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2ー050 ~ 勇者シオリ

 私は(しおり)

 そう、ろくな前世じゃなかった元の世界の名前は捨てたの。

 本に挟んでここから新しく始める、という意味を篭めてそう名乗ったわ。

 『シホリ』とあてたかったのだけれど、この世界ではそう表記することができなかったので、仕方なく『シオリ』ということにしたの。


 でも今となっては『シオリ』のほうが合っている気がするのだから、『シホリ』では古いのかもしれないわね。




 他人に話したいと思ったことは一度もないし、これからも話すことは無いと言えることだけれども、私は自分ではどこで生まれ育ったのかを知らないの。

 とにかく貧乏で汚く狭く厳しく辛い、そんな田舎の農村だったわ。

 上に姉と兄が居た(はず)が、ある日突然居なくなるの。


 よく世話をしてくれた姉は、ある日突然居なくなり、その日の食事は少し豪勢になったわ。

 私のことをよく殴った兄も、突然居なくなった。やはりその日の食事は少し豪勢になったの。


 ああ、いつか私も居なくなるのだろう、そう思っていたわ。

 きっとその日は弟妹たちの食事が少し豪勢になるのだろう、と。


 豪勢とは言っても、今から思えば全くそのような事などなく、燕麦(えんばく)ばかりの主食粥に米が多少混ざり、漬物の割り当てが増える程度ね。


 その燕麦も、突然役人が来て押し付けたもので、それまでの大麦とは育て方も味も同じだと言った役人の言葉はウソで、実は細かい手間が全然違っていて、両親や祖父母が苦労していたのを朧気(おぼろげ)に覚えているわ。

 ああ、美味しくないと文句を言った兄が殴られていて、いい気味だと思ったわ。






 そしてやはり、私も売られたわ。


 今なら分かる。口減らしだと思う。

 兄弟姉妹は何人居るのか私も知らないぐらいなのだから、そういう目的で子供を作っては売って糊口(ここう)をしのぐ生活だったのだろう。

 今ではもう憎らしさも恨みもないの。とっくに消え去ったわ。

 こちらの世界でも普通のことだもの。


 記憶が定かではないけれども、たぶん12の年に大阪の商家へ奉公に出されたわ。

 分かりやすく言うと一時金欲しさに売られたのと同義ではあったけれども、幸いにも奉公先は当時にしては比較的良心的な所だったの。


 15の年明けに、世界大戦後の不況で商店の経営状態が傾いたようで、全く記憶にないのに3年契約だったなどと言われたわ。

 そしてまた人減らしで今度は東京の日暮里町にある商店へと送られてしまったの。


 送られてようやく仕事にも慣れ始めた3月、大火事が起きたの。

 大変な騒ぎだったわ。火消しに突き飛ばされて死んだ同僚も居たって聞いたわ。

 

 でも中心部ではなかったため住んでいた家は無事だったわ。

 逃げ惑う人々に混じって慌てて逃げたときに足を挫いてしまったけれども、その時に助けてくれた青年と出会ったの。


 翌年になって、店にその彼が現れ、再会したのよ。


 彼もあれから私のことが忘れられなかったって言ってくれて、嬉しかったわ。

 それからそう、恋仲になるのに幾日もかからなかったわ。

 今思い起こせば初心(うぶ)だったのね。


 ところが彼は、危険思想として取り締まり対象だった共産主義かぶれの学徒だったわ。

 今ならそんな男に(ほだ)されたりはしないわ。


 でも当時の私にはそんなことは分からないから、今思えば下手な隠し方だったと思えるけれども、彼はその事をもちろん隠していたの。

 そして私が18の年の3月、各地で一斉検挙事件が起きたのよ。


 たまたま彼はその場に行っていて、所持していた書籍などから共産主義者と断定され検挙されてしまったの。

 そして何ということか、私とやりとりをしていた手紙も所持していたことで、私も当局から追われる身となってしまったようなのよ。


 店に特高――特別高等課所属――の刑事が来て私を探しているって同僚の子が教えてくれたわ。

 その刑事の手に、私が彼に出した手紙があるのを見て、店に迷惑をかけてはまずいと思ったのよ、窓から逃げたわ。


 薄々彼が共産主義者にかぶれていると気付いていたのだもの、この時にバカな事をしたと後悔したけれど、遅すぎるわね。我ながら愚かだったわ。


 裸足であてもなく逃げだし、足がもつれて転倒したとき視界が暗転したの。

 目を開けると『勇者の宿』にいたわ。


 その時は、ああ自分は捕まってしまったのだと勘違いしたまま領主代行のところまで連行されたのよ。

 そこでこの世界は元いた世界とは違うのではないか?、自分はまだ夢を見ているのではないか?、と混乱していたわ。


 でも部屋に戻っても現実なのは変わらなかったし、1階の兵士たちにいろいろと話を聞き、現状のことがわかってくると、ここで生きていくしかないと決意するのにそう時間はかからなかったわ。


