014_犬千代の帰参
この戦いは、信長様の怨敵である斎藤義龍が亡くなったことから始まる。
後継者は義龍の子供で若干十四歳の斎藤龍興だ。
この頃の斎藤家は一色姓を名乗っているが、織田家中では斎藤姓の認識だ。
そもそも、義龍は斎藤道三の息子だけど、本人は土岐頼芸の息子だと自称していた。
母親が頼芸の側室で、後に道三の妻になっていて、道三の妻になってから一年も経たずに義龍が生まれていることから、可能性はあるだろう。
だが、それなら土岐姓を名乗るのが筋である。
義龍がなぜ一色姓を名乗ったのか、それは母親が一色の血筋だったからだ。本当かどうかは分からないけどね。
本当に一色の血筋かもしれないけど、母親の方の姓を名乗る必要はない。それなのに、一色姓を名乗った理由には家柄があると思う。
土岐家は名門で室町幕府の侍所頭人(幕閣)だった。しかし、一色はその上の足利一門なのだ。
家紋も土岐氏は土岐桔梗だが、一色氏は足利二つ引だ。幕僚と一門では一門の方が家柄が上なのは言うまでもない。
一色家は室町幕府の軍事指揮や京都市中の警察・徴税等を司ってきた四職(赤松氏、一色氏、京極氏、山名氏)の一つで、拡大解釈した時に六職(赤松氏、一色氏、京極氏、山名氏、土岐氏、今川氏)になる。
ちなみに、先の四氏は相伴衆で二氏は国持衆なので基本的地位も四氏の方が高い。
そんなわけで、家柄が少しでもいい一色家を自称しているらしい。自意識過剰じゃね?
織田軍は勝村(現代の岐阜県海津市)から北上を開始して、森部の地(現在の岐阜県安八郡)に入った。
斎藤軍は織田軍を迎え撃つために墨俣砦から兵を出してきた。
織田軍の数は二千ほどに対して、斎藤軍は五千から六千だ。
どう考えても勝てるとは思えないが、実史では勝っているんだよ。
対峙した織田軍と斎藤軍。
その戦力差は圧倒的だが、織田軍の兵士は精鋭なので誰も負けるとは思っていない顔をしている。
斎藤軍は鶴翼の陣で織田軍を殲滅するつもりのようだ。
鶴翼の陣は大兵力で小兵力を包み込んで包囲殲滅する陣形だ。
それに対して信長様は軍を三つに分けた。
「だ、旦那様……」
「どうした、藤次?」
「おいらたちは勝てるんきゃ?」
「……勝つと思えば勝てる。俺はそう信じている」
「そ、そんなもんきゃ?」
「がーっははは! 南無阿弥陀仏。殿の言う通りだ! 勝つと信じる者が勝つのである!」
豪快に笑った雲慶は前向きだ。
「然様、戦う前から負けることを考えていては、勝てぬぞ。藤次よ!」
清次も前向きである。
「勘次郎殿はこの犬千代が護るから安心しろ!」
犬千代さんが頼もしい!
でも、殿を護るのが俺の役目なんだけど……。
「勘次郎! 突撃だ!」
「殿! お待ちを!」
「なぜだ!?」
一軍の将が突撃してどうするの!?
そういうのは、最後にとっておこうよ。
「戦は始まったばかりなんですから、じっくりと動きを見ましょう」
「むぅ……」
戦力差があるにも関わらず戦いは一進一退の攻防だ。
俺には戦略眼もなければ、戦術眼もない。どちらが押していて、押されているのかも分からない。
隣でうずうずしている殿を抑えるのが、今の俺の仕事だ。
戦局が動いたのは、戦いが始まってから二時間ほどだ。
槍で殴り合っていた前線がなんと敵を押しのけたのだ。
信長様が考案した長槍が物を言ったようだ。
「勘次郎!」
「はい、いきましょうか」
「おう! 皆の者、我に続けぇぇぇっ!!」
殿が刀を抜いて馬の腹を蹴った。
勢いよく飛び出していく殿に続いて俺も風丸の腹を蹴った。
「風丸、頼んだぞ!」
「ヒッヒィィィン!」
俺の声に応えて風丸が嘶く。俺の言葉が分かっているんだよな? すごくね?
殿に追いついて、敵陣へ突っ込む。
とにかく、殿のそばに敵を近づけないのが俺の役目だけど、ミッションもあるので犬千代さんにも頑張ってほしい。
これじゃぁ、ミッションコンプリートにはならないよな……。
「攻めろ! 攻めて、攻めて、攻め抜け!」
殿が敵兵を切っては進むので、そのフォローだけで俺は手いっぱいだ。
さすがに数が多い斎藤軍相手なので、押し込んでも次から次へと兵士が出てくる。
「ぐあっ!?」
「殿!?」
殿が馬から落ちた。どうやら槍を躱した時に態勢を崩したようだ。
俺はすかさず殿の周りにいる敵兵を蹴散らした。
「殿、大丈夫ですか!?」
「大事ない! 馬から落ちただけだ」
「ここは一旦引きましょう」
「何を言うか!?」
「味方の勝ちは揺るぎません。ひと息入れましょう!」
「むっ!?」
俺は殿を風丸に乗せて、手綱を引いて少し下がった。
「うおぉぉぉっ!」
雲慶が金棒で敵兵を薙ぎ払って退路を作ってくれる。
「殿! こちらですぞ!」
清次が先導する。
「ふんっ!」
犬千代さんが後方を護ってくれている。
三人の活躍もあり、殿を無事に安全なところへお連れすることができた。




