2ー053 ~ ロスタニアへ報告
朝食を終えた俺たちは、ロスタニア側東3と東4のダンジョンを処理しに出かけた。
メンバーは、俺、リンちゃん、メルさん、サクラさん、ネリさんの5名だ。
ロスタニア西側収束地のほうは後回し。
何でかというと、昨夜偵察したときに、あまり数が居なかったというのと、ロスタニア側の防衛ラインから近いんだよ。
『スパイダー』に乗って近づくと丸見えなんだよね、距離的に。
別に丸見えでもいいんだけどさ、まだちょっとロスタニア側にはあまり見せたくないかなーっていう勘みたいなもん。
ほんと、何となくなんだけどね。だから後回し。
いやほら、こういう時の勘って大事だろ?
それにさ、ロスタニア側の収束地って東側のほうも放置してるんだよね。
だから西側もまぁいいかなーってね。
手抜き?、まぁそう言うなよ。
とまぁそんなで東3はほぼ一本道。入り口もでかい。大型も居たし。
でも数はそんなでもなかったので、スパスパ倒してさくさく終わらせた。
そして東4。
こちらは分岐もあり、そこそこ戦闘民3名にも活躍してもらうことができたのでほっと胸を撫で下ろした。
両方とも活躍の場がないと、せっかくついて来てくれた3名のゴキゲンが悪くなりそうだったんだよ。
現に、東3では活躍の場がなかったせいで、なんかブツクサ言われたし。
やれ『大型がいたのにタケル殿がさっさと倒してしまった』だの、『せっかくついて来たのにすることがありません』だの、『覚えた石弾魔法を試させて欲しかった』だの、『給水器から出るのはタケル水じゃない』だのと…。
もちろん最後のやつは頭を軽く叩いておいたけど。
それで俺だけはロスタニアに報告に行くってことで、皆には川小屋へ戻ってもらったってわけ。
最初は一緒に行くって皆は言ってたんだよね、『そんなこと言ってこっそりシオリさんに会いに行くつもりでしょうか』なんてサクラさんがボソっと呟いたせいで。
そんなの考えて無かったよ…。
地図焼いて渡して東3と4のダンジョンの処理が終わりましたって報告するだけだし、さっと行ってさっと帰って来るだけなんだから先に戻ってお昼の用意しててくれるかな、まさか『スパイダー』で乗り付けるわけには行かないし、って説得してようやく折れてくれたってわけ。
何かダンジョン処理よりも疲れた気が……。
●○●○●○●
ロスタニア西の防衛陣地の手前で減速して、普通の駆け足で近寄り、何だか物々しく警戒されたけど、ポーチから勇者の鑑札を出して見せたら警戒を解いてくれたようだ。
鑑札を見せるのも何だかひさびさな感じ。
それで本陣――本営じゃなく本陣って言ってた――の建物に連れてってもらって、荒地の手前あたりで探知した最新情報を焼いた地図を手渡した。
- その地図に記載されているように、ロスタニア東3と東4って呼んでいますが、2箇所のダンジョン処理が終わりましたので報告に伺いました。
と言うと、大きめの作戦台、向かい側に居た人たちは一瞬顔を見合わせて頷き合った。
「その…、タケル様のことを疑うわけではないのですが、参考までにティルラ王国はそのダンジョン処理にどれぐらいの規模の軍隊を送ったのでしょうか?」
へ?、規模?、軍隊?、そんな時間無かったはずだよね?
- えーっと、何か誤解されているようですが…、僕はロスタニアへの連絡隊がティルラ側の拠点に帰還して、ロスタニアからこちら側のダンジョン処理に許可が出たと聞いて、今朝この2つのダンジョン処理をしたわけでして、終わったら報告しろと言われていたのでこちらにお伺いしただけなのですが…?
「はぁ、そうではなく、ティルラからダンジョン攻略にどの程度の軍隊を出したのかとお尋ねしているのですが?」
話が噛み合ってないな…、構成人員やらそんなことはどうでもいいだろう?
