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異世界旅事情  作者: 幸茶兎
7/10

フジェーダの怪鳥騒ぎ

更新遅くなってしまい申し訳ありませんでした。


セルリオのショゴス仲間が増えるぞ!

フジェーダにて

 自分はリンとユラゲに”野暮用”と伝えた用事を済ませに足場に席を立った。その用事とは消臭液の購入だ。


 本来は三人で行くのが安全で良いはずだが、自分はあえて一人で行く。

 ショゴスであることのリスクがどのようなものか、まだ実感は湧かないが、出来る限り目立たない方が良いかと思っての行動だ。


 自分には焦る理由もあった。

 それはこのお手手。獣人の村でとろかしてからというもの異臭を放ってはばからないのだ。


 ギルドの人たちには料理や汗のにおいでバレなかったが、二人と漫才をしている間に鼻をぴくつかせる人が何人かいた。


 もしかしたら、ベオルという銀級冒険者も気がついていたかもしれない。



 この子くさすぎっ…って。



 もし「あれ?体臭キツくね?」程度で済んでいるのであればよいが、それはベオルのみぞ知ることだ。

 なので一旦考えることを放棄し、解決を急ぐことにした。



 ギルドの中をまっすぐ出口に向かって歩く。床に張られた木材が軋む。今まで大勢の人間を乗せてきたのだろう。古びて燻んだ焦げ茶色に、染みや傷が細かな模様を描いている。

 なかなか年季を感じる床だ。このギルドの歴史はけっこう古いものなのかもしれない。


 ギルドの扉を押す。想像以上に軽い力で、厚い木製の扉がギィと音を立てて開いた。

 

 外に出て手を離すと両開きの扉は振り子のように揺れて壁と同じ並びに収まった。


 (あれ?これって自由蝶番か?)


 地球では扉の歴史は古代にも遡るという。同時に蝶番の歴史も相当に古いと思われる。

 思われる、というのは地球にいた頃にネットで調べた程度の知識だからだ。


 ただ少なくとも、引き戸が主な扉の形だった日本では西洋文化に触れるまでは開き戸は主流になりえなかった。

 カヘエさんの家は引き戸だった。途中の獣人の村もだ。


 しかしギルドの扉は開き戸。しかもバネを内蔵しているとおぼしき自由蝶番という両開き用の蝶番が使われている。見たところかなり細かい工作が必要な部分に思える。



 地球では西洋と呼ばれた文化圏の技術が、明治日本のようなパンジャ国で使われている。


 ここは地球ではないのだから、細かい技術の発展具合をいちいち気にしていたら比べ疲れてしまうだろうが、その理由をあえて求めるとするなら、きっと新しい試みの好きな職人が開発したのか、だれか転生者が技術を持ち込んだのだろう。



(このごった煮具合。ますます異世界なんだって感じがするな)



 カオスだと感じるのはまだ地球の常識にとらわれているからなのだろう。しかしそれは確かな転生の実感でもあった。

 自分は意気揚々、街に繰り出した。



 踏み固められただけの舗装されていない道路を行きかう人々は活気にあふれていた。

 冒険者ギルドのある通りはこの街のメインストリートであり市場でもあるらしい。

 露店がずらりと軒を連ねる隙間を買い物客が歩きぬけていく。


 各店舗で扱っている商品はさまざまだ。生肉、魚、野菜などの生鮮食品のほかに簡単な加工品も売られている。

 様々なにおいの漂うここなら、好きにうろついても心配なさそうだ。



 市場の中で特に目を引くのは穀物の多さだ。人間の腰ほどもあるドラム缶みたいな麻袋にぎっしりと穀物らしきものが詰め込まれている。それがずらりと並んで市場の一角を成していた。


 ここまでの道のり間は山ばかりだった。カヘエの道案内を途中無視していたのも原因の一つであろう。

 見ることがなかっただけでこのあたりは平野が広がっている穀倉地帯なのかもしれない。


 穀物にも種類があるようで色も形も様々だが、米のようなものも発見できた。外殻が紫がかっているのが食欲をそそらないが、脱穀した中身は白いようだ。さっきの飯屋で出されていた気がする。


(リンとか喜ぶかな…)

 しかしこんなにも大量の穀物を輸送する手段は持ち合わせていない。仕方ないので値段交渉する人たちの間を冷かすにとどめた。


 米屋を抜けると青果を扱っている店舗が集まる場所に出た。


 色とりどりの果物に目を引かれて、人のよさそうなおばさんが開いている店に立ち寄った。


 赤い星型の果物がつる下げられていたり、一粒が水風船ぐらいあるブドウのようなものがあったり、石ころのような質感の何かがあったりと、味の想像もつかない。


 中にはリンがもらっていた赤いリンゴのような果物もあった。


 むずむずと購入欲求が湧いてきて売り子のおばさんに声をかけた。

「こんにちは、おねえさん」

「こんにちは~。あら綺麗な子ね。しかも、はじめましてでお世辞も言うなんて」

「あはは。そんなんじゃないですよー。ところで、このリ…」


(リンゴじゃないよな…)


「…これ欲しいんですけどいくらですか?」

「これかい?小銅貨一枚で二つでいいよ」


(小銅貨…また知らないものが)


