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011_古木江城

 


 年が変わって永禄四年の年始。

 俺は犬千代さんと藤次を連れて清須の殿の屋敷を訪れた。

 信辰は犬千代さんの顔を見て、あからさまに嫌な顔をしたが、これは仕方がないのかもしれない。

 犬千代さんのことは俺がどうこうできる問題ではないので、殿のお力をお借りすることにしたのだ。

「犬千代か」

「はっ!?」

「お前のことは勘次郎から聞いておる。今すぐは難しいが、次にお前が戦功を立てた時は俺からも口添えをしよう」

「ははぁ! ありがたき幸せに存じ上げたてまつります」

「それまでは、がまんして機会を逃すなよ」

「はい!」

 犬千代さんは終始平伏して、殿に対した。


「勘次郎。城の方はどうだ?」

「はい、犬千代殿の助けもありまして随分と進んでおります。この調子でいきますと、夏ごろに工事は完了するかと存じます」

 すでに本丸、二の丸が完成して、三の丸も完成間近だ。

 堀の方がまだだけど、それも夏までには完成するだろう。

「うむ、そろそろ入城する頃合いだな。兄者に報告しておく」

「はっ」


 殿の入城ともなれば、百数十人規模の兵士と家族が移住してくることになる。

 今では俺も藤次の他に二人の家臣を持っている。

 二人とも犬千代さんの紹介だ。

 それと犬千代さん繋がりで藤吉郎さんとも仲よくなった。

 藤吉郎さんは何度か犬千代さんを訪ねてきたので、その都度酒を飲む仲になっている。


 殿への新年の挨拶が終わると、俺は殿を見送った。

 次は信辰が場を立ったので、呼び止める。

「何だ?」

「七郎左衛門殿にお願いの儀があります」

「願い? 申してみよ」

「七郎左衛門殿は柴田様とごじっこんとお伺いしました。某を柴田様にお引き合わせいただきたいのです」

「………」

 信辰はじーっと俺を見つめた。

「……場を設けたら、知らせをする」

「ありがとうございます! なにとぞ、よろしくお願いいたします」

 信辰は佐久間一族なので、顔が広い。

 織田家の重臣である柴田勝家様とはそれなりに顔見知りだ。

 逆に俺は新参者で織田家中に知り合いはほとんどいない。


 サラリーマンで営業マンをしていた俺は、相手が誰であろうと頭を下げることくらいなんでもない。

 信辰が俺を嫌っているのは知っているが、その信辰に頭を下げることで、信辰の気分がよくなるのであれば、いくらでも頭を下げてやる。

「勘次郎殿、俺のために柴田様に……」

「犬千代さん、俺は俺のために柴田様に近づこうと思っただけだよ」

「すまぬ……」

「いやだなぁ~、何も謝られることはしてないから、ほら、顔を上げてよ」

 犬千代さんは涙を目にためていた。

 俺が信辰とあまりいい関係ではないのを知っているから、俺が信辰に頭を下げたのが心苦しいのだろう。

 この時代、人に頭を下げることがどんなに難しいことか、犬千代さんは身をもって知っているのだ。


 新年の挨拶から数日が経ったある日、信辰から連絡がきた。

 柴田勝家様に会えるように段取りをしてくれたのだ。

 なんだかんだ言って、信辰もいい奴だ。ここは酒でも贈っておこう。


「明日、清須で柴田様とお会いできる段取りです。犬千代さんも一緒にいきましょう」

「しかし、親父殿は会ってくれるだろうか?」

「七郎左衛門殿も犬千代さんのことはそれとなく話しているんじゃないですかね」

 こうして俺たちは柴田勝家様に会いに清須に向かうことにした。

 犬千代さんの言葉でも分かるように、柴田勝家様は犬千代さんのことを可愛がっている。

 今は追放の身なので大手を振って会うわけにはいかないが、犬千代さんが死罪にならなかったのも、柴田勝家様のとりなしがあったからだ。


 翌日、柴田勝家様の屋敷に赴くと、勝家様は玄関の前で仁王立ちしていた。めっちゃこえー。

「柴田様、本日はお時間をつくっていただき、ありがとうございます」

「ふむ、相変わらずデカいの。お前が義元の首を獲った時、俺もお前の戦いを見ていたが、凄まじき剣であった!」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

「うむ、立ち話もなんだ、中へ」

「はい」

「ふん! 犬千代も中へ入れ!」

「親父!?」


 柴田勝家様は中々に話の分かる人のようだ。顔がめっちゃ怖いけど。

 屋敷の中に通されたが、柴田勝家様はフランクなおっさんだった。

「このバカ野郎が! 素直に俺を頼ればいいのだ!」

 そう言って犬千代をぶん殴ったのには驚いたけど。

「すまねぇ、親父……」

「佐倉殿、お主にも迷惑をかけた。この通りだ」

「いやいや、迷惑だなんて思っていませんから! 犬千代さんがいてくれたおかげで、某もかなり楽ができているんです。だから感謝こそすれ、迷惑だなんて思っていませんから!」

「犬千代! いい男に出会ったな! がーっははは!」

「おう、勘次郎殿には足を向けて寝れねぇぜ、親父」

 暑苦しい漢たちだ。だが、これがいい。


 

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