信長の弟なんだから、戦功を立てれば城の一つくらいもらえるかも?
でも、安全第一でお願いします!
「はぁはぁ……」
「こんなことで息が上がっていては、義元の首など夢のまた夢だぞ、勘次郎!」
夢で結構、戦いたくないです!
「お前は俺の従者なんだから、恥ずかしくない戦功を立てるんだ!」
勘弁してください!
雨が激しさを増す中、俺たちはどこか小高い丘の上にいた。
ちょっと休憩できるかと思ったら、皆が駆けだした。
「え、もういくの!?」
「勘次郎、ぼやぼやするな!」
「彦七郎様、待ってください!」
俺は彦七郎様についていくだけで精いっぱいだ。疲れで足がもつれて倒れそうだよ。
坂を駆け下りる。前方では刀と刀、槍と槍、刀と槍を打ち合っている。
俺も刀は抜いたけど、戦うの無理だから!
「勘次郎、突っこめ!」
「えぇぇぇっ!?」
マジか!? 彦七郎様、特攻野郎だよ!?
とにかく彦七郎様とはぐれないようについていくだけで必死だ。
人が刀で切られて血をぶちまける光景は、しばらく夢に出てきそうだよ……。
「義元だ! 義元がいたぞ!」
そんな声が上がると、彦七郎様がその声の方に向かおうとした。
そこに、どこからか槍が出され、彦七郎様が落馬した。
「彦七郎様!」
「おのれ! 雑兵が!?」
彦七郎様は刀を振り回して、近づく今川軍の兵を威嚇している。
これを見て、俺はピンときた。彦七郎様は戦い慣れていないのだと。
考えてみれば、まだ中学生くらいの年頃だ。
いくら戦国の世とはいっても、このくらいの少年が戦慣れするわけがない。
勇ましいことを言っていても、まだ子供なのだ。
そう思うと、俺は無意識に刀を振っていた。
彦七郎様を護るために、無我夢中で刀を振り数人を切っていた。
「彦七郎様! ご無事ですか!?」
「勘次郎、助かったぞ!」