ティルラ側が軍隊をどれだけ出したとか、そんなこと俺に訊くなよ。知らねーよ。
ティルラ側に書状でも送って訊けばいい。
俺は国がどうのの都合で動いてる訳じゃ無いんだからさ。
魔物の拠点はつぶさないと大勢の人が死ぬ、そういう役割を与えられていて、人類社会で生きていくのにそれしか許されないから、仕方なく戦ってんだよ。
幸い、俺は精霊さんのおかげで他の勇者たちよりも効率よく魔物退治ができるようになったよ?、だからそれを広めて少しでも楽に、って頑張ってんだよ。
だから好きにやらせてくれよ、邪魔すんじゃねーよ。
もう報告したんだから帰りたいんだが…。
というようなことをもやっと一瞬で考えたんだけど、ぐっとこらえて…。
- ダンジョン処理をしたのは、僕と、勇者サクラさん、勇者ネリさん、ホーラード王国のネルリアーヴェル姫、それと僕の従者がひとり、その5名です。ティルラ王国の兵士は居ません。
これでいいか?、って思いながら言った。
何か、『たった5名で…?』、『いや勇者3名と達人級なら…』、『ティルラは兵を出していないのか…』、『まさか…』、『信じられん…』とか数人が話し合ってるんだけど、なんかだんだんムカついてきたぞ。
- あの…、報告も終えましたし、人を待たせているのでもう帰っていいですか?
「お、お待ちくだされ!、そ、その、大変申し訳ないのですが、こちらでも確認を致しますのでそのままお待ちください!」
- あー、それは僕の言うこととその地図が信用できない、ということでしょうか?
図星だろうな、顔色がさっと変わったよ。
だいたいその確認ってどんだけ時間かかると思ってるんだよ。
俺を信用していない連中のところでひとりぼーっと待ってるほど、俺はヒマじゃないぞ?
「い、いえ決して、決してそのようなことでは…!」
- あのさ、勘違いしているみたいだからはっきり言っておくけど、ロスタニア側に配慮してこれまでダンジョン処理を留保してきたんだ。
本来なら、勇者は国などの都合に関わらず、魔物退治や処理を自分が判断して行っていいってことになってるよな?、な?
それを、こちらの許可が出るまで留保していたんだよ。
それで、許可が出たと昨日知らせがあったから処理をした。
別に義務があるわけでもないが、報告しろとティルラ側に条件つけたようだから、手間を省くためにも処理後すぐにこちらに来て報告したんだよ。
そもそも処理後の報告なんて、あくまで俺の好意でやってるようなもんなんだ、それを信用できないからこちらで確認するまで待てだ?、あんたら言ってることが理不尽だってわかってるか?
「あ…、いや…、それは…」
やっとこちらが不快に思っているってことが伝わったらしい。
何だか胸騒ぎもするし、あ、これウィノアさんの首飾りが胸元でもぞもぞ動いてるんだ。またかよ、まぎらわしいよ!
まぁもう知らん、あとはそっちの問題なんだから勝手にやってくれ。
俺は帰る。
- じゃ、帰りますね。
「タケル様、こちらの不手際については謝罪しよう、もう少しだけお時間を頂けないだろうか?」
声がした瞬間、周囲の雰囲気が変わった。
衣擦れの音がして作戦室に居た全員が跪いたんだ。
ああ、偉いひとのご登場ってわけか、仕方ないなー。
とか思って振り向いた。
服装は上品だけど普通っぽいが、あまり豪華ではないが頭飾り、略式王冠ってやつか?、それと手には宝石のついたワンド、王笏ってやつだろう、たぶん王様か王族だろうね、はぁ、そんなのが出てきたのか…。ここ最前線だよね…?
そして隣にはいかにも魔法使いみたいな『?』の形をしていて黄色い宝玉をつけた杖をもった黒髪の女性……、勇者シオリさんか…、ちぇ、今回会うつもりじゃなかったのに。
俺が黙ってじっと見ているとあちら側から口を開いた。
え?、だって王様だよね、こっちから言うと直答がどうのとか、ややこしい事になるかも知れないだろ?、だから黙ってたんだよ。
跪かなかったのは、どうしようか考えてたからで、ああもういいだろ、反応が遅れただけなんだよ!