「二つ欲しいんですけど…これでいい?」

 そう言って自分は銅貨を一枚見せる。

「はいよ」

 この使い方で違和感はないらしい。

「そうだ。今日のおすすめのものってありますか?」

「おすすめ?そうねぇ。これなんか旬だし、いいものよ」

 そういって取ってくれたのは鮮やかな黄緑色をした野球ボール大の果物だ。

 皮は薄く、大きさの割にずっしりと重たい。

「じゃあそれも」

「小銅貨二枚ならもう一つおまけしてあげる」

「あ。じゃあそこのもひとつ」

「まいど!」


 結局自分の手にはリンゴのようなものと黄緑色のもの、そして星型のものが抱えられ、小銅貨八枚が戻ってきた。

 硬貨を服と帯の隙間にいれているのだが、じゃらじゃらうるさい。

「これ財布が要るな…」

 小物を扱っている露店が無いか探す。


 リンゴのような果物をかじりながら歩いていると布屋はすぐに見つかった。

 さまざまな色に染め上げられた風呂敷が軒にぶら下がっていて大変分かりやすい。

 流石に埃が付かないよう、露店ではないようだ。奥まった店内にひろげられている布はどれもこれもかなり大きい。


 自分を見つけた太ったおばさんが近寄ってきた。化粧が濃い。

「あら。子供が布屋に来るのは珍しいね」

「こんにちは。実はスカーフとかお財布とか布の小物を探してたんですけど迷い込んじゃって」

「ああ。それなら店を出てすぐ隣で娘が売ってるわよ。私が作ったのだから品は保証するわ!」

 豪快に笑うおばさん。何事も勢いが強めな女性らしい。


 自分は礼を述べて外に出る。

 確かに店の隣でおばさんの娘だという若い女性が座って小物を広げていた。

 気が付かなかったのはきっと軒下の風呂敷が大きくて隠れてしまっていたからにちがいない。

 そうでなければ、こんなにも美しい女性を見落としていたというのは元男の恥だろう。


「おねえさん。これって触っていいもの?」

「大丈夫よ。でもあんまり強く引っ張らないでね」

 彼女はにこり、と優し気に微笑む。

「はーい」

 なんと可憐な女性だろう。本当に豪快おばさんの娘だろうか。


 スカーフや袋を物色する。確かに縫い目はきれいだし、造りも丁寧だ。おばさんの裁縫の腕は本物らしい。

 自分は機能性を重視して麻のような肌触りのものを選んだ。手触りの良い絹のような布地もあったのだが、金属を包む以上傷がつくことを覚悟せねばならないだろう。


 色は黒に近い青だ。


 ついで模様違いで二つ選ぶ。ユラゲとリンの分だ。

 ユラゲには髪色と同じシンプルな緑色。

 リンには白。

 すべて同じ花の模様が染め抜かれている。


 さらに風呂敷を一枚。こちらも財布と同じく黒っぽいものを選んだ。汚れても気にならないのが利点だ。

「銅貨一枚と小銅貨二枚ね」

「はい。そういえばこのあたりで消臭液を扱ってるお店ってあるんですか?」

「そうねぇ…。それだったら、役場の近くに赤色の壁のお店ならあるかもしれないわ」

「赤色の壁ですね。ありがとう」

「でも、そんなもの何に使うの?けっこう高かったと思うわ」

「実は家の屋根裏でネズミが死んでて、それが腐っちゃった臭いがね…」

「あらあら…」


 これ以上消臭剤の用途について訊かれるのは困るので別の話題を探す。

 おねえさんをよく見ると傍に一輪挿しの花瓶が置かれているのを見つけた。

 白い菊の花にそっくりだ。

「その花、きれいですね。おねえさんが活けたんですか」

「ええ。わたしにとって、とても大切な花なんです」

 そう話す彼女はとてもうれしそうだ。しかし、その目元には一抹の寂しさがあった。

 なにか事情がありそうだ。

「だからこの袋にもその花が染め抜かれているんですね」

「ええ」

「…これらは大切に使わせていただきますね。いろいろ教えてくれてありがとう」



 おねえさんの同情を嘘で買った若干の罪悪感を抱えつつ消臭剤のある店に向かう。


 店頭でやり取りをして行く内にだんだん金銭感覚がつかめてきた気がする。

 生活用品のような基本的な買い物は銅貨と小銅貨があれば十分の様子だ。銀貨は少し奮発した買い物が使い時だ。

 そうなるとヤグルはずいぶんと良いお土産を持たせてくれた。子供を救われた親心だろうけど、素直に感謝だ。


 ヤグルと言えば、往来にはヤグルたちのような獣人の姿もよく見かける。獣人の中にも種類があるのか人間に近い容姿であるが頭に大きな獣の耳――まるでネコミミコスプレのようだ――を生やした姿も見受けられる。


 このあたりはヒトの占める地域なのだろう。七割以上は自分にもなじみのあるヒトの姿をしている。

 複数の人種が入り混じっていても笑顔で会話をしている様子から、これが日常なのだろう。上手く調和した街の雰囲気に心が和む。



「ここ…かな?」

 自分は確かに赤い壁の建物の前に立っているのだが、かなり気取った…高級感のある店だ。

 ギルドはギルドで、粗野かつ活動的という特別な雰囲気を放っているが、ここは良く言えば洗練された都会の空気を感じさせた。悪く言えば街の雰囲気から浮いている。


「いらっしゃいませ」

 鷲鼻の初老の男性が出迎えてくれる。

 彼の服装も古い日本を思い出させるが、質感や着こなしがしゃんとしていて紳士という言葉が似合う。一方で果物を抱えた自分が少し恥ずかしい。


「ここで消臭液というものを扱っているとお聞きしたのですが…」

 自分が尋ねると紳士がにこやかにほほ笑んだ。

 と思ったら、鼻をひくつかせてなにかを探すように目線を泳がす。


 きっとこの手の異臭に気が付いたのだろう。


 ビビったら負けだな。そう思ってとびきりの笑顔で「いかがなさいました?」と言った。

 効果音にキラキラ、背景に花々が散ったに違いない。



 紳士は視線を戻してくれた。

「いえ、失礼いたしました。消臭液…ですね。はい。ございますよ。こちらへどうぞ」


 案内に従って大小さまざまなガラス瓶に色とりどりの液体が詰まっている棚の間を通る。


 店内の他の客が瓶のふたを開け鼻に近づけているのが見えた。ここは香料の専門店らしい。


 案内された店内の一角に、こじんまりとだが専用のテーブルが置かれ小瓶が並ぶ。

「こちらが俗に消臭剤と呼ばれている魔力水…”さらし水”でございます。私共の店では”ささら”と銘打ち、独自の製法でおつくりしております」

「”ささら”は他の物よりどこが優れているので?」

「何よりも消臭力ですな。たとえ汗と泥にまみれた数日体を洗っていない冒険家がいたとしても、一吹きで犬も追えなくなります」

「それはすさまじい」


「ちなみにこの上から他の香水を吹きかけるとどうなります?」

「その香水の香りも消えますな」

「なるほど」



 自分は「ふむ」と考えた。効果を考えれば実に良いものである。スプレー式なのも使い勝手がよい。

 臭いの問題はショゴスには一生付きまとうのでさらし水は大量に欲しい。


「お値段は?この一番大きいので」

 一番大きいと言っても、50mlも入ってなさそうだが。

「銀貨二枚です」

「…ほんとうに?」

「ほんとうに」

「ひと吹きでどのくらい保ちますか」

「三日と言ったところでしょうか」


 なんてこった。ユラゲからもらったお小遣いじゃ三つも買えないぞ。

 首とか手首に付ける香水ならともかく、全身から異臭漂うショゴスは消費量が半端じゃないことは明らかなのに。



「さらし水は”臭いを消す”ためだけに磨かれた魔術よって生み出される物ゆえ、単価が高いのです」

「どうしようかな…」

 これには頭を抱えてしまった。

 このままだと臭いを消すために金を集める生活が始まってしまう!




 硬直するセルリオの傍で、香水店の紳士は内心やれやれとため息をついていた。


 フジェーダきっての高級店でもある”紅宮堂こうきゅうどう”に果物を抱えた少女が来たものだから、はじめ追い出そうかと思いつつ、「もしや名のある名士の娘さんとかがお忍びできたのでは?」などと思い直し案内したはいいものを、銀貨二枚程度がサッと出せないようでは、ただの冷やかしだったのかもしれない。なんかくさいし。


 年頃の娘が背伸びをしたかったのかもしれないが、ここは大人として”お金がないと買えないものがある”という現実をやんわりと伝えつつ、お引き取り願うのがお互いのために良かろう…。


 うーん。やっぱりくさいな。


「なにか…においませんかな?」

「え、そうですかね」


 やっぱりにおうような…。でも汗のにおいではなくて、市場のゴミ捨て場で嗅いだことがあるような…?



 一方、セルリオはがっくりきていた。

 しょうがない。金は少ないし、臭いに感づかれている。一個二個で満足しておこう。ここに長居は無用…。


「あ、すみません。これふたつください」


 そう言い掛けたとき、男の子の声が後ろからかかった。


「たしかににおいますね。オーデさん」

「きみは…」


 オーデさん、と紳士を呼んだ男の子はニヤリと意地悪く笑った。

 汚れて切れ目だらけの服は、明らかに貧困層の出といった格好で、清潔な香水店のなかで異様に浮いている。


「またいつのまに入り込んだのですか。ここに入るならちゃんと体を洗ってからにしなさいと言ったはずです」

「そう邪険にしないでよ。それより、この臭いに気が付くとはさすがオーデさんだ」


 男の子はビシッとセルリオの持っている果物を指さした。

「これは果物の傷んだ臭いだよ。まだ腐る前の段階で、そうとう嗅覚が敏感でなければ分からないだろうね」


(え、買ったばかりなのに!?騙された?)



