047_上洛と別れ
八月も終わる頃、殿が岐阜へ発った。
俺は桑名城で殿の留守を守る。
「半兵衛、一向衆の動きはどうだ?」
「はい、伊勢へ僧を送り込んでいるように見えますが、目だった動きはありません」
東海の一向衆をまとめていた、願証寺が焼き討ちされて、その再建のために殿のところに僧が訪ねてきたことがあった。
一向衆は殿に刃を向けたことから、殿は一向衆の寺を建てることは再建でも許さなかった。
俺もそれには賛成だったが、本願寺からの正式な使者を無下に追い返すと、色々と面倒なのでやんわりと断ることにした。
「一向衆は我が領内を荒らした。その謝罪が本願寺よりあるのがしかるべきである。また、本願寺の僧によって婦女子が犯されたこともあって、本願寺に対する不信は大きい。謝罪後に時期を見極めてから再建の許可を出しましょう」
こちらのスタンスは、まずお前たちがしっかりと謝れ。謝ったうえで、再建の時期を見極めるというものだ。
本願寺が謝罪なんてしてくることはないだろうから、願証寺の再建も許さない。
もし、何かの間違いで謝罪をしてきたら時期を考えていると再建を引き延ばすつもりだ。
「引き続き一向衆の動きを注視してくれ」
「はい」
半兵衛はすらすらと何かを書きながら、返事をする。
半兵衛の頭の中では一向衆を抑え込む算段ができているのかもしれない。
そうなら頼もしい限りだし、そうでなくても半兵衛の落ち着きが安心感を誘う。
九月中旬。
報告によれば、織田軍は北近江(滋賀県北部)を治めている浅井長政様の軍と合流して南近江を進んでいる。
浅井長政様には信長様の同母妹であるお市様が輿入れしていて、同盟関係にある。
数年後に敵対するのは検索で調べなくても知っていることで、その引き金になるのが越前の朝倉攻めだ。
信長様から見れば、浅井家が裏切るなんて思ってもいなかったようで、あの信長様にしては手痛い負けになった。
これはまだ先の話なので、今は良好な関係なのでいいだろう。
今頃は南近江を治めている、近江守護職の六角家と戦っている頃だろう。
六角家は三好家と戦ってきた過去もあるので、義昭公を奉じてもよかったはずだ。
しかし、六角家は十三代将軍の足利義輝公を殺した三好家と通じて、織田軍の上洛を阻止しようとしている。
これは六角家と敵対している浅井家が織田家に味方していることがあると思うけど、どこの馬の骨かも分からないような織田家が奉じる義昭公に頭を下げるのが気に入らなかったのかもしれない。
どの道、落ち目の六角家と尾張と美濃の二カ国を領有して勢いに乗っている織田家、どちらが勝つかは言わずもがなだ。
しかも、決着はあっという間について、実史では来月に上洛を果たしているのだから、六角にはもはや信長様と戦う力はないのかもしれない。
それに義昭公が十二代足利義晴公の子で、十三代義輝公の同母の弟だということが大きいだろう。
六角家の中にも三好家と協力することに異を唱える武将がいるはずだ。
そういった武将は三好家が奉じた十四代将軍の義栄公をよく思っていないだろうから、義昭公を奉じる信長様に内応するのは自然の流れなのかもしれない。
「殿、竹中様がおいでです」
小姓から急に声がかけられてびっくりした。
この時代の男たちはドスドスと床を踏んで音を立てて歩くのが多いが、半兵衛は音を立てない。
だから廊下を歩いてきたのに気づかなかった。
「入れ」
部屋は開け放たれているので、半兵衛はサッと部屋の中に入ってきて、俺の前で座った。
「一向衆に動きがありました」
やっぱり動いたか。殿のいない間に何か仕かけてくると思っていたよ。
「蜂起しそうなのか?」
「石山本願寺から派遣された僧が一向衆を煽っています。大殿が不在の今なら願証寺の再建を含め、好き勝手できると踏んだのでしょう」
「ならば、長島か?」
「はい。長島に門徒が向かっているようです」
「清次には?」
「すでに連絡してあります」
桑名城と長島城は一里も離れていない。川を渡ることになるが、馬を飛ばせばそれこそあっという間に到着する。
「いつ頃動きそうだ?」
「この二、三日には」
「数は?」
「おそらく一万ほどかと」
「利益を長島城に向かわせておいてくれ」
「すでに利益殿には連絡係として向かってもらいました」
仕事が早い。さすがは半兵衛だ。
「長島城の兵は二千だな?」
「はい。清次殿が手塩にかけて育てた二千の精鋭部隊が詰めております。城の方も改修が進んでおりますれば、十分に持ちこたえてくれましょう」
「分かった。強襲夜襲部隊の方も準備させておいてくれ」
「ぬかりはございません」
半兵衛の白い歯がキラリと光った!? できる男は違うな!
長島城、古木江城、鯏浦城、蟹江城、この四つの城が俺の城だ。
その総兵力は三千五百。そのうち二千が長島城に詰めている。
古木江城と鯏浦城に五百ずつ、蟹江城に三百が配置されている。
残りの二百は強襲夜襲部隊で、今は俺の直衛にしているので桑名城にいる。
俺の三千五百の兵は職業軍人で、清次たちによって厳しい訓練を耐えてきた精鋭ばかりなので、一向衆が一万人いようと負ける気はしない。
「一向衆が動いたと同時に各城に警戒を促してくれ。必要なら援軍を頼むと」
「承知しました」
まったく一向衆も懲りないやつらだよ。
だけど、俺の了承もなく長島に本願寺の寺なんて造らせないぞ!