「ロスタニア王、ティーリン=テイタス=アキシア=ドア=ロスタスと申します、タケル様、済まぬがこちらの別室でお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
ちぇ、名乗られちゃったよ。王の名で頼まれたら断れないじゃないか。
- あっはい、勇者番号4番、ナカヤマ=タケルです、タケルと呼んでください。わかりました、伺います。
と言って王様のほうに歩いていく。
「勇者番号7番、クリバヤシ=シオリです。それで、その地図がタケル殿からのものですか?、ではこちらに」
と、シオリさんが作戦台の上に広げられた地図に手を差し出す。
一瞬、困ったような表情を兵士のひとたちがしたのが見えた。
- あ、それはそのままで。無地の大きな羊皮紙はありますか?
「え?、は、はい、こちらに!」
棚に用意してあったのだろう、差し出された羊皮紙をぐいっと両手で広げ、視線を走らせてその場で地図を焼く。
作戦台の上に広げた無地の羊皮紙に、みるみるうちに地図が描かれていく。
俺にとってはいつものことだけどね。
でも周囲にとってはそうではない。これももう慣れたことだけど、ロスタニア王もシオリさんも周囲の兵士たちも、驚愕に目を見開いているのがわかる。
これもデモンストレーションなんだよ。
- はい、どうぞ。少し大きめに描いておきました。
言って軽く丸めてシオリさんに手渡す。
「え?、は、はい、ありがとうございます」
驚いてる途中で自分に渡されたからか、敬語になったのかな?
デモンストレーション成功?
別室、といってもすぐ隣の部屋だった。
なんだよ、最初からロスタニア王とシオリさんはここに居たんじゃないか?
何か妙に魔力強めの人が隣にいるなーって思ってたんだよなー。
まさか、シナリオ通りってことなのか?、これ。
いや、妙な勘繰りは止めておこう。
でもなー、こういう『ナントカ商法』、みたいなのが元の世界にあったような気が…。
最初は貶したりケチつけたりして、相手が不機嫌になると上司役がでてきて、謝って粗品渡して褒めて乗せて、そんで何かにサインさせたりするやつな。
『今回はお詫びとして特別に』、ってさ。そんでスゲー値引きしたような書類だしてくんの。若い営業なんかがこういう手で騙されて、変な契約してきたりするんだよ。
あと、保険とかな。
上司役の人が向かいで、きれいなお姉さんがカモの隣に座ってさ、やたら手とかに触れてきたりすんのな。上司役はにこにこと笑顔で、さっきも言ったけど『あなただけ特別だから他の方には内緒ですよ』なんて言うんだよ。
そんで大して得にもならない保険契約させられるってわけだ。
怖いよなー、元の世界。
ま、この世界じゃそんなの無い…、よな?
でも一応用心はしておこう。
キーワードは、『特別に』、『内緒で』、それと、『きれいなお姉さんが隣に座る』だ。
これが出てきたら即退散しよう。
すぐ帰るって言ったしな。あまり時間の余裕もないし。
って、別室せまっ…。
これ物置じゃないのか?、え?、椅子だと思ったら布かけた木箱じゃん。そこに座るの?、アンタ王様だよな?、いいのか?、そんなので。
「狭い所で申し訳ありませんが、どうぞ」
いい笑顔だなぁ、ロスタニア王。
そんでシオリさんは座らないのかな…。まさか…。
でも王様に手で示されては座らないわけにはいかない。
- はぁ、どうも。
あ、つい軽く返事しちゃったよ、王様相手だけどいいのかな。
仕方ないので向かいに座った。
膝があたりそうだ。近いなー、やだなー…。
俺が座ったのを見て、俺の隣にシオリさんが座った。
いや、確かに座るスペースはもうそこしかないけどさ、これ、俺がすぐに出られない位置だよな?、そんでもって『お姉さんが隣に座る』だよ?、まず1つ危険度上昇だよ?、やばくね?
「もう少し詰めてくださいな」
- あっはい、すみません。
うひー、密着ってほどでもないけど、ってか何でこんな狭いとこで話すんだよ!
もっとマシな場所あるだろ!?