 紳士はフン、と嬉しくもなさそうに言った。


「常に垢臭い君にわかるとは思えませんがね」


 男の子はけらけらと笑った。

「ま、いいさ。とにかくそこのおねえちゃん。買う金がないならやめときな。額に汗する働き者にはさらし水なんて使いどころに困るだけだよ」


「いや。お金がないわけじゃ」


 男の子に抗議しようとしたセルリオに念話が届いた。


(早く店を出るんだ。これ以上は良くない)

(え?念話?)

(いいから。これ以上粘ると、いい加減バレるぜ?)


「ほら。おねえちゃん。こういうところは金持ちしか相手に出来ないんだから、金づるを捕まえてからくればいいからさ」

「う、うん」

「こら!そういった言い方は失礼だと何度言ったら」

「でもほんとーだろー?」

「なっ…!」


 男の子に連れられて、顔を真っ赤にしているオーデを尻目に店を出たセルリオはそのまま市場の中を歩く。


 唐突に男の子が言った。

「お前は誰だ?その匂いに念話。ショゴスだろ」

「…そうだよ。そういうあなたは?」

「俺もショゴスさ。で、お前がモモヨさんと同じ顔してるのはなんでだ。悪目立ちするから普通好き好んでその顔は選ばないぜ」

「モモヨ?たぶん、その人からもらったんだ。初心者にはちょうどいいからって」


 思いがけないところで名前を知ってしまった。

 そうか。モモヨっていうんだ。あの人。



 男の子はモモヨから姿をもらったということに少し驚いたようだ。

「ほんとか、それ?だとすれば下手に手は出せねぇな」

「どゆこと?」

「それは後だ。名前は?」

「セルリオ」

「セルリオ。来な」


 そのまましばらくついていくと、活気ある市場から離れた場所に生ごみや木材、果ては動物の死骸が山積みにされている場所に来た。

 男の子はその山の間を縫うように進んでいく。

「ここくっさ!」

「そうだ。でもそれが…」



「俺たちにはうってつけなのさ」

 ゴミ捨て場のど真ん中、その地面に、はじめからそこにあると知らなければ気が付かないような木の扉があった。

 そこを開き奥へ進む。


 地下道はごみから流れ出たと思しき腐敗汁が流れており、凝縮された悪臭が鼻を突く。


「眩暈してきたんだけど」

「もうちょっと」


 狭い階段を下りていくと、火の灯された部屋にでた。

 その部屋の敷居をまたいだ瞬間、違和感に気が付いた。


「あれ?臭くない」

「ああ。防臭用の結界が張ってあるから」


 そこで男の子は胸を張って言った。

「さぁようこそ!わが”クゴウの隠れ家”へ!」



「…と、まぁそういうわけで、自分たちはこの世界に生まれ変わったわけよ」

「はー。そんなやつもいるんだな」


 自分と彼は話しながらガツガツとご飯をかきこんでいた。


 食卓には炊いたばかりのご飯、鳥かなにかの丸焼き、野菜の炒め物、スープなどがこれでもかと山盛りにされているが、みるみる減っていく。

 自分の体なのだが、本当に食べようと思えばいくらでも食べれることに驚きだ。


「はははっ!いい食べっぷりだな!」

 そう言って彼も早食い選手権のように箸が止まらない。

 この男の子の名前はクゴウ。彼もまたショゴスであり、フジェーダの治安を見守る役目を仰せつかっているということだ。


「俺は牙遮骨王ってやつから分かれて生まれたんだけど、あいつにはあったことあるか?」

「ああ、あるある。一番最初に飛んできた強面の人」

「相変わらず生まれたてを怖がらすのが好きだな」

「嫌な奴?」

「ただの皮肉だよ。世話焼きなんだ、ああ見えて」


「あれから生まれて来たんだって言っても、感覚が良く分かんないんだけど」

「あー。うーん。お前の場合ちょっと特殊だしな…」

「そうだよね。はじめっから分かれて生まれて来たなら、理解できるものなのかもしれないけど」

「まぁな。ちなみに分かれたては牙遮骨王そっくりだったんだぜ」

「性格が?」

「そう」


 そうとは思えない。


「ショゴスの分け身っていうのは兄弟みたいなもんなんだ。生まれて来たときは瓜二つだけど、そのあとの経験で別人に育っていく。似たところのある別人になるんだ」


 似たところのある別人。たしかに兄弟姉妹はDNAも同じだし、傍から見れば似ているけれど、付き合ってみれば全くの別人だと分かる。


「俺は分かれた後フジェーダで人間たちとかかわってきたからな。あいつは相変わらず山に籠って頑固者やってんだろうけど、こういうところにいるとそればっかじゃ上手くやれないから」

「で、柔軟に人間のやり方を取り入れた結果がクゴウと」

「そ。そいういうこと」


 経験が人を育てる。その実例がクゴウというわけだ。

 牙遮骨王もすぐに自分に会いに来てくれたあたり、たしかに世話焼きなところもあるのかもしれない。しかしクゴウのような親しみやすさは無かった。牙遮骨王の世話焼き気質はフジェーダの人付き合いの中で磨かれてクゴウの美徳となったようだ。



「ちなみにちょっと聞きたいんだけど、こうやってご飯食べてお腹いっぱいになったことある?」

「いや、ねえな」

「やっぱりそうなんだ」

「一応、胃を作れば、そこに収まる感覚はあるんだけど、そのうち丸ごと消化吸収されるからな。うんこもしたことない」

「しないの?」

「しねーよ。めんどくさい」

「アイドルじゃん」

「は?」



「ショゴスって成長するの?」

「食えばでかくなるさ。活動のエネルギーに回す分を引くと、食べた量の百分の一くらいだけど。でもたくさん食べたほうがいい」

「どうして?」

「でかくなれば分裂もできるし、変身の幅も広がる。同じ体でも重くなれば圧縮された分パワーも上がる。食って大きくなればその分強くなると思っていい」

「ほう」

「絶食は出来るけど、活動してると体重は減っていくから注意しろよ。休眠状態に入れば体重の減少を抑えながら数万年眠っていられるらしいけど」

「そんな状態があるのか」

「まあな。宇宙空間を彷徨うときとかに使うらしいぞ。俺だって五百キロくらいしかないからもっと食わないと」

(充分重くないか?)

