2ー051 ~ ロスタニア
メルさんと『サンダースピア』について話をしたあと、大人しくしろと言われているような雰囲気が漂っていたので居た堪れなくなり、もう飛行魔法(笑)のこともバレているので、出かけることにした。
- ちょっとロスタニア方面の索敵をしてくるね。
「……いってらっしゃいませ」
この一瞬の間は何だろう…?
また何かやらかすのとでも言いたそうな視線を感じたような気がしたが、今日は俺が悪いっぽいのですごすごと退散した。
中央東8を処理したら、これまで手付かずだったロスタニア側、つまり中央を流れる川を挟んだ北側を順次処理していく予定。…になるわけなんだが、広範囲の索敵魔法では見えていたものの、南側ほど魔物が多いわけじゃなかったし、川幅は少し対岸が見えるというぐらいの幅がある――3kmはある――ので一度渡って見ておきたかったんだ。
あと、今まで地図にはしていたけど、どうもロスタニア防衛陣地の南側の地面が荒れてるんだよね。安定した草原の多い地域が広がってるのに、そのあたりそこそこ広い範囲だけがひどい荒地なんだ。
それが前々から気になってたってわけ。
もちろん上空から索敵魔法で。
空を飛ぶ魔物は居ないってもう知ってるからね。
それで結構な高度から見てるんだけど、うん、草原から荒地にくっきりと変わってるな。荒地の様子は……、荒地としかわからんな…。
一応これでも身体強化で視力が強化されてるんだけど、それでも荒地だとしかわからない。
え?、もっと近づけって?、いやそれだとロスタニアの兵士さんたちに見つかるじゃないか。
まさか『こんにちわ、俺タケルってんだ、勇者やってまっす!』なんて気軽に行けるわけがない。
やっぱ望遠鏡とか双眼鏡を…、ああ、石英ガラスの件のときレンズがどうのとか思ったんだっけ、あん時作っておけばよかったか…?
よし、ちょっと戻って河原で石ころあつめて作ろう。
筐体は土魔法でいいか、あ!、ピント合わせるのとかどうやるんだっけ、接眼レンズ側の位置をネジ切ってずらせるようにする…?、えーっと確かプリズムが…、凸レンズ3つだけど収差がどうので凹レンズと足してとかなんとか、えーっと…、工学系の講義でこんなのあったっけなぁ…。
等と想い出しながら河原へ到着。
飛びながら羊皮紙に焼いた概略設計図(笑)を見ながら修正していく。
たぶん重いだろうから棒でも刺し込む穴とかあるといいかも。
どうせ完全なものなんて出来ないんだからうろ覚えの適当でいいや、あ、プリズムは直角のやつが2つね。
そうだ少しならアルミニウムとか鉄があるからピントの部分をそれで、そんで内側のレンズの位置を筒に入れてずらせるようにして…、まぁこんなもんか?
ダメだったら適当にレンズ変えよう。
魔力制御が大変で何度か失敗したけど、なんとかできたぞ。
レンズなんて手作業で球面とか無理だけど、イメージからもってこれる魔法で助かったよ。
ふと気付いたらウィノアさんが実体化して俺の手元とか覗き込んでた。
- うわっ、びっくりさせないで下さいよ。
急に現れるんだもんなぁ、一応周囲は警戒してたんだけどさ。魔物をね。
『何やら面白そうでしたので。それは何なのです?』
- これは遠くのものを見るための道具です。
こうやって、目にあてて、上のこの部分でピントを調節して見るんですよ。
やってみます?
『あら、遠くのものが近くに見えるのですね。
この手のものなら、確か光の精霊の里に魔道具があったと思いますが、これは魔力を使わないのですね、面白いですわ』
- え…?、あるんですか…、だったらリンちゃんに訊けばよかった…。
何てこった。
そうだよな、そりゃあるよな、光の精霊さんってすごい文明進度だもんな、UFOもあるらしいしさ。
ちぇー、苦労したのに…。
『これはこれで良いのでは?』
- ええ。まぁ、そうですね…。
『光の精霊の魔道具ですと身体強化に影響されませんが、これですと身体強化が併用できますね。そういう点ではこちらのほうが優れていると言えますよ?』
- あ、そうなんですか。んじゃこれでいいのかな、目的にはあってそうです。
『でも収差がひどいのでもう少し、この部分をこういう風に修正したほうがよいかも知れません』
と、概略設計図のレンズ部分を指差して、余白に修正図を記入するウィノアさん。
- …あ、はい、ありがとうございます…。
それからあれこれ講義と実践で大変だった。
蒸着技術とかコーティング技術とかそんなのだったよ…。
『それではダメです、もっと繊細に、中心から周囲にむけて、そう、そうです。さすがですわ、やればできるではありませんか』
などと、細かい指導をいただきましたとも。ええ。どんだけレンズ作り直したかわからん。
めちゃくちゃ疲れた。
でも正直、魔力制御の技術はかなり上がったと思う。
そして苦労の末に、ようやくウィノアさんにご満足頂ける出来の双眼鏡ができましたとさ。
それでもうひとつ同じものを作らされたよ。
日が沈んだあとにな!!
