望まない願い
「ねぇ、君も願っていたんだよね?こうなることを」
暗闇に2つの満月が浮かんでいる、それを思わせるような猫は枝の上から見下ろしていた。その木を背もたれにして地面に座る少年は、猫を見上げる。
「君もって、僕だけではないのか。願った、か…そうかもしれないね」
少年の最後の言葉は、雷の音でかき消されて猫には届かなかい。この灰色の世界には、少年と猫の他にこの大木と辺り一面に広がる草原しかなかった。
でも、と少年は続ける。
「全てまやかしだろ。それに…ありえないんだ、これは」
猫は一瞬人間のようにニヤリと笑った後、一言残して風のようにふわっと消えてしまった。
少年は早く雨が止むことを願いながら、そっと目を閉じる。するとふわりと桜の暖かい匂いが少年の鼻を掠めた。驚いて目を開けた時、さっきとは違う景色が広がっていることに少年は何度か目を瞬かせる。
「夢、じゃない…のか?」
先程あったはずの廃れた寂しい景色はなく、満開の桜に囲まれながらどんちゃん騒ぎ、もといお花見をしていた。肩を組んで酒を交わす者やゲーム大会をしてはしゃぐ者、桜をデッサンする者など皆それぞれで盛り上がっている。家族や友人達、そして少年の知らない人までもがいた。
その中で少年は1人、桜にもたれかかって寝ていたようだった。膝の上には黒猫が我が物顔で寝ている。少年が起きたことに気付いた途端に見上げてにゃあ、と一言鳴いた。どこかほっとしているような穏やかな瞳だった。
「君は、願いを叶えなかったの?」
その問いかけに猫は反応せず、のそのそとどこかへ去ってしまった。ただ1度だけ、見つめるように振り返ってから。
その瞳が、猫の最後の一言を思い出させた。
ーー君も望んではいないんだね。