「そんなわけで普通に一日に必要なご飯は食べろよ。食べないと維持できないぞ」



「クゴウはここで何してるの?」

「そういうお前は?」

「さっき言った友人と一緒に旅してるんだよ。この世界は新鮮で面白いから」

「旅か。それもいいな」

「で、クゴウは?」

「俺はこの街を守ってるショゴスの一員だ。牙遮骨王から聞いてないか?世界各地にショゴスがいて、他の種族との平和を保ってるって」

「ああ!聞いたかも」

「俺はフジェーダとその周辺担当なんだ」

「へぇー。それでこんな隠れ家が…」



「ここは見つかる心配もないし安全だろうけど、暮らしにくくない?」

「暮らしにくいな。でもここは数ある住処の一つだから、ちゃんとした街中の家もあるんだぜ」

「そうなんだ。じゃあここは何に使ってるの。自分みたいな新入りの隠し場所?」

「それもある。でもそれだけじゃないんだぜ」



 食後に案内してくれたのは部屋の奥だ。短い通路があってその先に厳重に閉じられた扉がある。

 閂をはずして開けると大きな作業台と道具やきれいな石などが整頓して置かれている。床や壁には大きなガラス瓶が並んでいて、その中には透明な液体が入っているようだ。

「これって…」

「驚いたろ?これ全部”さらし水”だぜ」



 瓶の大きさは数リットル以上の大容量だ。もし本当に全部がさらし水なら銀貨何万枚分の価値があるだろうか。

「街に住むショゴスにとっては無くてはならないものだからな。だからわざわざ結界まで張って製造しているんだ。こういう場所は各地にある」

「だいぶこっそりしてますね?」

「たくさん市場に流すと値段が下がるからな。こっそりつくって高く売れば、お前みたいなはぐれものに飯が奢れる」

「…ごちそうさまです。これも小瓶で銀貨何枚とか?」

「はっはっは!人間と一緒にしちゃいかんよ。とはいっても確かにコストはかかるからな。物々交換でも、硬貨でも、なにか持ってきてくれると助かる」

「銀貨二枚なら?」

「それなら…この瓶でやるよ」

 そういって指さしたのはどっさり五リットルはありそうなタンクだ。

「安くない?」

「ショゴスなら人間ほど作るのに苦労しないんでね。”ささら”ほどじゃないが、質も普段使うくらいなら全く問題ない」

「”ささら”の方が良質なんだ」

「まぁな。人間は技術を磨くから、質は良いさ。消臭力は凄いと思うぜ。高すぎるけど」

「たしかに高かった…。でも、そのうち技術が向上すれば大量生産できるかもね」

「かもな?でも簡単じゃないと思うぜ」


 クゴウは部屋の隅に置いてある樽を叩いて言った。


「原料に魔力を多量に含んだ水が必要なんだが、採取できる場所に限りがある。質の悪いのならこの近くでも採れるが、かなり手間をかけて濃縮しないとならない。それでコストがかかるんだ。ただの水に魔法を込めるとか、他にも方法はあるんだけど、どれも手間がかかる。濃縮する必要のない最上質のものは”大天嶮フジ”の麓の”大樹海”の奥地にあるが、魔物がうじゃうじゃいて普通の人間には近づけない。…ま、しばらくは先に作ったこれで飯には困らないだろうと思っているけどな」


「思っている?」

「人ってのは何を思いつくか分からないだろう?そのうち、なんとかされちゃうかもな」




「考えてみるとこれって密造じゃん…」

 とはいえ助かる。

 今は手持ちの銀貨は四枚。ユラゲが換金した銀貨をほとんど管理してくれているから生活の心配はないが、いつ金が必要になるとも限らないし、あまり無駄遣いはしたくない。

「じゃ、一枚分で」

「はいよ」

 ドンと置かれるガラス瓶。内容量二~三リットルの瓶はなかなかでかい。

 さっそく買ったばかりの風呂敷が役に立ちそうだ。

 スプレー式の小瓶も付けてくれた。こっちは懐に隠す。


「あとこれももってけ」

「なんですかこれ?」

 ブリキ缶にハンドクリームみたいなものがはいっている。

「さらし水を油と混ぜて作ってみたんだ。スプレータイプよりも持続力があって、保水力もあるぜ!」

「すげー!」

「現在生産ラインを確立中だぜ」

「クゴウは化粧品製造業なの?」



 折角なのでクゴウの秘密基地を見学させてもらう。

 ごみ置き場の地下なんて、かなり汚い場所にあるのに反して掃除が行き届いている。物も整理整頓されているようだ。クゴウというショゴス、実は几帳面らしい。

 リビングとキッチン、さらし水製造部屋以外にもいくつか部屋があるようだが、そこもなにかを製造しているのかもしれない。


「気になるか?」

「教えてくれるんですか?」

「…知りたいか?」

「…いや、いいです」 



「それじゃ、ご飯ごちそうさまでした」

「おう。ところでこれからどうするんだ?」

「それがまだ決めてなくて。二人と相談してからでいいかなって」



「あ。でもモモヨさんには会ってみたいかも」

「モモヨさんか…。あの人気まぐれだから、今も自分の領地にいるとは限らないぞ。他のショゴスのテレパシーにも気が向いたときにしか応えてくれないし」

「まじかよう」

「まぁ、縁があるなら会えるだろ。会いたくない奴は勝手にやってくるもんだがな」




「なにか含みがある言い方ですね?」

「街に勇者って奴が来てるだろう。なんでも”人間に変身するスライムの変異体”を殺すために探しに来ているそうだ」

「…それって」

「ああ。俺たちのことだよ」

「それって大事件じゃないですか!?」

「でも、俺たちは”ショゴス”であって”スライム変異体”ではない。勇者・聖女近辺の仲間からの情報では勇者は嘘を見抜く能力があるそうだが、この微妙な勘違いを利用して何とかしろとのことだ」

「じゃあ…バラすならショゴスと堂々告白した方がいいってこと?『私は”ショゴス”は知ってるけど”スライム変異体”は知らないよ。だから嘘ついてないよ』って」

「ショゴスってことを口に出さなければ、な。心構えとしてはそれで良い。バレないのが一番いいけど」

「ショゴスも大変だぁ…」



「そうだ。帰るならこっちからにしな」

 再び案内に従ってついていく。

 小さな扉が天井にある。その下で立ち止まり、クゴウは青年男性の姿に変化した。

「ここから外に出るから、さっきのスプレーで体に吹きつけるんだ。全身にまんべんなくな」



 お互いスプレーが終わると扉が開かれた。

 中は簡単なベッドと地味な絨毯、小さなテーブルが置かれた質素な部屋だった。

「ここも俺の家だ」

「物少ないね。ただ」

 部屋の棚と木箱には保存食らしいクッキーや干し果物が山と積まれている。

「食い物多くね?」

「ショゴスの性だ」



「このあたりって治安はいいの?気を付けておいた方がいい事ってあるかな?」

「基本的に平和な街だよ。ただ数年前から近隣の街や村で人攫いがあるから気を付けている」

「ああ~。道中でそんなこともあったな。誘拐犯は死んじゃったけど」

「本当か?大丈夫だったのか?」

「うん。誘拐された子供は助かったし、こっちも被害はゼロだ」

「そうか。それは不幸中の幸いだ。…なら少し情報共有すべきだろうな」



 クゴウはテーブルに腰を下ろして話し始めた。自分も壁に寄り掛かる。壁はざらついた感触だ。材質はどうも木と土らしい。

「人攫いたちの目的は今のところ不明だ。人攫いの実行犯はその目的を知らされていないらしい。数年前に大規模な誘拐があって、その実行犯含め奴隷商の仲買人を調べたが情報は出てこなかった」

「調べるってどうやって」

「知りたいか?」

 ぐにゃりと手が変形して虫のような鋭いカギ爪が現れた。

「いや、いいです」


 シュッシュと手にさらし水を吹きかけながらクゴウは話を続けた。

「つまり、全国に人攫いを要請し、そこで攫われた人間を買う事のできる経済的基盤を持った何者かが存在しているということが分かる。この街は俺が守っているからいいが、道中はよく注意しろよ」

「人攫いのボスは金持ちってことか。貴重な情報をありがとう」


 クゴウに礼を告げて玄関扉に手をかけようとした時だ。

 バァン!!!