とは言えない小心者の俺。
そしてさっき焼いた地図を3人のひざの上に広げるロスタニア王。
広げきらないので、ロスタニア防衛地の近くだけ。しかも押える物も無いので、3人とも片手が塞がるっていうね。
ロスタニア王なんて王笏使って羊皮紙広げてるんだけど、いいのか?、これだったら大きめの地図じゃなくてよかったじゃん…。
ナンダコレ…。
「先ほどは兵たちが失礼を致しました。それでダンジョンの攻略が終わったとのご報告でしたが、それがこちらの2つの印でしょうか?」
- はい、そうです。
「当方が把握していたダンジョンの位置とほぼ一致しておりますので、そこは疑いません。ですが今後ロスタニア兵が対処するためにも、もう少しダンジョンの情報をお話して頂けませんか?」
- はぁ、それは構いませんが、もう存在しないダンジョンのことをお話しても…。
「ダンジョンを攻略して来られたのですよね?、であれば内部の地図などをご提供頂きたいのですよ」
- ですから、もう存在しないダンジョンの地図には意味がありませんが、よろしいのですか?
「内部の地図をお作りにならなかったのですか?」
- 当然作りました。ですが
「ならばどうしてご提供して頂けないのです?」
む、被せ気味に言われた。はいはい、渡せばいいんだろ?、意味無いって言ってんのに。話を聞きゃーしねーんだもん。
- ダンジョンの地図をお渡しするのは全然問題ありませんが、もうそのダンジョン自体が存在しないのに、必要なのですか?
「ああ、タケル様はまだお若い勇者様ですから、ご存知ではないのかも知れませんね。
いいですか?、ダンジョンの魔物を退治しても、しばらくすると復活するのです。
今後それらを攻略するのには地図があると非常に助かるのですよ。
それに、タケル様がダンジョンを攻略したという証拠にもなりますからね。
それも無しにただ攻略を終えたと言われましてもね、兵たちだって信じませんよ…」
ああ…、それでさっきの人たちあんな態度だったんだ。
頭から信じて無かったってわけか。なるほどね。
- そうですか、私は『ダンジョン処理』とは申し上げましたが、『ダンジョン攻略』とは一度も口にしておりません。
まずそこからすれ違っていたのですね。いやはや説明不足で申し訳ありません。
「処理も攻略も違いなど、」
そこで手の平をロスタニア王に向けて遮った。
失礼かもしれないけど、こんな場所でそんなの言わないだろうってね。
ロスタニア王は一瞬むっとした顔をしたし、隣のシオリさんも少しピクっと動いたが、気にせず話す。
- ダンジョン『処理』というのは、中の魔物を退治したあと、魔物が復活しないように、魔物が生まれる場所の魔力を散らしたあと、ダンジョン内部を崩して埋めてしまうことを意味します。
なので、もう存在しないダンジョン、と何度も申し上げているのです。
それでも内部の地図が必要でしょうか?
ロスタニア王は、ああ、信じてないなー、たぶん。そんな気がする。
ちらちらと隣のシオリさんのほうに視線を泳がせたりするし。
ん?、もしかして嘘発見器みたいなことをシオリさんがやってたりしてたりして?
まさかね、ハハハそんな魔法…、そういえば席に座ってから微妙な魔力の揺らぎがシオリさんから時々発せられてたような……、いや、マジか、ウソを見破る魔法とかあんの?
むむ…、発言中もうちょっと詳しく魔力感知の目で見てみようか。
「……いくら正確な地図をすぐに描けると言っても、ダンジョン攻略をしたという証拠がなければ、兵たちが納得しないというのがお分かりになりませんか?」
- 私がウソを言っていると?
