010_古木江城
「すまない!」
俺の前で土下座して頭を下げるのは、犬千代さんだ。
朝起きて、しらふで考えて、俺に迷惑をかけたと理解したらしい。
「頭を上げてください」
「この恩は必ず返す!」
「大したことはしていませんから、気にしないでください。それよりもこんな田舎に連れてきてしまって、返ってすみません」
「いやいやいや、昨日初めて会った御仁に迷惑をかけたのに、そのように言われては」
「旦那様、朝餉の仕度ができたがや」
「犬千代さん、大したもてなしもできませんが、朝餉を食べてください」
「忝い!」
朝食が仕度されている部屋にいくと、ちゃんと犬千代さんの分もあった。
なかったら、俺の面目丸潰れだったから、よかった。
「いやー、お菊さんの飯は美味いな!」
それはちゃんと塩味がついているからですね。もちろん、お菊さんの料理の腕もあるけどね。
「犬千代さん、しばらくゆっくりしていっても構いませんから」
犬千代さんは織田家を追い出されていくところがないんじゃないかなと思うわけで。
この時代にいきなり放り出された俺も、最初はかなり心細かったから、ちょっとだけ気持ちが分かるんだ。
「いや、そこまで世話には」
「あれだったら、私の仕事を内緒でちょっとだけ手伝ってくれませんか?」
「ご貴殿の?」
「そんな堅苦しい呼び方じゃなくて、酒屋の時みたいに勘次郎と呼んでくださいよ」
「うっ!? すまない……」
「いえいえ、本当にそう呼んでください」
犬千代さんは俺の仕事を手伝う約束をしてくれた。
だけど妻がいるので、妻にひと言告げてくると清須に帰っていった。
俺よりも少し年下に見えたけど、妻がいるのか……ちょっと羨ましいな。
この時代、十五歳でも妻がいるのは不思議じゃない。
俺のように二十四歳になっても独身の方が珍しいようだ。
それに女性で二十四歳というと、行き遅れと言われる時代なんだよな。
俺も誰か嫁にきてくれないかな……。ぐすん。
数日後。今日の俺は築城現場で働いている。
工事現場は安全第一、いつもニコニコ楽しい職場ってのが、俺のモットーだ。
だから、朝昼晩の三食の炊き出しをして、人足たちの胃袋を掴んでいる。
この時代は、腹いっぱい食えることが何よりの幸せだから、しっかりと食わせてあげれば人足も一生懸命働いてくれる。
「佐倉様、今日もありがとうだぎゃ」
「お代わりあるから、いっぱい食ってくれよ」
お昼の炊き出しをお椀によそってやると、みんなが礼を言ってくる。
こっちこそ食事以外で何もしてやれないのが心苦しいのに、本当にいい人ばかりだ。
「勘次郎殿!」
「ん? ……あ、犬千代さん!」
声をかけられたので振り向くと、そこに犬千代さんがいた。
俺は手を大きく振って、犬千代さんの来訪を喜んだ。
約束だからって、簡単に俺を手伝えるわけもないと思っていたんだ。だから、余計に嬉しい。
「来たぞ、勘次郎殿!」
「ありがとう。犬千代さん!」
俺と犬千代さんはがしっと握手した。
すると、俺の視界に女性が入った。
この時代の女性の美しい基準でいくと、美人の女性だ。
もしかすると……。
「これは、俺の妻でおまつと言う」
「おまつと申します。先日は主人がお世話になったそうで、ありがとうございます」
やっぱり奥さんだった。
「犬千代さん、綺麗な奥さんだな。羨ましいぞ!」
「まぁ、お口が上手で」
いや、本当にそう思うよ。
「そうだろ! おまつは三国一の嫁だ!」
「ははは、こりゃ参った。独身の俺の前でのろけないでくれよ!」
「ははは、勘次郎殿にもきっといい相手が現れるさ!」
「「はははははは!」」
なんだか分からないけど、笑いあった。
犬千代さんとはなんだか気があうんだ。
犬千代さん夫婦は俺の家の横にある長屋に住んでもらうことになった。
長屋の住人はまだいない。それは、俺の家臣用の長屋だからだ。
お菊さんと藤次は俺の家に住み込んでいるので、ノーカウントだ。
本当はあと二人ほど家臣がほしいが、残念ながら俺に仕えてもいいという人はなかなか現れない。
まぁ、所詮は碌が百貫しかない貧乏かは分からないが、底辺に近い武士だからな。
家臣になってもらっても、苦労をかけるだけだ。
ちなみに、犬千代さんは家臣ではないぞ。俺の客人扱いだ。
「改めて、名乗らせてもらう!」
犬千代さんとまつさんが俺の前で座って、改めて挨拶をと言う。
「俺は前田又左衞門利家。しばらくお世話になりもうす!」
「妻のまつです。よろしくお願いいたします」
ん? 前田? 利家? え?
「ままま、前田利家様!?」
前田利家といえば、戦国大名の中で三英傑に次いでのビッグネームじゃねぇか!?
加賀百万石を築いた大大名だぞ!
「いや、俺は様と呼ばれるほど立派な者ではない。今まで通り、犬千代と呼んでくれ」
「いやいやいや、前田様を犬千代とは……」
「佐倉様、これも何かのご縁です。主人のことは犬千代、私のことはおまつとお呼びください」
「……本当にいいのですか?」
「「はい」」
「では、犬千代さんとおまつさんと呼ばせていただきます」
こうして前田利家夫妻が俺の家の横にある長屋に住むことになった。
ちなみに、犬千代さんは永禄二年に信長様のお気に入りを切り殺して、織田家を出奔している。
本来なら死罪もあったが、柴田勝家や森可成らのとりなしで死罪はまぬがれて、追放になっているんだね。
なかなかヘビーなことをする人だ。
ちなみに、この時代には衆道の文化がある。
衆道というのはあれだ、男と男が交わるやつだ。俺には理解できないが、そういう考えがあるのは認めている。
織田信長も衆道を嗜んでいたはずなので、そう考えるとお尻の穴がきゅっとする。