だったらもうロスタニアの兵士さんたちに発見されないんだから、暗視魔法かけて低空を飛べばいいんじゃん!、双眼鏡要らなかったじゃん!
全く、何やってんだろうね、俺…。はぁ…。
●○●○●○●
とにかくもう暗いので、急いでロスタニアの防衛陣地の前あたりを飛び回って調べてみた。
そうしたら、地面がえらいことになっているのを知ったんだ。
まるで絨毯爆撃をしたかのようだった。
いやそんな爆撃の跡地のことなんて知らないけどさ、でもそのあたり一帯、耕したみたいになっているし、爆発したような箇所はすり鉢状の穴になってるし、樹木も岩も粉砕されてるわけで、大型の亀や中型魔物の残骸が朽ちて散らばっていた。
あれじゃあ素材も何もわやくちゃだろうから、放置されてるんだろう。
朽ちて、と言ったが腐っているわけではない、どうしてかというと、焦げて消し炭みたいになっていたからだ。
大型亀の甲羅らしき破片が散らばっていた。
一体何をすればそんなことになるんだろう?
まさかロスタニアには火薬があるのか?
いやいや、魔法がある世界なんだから火薬を開発なんてしないだろう?
でも魔法が使える人ってそんなに多くないよな。ならありえるのか?
だとすると、火薬があるならもっと広まっていてもおかしくない。
なら、魔法なのか?、こんな広域殲滅魔法が使える人がいるということか?
ハルトさんに訊いてみたいな。
そういえばロスタニアにも勇者がいるんだっけ?、その人の仕業なのかな?
まぁとにかく戻って晩御飯だ。
急がないとまた叱られはしないけど、何か言われそうだ。
●○●○●○●
川小屋に戻ると、サクラさんとネリさんも戻っていたようで、やっぱり『遅かったですね』と少し文句を言われた。
『偵察する程度ならそれほど時間も掛からなかったはずですよね?』とか、『また妙なことに巻き込まれていないか心配しました』とか、『昼食が美味しくなかった』とかね。
最後のはネリさんだけども。それを俺に言われてもね…。
- 少し気になることがあったのでいろいろと調べていたんです。
遅くなってすみません、では頂きましょう。
と言ってごまかしたけどね。
実際、偵察をしていた時間よりも、ほとんどが双眼鏡作ってた時間なんだからごまかすしかない。しかも結局、双眼鏡使ってないし。
もしそのへん言われたらちょっと魔力操作の訓練をしてた、って言おう。
食事中にサクラさんが話してくれたところによると、ロスタニアに行っていた連絡隊が戻ってきたらしい。
オルダインさんが旧第一防衛隊拠点で話をきいて、サクラさんが新拠点に戻ったと連絡が行き、急いで戻ってきたそうだ。
もともと今後の話とティルラ・ホーラードへの報告に連絡隊を送ろうという話をするためにオルダインさんは旧第一防衛隊拠点に戻っていたそうで、そこに昨晩遅く、ロスタニアへ行っていた連絡隊が戻った、と。
そして今朝早く、サクラさんが新拠点へ報告書を持って行ったので、ならそのまま旧第一防衛隊拠点に来てもらって会議に参加してもらおうということになり、馬より早いオルダインさんが走って迎えに来たんだと。
馬より早い、ね。すごい爺さんだな。
でも俺も他人のことは言えなくなっちゃったなぁ…。
連絡隊の報告によると、地図を提供してもらったのはありがたいとのこと。
古いものだけど、元々地図は北半分だけは詳細に、南半分は略図という程度だが、ロスタニアが所有していたらしい。
こちらが提供したものってのは、俺が焼いた地図を写したものなので、まぁもの凄く正確なんだよね。
とはいえ、羊皮紙に焼くときにサイズを調整しているので、正確に5万分の1だとかそういう縮尺にはなっていない。それを写してるのだから何cmが何kmってわけじゃない。
でも過去に存在した地図に比べると、形も距離も段違いの精度にはなっているんだ。
渡した時にはすぐにそうだと分からなかったらしく、あまりいい顔はされなくて社交辞令でお礼を言われたような程度だったらしい。
ところがしばらくして用意されていた宿舎に使者が来て、『今すぐ謁見の間で報告をして欲しい』と言われ、ロスタニア側の対応に疑問を感じながら謁見の間に到着すると、全員分の椅子、そしてテーブルが用意されており、向かい側にはロスタニア防衛隊の重職がずらりと並んで椅子の後ろに立っていて面食らったそうだ。
