019_嫁取り大作戦
サダジと思わぬ遭遇をした翌日。
俺は古木江城に登城した。
サダジにも言ったが、嫁がほしい。ミッションなんか関係なく嫁がほしいのだ! てか、ミッションのおかげで嫁のことが頭から離れないのだ。
俺も二十五歳の健全な男子なわけで、やっぱしたいわけよ。
スマホの野郎、あっち系の検索ができないんだ。十八禁かよ!
むっつりした顔で城内を歩く。
うちの殿は俺より九歳も若い十六歳なのに、三人も妻がいる。リア充め!
はぁ、この時代の二十五歳っていえば、嫁をもらっていちゃいちゃ時期も終わって、倦怠期にはいって、浮気でもしようかという頃なのに、俺にはそういった浮ついたことはない。
世の中は格差社会なのだ……。
俺は殿の足軽大将だな。
分からないって? うーん、まぁ、足軽(兵隊)部隊を率いる武将だと思ってくれればいい。
ちなみに、信辰は家老だ。つまり、信辰がナンバーツーで、俺がナンバースリーなわけだ。
信辰は主に外交というか織田家内の調整を担当して、俺は築城が終わってから財政を担当している。勘定奉行みたいなものだ。
だから、経済政策の案を持って殿のところへ向かおうと思って歩いているのだけど、現在、殿はとても機嫌が悪い。
墨俣砦を得た信長様は、今度は小口城(丹羽郡大口町)に攻撃をしかけた。
つい先月、美濃から帰ってきたのに、もう出陣しているんだから、信長様も忙しいお方だ。
この小口城は織田信清様(本居地は犬山城)が独立勢力として支配している城なんだ。
織田信清様が治める一帯の向こうには、斎藤氏が治める美濃の国がある。
斎藤氏と織田信清様が手を結んで、攻め込んでこられても面倒なので、信長様としては潰しておきたい勢力だね。
だけど、この戦いでは殿に声がかからなかったので、機嫌が悪いのだ。
子供かよ。いや、まだ十六歳の子供だけどさ。
「殿、勘次郎です」
「……入れ」
ブスッとした顔を隠そうともしない殿が座っている。
俺は経済政策案を差し出した。
「シイタケ栽培を産業にしたく、ご裁可をお願いします」
「シイタケだと? シイタケが栽培できるのか?」
この時代のシイタケは非常に高価で希少なものだ。
日本だけではなく明(今の中国)や朝鮮でも需要があるシイタケは栽培方法が確立されていないのである。
だから流通量も少なく高級品なのだ。
「私が入手した情報では栽培が可能です」
「……任せる」
ブスッとしていたもんだから、少しバツが悪そうな顔をしている。
言わないけど、相手にしないからね。
リア充の殿は世継ぎを仕込んでいればいいんです!
俺だって早く仕込みたいよ!
「それと、昨夜のことですが、弥富服部党の忍が私の周辺を探っていました」
「なんだと!?」
「どうやら、この城のことも探っているようでしたので、今夜から警備の数を増やすように命じておきました」
「それで、その忍はどうした」
「逃げられてしまいました」
「……なぜ、弥富の手の者だと分かったのだ?」
あ、それは考えてなかった。
えーっと……そうだ!
「この古木江城に最も興味を示している相手だからです」
「ふむ、もっともな話だ。勘次郎も身辺には気をつけるのだぞ」
この古木江城は服部党対策で建てられた城だから、服部党が暗躍しても不思議ではない。
だから、殿も納得したみたいだ。助かった。
「ありがとうございます」
さて、殿の許可を得たのでシイタケ栽培に取り組むとしよう。
別に俺だけで進められる話なので、殿に報告しないといけないわけじゃない。
だけど、シイタケ栽培のことで城の仕事ができない時もあるかもしれないから、最初に許可をとっておけば色々と便利だ。
古木江城の周辺は平地で山がない。
シイタケ栽培に適した原木を手に入れるには、ちょっとだけ遠出しなければならない。
シイタケは漢字で椎茸と書く。つまり椎の木に生えるのである。
まぁ、他の木でもシイタケはできるんだけど。
だから原木集めもしなければいけないし、シイタケの菌床を作らないといけない。
知識チートがあっても、気の長い話になる。なんでも一気にできるわけではないのだ。
俺はまず農家の次男や三男のような、後を継げない部屋住みの男性でいい人材はいないか、お菊さんに尋ねた。
お菊さんはこの土地の生まれなので、農家の人脈はあるのだ。
「それならお花さんとこの正坊がいいがや。今年で二十歳だか、そのぐりゃーの働き者の若者だがや」
早速、その正坊に会いにいくことにした。
六月ということもあり、農家は総出で田んぼに出ているそうで、お菊さんに聞いた場所にいくと、数人の農民が農作業をしていた。
「すまぬ、ここに正坊なる者はいるか?」
「へ、へい……おい、正!」
四十前後のおっちゃんに話しかけると、正坊を呼んでくれた。
田んぼの中からやってきたのは泥だらけの若者だ。
若者といっても俺と大して変わらない年齢だけどね。俺も若いんだよ!
「へ、へい……正です」
少し頼りなさげな若者だった。
「俺は佐倉勘次郎という。俺の下で働いてくれる者がいないかと、お菊さんに聞いたら正坊を紹介された。急な話ですまないが、俺のところで働いてくれないか?」
「え? えぇ?」
「これ、正! お侍さんにちゃんと答えんきゃ!」
先ほど正坊を呼んでくれたおっちゃんだ。多分、正坊の父親なんだろう。
「無理にとは言わない。ただ、せっかくお菊さんが紹介してくれたので、きてくれると嬉しい」
「お、おらで……いいのきゃ?」
「ああ、正坊でいい」
「分かったがや。働くだぎゃ」
こうして、正坊が俺のシイタケ栽培を手伝ってくれることになった。
ちなみに、正坊は正というらしい。お菊さんが正坊と呼んでいたから、俺もそう呼んでしまった。ちょっと恥ずかしい。




