044_美濃併呑と伊勢侵攻
永禄十年冬。
采女城(四日市市)に兵を進めた俺と信辰。
今回は滝川殿ではなく、信辰とコンビを組んだ。
信辰が俺にも攻めさせろと涙目で頼んでくるので、断ることができなかったのだ。
俺と滝川殿ばかり戦功をあげるので、信辰も寂しかったんだと思う。
かまってやらなくて、すまないね。
すでに内応者がいるので、采女城の城門は簡単に開いた。
信辰が先頭になって采女城に雪崩込むと、利益がその後を追った。
利益には信辰に戦功を立てさせる手伝いをしろと言いつけてあるけど、本当に分かっているのかな?
ルンルンのあの後姿を見ると、なんだか不安になってしまう。
「半兵衛、俺はなんだか不安だ」
「……ですから、利益には留守をさせましょうと言ったのです」
俺と他の家臣との軋轢を生まないようにと配慮した信辰とのコンビなので、ここで利益が手柄をあげてしまうと、せっかく仲よくなった信辰の心が俺から離れてしまう。
「殿、そろそろ我らもいきましょう」
「ああ。利益、頼むぞ」
先ほど半兵衛も言っていたが、今回利益には留守番をさせる予定だった。
しかし、利益は手柄なんかいらないから、戦場に連れていってくれとしつこかったので、連れてきている。
最悪は利益には酒樽を贈って、信辰の功績にしようと思っているけど、信辰もそんなことは望んでいないと思うから、自力でなんとかしてほしい。
俺と半兵衛はゆっくりと采女城の中に入っていく。
遠くで戦闘音がしているので、本丸あたりで戦闘をしているのだろう。
逃げ出そうとしている兵は無視して先に進むと、戦闘音がしなくなった。
「どうやら終わったようですな」
「利益、頼むぞ……」
俺は空気の読める利益であってくれと祈った。
本丸までいくと、利益が縁側にどかりと座り込んでいた。
気分がよさそうなので、暴れられたことに満足しているのかな。
「利益。首尾は!?」
「問題ないですよ」
その言葉を聞いて、俺はホッとした。
今度は信辰に視線を持っていく。
「七郎左衛門殿、無事だったか!」
「この通りピンピンしているぞ!」
嬉しそうな信辰の前には首が切られた死体があった。
「後藤藤勝は討ち取った!」
「おお、それは祝着です!」
「これも佐倉殿のおかげだ。感謝する!」
信辰は本当に嬉しそうに笑った。
桑名の殿に信辰の功績を報告すると、殿は大変喜んだ。
「七郎左衛門、よくやった!」
信辰もとても誇らしげだ。
「采女城はお前が治めよ。矢田城もそのままだ」
「ありがとうございます!」
信辰の矢田城から采女城はそれなりに遠い。
それに采女城は最前線になるので、信辰は采女城へ詰めることになる。
「勘次郎、次はどこだ?」
殿がキラキラした目で俺を見てくる。
楽しいんだろうな。
「次は楠城の予定です」
「楠城は俺もいくぞ!」
「殿は浜田城の時にお越しください」
「なぜだ!?」
そんなにがっかりするなよ。
「楠城は攻めませんから」
「なっ!?」
楠城は城主の楠木正忠には降伏してもらおうと考えている。
現在、そのための工作をしている。
永禄十一年正月。
殿は信辰と一緒に岐阜城へ新年の挨拶へ向かった。
俺は滝川殿と留守を預かっている。
今年は多分、足利義昭が信長様を頼ってくる。
今や尾張と美濃の二カ国を領して、石高だけで考えれば百万石を越える大大名の信長様の力で上洛を果たすことになるだろう。
それはそうと、伊勢の国を切り取るためには四城だけに手を伸ばしているだけではダメだ。
現在、俺と半兵衛は北畠の分家である木造家に手を伸ばしている。
この木造家の現当主は北畠家の生まれで木造家に養嗣子になった。
実史ではいち早く信長様に臣従している。
「半兵衛、楠木正忠の方はどうだ?」
「はい、かなり揺らいでいます」
楠木正忠は伊勢楠木家の現当主で、かなりの老齢だと聞いている。
息子の楠木正具がすでに五十歳くらいなので、若くても七十歳近いはずだ。
この時代なら七十歳だといつお迎えがきてもおかしくない歳だが、元気らしい。
「あの御仁は、年に似あわず新しいものを受け入れる度量があります」
「しかし、息子が反対しているのか?」
「息子の方がよほど頑固者です。正忠殿は正具殿の強い反対によって決断を遅らせているようです」
老いては子に従えではないが、息子の正具の方に実権が移っているのかもしれないな。
「正具を説得できそうか?」
「そうですな、いまいち決め手にかけています」
楠木家は楠木正成に代表されるような知勇を兼ね備えた家系に誇りを持っていると聞いたことがある。
楠木家の先祖である楠木正成は南朝で重きをなしていた人物だ。
楠木正成が湊川の戦いで亡くなったのち、北朝を擁立した室町幕府(足利将軍家)によって楠木正成は朝廷に仇をなしたとして朝敵として長年扱われてきた歴史がある。
しかし、永禄二年に大饗長左衛門(今は楠木正虎)が松永久秀経由で楠木正成の勅免を受けて、楠木正成の汚名はそそがれたのである。
「そういえば、楠木家は刀鍛冶の家系もあったよな?」
「はい、今でも南朝を奉じているとか」
千子派と言われる刀鍛冶の一派がある。
その千子派に楠木の血が流れているのだ。
彼の有名な妖刀村正はその千子派の作で、後の徳川家康の祖父や父を切ったのが村正の刀だったから、妖刀と言われるようになったと検索で読んだ。
それに徳川四天王の本田平八郎忠勝が愛用した槍、蜻蛉切も村正作だ。
つまり、村正の刀は切れ味がいいのである。
「この刀を正具殿に贈ってくれ」
伊勢桑名にはその村正の刀鍛冶工房がある。
俺がこの桑名に入った時にその刀鍛冶工房を訪れて、俺が持っている丈夫な刀を見せて丈夫な刀以上のものを打ってほしいと頼んだことがある。
先日、村正が打った刀を納品してもらったが、それがこの刀だ。
「よろしいので?」
俺にはチート刀があるから、正直言ってこの村正を持っている意味はない。
最初は村正という言葉に魅かれて刀を打ってくれと頼んだけど、でき上がってきた刀は想像以上に美しく、素晴らしい切れ味だった。
ただ、残念なことに俺が持っているチート刀よりいいものには見えなかった。
報酬でいくつも出た丈夫な刀と比べると、ほぼ同等に見える。
だから村正を贈っても惜しくはない。
ネームバリューに関しては少し惜しい気もするけどね。
しかし、俺って刀の目利きまでできるんだ。自分が怖いぜ。
「構わん。それで俺が南朝を軽んじていないと分かってもらえれば、惜しくはない」
南朝を奉じる千子派の刀を贈ることで、そう思ってもらえればと思う。
南朝だとか北朝だとか実際のところは知らないけど、少なくとも南朝を軽んじることはない。
「承知しました」
そういえば、俺のチート刀はなんという銘なんだろうか?
丈夫な刀には銘がなかった。チート刀にもなさそうだな。
チート刀でもいいけど、なんだか味気ないな。銘を考えてやってもいいかな?




