041_美濃併呑と伊勢侵攻
稲葉山城は長良川の畔にある山城だ。
半兵衛は意表をついてこの稲葉山城を乗っ取ったが、普通に攻めるととても苦労する城なのは間違いない。
信長様は西美濃四人衆の内応の報告があると、稲葉山城の城下町の井口まで攻め入って、町を焼いた。
この電撃的な侵攻によって、目と鼻の先まで稲葉山城に攻め入ることができたのだ。
そこで、西美濃四人衆が信長様に謁見したわけだ。
その翌朝、信長様は思わぬことで稲葉山城を手に入れた。
龍興が逃げ出したのだ。
俺は龍興が逃げることを知っていたけど、まさかこんなに早く逃げ出すとは思ってもいなかったので、意表をつかれた。
さすがに少しは抵抗すると思っていたのだ。
信長様は稲葉山城に入城した。
これで美濃のほとんどが信長様のものになった。
もちろん、まだ抵抗している勢力もあるけど、平定は時間の問題だろう。
「龍興は長良川を下って逃げたようです」
誰かがそう報告すると、信長様が扇子をぱちりと鳴らした。
「長良川を下ったのであれば、向かうは伊勢か!?」
伊勢は名門北畠家が治める土地だ。
北畠氏は公家大名としても有名で、南北朝時代に南朝で重きをなしていた。
それが今でも伊勢を支配しているのだ。
今の当主は北畠具房で九代目だけど、実権は数年前に隠居している具教が握っているらしい。
とはいっても、北畠家が伊勢全域を治めているかというと疑問符がつく。
特に尾張や美濃に近い桑名は名目上は北畠の勢力だが、北畠の力が強いとは言いがたく微妙な土地なのだ。
ちなみに長島も伊勢になるが、今は織田家が支配している。そんなことはいいか。
「龍興を追うぞ!」
信長様なら言うと思った。
「しかし、信長様。彼の地は北畠家が」
「我が怨敵を匿うのであれば、北畠とて関係ない!」
この時代で、信長様の行動力や実行力に匹敵する人物はいないんだろうな。
有言実行、理想に現実を限りなく近づけようとするそのパワーに感服する。
ただし、それに巻き込まれて右往左往する家臣たちは苦労するけどね。
俺はチートな体と歴史をスマホで知らべることができるからついていけるけど、他の家臣はそんなものがないのだから本当にすごいよ。
そして、ここでメールがきた。
【ミッション】
『桑名三城攻略! : 桑名三城を手に入れろ!』
『報酬 : プレゼントをランダムで五個』
桑名攻めは確定事項のようだ。
信長様の気性なら追いかけるだけでは済まないのは分かっていたけどさ。
信長様の命令一つで動くのが織田軍団だ。
織田軍団は稲葉山城から長良川沿いに南下して、桑名の手前に布陣した。
信長様は桑名に使者を出したが、龍興の引き渡しは拒否された。
「攻めかかれぇぇぇっ!」
そんなわけで、俺たちはいくつかの城砦を落として、桑名三城に攻撃を開始した。
まぁ、あれだ。俺は殿のそばで殿を護りながらなんだけどね。
今回は信長様が総指揮を執っているので、殿は前線指揮官だ。
そのお守をする俺の身にもなってほしい。
それと、信辰と滝川様も合流して、今は果敢に城攻めを行っている。
「勘次郎、まだか!?」
まだかって、なんだよ?
殿はここで部隊の指揮をするんだからな。
頼むから変なことを考えるなよ。
「殿はこの場を離れてはいけませんからね」
「なんでだ!?」
「なんでだ、ではありません。殿がどっしりと構えていていただかないと、兵らが不安になるではないですか」
「む~」
俺だって殿を護りながら戦うのは大変なんだからな。
ん、なんか首筋にいやな感じが……?
そう思った瞬間、なんと俺たちの陣に敵方の兵士が飛び込んできた。奇襲だ!?
「殿!?」
俺はすかさず殿の前に出て盾になる。
敵兵士の刀が目の前に迫る。ヤバい!?
「がっ!?」
切られると思ったが、痛みはない。
なぜなら、俺が刀を受けることはなかったからだ。
素早く反応した半兵衛が敵兵士の腕を切り落としてくれたおかげだ。
「「半兵衛!」」
俺と殿が同時に半兵衛の名を呼んだ。
頭も切れるが、体も切れる頼もしい軍師である。
「ご無事ですか?」
「助かったぞ」
「半兵衛、助かった」
その後、陣に飛び込んできた三人の敵兵は半兵衛と利益、それと雲慶によって無力化され、俺たちはことなきを得た。
半兵衛のあの反応は素晴らしかった。
女性のような綺麗な顔をしているが、本当に女性だったら惚れていたところだ。
「半兵衛、陣周辺の警備を再構築してくれ」
「承知しました」
これまでは、殿の陣だったので他の者に警備を任せていたが、殿のそばにまで敵兵士を近づけてしまったので、半兵衛に警備の配置を任せる。
「清次と伊右衛門は半兵衛を手伝ってやってくれ。利益と雲慶は殿の護衛だ」
「承知しました!」
「承知!」
「承知だ」
「南無阿弥陀仏。承知つかまつった」
陣の警備を再構築してすぐのことだった。信辰と滝川様が桑名三城の一つである、東城を落とした。
この東城は伊藤武左衛門が守る城だったが、伊藤武左衛門は俺たちに降伏してきた。
「つまらんぞ、勘次郎」
「殿、三城の中で一番最初に決着がついたのです。信長様も褒めてくださいますよ」
「むむむ……」
それも信辰や滝川様が必死に攻撃をしたからだ。
現在も他の二城は攻撃の最中だ。
「伊藤殿、樋口殿と矢部殿にも降伏を促してもらえないでしょうか」
桑名三城というほど近い城なんだから、顔見知りなんだよね?
