030_服部党
永禄七年三月。
加藤様が荷車を引き連れて俺の家を訪ねてきたことがある。
お由の母上であるお丸さんを連れてきたので、お由に会いにきたのもあるが、シイタケの販売益を俺に持ってきたのだ。
「シイタケは京・大阪で飛ぶように売れた。これは婿殿の取り分だ」
「こんなにいいのですか?」
「ははは、こちらもしっかりと儲けさせてもらった。遠慮する必要はない」
大きな銭箱が荷車二台に乗せられてきたのだ。
シイタケが高く売れると思っていても、実際にどれだけ高く売れるか知らなかったこともあり、結構驚いた。
そして時は過ぎ、六月。
「これが……」
今、俺はモーレツに感動している!
「本当に……」
俺の人生でお由との結婚と同じくらいの嬉しさだ。
「旦那様……」
「お由、よくやってくれた」
俺の子供が生まれた。可愛い男の子だ。
最近、あまりにもお由との生活が楽しかったので考えもしなかったが、こんな可愛い妻と息子を置いて元の時代に帰ることなんてできない。
俺はこの時代で骨を埋める覚悟を、今、決めた。
「旦那様、お子に名前を」
そうか、子供には名前をつけないといけないんだ……。なんにも考えていなかった。
どんな名前がいいんだろうか?
初夏か……初太郎。ダメだ、将来グレられる!?
夏生。夏樹。夏太郎。……ダメだ。
無難に勘一郎なんてどうだろうか?
「勘一郎。この子は勘一郎だ」
「勘一郎。よい名です」
この子のためにもいい世の中にしたい。
この時、俺はなんでそんなことを思ったのか不思議だった。
俺にこの世界を変える力なんてない。それを知っているのは俺自身だと思っていたのに……。
子供に勘一郎と名づけた。
だから俺も名を変えようと思う。いや、変えるのではなく、諱だな。
殿から『与』そして信辰から『辰』をもらって、『与辰』だ。
佐倉勘次郎与辰。早速、殿と信辰から許可をもらおう。
「なんだと!?」
「我が諱に殿から一字をいただきたいのです」
「勘次郎! 許す!」
殿はとても嬉しそうだ。こういうのは初めてなんだろうな。
「某のか!?」
「はい。七郎左衛門殿の一字をいただきたい」
「す、好きにいたせ」
信辰もOKっと。
「七郎左衛門殿、ありがとうございます」
こうして俺は佐倉勘次郎与辰となった。
『ブー、ブー、ブー』
なんだよ、今度はどんなミッションだ?
【ミッションコンプリート】
『ミッション、七郎左衛門の好感度! をクリアしました。報酬としてプレゼントをランダムで三個獲得しました』
まさかの好感度コンプリートだった!
【ランクB】
・筋肉増強剤(10人分)×10
【ランクC】
・丈夫な槍
【ランクE】
・焼酎(小樽)×10
ふむ、ここで筋肉増強剤が出るか。前回のと合わせて都合二百人分か……。
これは一向衆と戦うときのためにとっておこう。
子供が生まれたので、宴会を催した。
飲めや歌えよの大宴会だ。
だから、なんで殿がいるんだよ!?
「殿、また刺客に襲われますぞ」
「刺客が怖くて戦国の世で武士などやってられるか!」
勇ましいことだが、あんたを護るために多くの人が死ぬかもしれないことを考えろよな!
「七郎左衛門殿~」
「もう諦めもうした……」
信辰、それでいいのか!?
「いや~、めでたい! 婿殿、本当にめでたい!」
「加藤様、ありがとうございます」
加藤様もお爺ちゃんだね~。
いや、もう孫はいるのか? そういえば、家族の話ってしないよね?
昨年、お由の兄である弥三郎殿が信長様の家臣を斬って出奔してしまった。
こういうのは戦国の世ではよくある話なのかな? 犬千代さんもそうだったし……。
幸いなことに信長様は弥三郎殿の家族である加藤様やお由、そしてお由の夫である俺たちには特に罰を与えることはなかった。
こういうところは信長様の度量が大きいということにしておこうと思う。
今、弥三郎殿がどこで何をしているか俺はしらないが、加藤様は知っていると思う。
三河方面へ向かったのではないだろうか?
ネットで調べたら、弥三郎殿は三方ヶ原の戦いで徳川家康の部下として参戦して、戦死している。
……なんだか、悲しい未来だな。俺もこの戦国の世でいつまで生きていられるか……?
「殿! おめでとうございます!」
「南無阿弥陀仏。めでたい!」
「殿、おめでとうございます」
「殿、おめでとうございます」
「っはっは~、めでたいぜ、殿!」
「清次、雲慶、伊右衛門、貞次、利益、ありがとう。これからは勘一郎のことも頼むぞ」
「「「「「お任せあれ!」」」」」
朝までどんちゃん騒ぎをして、気づいたら裸で寝ていた。のは、殿だ。
まったく、弱いくせに酒を飲みたがるんだよ。
さて、殿を起こして古木江城に送っていかないとな。
「殿。殿。殿。殿。殿」
いい加減起きろ!
「むにゃ……もう飲めないぞ……」
殴ったろか!
なんとか殿を起こして、信辰も起こして、朝餉を食わせたら古木江城へ向かった。
ほんとこいつらはぐだぐだだ。シャキッとしろよな。
本当に俺はこの殿に仕えていいのだろうかと、不安になる。
古木江城に殿を送り届けて鯏浦城に帰ってきたら、貞次が待っていた。
「殿、俺の一族だ」
貞次の後ろには合計十六人の老若男女が控えている。
お爺さん一人、お婆さん一人、四十代の男性が二人、四十代の女性が一人、二十歳前後の男性が四人、二十歳前後の女性が三人、十代前半の男の子が一人、十代前半の女の子が二人、十歳にも満たない男の子が一人だ。
思ったよりも多かったが、今の俺にはこの十六人を登用できるだけの碌がある。
「確認したい」
「なんだ?」
「貞次が長と考えていいのか?」
貞次はお爺さんを見たが、お爺さんは頷いた。
どうやらお爺さんが長だったけど、今は貞次が長になっているといった感じのようだ。
「そうだ」
「もう一つ確認したい」
「言ってくれ」
「お前たちをなんと呼べばいい?」
「……名などない」
「そうか、だったら俺が名をつけてもいいか? 名がないと不便だろ?」
「……構わない」
いちいちお爺さんの方をみるな。お前が長なんだろ。
まったく、そんなことではこの先が思いやられるぞ。
「ならば、お前たちは今から鯏党と名乗るがいい」
「鯏党……」
「この鯏浦の地で、お前たちは生まれた。貞次はこれより鯏貞次と名乗れ」
「ありがたき、お言葉!」
おじいさんがそう言って平伏すると、全員が平伏した。
ふむ、実権はまだお爺さんにあると考えた方がいいかな。
「おっと、忘れるところだった。碌は貞次に二百五十貫だ。あとは働き次第。貞次、それでいいな?」
「そんなにいいのか?」
「少なすぎて心苦しいと思っているんだぞ。だけど、他の家臣の手前、あまり多くも与えられないのを汲んでくれると助かる」
「いや、十分だ。感謝する」
よし、これで忍者部隊が手に入った!
「早速で申し訳ないが、服部党の動きを探ってくれるか?」
「探るだけなのか?」
「探るだけだ。情報は万の軍勢以上に重要な場合もある。頼んだぞ」
「ほぅ……」
お爺さんが声を上げた。そんなに感心することでもないと思うけどな。
「任せておけ」