 と勢いよく開かれた扉に鼻を打った。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」

「わぁっ!?ごめんなさい!」

 悶えてのたうつ自分に駆け寄ってきたのは女の子だった。

 そのあまりに心配する声に痛がっていた自分の方が冷静になる。

「だ、大丈夫だいじょうぶ…」

「どうしたハンナ。なにかあったのか?」

 ハンナと呼ばれた女の子は思い出したようにクゴウに振り返った。ぼろぼろの服であることから貧しい暮らしをしているらしい。

「そうなの!街の方にすごくでっかい鳥が降りてきてみんなが襲われてるの!」

「鳥だと?その場所まで案内してくれ」

「うん!」


「セルリオも来てくれ」

「お、おう!」



 案内されたのは先程の市場だった。

 しかしその光景は様変わりしている。

 あたりには商品が散乱し、屋台も無残に壊されていた。

 なによりも圧倒的な存在感を放っているのは、その惨状のど真ん中を歩き回る怪物だった。


 白い羽毛の巨大な鳥。しかしその首は異様に長い。コカトリスというニワトリの尻尾が大蛇になっているモンスターがいるが、こちらは頭から首を蛇に挿げ替えたような姿をしている。

 こちらの存在に気が付いたのか、顔がこちらに向く。

 クゴウの手が自分の視界を遮った。そのまま建物の陰に隠れる。

「目を見るな。麻痺させられるぞ」

「知ってるの?」

「ああ。シュルケツァールっていう魔獣だ。”麻痺の魔眼”で動けなくしてから捕食する。でも本当は大樹海に生息しているはずなんだが…」


「ハンナ。あいつに食われた人はいるか?」

 クゴウに問われてハンナはふるふると頭を振った。

「わたしが見てた時にはいなかったはず」

 何かを決したクゴウはハンナに指示を出す。

「案内ありがとう。あとは俺がどうにかするから。ここから離れて他の子供たちを避難させな。あいつの目を見ないように迂回しろよ」

「わかった!」

 ハンナは一言返事をしてパッとかけだした。


「それでセルリオはあいつじゃなくて俺を見てろ。”クゴウ”の戦い方を教えてやるよ」


 建物の影からクゴウは散歩するような気軽な足取りでシュルケツァールに近づいていく。

 そのクゴウの体が黒く変色し、ブワッと無数の影が飛び出した。


 カラスだ。カラスがクゴウの体中から湧き出てくる。

 カラスたちはクゴウの周囲を旋回し渦を巻いている。カラスの数は増え続け竜巻の様に立ち昇る。


 さすがにシュルケツァールも警戒心をあらわに黒い竜巻を睨んでいる。

 回り続けるカラスのうち、何匹かが渦から外れて墜落しているのは”麻痺の魔眼”のせいだろう。


 しかし数匹が落ちたところで渦には何の影響もない。

 カラスの大群に掻き消されてクゴウの姿が見えなくなった。


 途端にカラスたちが散開し、こんどはシュルケツァールを中心に渦を巻き始めた。シュルケツァールはどれを追って良いのかと首を振って混乱している。


 そのシュルケツァールの足元に、いつのまにかクゴウが立っていた。


 

「オラァ!」



 クゴウがシュルケツァールの腹部を蹴り上げる。

 むせるような呻き声をあげてシュルケツァールの足がふらつく。不意打ちはかなりダメージを与えたようだ。


 シュルケツァールも反撃に出た。鞭のように首を捻り、クゴウへ噛みつかんとする。

 クゴウの背中に大口が迫る。


 そこに横やりを入れたのはカラスたちだ。一斉に襲い掛かったカラスたちに全身を引っ掛かれたシュルケツァールはどうにか振り払おうと懸命に暴れまわる。

 しかし足元のクゴウも危険だ。


「クゴウ!」


 叫んでクゴウを探すが、シュルケツァールの足元にはいなかった。



 セルリオがクゴウを見失っているとき、彼は空にいた。自らもカラスに変身しシュルケツァールの頭上に舞い上がっていたのだ。


 クゴウは人間体にもどり、自由落下に身を任せた。落ちている間にカラスたちを体にもどす。体重が増え速度も上がっていく。


 シュルケツァールを襲うカラスの数は大分減ったが、まだ混乱の中にあるようで落ち着きなく暴れている。


 クゴウは自身の腕を変化させた。外に堅い骨の層を何重にも重ね、しなやかさと頑強さを備えさせる。一本の槌と化した腕を振りかぶる。


「くらえ!」




 バァン!!


 クゴウが見つからずキョロキョロしていると、何かが爆ぜるような音と共にシュルケツァールが倒れ伏した。


 カラスたちがシュルケツァールの背中に向かって集まる。

 そこには白いプロテクターを付けた腕を血で真っ赤に染めたクゴウが立っていた。



 すごくいいところ見逃したー!!

 戦闘を把握できなかった自分が悔しい。

 後悔に沈む自分のところへ、あっさりと怪鳥を始末したクゴウが歩いてくる。



 ニコッとはにかむクゴウ。

「終わったぜ」


 やだ…かっこいい…。




 このとき、クゴウは完全に油断していた。

 建物の間から覗く魔眼の眼光に気が付かなかった。


 突然、体が動かなくなるクゴウ。

「う…あ…」

 口が動かず言葉も発せない。


 自分はそんなこととは露知らず、ボケっと「どうしたの?」と訊いていた。


 背後で大きなは羽ばたきが聞こえて慌てて振り向く。

「もう一匹いたの!?」

 自分が驚いた時にはシュルケツァールはすで宙にあった。その足には女性らしき人が捕らえられていた。

 よく見れば布屋の娘さんだ。

「ひ、人が」


 クゴウに向き直るが彼は動かない。それでようやく”麻痺の魔眼”の事を想い出した。

「麻痺か!でも麻痺って…」

 どうすりゃいいの?


 周りには誰もいない。いまなにか出来るのは自分だけ…。

 そうだ!困ったときには!


「運命に任せるぜ!スキル発動!!」


 手の平にデッキが現れる。

「良いカード来てくれ!」


 引いたカードは…「魔術師」!!


