022_嫁取り大作戦
「高砂やぁ~、この浦船に帆を上げて、月もろ共に出汐の、波の淡路の島影や、遠く鳴尾の沖こえて、はや住の江につきにけり、はや住の江につきにけり」
この歌、どれだけ続くのかな?
あ、歌じゃなかったっけ? 能の詞だったっけ? まぁ、なんでもいいや。
「四海波静かにて、国も治まる時つ風、枝を鳴らさぬ御代なれや」
何番まであるのかな?
「住める民とて豊かなる君の、恵みぞありがたき、君の恵みぞありがたき」
さて、この歌を聞いて分かると思うけど、今日は婚儀なのだ!
え、誰の婚儀かって? そんなの決まっているじゃないか! 俺のだよ!
むふふ、とうとうお由さんが俺のところに嫁入りしてきたのだ。
この日をどんなに待ったことか! 白無垢のお由さんも可愛いのぉ~。
「勘次郎、お由! めでたい!」
「殿……ありがとうございます」
なんでここに殿がいるのかな? あんた、城で大人しくしていろよ!
「佐倉殿、おめでとう」
「七郎左衛門殿、忝い。ところで、七郎左衛門殿からも殿にひと言言ってやってくだされ」
「……もう、何度も言ったのだ。ははは」
信辰が陰のある笑みを漏らす。
殿のためにお互いに苦労するね。
「お殿様、おめでとうございます!」
清次が頭を下げる。
「おめでとうございます!」
雲慶も頭を下げる。
「殿、おめでとうございます!」
彼は山内伊右衛門っていう。以前、酒場で会って意気投合して連れ帰ってきたら、そのまま家臣になった。
岩倉織田氏の重臣だった山内盛豊の三男だったけど、信長様が永禄二年(1559年)に岩倉城を攻めて落城した際、父の盛豊は戦死して一族はバラバラに四散したそうだ。
で、まだ十代だけど、浪人だったこの伊右衛門を勧誘したというわけだ。
父親が信長様に討たれているけど、戦国の世だからと結構さばさばしている。
ちなみに、伊右衛門はおそらく山内一豊のはずだ。
後に土佐(高知県)の地で大名になっている。幕末には坂本龍馬を輩出した土佐藩だ。
「おめでとうございます!」
貞次が頭を下げた。
この貞次はあの忍者のサダジだ。あの後、服部殿との契約が切れたので、俺の所にきたのだ。
おかげで家臣が増えた。ありがたや~。
「婿殿、お由をよろしくお願いもうす」
「加藤様、お由さんは俺がしっかりとお護りいたします」
「頼みましたぞ!」
義理の父なので本来は舅殿とか言うのがいいのだろうけど、お由さんは加藤家には入っていない町娘なので、あえて舅殿とは言わずに加藤様のままだ。
俺とお由さんの婚儀は、殿、信辰、加藤様、俺の家臣たちが祝ってくれる。
本当にありがたいことだ。まぁ、殿に関しては今度しっかりと説教をするけどね。
婚儀の後は初夜が待っている。
集まってくれた人たちは酒と料理を食って楽しんでいてくれれば、いい。俺はお由さんとむふふなのだ。
「お由さん、俺の妻になってくれてありがとう」
「勘次郎様、末永くよろしくお願いします」
三つ指を立てて頭を下げる仕草が色っぽい。お由さんはこんなに色っぽかったのかと、ドキッとした。
さて、初夜に突入するとしますか!
『ブー、ブー、ブー』
なんだよ、こんな時に!
「どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもないよ」
お由さんに背を向けてスマホを起動させる。メールだ。
【ミッション】
『殿が狙われている! : 服部党の刺客が殿を狙っている。刺客を倒して殿を助けよう!』
『報酬 : プレゼントをランダムで三個』
なんだと……。
俺は無意識でスマホを赤外線カメラに変えて暗闇が支配する外を映した。
ちっ!? すでに囲まれている!
「お由さん、そこで大人しくしていてくれ!」
「え? は、はい?」
俺は刀を手に取って、鞘から抜いた。
「か、勘次郎様……」
「少し騒々しくなるけど、お由さんは必ず護るから!」
お由さんをそっと抱きしめて、俺は立ちあがった。
「清次! 雲慶! 伊右衛門! 貞次! 敵襲だ! 敵襲だぞ!」
大声で叫びながら庭に出た。
「「「「殿!?」」」」
家臣たちが飛び出してきた。
「清次! 殿をお護りしろ!」
「雲慶! 伊右衛門! 貞次! 敵を蹴散らすぞ!」
「「「「おう!」」」」
「勘次郎、何事だ!?」
「敵襲です! 殿は奥へ! 七郎左衛門殿、殿を奥へ」
刀を持って戦おうとしていた殿だが、信辰に奥へ連れていってもらおうと思った。
「承知!」
暗闇の中、殺気が俺に迫った気がして、気づいたら刀を振っていた。
「ぎゃぁっ!?」
何かを切った感触が手に伝わってきた。
数は多くないが、暗闇の中での戦闘に慣れている感じがする。
刀を何度か振っていると、目が暗闇になれてきた。
しかし、敵は黒装束なので暗闇に溶け込んでいる。
「殿は討たせん! 命が要らないのなら、かかってこい!」
手裏剣が飛んできたのを無意識に打ち落として、四人目を切った。
そこで、敵が引いていった。
「皆、無事か!?」
俺は皆に怪我がないか、確かめる。
すると、腕を押えて蹲っている伊右衛門の姿が目に入った。
「伊右衛門!」
「大丈夫です。かすり傷ですから」
「藤次! 伊右衛門の手当を!」
「へ、へい!」
伊右衛門に藤次が駆け寄る。
「殿! 城へお供いたします! 急いでください!」
「勘次郎は婚儀を挙げたばかりではないか!」
「そうだぞ、佐倉殿。殿は某が城へお連れするから、佐倉殿は新婦のそばにいてやったらどうだ」
「七郎左衛門殿、数は多い方がいい。お由も分かってくれるだろう。加藤様、申し訳ありませんが、しばしの間、お由をお願いしてもよろしいですか」
「承知した。しっかりとお役目を果たしてくだされ」
「ありがとうございます」
俺は殿を護って城に向かった。
城までの道中での襲撃は幸いなことになかったが、俺とお由の初夜は台無しだ!