「いいえ、そうは言っていません。ティルラ側では知りえないであろうロスタニア防衛東側ダンジョン2箇所の地図が、少なくとも証拠になりえるのに、ご提示されないのはおかしいと言っているのです」
ここでも話が噛み合わないなぁ、もうやだロスタニア。
ウィノアさんの首飾りもずっと胸元でもぞもぞしてるしさ、こそばいのでやめてくれないかなこれ…。
いいや、別に減るもんじゃなし、いや、減るけど。魔力とか羊皮紙とか。
渡せばいいんだろ、渡せばさ。
- あーはいはい、わかりました。地図はこれです。こちらがロスタニアからみて手前側、こちらが奥側です。なんなら東側で処理したダンジョンの地図もお渡ししましょう、これが東側防衛地に近い側、これが川近くのその奥側ですね、この――とひざの上の地図を指差し――地図に記したダンジョン名と対応していますのでご確認ください。
ああそうだ、さらにその奥、中央東2と3の地図もお渡ししましょう、こちらは羊皮紙を綴じてあるので少し見辛いかもしれませんが、どうぞ。
何れの地図も、もう存在しないダンジョンのものですので、今後のお役に立てるかどうかまでは責任もてません。
では、お話は終わったということで、私は戻りますね、これでもなかなか忙しいので。
と、ポーチから地図をどんどん出して言葉を捲くし立て、渡した地図が乱れるのも構わずに立ち上がり、シオリさんを軽く押しのけ、ひょいっと飛び越えた。
ロスタニア王は混乱しているっぽい。
シオリさんは俺が話をしている間、やっぱり嘘発見器みたいな魔法を使ってた、というよりもシオリさんが手にしている小さな魔道具を使ってた。
魔道具だと魔力の動きが小さくて細かいので、じっくり見ないとわかんないんだよ。
だからすっぱり諦めた。
あ、それと、シオリさんが持ってる杖な。脇に立てかけてあるけど。
どうもレプリカっぽい。
だって全然魔力も何もほとんど感じなかったんだぜ?、2つしかない国宝って言うぐらいなんだから、メルさんが持ってる『サンダースピア』とか、ハルトさんが持ってる『フレイムソード』ぐらいの魔力は、少なくとも感じないとおかしいんだよ。
「ま、待って、タケルさーーん」
膝の力が抜けたよ。
何だよその『タケルさーーん』って。
『タケル様』って言いかけて、同じ勇者で後輩だから『様』はおかしいって思って切り替えたってとこか?
- ああ、大先輩を押しのけちゃってごめんなさい。でも出られなかったので、つい。
「あ、それはいいの、でもちょっとだけ私とお話する時間、とれません?」
何だよもう、そういうのはいいんだよ…。ってかもう戻らないと何を言われるか…。
あ、よし。
- シオリさん、お腹すきません?
「え?、あ、そうですね、では急いで用意させましょう」
今ちらっとロスタニア王のほうを見て目配せしたな?、その手には乗らないぞ。
- それは辞退します、うちで用意してるんですよ、シオリさんはお昼まだなんですよね?
「は?、はいそうですけど…」
- じゃ、うちでご馳走しますよ。ぜひどうぞ。
言いながらシオリさんの手を取って引っ張った。
立ち上がったけど、ん?、何をそんな抵抗を?
「あ、あのっ!、それは嬉しいのですけれどそちらにはハルトが居るのでは!?」
ああ、そゆことね。何か確執があるのかな。
- ハルトさんたちなら報告に戻ってるので居ませんよ、大丈夫、ちゃんとまた送り届けます。ほら、行きますよ。
「え!?、あ、はい、あの、でも、その…」
とか言ってるけど抵抗が薄れたので手を引いたまま本営を出た。
もうめんどくさいので飛んでいこう。
そのほうがインパクトあるだろうし。
- シオリさん、飛べます?
「え!?、飛ぶ?、無理です無理です!」
- んじゃま失礼して、と。
抱き上げる必要は無いけどね、一応ほら、絵的にね。
え?、かっこつけすぎ?、だから周囲へのアピールなんだって、こういうのも必要なんだよ。たぶん。
「ひゃっ、あのっ、こ、これは…、その…」
- ちゃんと掴まっててくださいね。
と言いながら飛行魔法(笑)で、シオリさんをお姫様抱っこしたまま飛んで戻った。
周囲の兵士たちの目ったら無かったね、ははは。
●○●○●○●
よし、アピール終わりだ。もうロスタニア防衛地からは見えないからね。
低空飛行だからスピード感あるけどさ。
さて、シオリさんを降ろし、いや、ちょっと離してくださいよシオリさん。
結界の床に足ついてるでしょ!、そんな、首に抱きついてたら身長差が、子供じゃないんだから足までがっしり絡ませないで、ちょっとそれは!、あ、もう到着しちゃうから減速を、あああ、行き過ぎて川小屋の前に着地しちゃったじゃないか、ああああ、皆なんで小屋の前にいるの?、ああ外のテーブルで食べようと用意してたんですか、ちょっとシオリさん着きましたよ、離して、ああああもう遅いか…。
「おかえりなさい、タケルさま」
「「おかえり、タケルさん」」
「おかえりなさい、タケル様」
どど、どうして4人並んで怖い顔してるんですか、僕ナニモワルイコトシテナイヨ?