その中には勇者シオリの姿もあったそうだ。あとは現ロスタニア王の姿も。
あ、連絡隊が赴いたのは、ロスタニア防衛隊基地であり、ロスタニア王都シヴァツクではない。
防衛隊基地に謁見の間があり、ちょくちょく王が滞在するぐらい、国境防衛が安泰だということだろう。
それで連絡隊が恐縮しながら列席者たちの挨拶を受け、着席が許されたときに、その地図の精細さについて改めて感謝されたらしい。
そしてロスタニア側が言うには、国境を割られることはないので安心してほしい、と。
ロスタニア側のダンジョン攻略については、ダンジョンが複数存在することは知っていたらしい。
それで一度攻略部隊を出し、収束地に集まっていた魔物を討滅、その先のダンジョン内の魔物を全て倒したらしい。
第二次攻略部隊を編成し、今度は西側の収束地を討滅、同様にその先のダンジョンに入ったが、規模が大きく、魔物も中型や大型が居たため途中で攻略を断念、撤退をしたそうだ。
そして、2年前に勇者カズを呼び寄せ、第三次攻略部隊を編成、第二次の雪辱を晴らさんとしたが、攻略数日目にて勇者が斃れて帰還、多くの犠牲者を出しながら撤退したということだった。
しかしその後の調査で、ダンジョン攻略をしてもしばらくするとまた魔物が住み着いたり湧いたりするようになってしまうことが分かっている、と言われたそうだ。
そこで、勇者タケル様たちが行っているダンジョン攻略は、ダンジョン破壊というべきもので、ダンジョンが復活しないように特別な処理――細かく説明してないからね――をした後、ダンジョンを埋めてしまうものであると説明をしたんだと。
最初は全く信用されなかったが、ロスタニア防衛地の東側が、先月あたりから魔物の襲来頻度が減って小型だけになり、今月には魔物が全く来なくなったということと、提供した地図にその原因となるダンジョンが処理済であり、日付が記載されていたことが証拠となって、信用されたんだそうだ。
それで、現在はロスタニアから人員を割くことはできないが、ダンジョン攻略をしてくれるなら願ってもないことであり、とても助かるので、ぜひやってほしい、と。
攻略が終わったら報告してくれればそれでいいらしい。
どうもあまり関わりたくない、と言われているように聞こえるのは気のせいだろうか?
それまで黙って聞いていた勇者シオリは、そのあとにこう言ったそうだ。
『ようやくまともな連絡隊が来たようで何よりですわ。
今まではどこのゴロツキかと思ったぐらいに酷いものでしたの。
今回はとても有益な情報も頂けたことですし、だからこそこうして謁見の間で特別に席を設けて対談することになったのです。
貴方たちのように道理を弁えた連絡隊が編成された理由について少々興味がありますわね。
良かったらそのあたりのお話を聞かせてもらえませんかしら?』
通常なら身内の恥となりそうな話だが、どうせ勇者タケルのことを話さなくてはならず、そうすると星輝団が解体に至った事なども少しは話す必要がある。金狼団に吸収されたことや、防衛拠点を現在の新拠点に移した話にも関わる事だからだ。
しかも勇者からの質問でもある。
なのであくまで詳細は伏せ、軽くではあるがそのあたりの経緯を話したらしい。
といっても俺たちがやってる内容は、たぶん実際その目で見てもらわない限り、なかなか信用されるものでもないだろうね。
地図という証拠ぐらいしかないんだし。
それに返す話として、過去の連絡隊の所業を、これも軽くであったが説明されたそうだ。
ろくな内容の報告でもないのに、ちょくちょくやってきては一泊し、慰労のためにと酒色を要求する、まるでたかりに来たのかと勘違いしそうなほどだったそうだ。
勘違いではなく、まさにたかりに行ったんだろうと連絡隊の隊長は思い、同じティルラ王国の騎士団として顔から火がでるほど恥ずかしかったんだそうだ。
そんなこともあり、こちら側の国境防衛隊とは関わらないというのがロスタニア防衛隊全員の共通した意識なんだそうな。
いくら今回まともな連絡隊が訪れ、いかに有用な情報をもたらしたとしても、兵士全体の意識はそう簡単には変えることができない、申し訳ないがと言われたそうだ。
