004_運命の桶狭間
彦七郎様と別れた俺が所在無さげにしていたら、下働きのような人が奥に案内してくれて、今は握り飯を食っている。
この世界は握り飯しかないのだろうか?
暗くなったのでそのまま寝ることにした。どうすればいいのか分からないのだから、寝るに限る。
翌朝、起き出した俺は何をどうすればいいか分からないので、スマホでも確認しようと思った。
まず、織田彦七郎信与を検索してみた。
何々……織田信秀の子供で、織田信長の弟……やっぱり信長の家族だった。
つまりここは戦国真っただ中の尾張の国(現在の愛知県)なのだ。
しかし、困ったことがある。検索では、彦七郎様は早死にするらしいのだ。
ひょんなことで助けて、せっかく恩を売った相手が早死にするのは俺にとってマイナスである。
彦七郎様も俺を従者だと言っているのだから、そのまま従者になって保身を図ろうと思ったのに!
しかも、病死ではなく、戦死らしい。やべー、そんな人の従者になったら俺も戦死一直線じゃねぇか!
ここは状況があるていど落ち着いたら、他の誰かに乗り換えるしかないか?
でも、そういうのって許されるのかな? 殺されたりしないよな?
「勘次郎! 起きていたか!?」
いきなり現れるなよ。びっくりするじゃないか。
慌ててスマホを懐に入れる。
「あ、はい。起きていました」
それよりも彦七郎様は歩いたりして、足は大丈夫なのか?
「今日は何もない。ここで大人しくしておれ」
「分かりました」
それだけ言うと、どこかへいってしまった。
スマホの続きだ。
そういえば、彦七郎様を最初に見つけた時に丸根砦って言っていたよな?
丸根砦を検索と……なんだって!?
もしかして、俺は桶狭間の戦いの直前にきてしまったのか?
ちょっと待てよ、丸根砦が松平元康に攻められた日と、桶狭間の戦いが起きた日は一緒じゃねぇか!?
彦七郎様は丸根砦から逃げてきたようなことを言っていたから、もう桶狭間の戦いは終わっている? いや、直後ならもっと慌ただしくてもいいんじゃ? うーむ、よく分からない。
スマホをもっと弄る。
検索で清須のことを調べると、尾張統一前から岐阜に本拠地を移すまでの信長の本拠地だった。
次は天気予報でも見てみるかな。
今日は晴れで、明日も晴れ。
明後日は晴れのち雨で、昼前から降り出して夕方には止むけど、一時激しく降ると。
他に週間予報と、月間予報がある。まぁ、天気予報だ。他に言うことはない。いたって普通の天気予報だった。
プレゼントを見てみると、まだ三つの表示があった。塩、清酒、ミカン飴だ。
これ、まさかと思うけどタップしたら出てくるのかな? まさかね。
これは落ち着くまで放置だな。
スマホを弄っていたら、日がそこそこ昇っていた。
朝飯はどうすればいいのだろうか?
部屋を出てみると、粗末な身なりの身分の低そうな男性がいたので、声をかけてみることにした。
「おはようございます」
「おはようだがや」
この時代の人は総じて小柄で、目の前にいる男性も例に漏れず小柄だ。
顔は少しネズミっぽく前歯が出ているその男性は俺の顔を見てにっこりとほほ笑み、挨拶を返してくれた。
しかし、彦七郎様は気にならなかったが、この男性は方言がかなり出ているな。
「すみませんが、朝餉をもらえないでしょうか?」
朝ご飯とか朝食はこの時代にはそぐわないと思って、朝餉と言ってみた。
「ちょっと待ってちょ」
どうやら食事を用意してくれそうだ。
しばらく待つと先ほどのネズミっぽい男性が握り飯を持ってきてくれた。
「お手数をかけて、すみません」
「いいがや、いいがや。はよ、食べてちょ」
「では、ありがたく。いただきます」
俺は握り飯を一つ掴み食べた。塩気もなにもないご飯だけの握り飯だ。
「うみゃーか?」
「ええ、美味しいです」
味気ないなんて言えないよ。
てか、そんなに物欲しそうに見られると、なんだか申し訳なく思ってしまう。
もしかして、この人は腹が減っているのか?
「あ、あの、食べます?」
「滅相もないがや。ゴクリ」
どうやら腹が減っているようだ。
「三つも食べられないので、残すのももったいないので、一個食べてください」
「残すのきゃ? なら、勿体にゃーにゃ。一個おらが食ってやるがや」
「はい、お願いします」
俺は握り飯をネズミっぽい人に渡した。
ネズミっぽい人は美味しそうにあむあむと握り飯を食べて、あっという間になくなった。
「いい食いっぷりですね。もう一つどうですか?」
「それはいかんて!」
「じゃぁ、これを半分にしましょう」
俺は二個目の握り飯を二つに割って、片方をネズミっぽい人に差し出す。
「はい、食べてください。私はこれでお腹いっぱいです」
「ゴクリ。そ、それじゃぁ……」
ネズミっぽい人はそれもあっという間に平らげた。
「面目にゃーがや」
床に頭を押しつけるようにするのは先ほどのネズミっぽい人だ。
俺の握り飯を半分食べたことへの謝罪らしい。
「あれは、残しては勿体ないので、あなたに食べてもらっただけです。気にする必要はありませんよ」
「す、すまにゃー」
「もうそういうのは止めましょう。そうだ、俺は佐倉勘次郎です。あなたの名前を教えてください」
「おらは藤吉郎だがや」
「藤吉郎さんですね……えぇっ!? 藤吉郎!?」
「どうしたがや!? そんなに大声出して?」
藤吉郎って言えば、俺でも知っているビッグネームだぞ!
後の豊臣秀吉が信長に仕えたころの名前だ。マジか!?
「す、すみません。ちょっと似た名前の人を知っていたので」
それで納得してくれるかは分からないけど、そういいわけしておこう。
「そうきゃ? おっと、いかんわ、時間だがや。おら、これで失礼するがや」
「あ、はい。また話し相手になってください」
「話すのは得意だがや! またきてちょ」
藤吉郎さんはどこかへ消えていった。
これがビッグネームとの初めての出会いだった。