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015_犬千代の帰参

 


 殿の怪我も大したことないので、体勢を立て直した殿たちは再び戦線に復帰しようとした。

 だけど、俺はそれに待ったをかけた。

「今は乱戦になっています」

「だからどうしたのだ!? 乱戦であろうと、戦場にいなければ手柄は立てられぬぞ!」

 殿は早く戦線復帰したくてうずうずしているのがよく分かる。

「殿、ここは冷静に戦況を見極めましょう」

「我らが優勢なのは分かっていることだぞ」

「そうですが、より大きな手柄を立てるために、しっかりと戦況を見るのです」

 戦況なんて俺にはわからないが、そう言わないと殿は飛び出していきそうだ。


「犬千代さん、俺に考えがあるのですが、聞いてもらえますか」

「もちろんだ」

 今回の戦いは殿の手柄よりも犬千代さんの手柄が優先だ。

 殿には悪いが、殿が直接手柄を立てるのではなく、同行者の犬千代さんが手柄を立てることで我慢してもらおう。

 実史では犬千代さんは足立六兵衛という豪傑を討ち取っている。

 だから、足立六兵衛だけを目指そうと思う。

「俺たちは最後の最後に突撃をかける。他の武将には悪いけど、それまでがんばって戦ってもらおうと思います」

「漁夫の利を得るのか?」

「ええ、そうです。その時には犬千代さんを先頭に突っこみます。任せていいですか?」

「……いいだろう。この犬千代、勘次郎殿の策に乗った!」

「殿もそれでいいですね?」

 いいですねと聞いているが、反論を認めないすごみを込めてみた。

 俺のすごみが殿に通じるのかは分からないが、ダメなら体を張って止めよう。


「勘次郎に任す!」

 俺のすごみも少しは効果あるようで、よかった。

「ありがとうございます。清次、雲慶。戦況を見極めてくれ!」

「承知しました!」

「南無阿弥陀仏。お任せあれ」


 殿にはそのまま風丸に乗ってもらっているが、殿に手綱を任せたら飛び出しそうなので、藤次に手綱を持ってもらっている。

「勘次郎、この馬はなかなかの名馬だな!」

「俺の愛馬で、風丸と言います」

「ふむ、風丸か!」

 殿は風丸の首筋を撫でて気を紛らわせている。そのまま大人しくしておいてほしい。


 空気が変わったように思えた。

 その時、清次と雲慶が俺を見た。どうやら仕かけどころのようだ。

「殿、いきます!」

「うむ!」

 殿の顔が引き締まった。

「犬千代さん、お願いします!」

「任された!」

 犬千代さんが地面を蹴って走り出した。

 俺たちも犬千代さんの後を追って走った。

 風丸は藤次が必死で引いている。


「うりゃぁぁぁっ!?」

 犬千代さんが自慢の槍を薙ぎ払って敵兵を弾き飛ばすと、道ができた。

「そりゃそりゃそりゃぁぁぁっ!」

 犬千代さんが活き活きしている。がまんさせたので、その鬱憤を晴らしているように見えなくもない。

 さすがは槍の又左だ。この槍働きで今までに何人もの首級を獲ってきただけのことはある。


 そんな犬千代さんの前に化け物が現れた。

 そいつは、普通よりも大きな刀を持ち、背はそこまでではないが、横に大きな体をしていた。

 持っている刀が一・五メートルほどあるので、あれは大太刀と言われる刀だと思うけど、なんというか無骨な感じで力があるから振れるような刀だ。

 そんな大太刀を右手で振って、左手で織田軍の兵士の頭を鷲掴みにして、放り投げるという怪力の持ち主である。

 厳つい顔もあって、本当に化け物に見えるんだけど……。

「がーっははは! 織田の兵など、何ほどぞ!」

 鼓膜が破れそうなドラ声だ。


「貴様の相手はこの俺だ!」

「ちょこざいな!」

 犬千代さんが化け物に戦いを挑んだ。

 犬千代さんが強いのは知っているけど、あんな化け物相手で大丈夫か!?

 一回、二回と大太刀と槍が交差する。

 その都度、頬を刺すようなすさまじい殺気がこっちまで飛んでくる。


「やるな! お主の名を聞いておこうか! 俺は足立六兵衛だ!」

 まさかとは思っていたけど、本当に足立六兵衛に当たったよ!?

「首取り足立か!? 相手にとって不足はない! 俺は前田又左衛門利家だ!」

「槍の又左か!? こい!」

 二人の戦いに誰も入れず、敵味方関係なく二人の戦いを見守った。


 攻防一体の戦いも決着がつくときは一瞬だ。

 足立六兵衛が地面のくぼみに足をとられた一瞬。

「隙あり!」

 犬千代さんの槍が足立六兵衛の胴鎧の隙間から脇下の胸に突き刺さった。

「ぐあっ!?」

 犬千代さんは槍をさらに押し込んで、そのまま心臓を串刺しにした。

 こうなってはいくら怪力の化け物でも生きていられない。

「足立六兵衛、討ち取ったりぃぃぃっ!」

「前田又左衛門利家が足立六兵衛を討ち取ったぞ!」

 俺たちは口々に足立六兵衛が討ち取られたことを叫んだ。

 名が知れた武将であればあるほど、討ち取られた時の味方(斎藤方)の精神的ダメージが大きい。

 そして、それは敵である織田方にとって、士気の上がることなのだ。

 だから大々的に宣伝して回る。

 今回、足立六兵衛が討ち取られたことによって、斎藤軍の士気が大きく下がり、織田軍の士気が大きく上がった。


 その後、俺たちは斎藤軍を追撃した。

 その途中で信辰と合流したが、信辰は左腕に手傷を負っていた。

「七郎左衛門殿!? ご無事か?」

「七郎左衛門! 手傷を負ったのか!?」

 俺と殿が同じことを聞くと、信辰はバツの悪そうな顔をした。

「かすり傷でござる」

 俺たちはホッとしたが、だからといってここで気を緩めるわけにはいかない。

 ここは戦場で、一瞬の油断が命取りになるのだ。

 信辰の傷口の上に布を巻きつけ固く縛って、追撃を続けた。


 追撃の最中に俺も何人か切った。

 気分がいいものではないが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 俺はこんなところで死にたくないし、ここで大人しく殺されるくらいなら、生きのびるために人を殺すことを選ぶ。

 生きるために必死にならなきゃ、この時代では生きていけない。そう思うんだ。

 でも、またしばらくは悪夢にうなされそうだ……。


 

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