 ぼわんっ、っと煙幕が上がり、その向こうに人影が立っている。

「レディースア~ンドゥ、ジェントルメェーン!!本日はお招き頂きありがとうございます!!人の心を相手にすれば向かうところ敵なし。最高の魔術師がやってまいりました!!」

 派手な格好と身振りで煙幕を払いのけたイケメンが最高にキザな顔で立っていた。

「うるさい人がきたぁ…」


「わが主人よ!わたくしのことはお気軽に”愛すべき私だけの道化師”とお呼びください!」

「断る。で、魔術師。麻痺の魔法が解けなくって困ってるんだけど、何かできない?」


 魔術師はクゴウのほっぺをちょんちょんと触った。


「なるほど。なかなか強力な魔法のようですね」

「なんとかならないかな?」

「う~ん。これでどうにかなるかな」

 魔術師が合わせた手の平の間から木のスティックを出現させた。

「おー。ファンタスティック」


「どうぞ」

 魔術師が渡してくれたスティックは表面に木の皮や凹凸が残った、形の良い枝といった感じだ。

 ところどころに生えている木の芽はみずみずしく、まるで今しがた枝から切り取ったみたいだ。


「ただいまお目にかけましたこのバトン。これは”火のバトン”と名付けておりますが、かざした相手の生命エネルギー倍増させる魔法道具です。これをこうしてお振り下され!」


 魔術師の言う通りにバトンを振る。するとクゴウの様子が明らかに変わった。

 体が熱いのか真っ赤に上気して全身に力が込められているようだ。


「はあ!!」

 クゴウは雄たけびを上げる。バリリッ、となにかが破れるような音とともにクゴウは両手を高く振り上げた。

「しゃあー!動けたー!!」



 自分は魔術師に尋ねた。

「なにがどうなったの?」

「倍増したエネルギーで無理矢理麻痺魔法をはね返しました」

「力技じゃん!」

「まぁまぁ。結果的にはいいじゃないですか」

「それは納得なんだけど」

 魔法使い相手にレベルを上げて物理で殴るような、ノットファンタスティック感だ。



「なにやってる!急ぐぞセルリオ!!」

 クゴウが怒鳴る。

「あ、そうだった!」

 女性が攫われていたのだった。



 クゴウは巨大なカラスに変身した。

「背中に乗れ!!」

「乗りづらい!」

「なんとか頑張れ!行くぞ」

「え、ちょっとはや…ギャー!!」



 二人は空を行く。

 自分は何とか腕の変身を解いてロープ状にしたものを巻き付けて乗り続けることに成功している。

「風圧がすごいぃ…」

「もう少しのはずだ!それよりも普段の全速力ぐらい飛ばしてるのに全然疲れないぞ。セルリオは何をしたんだ」

「あー。転生者のスキルでちょっと魔法道具をね?」

「よくわからないけどすごいな!他になにかあるのか」



 風圧など何ともないように自分の隣に座る魔術師に訊いた。

「道具は後三つございます。”水のカップ”という感情を奪う杯。”風のナイフ”という思考能力を分断する刃物。”土のコイン”という願望を教えてくれる金貨。今使えそうなものはナイフでしょうか」

「どう使うの?」

「バトンと同じようにかざしていただければ。思考の分断、とは簡単に言えば『考えがまとまらない』状態にできるということでございます。きっと攻撃の隙も作れるでしょう」



 魔術師の説明をクゴウにも伝える。

「よし。そのナイフで奴に隙をつくろう。距離を詰めるのは任せろ」



 クゴウが叫んだ。

「見えた!」


 自分にも前方に白い飛影が視認できた。この調子ならすぐに追いつくだろう。

「構えろよ!」

 クゴウはさらに加速する。ドンドン距離が縮んでいく。

 シュルケツァールもこちらの存在に気付いたようだ。

 左右に揺れて距離を取ろうとする。

 クゴウも追いつこうと急に旋回するものだから、乗っている自分は恐ろしくコワイ。

「ひぃー!!」

「早くナイフを!」


 この揺れで狙いが定まるか!!と半分やけっぱちでナイフを振る。案の定なかなか魔法が当たらない。

「ご主人。こういうときこそ落ち着くのです」

「んなこと言ったって…!」

「実は奇術も同じでして、皆が見ている中、自分の指先の動きだけは狂ってはいけない。その緊張感を超えるのは、観客に楽しんでもらうという決意です。その決意があれば、自分の恐怖や緊張など捨ててしまえるのです」


 魔術師の言葉に目が覚めた。あの女性を救うために飛んでいるのだ。言い訳は二の次にして今は…!!



 クゴウとシュルケツァール。両方の動きをじっと追う。チャンスは必ず来る。それをものにするんだ。

 シュルケツァールが右に舵を切った。

 クゴウが急旋回する。相手の方が翼が大きく細かい動きが苦手なことをクゴウは見切っていた。旋回が大回りなったところを速度を落としてでも小さく回ることで距離を詰めた。

「届け!!」



 シュルケツァールの様子が変わった。目がキョロキョロと挙動不審になる。クゴウが近づくので離れようとするが羽ばたきに先程までの勢いがない。まるで逃げるべきか迷っているようだ。


「このまま叩き落して…!」

 そうクゴウが勇んだ時だ。


 力の抜けたシュルケツァールの爪から布屋のおねえさんが滑り落ちた。


「「あーっ!!!」」


 急旋回、急降下するクゴウ。


「あ」


 そしていよいよ耐えきれなかった自分は振り落とされてしまった。



「あああああああ!!」

「セルリオ!」

「先に女性をーっ!!」


「だよな!」

 そのままクゴウはおねえさんの方へまっしぐらに飛んで行った。


 物分りが早すぎる!でも良い事かな!

 あとは任せたぜ、クゴウ!!



 そして遥か広大な空の中を落ち続ける自分。

 落ちている間は風圧でもみくちゃにされはするものの、意外と考える余裕がある。


 いやー。今のはなかなかかっこよかったんじゃない?『先に女性を』ってとっさに出たのがうれしかったわ。これなら死んでも後悔はないぜ…。


 そんなくだらないことを思案していると、はるか先だと思っていた地面が近づく。自分はもう十数秒後には豊満な大地の胸に飛び込むのかな。


 いや、あきらめるのは早すぎる。少しくらい自分を試さなければもったいない。


 目を瞑り自分の中にある生き物の情報を探っていく。

 そのなかに鳥についての情報があった。


 腕よ。腕よ!逞しい自由の翼をここに現せ!!


 腕が伸び、それに沿って羽がブワッっと広がる。急に風の抵抗が掛かって俺は上に向かって突き飛ばされたかのような感覚に陥った。

 パラシュートのように風を含んだ翼が風を抱えて落下が遅くなる。

 さあ次は羽ばたいて…あれ?鳥ってどうやって羽ばたいていたっけ? 

 「ど、どうやって飛べばいいんだ!?」

 

「セルリオ!」

 いつのまにかクゴウが傍にいた。

「あ、クゴウ。女性は?」

「もう捕まえたから安心しろ。今度は爪で掴んでくけど我慢してくれ」



 クゴウは自分の返事も聞かずにがっしりと自分の体を握り締めると緩やかな軌道で舞い上がる。そしてゆっくり大きく旋回してフジェーダの街へくちばしを向けた。



 三人はフジェーダに入る前に一旦降りた。

「セルリオ、お疲れ」

 クゴウが地面に転がって休む自分をねぎらってくれた。

「なかなかエキサイティングだったな…」

「シロトも無事でよかった。気絶してるみたいだが…」



 しろと?