- 少し遅くなったけど、ただいま。どうしたのかな?、みんな。
「その、タケルさまにくっついてるモノは何デスか?」
モノってね、それが離れてくれないんだよ、困ったことに。
「何でしがみついてんの?」
飛んだのが怖かったんじゃないですかね?
「(また違う女を拾ってきたんですか…)」
メルさん、またって何だよまたって…、聞こえてるからね?、その呟き。
「これって、まさか…、シオリさん?」
迫ってくる3人――メルさん以外ね――にビビったわけじゃ無いけど…、ああそうだよ、ビビったんだよ!、しょうがないだろ!、とにかく引きつった笑顔のままだった俺が、ようやく喋れそうになったとき、サクラさんがシオリさんだと気付いたようだ。
- あっはい、そうなんですけど、シオリさん、シオリさん、そろそろ離れてくれませんか?
「シオリさん?、って杖の勇者の?」
「ソレがどうしてタケルさまにくっついてるデス?」
「シオリさん?、シオリさん?、…タケルさん、これ気を失ってますよ?」
「「ええー?」」
ええー?、こんなに力いれてしがみついてるのにかい?、って脳内でマ○オさんみたいな声が響いたよ。びっくりだよ。道理で離れてくれないわけだよ…。
「では私が」
とメルさんが近づいてきてシオリさんの背中に手を当てた。
ほう、魔力の軽い衝撃波か、なるほど。
「…んー…、はっ、あれっ?」
- 着きましたよ、シオリさん、離れても大丈夫ですよ。
「あ、はい、その、あの、すみません…」
シオリさんは少し周囲をきょろきょろと見たあと、ようやく離れてくれた。
「お久しぶりですシオリさん」
「あ、サクラ、どうして…、そうでした、タケルさ、…んと一緒に行動していたのでしたね。お久しぶり、元気そうね、何だか肌も髪も…、ちょっとどういう事なの!?」
挨拶をしたサクラさんにすすっと近寄って、手を取ってさらさらの黒髪をそっと手に……したら急に態度が…。
「あっ、シオリ姉さんそれはあとで!、痛いです、引っ張らないで!」
おおっと、これはとめないと。
- シオリさん、落ち着いてください、まずこの場所からお話します。
「え?、あ、はい、そういえばこちらは何処ですの?」
- ここはカルバス川でしたっけ?、その一番東にある分岐のところです。
ロスタニアから流れてくる本流に、ハムラーデル側から流れてくる支流が合わさる場所です。
地図でいうとこちらですね。
そう言ってポーチから地図を出して示して見せた。
「そ、そうなの。ティルラ兵は?、拠点ではないのですか?」
軽く見回すシオリさん。
何かやっぱりティルラ側のことが気になるのかな。ロスタニアの人たちって。
- ティルラ側の拠点は、ここから東に5・60kmほどのところにありますよ。
地図のここです。ロスタニアにお渡しした地図にも記してあります。
とにかくシオリさん、紹介しますね。
シオリさんが軽く頷いたのを見て、続ける。
- まずサクラさんとは面識があるようですので、そちらの金髪の子が勇者ネリさんです。
「えっと、勇者番号12番、ネリです」
「勇者番号7番、シオリです。ネリさんはサクラの弟子なんですってね?」
「はい、一応そういう感じですけど…」
「ふぅん、では妹の弟子なのだし、ネリでいいわね?、よろしく」
「…はい、よろしくお願いします」
うわー、何だこのやりとり。何だかこえー…。
あ、こっち向いたってことは次を紹介しろってことか。
ビビるな俺。がんばれ俺。
- こちらの鎧姿の方は、ホーラード王国からご助力頂いております、メルリアーヴェル様です。
「ホーラード王国第二王女メルリアーヴェル=アエリオルニ=エル=ホーラードと申します。『杖の勇者』の伝説は書物にございました。お会いできて光栄です、勇者シオリ様」
「メルリアーヴェル姫のお噂は耳にしたことがあります。こちらこそお会いできて光栄ですわ」
シオリさんが笑顔で手を差し出す。メルさんが笑顔でそれを軽く握る。
握り締めるようなこともなく、ほとんど触れただけのような握手、それでさっと元の位置に下がるメルさん。
うん、そうだよ、こういう平和な挨拶でいいんだよ。
ん?、平和…?、だよな…?、何で2人とも笑顔のままお互いに目線を外さないの?
