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032_服部党

 


 永禄八年正月。

 清須で信長様に年始の挨拶をすると、ある人物に引き合わされた。

「滝川一益と申します」

 殿に丁寧に挨拶をするその人物は有名な滝川一益だった。

 滝川様は長島方面で一向衆と戦うことになる武将で、本願寺との戦いが終わると関東方面に進出する人物だ。


「織田彦七郎信与だ」

 一応、殿と滝川様の対面の場なので、俺と信辰は殿の後ろに控えているだけだ。

 なぜ滝川様と対面しているのかというと、服部党攻めのためだと思う。

 昨年は犬山の信清様を追い出しているので、弥富服部党さえいなくなれば、信長様は尾張を完全統一することになるのだ。


「彦七郎、お前に伊勢方面の攻略を命ずる。一益を使ってやれ」

「兄者! ありがとうございます!」

 なんと、信長様は殿に伊勢方面の攻略をお任せになった。

 服部党の攻略はたしかに殿も関係していたが、長島や桑名といった伊勢方は滝川様が責任者だったはずだ。

 少しずつ実史と食い違いが出てきているのかもしれない。

 そうなると、俺の検索アドバンテージがなくなってしまう。ヤバい!

 だが、信長様が命じた以上、殿は伊勢方面の軍団長になったわけで、実史がどうこう言っている場合ではない。

 俺がやるべきことは何か? それを考えないといけない!?


 ここまでの話でも分かると思うけど、まずは弥富服部党を倒すことになる。それこそが尾張統一の総仕上げになるからだ。

 その上で、長島、桑名といった伊勢方面の攻略を考えなければならない。

 殿はとても張り切っているが、がむしゃらに攻めるだけでは、手痛いしっぺ返しがあるだろう。

 やる気なのはいいけど、そのやる気が空回りしないように俺がコントロールしないといけないと思う。


 滝川様は昨年、服部党の資金で蟹江城(愛知県蟹江町)を構築した。

 どうやったらそんなことができるのか不思議だったが、蓋を開けてみれば簡単なことだった。

 要は服部党を騙したのだ。蟹江城を構築したら織田も簡単には手を出せないと重臣から進言をさせて、できあがったところに滝川様が蟹江城に兵を入れた。

 その重臣は織田家に寝返っているが、いまも服部党の中で発言力を持っているらしい。


 そして今回、滝川様が殿に提案した作戦が、その重臣を利用したものだった。

 それは、服部党の党首である服部友貞が不在の時に本拠地である荷ノ上城に織田の兵を入れてしまおうというものだ。

 蟹江城の時の作戦を応用したもので、これだとほとんど被害もなく服部党を尾張から追い出せるそうだ。

 だけど、それに否をいう人物がいる。そう、殿である。

 殿はやっと服部党と戦えると意気込んでいたのに、そんな空き巣まがいのことができるかと憤慨したのだ。

 犬山攻めに連れていってもらえなかった鬱憤が溜まっているのは分かるが、殿は本当に戦好きだ。困ったものである。

「されど、攻めれば落城させれても、味方への被害もありましょう」

「滝川! 尾張の完全平定の戦が空き巣では笑い話にされてしまうだろ!」

「笑いたい者には笑わせておけばよろしいのです」

「俺が笑いものになってもいいと言うのか!?」


 収集がつかないので、俺は信辰の脇腹を肘でこづいた。

 お前がいって殿を諫めろよ。

 いやいや、お前がいけよ。

 そんなやりとりが、俺と信辰の視線で交わされた。

 こういう時は立場の下の者がバカを見る。つまり俺だ。


「殿、少しよろしいでしょうか?」

 滝川様にも目配せをして、了承を得てから声をかけた。

「勘次郎、なんだ!?」

 頭に血が上っていている殿を落ち着かせるのが先決だ。

「ここは滝川様にお任せになり、殿は古木江城から指示をされたということではいかがでしょうか?」

 子供を言い聞かせるように話しかける。


「なんだと!?」

「殿は、作戦は現場に任せると、仰るだけでよいのです」

「それでは戦えぬではないか!?」

「いえ、弥富服部党のあとには伊勢があります。それに一向宗もおりますれば、これから嫌というほど戦えると存じ上げます」

「一向衆が出てくるというのか!?」

「荷ノ上城が落ちたとなれば、一向宗とぶつかることは十分に考えられます」

「むぅ~。一向宗か……」

 殿の顔が真っ赤な顔から、少し血の気が引いた険しいものに変わった。

 一向宗との戦いともなれば、厳しい戦いになるのは殿も分かっているようだ。


「信長様はそのことを考えて、殿に伊勢方面をお任せになったのでしょう」

「兄者が……」

「その時に殿が勇猛果敢に戦えばよろしいのです。服部党のような雑魚をわざわざ殿が相手することはありません」

「むぅー……」

「滝川様、いかがでしょうか?」

「もとより、服部党如きの成敗に彦七郎様のお手を煩わせるつもりはござらん。彦七郎様がひと言そうお命じになれば、某が服部党を追い出してきましょう」

「その折には某か七郎左衛門殿を滝川様につければ、信長様に対しての顔も立ちましょう」

「……分かった」

「「「ありがとうございます」」」

 俺、信辰、滝川様が頭を下げる。

 殿は育ちがいいのでメンツに拘るが、こうやって言い聞かせてやれば大概は納得される。性格が素直なのだ。


 二月になると、今年も総出でシイタケ栽培用の原木の伐採に精を出した。

「利益、今年は逃がさないからな!」

「と、殿?」

「お前、今年こそ植えつけをしろよ! 逃げたら今年は酒を飲まさんからな!」

「なっ!?」

「南無阿弥陀仏。働かざる者、飲むべからずである」

「雲慶の言う通りだ!」

「う、雲慶……」

 利益が情けない声を出す。

「酒が飲みたければ、働け!」

「ぐぅ……」

 ふふふ、ここまで言えば逃げないだろう。


 植えつけの時になった。

「とーしーまーすぅーーーっ!?」

 逃げやがった!?

 忘れていたよ……あいつが傾奇者だってことを!


 

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