 今までもそうだったのだもの。


 これからもそうするしかないのよ。






 それから勇者としての生活が始まったわ。


 最初のうちは小鬼すら恐怖で身が竦んでしまって、倒せず死に戻ったわ。

 初めての快復ターンを終えたときには、悔しくて泣いたわ。


 『おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない』


 という科白(せりふ)には腹が立ったけれども、規則だと言われればどうしようもないものね。

 きっとこのひとも誰かに強制されて言わされているのだと思ったわ。


 厳しく辛い生活でも我慢してやりすごしたり、何とかなると思いながら耐える生活が多かったせいでしょうね。


 貧乏な生活なのに酒を飲み、周囲にあたりちらす父。

 父に逆らえず父の前ではいつも暗い顔をしているのに、父の居ないときには子供に対してすぐに癇癪かんしゃくを起こす短気な母。

 両親とも優しい時はあったけれど、あまり記憶にない。


 口さがない近所の大人たち。

 いつの間にか居なくなった優しかった姉と暴力的な兄。

 自分もいつか売られるのだと悟ってはいたけれど、むしろその日を待ち望んでいた。


 理不尽さに耐え、開き直って行動するのには慣れていたし体力にはある程度自信があったのだもの、小鬼ぐらいはすぐに倒せるようになったわ。






 そこからは剣にもある程度慣れ、毎日小鬼を倒して小銭を稼ぐ生活をしたの。


 クリスやロミが転移してくるまで、東の森のダンジョンとツギのダンジョンの2箇所で小鬼やトカゲ類を倒す生活を続けたわ。


 ヨーダ、カナ、ハルトと出会ったのはクリスとロミが転移してくる直前、ハルトが崖から足を滑らせて川に落ち、死に戻りをしたのを迎えに来たときのことだったわ。


 勇者6名が揃ったとき、しばらく皆で仲良く訓練しながらダンジョンへ行くなど行動を共にしていたけれど、半年ほど経った頃、各国から王子王女が『勇者の宿』に送り込まれてきたのだったわね。


 その時の話は他の勇者に任せるわ。

 憎たらしいロミのことなんか、思い出したくもないもの。






 それから90年近くになるけれども、今はロスタニアで『杖の勇者』、『(いかづち)の勇者』と呼ばれているのよ。


 ロスタニアの宝杖(ほうじょう)、『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』の携行使用を当時のロスタニア公王――公称。自称はロスタニア皇帝――より許されて以来、50年余をかけてかなりの使い手となったと自負しているわ。


 二つ名にかけて、広域殲滅力に関しては、右に出る者は居ないと胸を張って言えるわ。

 でも弱点はあるの。狭い所では使えないってことよ。

 ダンジョン攻略には同行できないわ。



 3年ほど前だったかしら、軍務卿が再三再四、攻勢に出るべきですってうるさいから好きにすればって言ったら、東側のダンジョンを攻略したって凱旋(がいせん)してきたわ。

 余計にうるさくなってしまったので辟易(へきえき)してたのよね。


 それでしばらくしたらすぐにまた、攻勢に出るべきどころか、出ますが良いですかとただ許可を求めるだけ、それも居丈高に言うのよ。

 過去の経験上、こうして調子に乗る連中は大抵失敗をするものだと思っていたので、同じように好きにすればって言ったわ。


 そうしたらやっぱり被害甚大で撤退してきたのよ。

 ほぅらやっぱり、って思ったけれども、責任をとらせる意味で私財を徴発したわ。


 左遷?、そんなことさせるものですか。

 あえて同じ席に座らせて生き恥を晒させ、自分が為した結果を噛みしめさせなくてどうするのよ。

 簡単に逃れようなんて甘いのよ。


 ロスタニア国境を割られることがないように、私が居るのよ?、兵士の損耗だって少ないの。私のおかげなのよ?、私が居るからロスタニアが護られているの。


 どうしてそれで満足しないのかしらね?

