024_シイタケ栽培
永禄四年十一月。
俺は城内で信辰と膝を突き合わせている。
今日は殿と重臣の定例評定の日だったけど、大きな話題はなかった。
「七郎左衛門殿、お話とは?」
「うむ、随分と時間がかかってしまったが、佐倉殿より依頼があったことを果たそうと思ってな」
「依頼?」
「なんだ、忘れたのか?」
う~ん、信辰への依頼、依頼、依頼ねぇ……あっ!?
「思い出したようだな」
「申し訳ありません。時間が経っていたので……」
「それに関しては某も悪かったと思っている」
信辰は軽く頭を下げた。
「いや、七郎左衛門殿が悪いわけではない。面倒なことを頼んでいたのはこちらだ、本当にすみません」
お互いに頭を下げ合ってもらちが明かないので、話しを進めると、信辰は誰かを部屋の中に呼び入れた。
「……デカい」
思わず声が漏れてしまった。
この時代の人から見れば俺もかなりデカいが、現れた男性は俺よりもはるかにデカい。
百九十センチほどの雲慶よりもデカい。二メートル、いやギリギリ数センチ足りないかな?
「この者は前田利益という」
「前田……?」
「その通り、又左衞門殿の甥だ」
俺の知識が確かなら、この前田利益という大きな青年は……あの前田慶次だ。
太々しい面構えからは有名なマンガの主人公である歌舞伎者を思い起こさせる。
「父は荒子前田家の当主、利久殿だ。その利久殿と喧嘩して家を出てきたそうだ。佐倉殿に使ってもらえればと連れてきた」
「犬千代さんはこのことを?」
「まだ知らぬ」
そうだと思ったよ。
俺は利益殿の方に向いた。
「佐倉勘次郎です」
「前田慶次利益と申す」
軽く頭を下げて挨拶をしてくる。
「これ、利益。これから貴殿の主君となる方だぞ、しっかりと挨拶せぬか!」
「いや、七郎左衛門殿、構わない」
「佐倉殿!」
利益殿が急に大きな声をあげた。
「何かな?」
「俺と勝負してくれ!」
「は?」
「利益、何を言っているんだ!?」
「七郎左衛門殿は黙っていてくれ! 俺は佐倉殿に話しているのだ!」
「こやつ!?」
「七郎左衛門殿、構いません」
「む、佐倉殿がそう言うのであれば……」
信辰はぶつぶつ言っているが、引き下がった。
「それで、利益殿はなぜ俺と勝負をしたいのですか?」
「東海道一の弓取りと言われた今川義元を討ち取った方の腕がどれほどのものかこの目で見てみたいのだ! 佐倉殿の腕がしりたい! 俺は弱い者の下にはつかぬ!」
ああ、なるほど。なかなか分かりやすい理由だ。
だけど、あの有名な前田慶次と勝負なんてしたら、ただじゃすまないよな?
俺、痛いの嫌なんだけど……。でも、この若者の目は今すぐにでも俺と勝負をするぞ! っていう目だ。
「分かりました。木刀でよろしければ、相手をしましょう」
「よし! 今すぐやろう!」
城の中にある庭。庭と言っても結構な広さがある。
俺と利益殿は木刀を構えて向かい合う。
「俺は痛いのは嫌いでな、できれば寸止めで頼むぞ」
「怪我はさせねぇよ」
「それはありがたい」
怪我なんてしたくない。相手が有名な前田慶次であれば、いくら俺の体がハイスペックでも勝てるとは思えないから、最初に伏線を張っておいて何が悪い!?
「いざ!」
「参る!」
利益殿がガッと地面を蹴って俺に迫った。
利益殿の木刀の右腕に迫ったが、俺は木刀から右手を離しその木刀をスルーして、左腕を伸ばした。
「「………」」
静寂が場を支配する。
「……参った」
俺の木刀が利益殿の喉元に突きつけられている。
「これでよろしいか?」
冷静に言っているけど、当の本人である俺の方がびっくりだ!