「クゴウ。もしかしてこの人知ってるの?」

 しまったという顔を隠す様にそっぽを向かれる。

「…そりゃ知ってるさ。フジェーダの守護神といってもいい俺様が街の人間を知っているのは当然だろう」

 たしかに知っていてもおかしくない。


 しかし、なにか恥ずかしいものがベッド下から出てきた男子と反応が似ているんだよな…。



 クゴウはドロドロと黒い粘液を滴らせながら、青年の姿に戻った。

 見上げるような大きさがギュッと縮んでいくのはちょっと面白い。

「さっきの黒い羽いいよね。真似してもいい?」

「好きにしろよ。変身のバリエーションは増やしておくにこしたことないぜ」


 クゴウの羽を思い出しながら背中から生やしてみる。

「こんな感じ?」

「う~ん。小さいし、左右のバランスも悪いな…。これじゃ飛べないぞ」

「こうかな?」

「歪んでるし、なんか骨格が変」

「難しい…。骨格何てどうしたら分かるんだよ」

「鳥の丸焼きでも食べに行くか?」



 そんな談笑で一息ついていたら、クゴウの背中越しにこちらを見る顔と目が合った。

「あ、クゴウ…あれ…」

「え」

「あなたたちはいったいなにもの…?」


 布屋の娘、シロトがいつの間にか目を覚ましており、こちらを見ていたのだ。

 クゴウが冷汗を流している。

「おねえさん、いつから見てました…?」

「大きなカラスがこの男の子になるところから」


 降りてすぐじゃないか!


 錯乱したクゴウは自分に詰め寄ってくる。

(気絶してるって言ったじゃないかー!!)

(そう言ったのはクゴウだから!!)


「お久しぶりですね。お花をくれたお兄さん」

「え?」

 どういうことだとクゴウを見れば、クゴウはさっきと同じようにそっぽを向いている。


(めっちゃ知り合いじゃん。しかも花のプレゼントとかどういったご関係で?)

(念話でからかうんじゃねぇ!!)


「このお花、本当に枯れないんですね。あれから二年もたつのにずっときれいなまま…」

 そうして懐から花を取り出すシロト。

「…」

(さっき別の場所で会った時、めっちゃ大切にしてるって言ってたよ)

(…)



「ところで、さっきカラスから変身したのって魔法か何か?」

「…」

「それにお顔も二年前とずっと変わらないんですね。この臭いも懐かしい…」

 クゴウは黙っている。


 わー。これはもしかして相当まずい展開なのでは…。


 シロトがじっとクゴウを見て言った。

「ずっと会いたかった…!!」


「え?」(キター!!)

 脳内自分が一人で大はしゃぎ。


「あなたが自由に変身できるのなら…あの男の子もあなたと関係があるのではないですか?」

「それは…」

「昔、集団誘拐事件に遭って、あなたが助けたあと行方知れずになったあの子です」

「…もう言い逃れできないか」


 クゴウはシュルシュルと縮んで少年の姿になった。

「この子のことだよな」

 シロトは変身したクゴウを見て目に涙を浮かべていた。



「ほんとうに無事でよかった!!」



 シロトは少年クゴウをひしと抱きしめた。


「ハンナや子供たちを助けてくれたのもあなただったのね。ありがとう」



 クゴウはどうしていいか分からないのかカチコチに固まってしまっている。

(セルリオ…俺はどうしたらいい?)


 念話で助けを呼ぶ始末だ。

(もうすこし抱きしめられてるといいよ)

 正直うらやましいので助け舟はださない。


 クゴウを開放したシロトは、言いたいことは言ったのか、店番の時にも見せなかった晴れ晴れとした表情をしていた。

「あなたクゴウって言うのね。本当の姿はどれなの?」

「あ、いや…その…」

「言いづらいこと?」

「まぁ…そうだな」

「そうなのね」

 シロトは少し残念そうだ。

「あの…もしできるなら、今度またわたしのうちにきてくださらない?」

「な」


(『また』ってなんだよ!おまえこの人とあんなことやそんなことを!?)

(ちげーし!ご飯もらっただけだし!)


「またお話ししたいんです。前みたいに急にいなくなってしまうのは…いやだから」

 なんともしおらしい美人の姿に、こっちが『はい!行きます!』と返事をしてしまいそうだ。


(セルリオ…)

(行ってあげたらいいじゃない。なんかショゴスのドロドロ姿を見ても動じてないし、すごくいい人だと思う。別にクゴウも悪い気はしないんでしょ?)


 クゴウがチラッと自分を見る。

 自分は最高の笑顔で返してやった。


「それじゃあ…お言葉に甘えて」

「ほんとう?うれしい…」

 シロトがもう泣きそうだ。

 クゴウは困っているが、その顔から眼はそらさない。



 なんだろう。すごくヤケ食いがしたくなってきた。



「じゃあ奇跡的な再会と約束もできたところでさ…、そろそろもどろうか。ほら消臭剤」

 俺は甘い空気感に堪えられなくてクゴウを急かした。

「あ、ああ…。シロト、立てるか」

「はい」

 クゴウに腕を引かれて歩くシロト。

 クゴウもシロトもなんだか照れ臭そうだ。



 あー。いいなぁ。…いいなぁ!!


 自分は傾きかけた太陽がこの感傷を慰めてはくれないかと、淡い期待を遠くに投げかけた。



 フジェーダの市場にもどると、シュルケツァールの死体の周りには人が大勢集まっていた。

 シュルケツァールの顔には布がかぶせられている。

 クゴウによると魔眼対策らしい。死んでも魔眼の効力は残るため危険なのだそうだ。それゆえ麻痺魔法の媒体として珍重されている希少素材だという。


 市場の周囲を大きな声で支持を出しながら歩き回っている人たちがいる。

 片付けや被害状況を確認しているようだ。


 自分たちが近づいていくとその中で美しい顔立ちをした男が近づいてきた。

 クゴウが念話を飛ばしてきた。

(あいつが勇者だ)

(まじで!?ど、どうするの?)

(とりあえずシュルケツァールを倒したことは隠そう)

(え、素材は…)

(ショゴスだってバレる方がまずいだろ)

(素材…)


「君たち!そのケガはこの魔獣にやられたのかい?」

「ああ…そうっすね」

 クゴウ、普段と口調変わってるよ。

「君もかい?」

 勇者が自分の方を向く。

「ケガはしてないです。でも、この女性が掴まれたり振り回されたりしたみたいで」

「ほんとうかい?お嬢さん、痛むところはないかな」

「え、えっと、振り回されて全身痛いです…」

「なら回復魔法をかけてみよう」


 勇者が手をかざすと淡い緑の光がシロトを包む。

 シロトの疲労した表情に活力が戻る。

「わぁ…!すごい」

「他に痛むところや調子の悪いところはないかい?」

「ええ。大丈夫みたいです」

「それはよかった」

 ニコッとはにかむ勇者の爽やか好青年オーラにショゴス二人組は目がくらむ。


「勇者…実力は確かなようだな…」

「イケメンだ…」


「君たちもケガはないかな」

「あ、大丈夫っす!」

「自分達全然襲われたりとかしてないんで!」


 自分の発したその言葉に、勇者の目が暗い輝きを放ったように思えた。


「…君、それは本当かい?」

「え、あ、いや、まったくゼロってわけじゃないかもですけど、ケガするほどじゃないっていうか」

「…まぁ、そういうことなのかな。ところでさ、ボクも実は別の用事があってここに来ているんだけど…」


「人に化けるスライムの変異体がいるって噂、聞いたことないかな?」

 勇者のにこやかさがコワイ。クゴウの話のことだろう。

(うっわ、なんか情報引き出そうとしてる。でもあんまり嘘つくと怪しまれる…。でも噂は聞いてるんだよな…)

「…噂は聞いたことありますよ」

「ほんとうかい!?」

「このあたり”泥人間伝説”とかそういう話多いんで、昔からなにか事件があると『やれ人が消えた』だの『だれそれに化けた』だの言われちゃう地域なんですよね。それで…最近人攫いの話も多いですから?そういうような噂は聞いたことはありますよ。でも、”変異体のスライム”は知らないですね」

