049_上洛と別れ
「うらうらうらぁぁぁっ!」
田原元綱が槍を振り回しながら一向一揆衆を薙ぎ払っていく。
俺も負けていられないな。
「元綱に負けるな! 押せぇぇぇっ!」
一向一揆衆を切り捨てて味方兵を鼓舞する。
「抵抗するやつは切り捨てろ! 逃げる奴も殺せ!」
一向一揆衆を殺す結果に変わりない。
その日、一万人の一向一揆衆の屍が木曽三川の河口を埋め尽くした。
一向一揆衆が長島城へ攻撃を仕掛けてから十一日後のことだ。
「後始末が面倒だな……」
「まったく、汚物を破棄するのであれば、自分たちの領地にしてほしいものですな」
半兵衛は辛らつだ。だけど、俺も一向一揆衆にかける情けはない。
さて、一向一揆を収めた俺は桑名に戻った。
そして、一向一揆によって起こされた混乱に乗じて蜂起した奴らの掃討に向かう。
「忙しいことだ」
「しかし、これで獅子身中の虫をあぶり出すことができました」
それさえも半兵衛には織り込み済みのようだ。
「その通りだ」
蜂起したといっても、北畠家の家臣だった全員が蜂起したわけではない。
おかげで、蜂起した叛乱勢力は分散して近くの城を攻撃した。
いくつかの城を落とされてしまったが、まだまだ織田勢の城はある。
「まず、伊坂を攻めるぞ!」
「はっ!」
俺は桑名城から二里弱離れた伊坂城を目指した。
そこは蜂起した春日部太郎左衛門尉が入城している城だ。
もともと、春日部太郎左衛門尉は萱生城と伊坂城を領有していたが、織田家の侵攻を受けると伊坂城は殿の直轄地になった。
それを不満に思っていたのだろう、春日部太郎左衛門尉は一向一揆が長島城を攻めるそのどさくさに紛れて伊坂城を奪取したわけだ。
「殿、降伏はしないそうです」
「はぁ……」
俺はため息を吐いた。
降伏すれば、少なくとも命は助けてやれたのに。
「半兵衛、攻撃だ」
「はい」
陣太鼓が鳴り、雲慶と元綱が伊坂城に攻撃を仕掛けた。
士気が高い俺の部隊が一気呵成に伊坂城を攻める。
春日部太郎左衛門尉はまさか一向一揆がこんなに早く鎮圧されるとは思ってもいなかったのだろう。
北畠の援軍を期待していたのかもしれない。だから、攻撃が始まって早々に城を放棄して逃げ出した。
だが、そんな春日部太郎左衛門尉は松風を駆る利益に討ち取られた。
「逃げるくらいなら最初から謀反など起こさなければいいのだ」
半兵衛が吐き捨てた。
俺もそう思うが、半兵衛のようにドライになれない。
なんだか春日部太郎左衛門尉が哀れに思えてしまうのだ。
春日部太郎左衛門尉を討ち取った後は、周辺の浪人などを扇動して叛乱軍を組織した茂福掃部助盈豊だ。
俺たちは茂福掃部助盈豊に味方する浪人たちが集結する垂坂山(四日市市)に向かった。
「敵は垂坂山に布陣しております。数はおよそ二千」
貞次からの報告で敵の数が分かった。
「ご苦労。雲慶!」
「南無阿弥陀仏。ここに」
「中央を任せる」
「南無阿弥陀仏。ありがとうございます」
大男の雲慶が数珠を鳴らした。
「元網」
「はっ!」
「左翼を任せる」
「承知!」
髭面がニカッと笑う。
「一豊」
「はっ!」
「右翼だ」
「ありがとうございます!」
出会った頃に比べると格段に逞しく見える。
「利益は待機だ」
「殿、それはないでしょ~」
「利益は状況を見て投入する」
「本当に活躍の場を作ってくださいよ?」
「それは三人次第だ」
「そんな~」
不貞腐れる利益は放置だ。
「配置につけ!」
「「「おう!」」」
清次には悪いが、清次は長島城で留守番だ。
誰かが残らなければならないと、どうしても清次が留守番になる。
清次が戦いで役に立たないのではなく、清次が後方にいると思うと安心だからだ。
数はほぼ同じなので垂坂山に陣取る茂福掃部助盈豊の軍の方が有利だ。
だけど、半兵衛はあえて垂坂山の麓に陣を張った。
「茂福は夜になる前に仕掛けてきます」
俺の強襲夜襲部隊の強さはそこそこ知られているみたいなので、茂福掃部助盈豊は夜になる前に仕掛けてくると予想できる。
つまり、せっかく小高い山に陣を張ったのに、自分たちから下りてくるので、俺たちは待ち受ければいいと半兵衛は言うのだ。
「なんのために垂坂山に陣を張ったのか……」
もし本当に垂坂山から下りてきたらバカすぎるだろう。
「殿、下りてきましたぞ」
「バカだ……」
「殿に敵対すること自体が愚かな行いです」
半兵衛がさらっと毒を吐く。
てか、俺のポジションがかなり高くね?
俺、そんなに大した男じゃねぇよ?
「雲慶殿の部隊が接触しそうです」
俺には動きがまったく見えない。
よく半兵衛は見えるな? いや、頭の中で戦場を思い浮かべているのかもしれないな。
「雲慶なら問題ないと思うけど、利益はいつでも出られるようにしておけよ」
「なんなら今すぐでもいいですよ」
「そこは黙って返事だけしろよな」
利益は「へ~い」といって床几にどかりと腰を下ろした。
こいつはどこにいてもマイペースな奴だ。
「報告します!」
「申せ」
伝令に半兵衛が応える。
「雲慶様の部隊が敵と接触しました」
「ご苦労。下がれ」
俺が言うのではなく、半兵衛が応えるのが常だ。
「報告します!」
「申せ」
また伝令がきた。
「山内様の部隊が敵と接触しました」
「ご苦労。下がれ」
こういった伝令がひっきりなしにくるのが戦場だ。
このすぐ後にも元網の部隊が敵と接触したと伝令がきた。
「報告します!」
「申せ」
今度の伝令は何を伝えにきたのだろうか?
「山内様の部隊が敵を打ち破りました!」
一豊だと!?
俺は最初に敵を崩壊させるのは雲慶だと思っていた。
「茂福は中央に兵を集中させたようです」
なるほど、だから手薄な左翼が一豊に食い破られたわけか。
「山内部隊はどうしたのか?」
「は、そのまま中央の部隊へ向かいました」
「ご苦労。下がれ」
雲慶の部隊と戦っている中央部隊に横槍を入れるつもりだな。
「一豊はよくやっている」
「はい。この分ですと、利益殿の出番はなさそうですな」
半兵衛がそう言うと、利益が腕を組んで貧乏ゆすりをし出した。
「まぁ、利益が出ずに済むのであれば、それに越したことはないな」
「とのぉぉ~」
「利益、情けない声を出すな」
「なんで俺が留守番なんだよ~」
「留守番ってのは、清次のことを言うんだぞ」
「む~」
利益が膨れる。
「ははは。殿、利益殿にも出てもらいますか」
「半兵衛殿!?」
「しかし、援軍は不要だろ?」
「左翼の元綱殿のところにいってもらいましょう」
「おうっ! 任せてもらおう!」
俺の許可をとらずに利益は陣を出ていった。
あの野郎、スキップしてやがった!
「半兵衛……」
「ここで暴発するよりいいでしょ?」
「まったく……利益はしばらく酒なしだな」
「それがよいでしょう」