なるほどそういう経緯が何年も続いたのであれば、ロスタニア側のスタンスもわからなくはないね。
星輝団、ろくなことしないな。
とにかくロスタニア側の許可は下りたとみていいだろう。
なら、中央東8のダンジョンは少し置いといて、ロスタニア防衛西のほうの2つを先に処理してしまってもいいかもしれない。
許可がおりてからすぐのほうがあちらも喜ぶだろうし。
終わったら報告に来い、って言ってたようだけど、『スパイダー』で乗り付けるのはちょっと避けたほうがよさそうだから、まぁ、最悪俺だけが走っていけばいいか。
帰りは飛んで帰ればそう時間もかからないだろうし。
●○●○●○●
「どうしてロスタニアにはまだ勇者が居るのに、ダンジョン攻略しないんでしょうね?」
食後のデザート――今日は柑橘系フルーツのシャーベットだった。さすがモモさん。素晴らしい――を食べながらそう言ったのはネリさんだ。
俺もそう思った。が、サクラさんがこめかみを押さえながら答えた。
急いで食べたのかな?、美味しいし久しぶりの氷菓子だから気持ちはわかる。
「シオリさんが『杖の勇者』と呼ばれていることはネリも知ってるな?、あのひとは広域殲滅しかできないんだ。だからダンジョンのような場所では戦えない。戦える場所が限られるんだ」
それでロスタニア国境の魔物領域側はあんなことになっていたのか、と納得した。
広範囲の地面があんな事になるようなのはダンジョンじゃ使えないだろうなぁ…、いや、ダンジョンでも広い場所はあるんだが、もしかすると他にも条件などがあるのかもしれない。
しかし恐ろしい杖だな。いくら消費が抑えられるとしても、地面にあんな跡が残るような範囲攻撃って、そうとう魔力を食うんじゃないか?
「『杖の勇者』様ですか、ホーラードの記録にもありましたが、一瞬で数百匹の魔物の群れを殲滅したとか…、ロスタニア国境を担当なさっていたのですね…」
「えー、凄いねそれ、見てみたい」
俺はあまり見たくない。あの荒地の様を見てしまうとね…。
「そんな数百匹の群れが迫ってくるところなんて遭遇したくありませんね」
そう涼しく言って返すメルさん。全くだ。
ダンジョン内は狭いからなんとかなってるけど、平原で数百匹の群れを前にしたくなんてない。
メルさんの持つ『サンダースピア』を使わせてもらえるなら何とかなりそうだけれど、その場所の自然破壊は相当なものになるんじゃないかな。
あとは、『サンダースピア』で覚えた雷撃のすごいやつを構築してみるとか、集光ビームで薙ぎ払うとか、怒涛の水魔法で押し流すとか?
上空から一方的に石弾や岩弾を降らせるとか?、『フレイムソード』で覚えた灼熱魔法で焼き払うとか?、先日の超冷却魔法で、いやあれはそんな広範囲だと消耗がひどいか。
うーん、どれもやってやれないことはなさそうだけれど、試したくはないな…。
「その杖ってやっぱり何かの属性適性がわかるのかな?」
「ロスタニアの宝杖、『裁きの杖』ですよ、あの国に2つしかない国宝武器のうちのひとつなのだから、気軽に貸してもらえるわけがないだろう」
「そっかぁ…、あ、タケルさんになら貸してもらえるかも?」
キミね、その根拠のない自信はどこからくるんだとちょっと問い詰めたい。
- 僕にだって無理でしょう。そんな2つしかない国宝武器なんて。
「タケル殿?、この『サンダースピア』も一応国宝なのですが…?」
あ、なんかちょっと意地悪っぽい表情。
済みませんでした、国宝を船の動力に使ったりして。
いや、蒸し返したりしないけどね。
- あっはい、ちゃんと理解してますよ?
「ふふん、なら良いのです」
なんかちょっと得意顔だ。
次は、2018年08月02日に投稿します。
次は 2-52 「魔物侵略地域の昔」(仮題)です。
・タケルたちが日々、のんびりしたりもするけれど、でも着々と魔物の地域を塗り替えている地域。
そこは昔は放牧民たちが多くの家畜とともに暮らす平和な地域だった…!
・そこに海から現れた爬虫類系魔物たちの群れ!
・この地域唯一の漁村に襲い掛かる魔物!魔物!、逃げ惑う漁民!、数人しか居ない警備兵!
乞うご期待!
というほどドラマティックでもないのが拙作なので、アレですが…。