半兵衛の策でちょっと疑心暗鬼になっていた時期もあったようだけどさ。
「分かりもうした。微力ながら力を尽くさせていただきます」
伊藤殿を西城と三崎城に送ると、ほどなくして両城は降伏した。
殿は不完全燃焼だったが、俺としては最良の結果だ。
なんといっても、殿が刀を振ることがなかったのがいい。
陣に敵兵士が飛び込んでくるアクシデントはあったが、それ以外は上々の結果だ。
「よくやってくだされた、伊藤殿! 樋口殿と矢部殿もよくきてくださった」
俺が殿の代わりに三人に声をかけた。
まったく戦わずして勝つのが一番だって、殿は分からないのかね?
俺が殿を見ると、やっと口を開く。
「大儀である!」
信長様のマネかよ!
まぁいい、声をかけただけマシだ。
「彦七郎、よくやった!」
信長様が上機嫌で殿を褒めた。殿も嬉しそうだ。
「進軍する。すぐに軍をまとめよ!」
「はっ!」
信長様は桑名の他の城砦を次々に傘下に加えた。
その上で、軍を進めて楠城を攻めた。
楠城は今の四日市市にある平城で、あの楠木正成の末裔が守っている。
ん? 楠木正成を知らないって?
楠木正成は元弘の乱で鎌倉幕府が差し向けた幕府軍を引きつけて、全国で鎌倉幕府打倒の機運を高めた武将だ。
鎌倉幕府打倒後は建武の新政が始まるが、足利尊氏が建武政権に反抗した延元の乱が始まると、足利尊氏と戦った南朝側の武将だ。
ちなみに、足利尊氏のことは知っているよな? 室町幕府の初代征夷大将軍だよ。歴史の授業で習ったと思うぞ。
楠城はなかなかに堅城で、織田軍の猛攻に耐えた。
このころになると、信長様は殿を手元におくようになっている。
殿からすると、前線に出られないので不満だったようだが、俺は信長様にナイス! と言いそうになった。
三日攻めても落ちなかったので、信長様は楠城攻めを中止させた。
「俺は稲葉山城に入る」
桑名三城の東城の大広間で信長様は、小牧山城ではなく稲葉山城を本拠地にすると申された。
「彦七郎」
「はい!」
「古木江城と長島城を召し上げる」
「あ、兄者!?」
いきなりのことだった。殿が真っ青な顔になって狼狽がすごい。
「俺が何かヘマをしたのか!?」
「彦七郎には桑名をやる。桑名を起点に伊勢を切り取れ」
「え?」
血色が戻ってきたと思ったら、真っ赤になった。
「あ、兄者!? ありがとうございまする!」
信長様も人が悪い。殿の狼狽する姿を見て笑っているよ。
「何かあれば言ってこい!」
「はい!」
信長様はこんなことを言っているが、殿が実際に援軍を頼んだりすると、殿の評価を下げるんだろうな。
信長様を呼ぶときは、最後の詰めの時に呼ぶのがいい。
そうすれば、信長様は機嫌よく援軍を引き連れてやってくるだろう。
「信辰」
「はっ!」
「お前には矢田城を与える」
「ありがとうございます!」
信辰が平伏する。
今までは長島城の城代だったから、これで信辰も城持ちだ。嬉しいんだろうな。
矢田城は桑名の城で、桑名城からは半里ほどの距離にある城だ。
殿の家老なので、近場の城を与えられたのだろう。
「一益!」
「はっ!」
「蟹江城を召し上げる。代わりに蒔田城と茂福城を与える」
「ありがとうございます!」
一生懸命働くといいことがあると思うだろ? そうでもないんだよ。
蒔田城と茂福城は共に今の四日市市にある城で、今現在は対北畠家の最前線になる城なのだ。
つまり、滝川様は対北畠の矢面に立たされたわけだ。
「勘次郎!」
「は、はい!」
次は俺の番のようだ。
「お前には古木江城、長島城、蟹江城を与える」
え? 一気に三つも城が増えるの?
鯏浦城は召し上げなし?
「お前は桑名に詰め、彦七郎の補佐をせよ」
殿の補佐は言われるまでもなく、するつもりだけど、四城もいいの?
「あ、ありがとうございます」
俺は平伏した。