「…嘘じゃないみたいだね。ごめんね、急に変な質問をして。君たちが無事でよかったよ」



 勇者が去っていく。離れていく背中を見て安堵のため息をついたところで、魔術師が肩を叩いてきた。

「どうしたの?」

「御主人はあの勇者の事もっと知りたくありませんか?」

「え。できたら関わりたくないんだけど…」

「でもおかしくないでしょうか?勇者としての実力もあって重要な立場もある人が、いくら危険な魔物を狩るためといっても、こんな田舎までくるとは。しかもまだ存在しているかどうかも明らかでない魔物をです」


「たしかに変だけど、でもそれって自分たちが知る必要ある?」


「知ってたら回避する時に有利でございます。それに…わたくしは他の道具も使っていただきたいのです!!折角だから!!」

「そこかい」


 と、いうわけで今自分は勇者に向かって突貫している。

「あ、あの勇者様!」

「ん?あ、君はさっきの」

「先程はあの子のケガを治して下さってありがとうございました。彼女はとても大切な人で…本当に感謝しています。どうしてもお礼がしたかったのでこれを受け取ってはくれませんか」


 そして俺が差し出したのは一枚の金貨だ。

「これは…?」

 勇者はそれを受け取ってまじまじと見る。

「これはとても貴重なモノじゃないのかい?大金だし、見たことがない文様だ。これは受け取れないよ」

 そういって勇者は金貨を返してきた。

「でも…」

「いいんだ。僕がやりたくてやったことだし、もし金貨を使うなら僕にはなく街の復興のために使って」


 そして勇者は目を逸らして言った。少し寂し気な表情が影を作っている。

「僕が欲しいものは…お金じゃないから」



 感謝を何度も述べて勇者の前から下がる。勇者が見えなくなったあたりで建物の影に隠れた。

「はぁ~…緊張した」

「ナイス演技でございました!ご主人!」

 魔術師のテンションが高い。嘘を見抜く敵の前で演技をするという高ストレス環境から脱してきた自分にはとてもうるさい。

「塩梅はどうだった」

 へたり込む自分のところにクゴウもやってきた。黒猫の姿をしている。

「そうだよ。これでこの金貨がなんなのさ」

 金貨を取り出して魔術師に言うと、彼は嬉しそうに答えた。

「これで相手の欲望が分かるのでございます!彼の本当に欲しているものが金貨に現れるのです」

「だから現れるってどういう…あれ?」


 金貨がもぞもぞ動いている。その形が変わろうとしていた。


「うっわこわ」

 思わず自分が言うと、「俺たちとどっこいどっこいだろ」とクゴウにツッコまれてしまった。



 やがて金貨は一人の女性の像へと変わった。

「彼女は…?」

「俺知ってるぞ。一度だけ見たことがある。予言の聖女だ」

「それって、魔物が現れたって言って勇者がここに来ることになった理由の」

「そうだ」


 魔術師がははーん、とにやにや笑みを浮かべている。

「彼が欲しているものはどうやら彼女のようですね」

「それって…恋ってこと?」

「かもしれません。しかしながら彼女を欲しているということは、現状勇者と聖女の間は上手くいっていないようですね」

「聖女とは友達レベルなのかとか、嫌われてるのかとかは分からないの?」

「分かりませんな」

「勇者の望むなにかに聖女が必要とか?なにかの儀式とか勢力争いとか」

「それも分かりませんな。ただ彼が今欲しいのは聖女さんということでございます」

「使えねー…」

「いやいや、目的が分かるというのは重要な情報ですよ」

「そうかもしれないけど…」


「そういえば、あのカップは?」

「ああ。あれは」

「”風のナイフ”と同じ要領で相手を選んでかざしてみてください」

「よし、クゴウ!!」

「は?」


 カップをクゴウにかざす。するとカップの中に液体がみるみる溜まっていく。

 七色に揺らめく澄んだ液体だ。

 するとクゴウがヘタっと座り込んだ。

「はぁ…。なんかダルいわ…。寝たい」

「これはどういうこと?」

「クゴウから感情を奪ったのですね。そのカップの中身がクゴウの感情です」

「その液体をクゴウに飲ませてみてください。直接肌に当たるならかけるだけでも大丈夫です」

 茫然自失して寝転がっているクゴウの口にカップの縁を当てて中身を注ぐ。液体はクゴウの口内はおろか唇にも染み込む様に吸い込まれた。


 クゴウはハッとして目を見開いた。そして飛び起きると尻餅をつきながら後ずさりした。

「うっわやばいよそれ!もう俺には絶対しないでくれ!」

「どうだった?」

「どうだったって…全身からやる気も何も消えて干からびていくような…虚無と無気力の砂漠に落っことされた気分だよ」

「けっこう詩人だね」

「うるせぇ!また俺にやったら怒るかんな!」

 さすがにやりすぎてしまったようだ。

 自分は素直に謝ってなんとかクゴウの許しを得られた。


 ひと段落ついて、自分は帰り支度をまとめた。

「それじゃあ行きます」

「おう。モモヨさんに試作品よろしく」

「はい」

「あとこれ」

 そう言ってクゴウが取り出したのは丸い…目玉だった。

「う!?」

「じつはこっそりシュルケツァールの目玉を取ってきたんだ。これが部位の中では一番高く売れるから」

「あ…が…」

「あっはっは。動けなくなってやがんのー」

 クゴウが指さして笑っている。

 魔術師が頭の上に火のスティックを落としてくれたので力技で振りほどく。

 自分が息切れしているとクゴウは笑いながら背中をさすってくれた。

「わるいわるい。さっきの仕返しな」

「ああ…ならしょうがないな…」


「この目玉、一個やるよ」

「え、いいの」

「二個あるしいいよ」

 しかしいざ受け取ってみるとけっこうヌメッとしてて気持ち悪い。微妙に軟らかくて適当に扱うと傷つけてしまいそうだ。

「これどうやって持ってけばいいのかな」

「ああ。ショゴス的には体の中にこうやって…」

 腕に瞼を形成したクゴウは、開かれた虚空のなかに目玉を収める。瞼が閉じて見事に収納された。

「おおー。じゃあ自分はこのあたりに」


 自分は眉間の間に一つ穴を作ってそこに収めた。三つ目の妖怪みたいだ。

「うん。けっこう気に入った」

「それはなにより」


「では、ほんとうにいろいろとありがとうございました」

「近くにきたら寄れよ」

 クゴウが笑顔で手を振ってくれる。

「そのときにはよろしくお願いします!」


 クゴウの見送りを受けて数歩歩いた後、自分は振り返って言った。

「シロトさん大切にしてよ!」

「な…!」


 自分はそのまま振り返らず走った。背中にクゴウの怒声を聞いた気がしたが、自分は笑って走り続けた。




 ギルドへの道を歩きながら今日を振り返る。


 フジェーダについてからわずか半日。しかし大変な半日だった。

 お土産の果物もあるし、早くギルドに戻ろう。



 みんな無事だといいんだけど。



 そう考えると、自然とギルドに向かう足取りが早くなった。

目とか瞳ってほんの些細な動きにたくさんの感情が隠れていて惹きつけられます。

それもあって、魔眼設定大好き。

まぁ、あんまり細かい描写してないですが。


さて、武器屋に行ったユラゲが気になります。

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