まさか、あの前田慶次に勝てるとは思ってもいなかった。
真剣ならまた違うとは思うけど……。しかし、この体は本気でヤバい!
その年末、『家臣を増やそう!』のクリア報酬が贈られてきた。
【ランクC】
・手鏡
【ランクD】
・歯磨きセット×10
【ランクE】
・焼酎(小樽)×10
歯磨きセット!? 地味に嬉しい!
時は流れて、永禄五年二月。
「旦那様、これでどうでしょうか?」
正坊こと正(これが本名)がシイタケ栽培用の菌床を俺に見せてくれた。
ただ、見せてもらってもそれでいいか、俺には分からない。
あ、そうだ、スマホのカメラで見てみたら分かるかな?
俺はスマホを取り出して、カメラを起動させて菌床を映し、画面上をタップした。
『シイタケ栽培用の菌床 : 少し水分が多いため、このままでは細菌によってシイタケ菌が死滅してしまう』
おお、見えたぞ!
何々、少し水分が多いのか。ふむ、このままではということは、まだ大丈夫なんだな?
「旦那様、それはなんだぎゃ?」
「今見たことは秘密だ。誰にも言うなよ」
「へ、へい……」
「それよりもだ、この菌床は少し水分が多いようだ。調整をしてくれ」
「水分ですか? そりゃ~、なんだぎゃ?」
おっと、この時代は学校もないから、水分と言っても分からないようだ。
「水分とは、水の量のことだな。もう少し水が少ない方がいいということだ」
「ああ、なるほど。分かったがや」
植菌は二月から三月に行うのがいいらしいので、この菌床を最終調整して原木に植えつけよう。
しかし、初めてなのに、正は本当によくやってくれている。
正ががいなかったら、菌床を作るのにもっと苦労していたことだろう。
数日後、正の菌床を確認したら、水分もほどよい感じになっていた。
家臣総出で原木に穴を開けて菌床を植えつけ作業をする。
今回はクヌギとコナラの原木にそれぞれ植えつけて、様子を見ることにした。
菌床を植えつける原木は百本にも及ぶので、結構な重労働だ。
「殿、こんなことで本当にシイタケが生えてくるのですか?」
「清次、それを確かめるのだ。生えてこなかったら、生えてくるまで試行錯誤をする。分かったか?」
「殿が仰るのであれば、善処しましょう」
「南無阿弥陀仏。信ずれば救われるのである」
雲慶よ、わけの分からない説法はいらんから、手を動かせ!
ただでさえ利益が逃げて人手が足りないのだ! あの野郎、こういう地味なことはすぐ逃げ出すんだ。
三日をかけて菌床を原木に植えつけた俺たちは、お疲れ会をすることにした。
「皆さん、旦那様のためにご苦労様でした」
お由が家臣たちに清酒を注いで回る。うん、いい尻をしている。
「奥方! こっちの器にお願いもうす!」
利益の野郎、何もしていないくせに、酒だけは飲みにきやがって!
「お由、何もしていない利益にはお猪口で十分だぞ」
「殿! 何もしていないわけではありませんぞ! 俺はちゃんとイノシシを狩ってきたではないか!」
たしかに、利益はイノシシを狩ってきたが、それとこれは話が違うのだ!
「殿、シイタケはどれくらいで生えてくるのですか?」
貞次は文句も言わずに黙々と働いていたので、自分たちが原木に植えつけた菌床から育つシイタケが気になるのだろう。
「順調にいけば、来年の秋だな」
「むぅ、意外と遅いのですね」
「それだけのことをしなければ、手に入らぬということだ」
「シイタケという物を見たことも食べたこともないので、早く食ってみたかったのですが、残念です」
なんだ、ただ食いたかっただけかよ!
でも、シイタケの素焼きは美味いぞ。
七輪の上で焼いてちょっと水気が出てきたあたりで塩を振って食うんだ。あれは美味かったな~。
現代日本ではシイタケなんて珍しくもないけど、肉厚なシイタケはそうやって食べると美味いんだ。