次、リンちゃんを紹介したいんだけど、こっち見てくれないかな?
……何か怖い、全然平和じゃなかった!、強引に次いくか?、さっきリンちゃんはテーブルのところで1名増えた分のお皿とか並べてたよな?、あ、もうこっちに居たわ。
いつもの左後ろに居たリンちゃんを前にそっと出して、と。
- シオリさん?、こちらが僕の身の回りのことから魔法に関する事まで全てをお世話してくれているリンです。
ふぅん、お世話?、側仕え?、みたいな雰囲気がちょっと混じってる気がする。
目はこっちを見てくれたけど、体の向きはまだメルさんの方を向いてるし。
「光の精霊の長アリシア=ルミノ#&%$の命によりタケルさまにお仕えしております、アリシアが娘、リーノムルクシア=ルミノ#&%$と申します。勇者シオリ様、よろしくお見知りおき下さいませ」
え!?、リンちゃんそれ言っちゃうの?、いきなり?
シオリさん驚愕の眼差しだよ、そりゃびっくりするよ!
ってリンちゃんの名前初めて聞いた気がする。
うわ!
『水を司る精霊、ウィノア=アクア#$%&の名の下に。水と氷の国ロスタニアの者よ、頭を垂れ、声を聞き、タケル様への態度を改めなさい。我等精霊が唯一認めた勇者たるタケル様の下に跪きなさい、水の』
- ちょっとまってウィノアさん、何ですか急に出てきちゃって、もう…。
『んもぅ、ここからが良いところなのにどうしてとめるのですか、タケル様ぁ…』
言いながらまた擦り寄ってきて指先で俺の胸んとこくるくる描いてるし。
だからそういうのやめてってば。
ほらリンちゃんまで対抗して反対側から俺の腕とって抱きしめてるし…。
身動きし辛ぇー、ほらほら離れて離れて。
二人をそおっと押して離れてもらった。
リンちゃんは俺の袖をちょこんとつまんでるけど。可愛いから許す。
あーもうみんな跪いちゃったよ、リンちゃん以外。
ネリさんはサクラさんに引っ張られて跪いたんだけどさ。
ほらもうウィノアさんが出てくるとだいたいこういう風にわやくちゃになるんだよなぁ…、どうすんだよこれー、もーやだ俺だけテーブルで昼食食べ始めたい。
- そういうのはいいんですってば、ほら皆さん立って立って、お昼にしましょう。僕もうお腹すいちゃってさ、あ、食事の前に小屋のところで手洗いを忘れずにね!、そしてウィノアさんは…、戻ってくださいよ?
一瞬、『ウィノアさんはハウス』って言いかけた、ヤバい。危なかった。
『えー、酷いですタケル様、私の分は無いんですか?』
だんだんウィノアさんがネリさん化している気がする。
いつも食べてませんでしたよね?
- え?、今日は食べるんですか?
『ダメなんですか?』
ちらっとリンちゃんを見る。頷いてる、ってことはOKってことか。
- じゃあ一緒に席につきましょう。
『わぁい♪』
うわー、あざといw
仕草もネリさん化してきている…。
大丈夫か?、水の精霊。
20180806:しがみ付く⇒しがみつく に変更。
20180816:訂正ミスを訂正。全くもう……orz
訂正前)他には内緒の方には内緒ですよ
訂正後)他の方には内緒ですよ
20190109:今更、西と東を間違えていたことに気付く…orz