 私はダンジョンでは戦えない。なら外で戦うしかないでしょう?

 それで安定しているのなら、それでいいじゃないの。

 なのに何故、攻勢に出て兵士を損耗するのか、理解できないわ。






 それからしばらくして、2年前だったかしら、ロスタニアに勇者カズが来たのよ。

 呼び寄せたなんて言われているけれど、勝手に来ただけよ。

 

 でもなかなかの好青年だったわ。自信もたっぷりで。

 私を立てることも忘れない、いい子だったわ。


 でもその彼のせいで、軍務卿だけじゃなく、軍部全体が攻勢という意見に染まってしまったわ。

 こうなってしまっては仕方が無いのよ。

 彼が先頭に立って私に意見してきたわ。

 それでもう反対することもできなくなったのよ。


 でもね、私だってすごく期待したわ。

 もし任務を完遂して戻ったら、私の前衛としてずっとロスタニアに所属してもらってもいいかもしれない、なんて思ったのに、とんだ期待はずれだったわ。


 なかなか期待通りの前衛ができる勇者って居ないものね…。


 『勇者隊』の連絡によると、また新しい勇者が転移してきたそうよ。

 12人目で最後の勇者だそうだけれど、今度こそ私のパートナー(相方)に相応しい子だといいわね。






●○●○●○●






 それから半年ほどして、ティルラ国境が危ないと軍部から報告がきたわ。

 あそこは時々そういうことがある激戦地区ね。


 『剣の勇者』なんて呼ばれてる勇者サクラが(たお)れ、同じくティルラ国境を担当している勇者ネリって子も斃れたと聞いたときには少し迷ったけれども、今回もあのハルトが何とかするのだと思っていたわ。

 実際、一度はティルラ国境の防衛線を押し返したらしいし。


 ティルラ国境も2箇所の防衛拠点があって、南側の第一防衛地を担っている金狼団(きんろうだん)はまともだけれど、このロスタニアに近い北側の第二防衛地を担っている星輝団(せいきだん)のほうはろくな騎士団ではないと有名なのよね。


 私も最初の1度だけは謁見の間でその星輝団から派遣された連絡隊を見たけれど、それ以降は『重要な情報の場合のみ』に限定したので会うことはなくなったの。


 なのに大した報告もないくせに2ヶ月に1度ぐらいやってくる。まさか門前払いなんてできないから軍部の頭痛の種になっていたそうね。

 何か問題でも起こしてくれるなら出入り禁止を言い渡せるのだけれど、そこらへんは(わきま)えているのか、態度も見かけも良くないのに、そういう所だけはぎりぎり踏みとどまっているのが腹立たしいと、軍部の誰かが言っていたわ。

 そういうこともあって、こちらからはティルラ王国側には積極的に働きかけることをしなくなったの。


 ハムラーデル国境防衛隊については、そのティルラ国境を挟んで対岸になるし、あのハルトが担当しているのだから、こちらから関わることもないわね。

 それにどうせ魔物の地域は南北を分ける広い河川があるのだもの。






 あのハルトがティルラ国境を押し返したという情報がきてから、その後どうなったのかと少しは気にしていたら、しばらくしてティルラ国境防衛隊の金狼団から連絡隊が到着したと報告を受けたのよ。


 そしてそれは『重要な情報』を伝えにきたらしく、謁見の間にて報告を受けるに値すると判断されたわ。それで私も列席することになったの。


 その内容は信じられないほど劇的なものだったわ。





次の次は、2018年08月02日に投稿します。


 次の次は 2-52 「魔物侵略地域の昔」(仮題)です。

  ・タケルたちが日々、のんびりしたりもするけれど、でも着々と魔物の地域を塗り替えている地域。

   そこは昔は放牧民たちが多くの家畜とともに暮らす平和な地域だった…!

  ・そこに海から現れた爬虫類系魔物たちの群れ!

  ・この地域唯一の漁村に襲い掛かる魔物!魔物!、逃げ惑う漁民!、数人しか居ない警備兵!

 乞うご期待!


 というほどドラマティックでもないのが拙作なので、アレですが…。


20180816:文言訂正。

 訂正前) 15の年明けに、世界大戦後の不況で商店が経営状態が傾いたようで、全く記憶にない3年契約だったなどと言われたわ。

 訂正後) 15の年明けに、世界大戦後の不況で商店の経営状態が傾いたようで、全く記憶にないのに3年契約だったなどと言われたわ。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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