2ー049 ~ 水雷
どうやら暗いうちに準備して出かけたらしく、俺が起きたときにはサクラさんとネリさんは出たあとだった。
朝食食べてから行くと思ってたんだけど、違ったようだ。
もし朝食前だったらって、昨夜のうちに、リンちゃんに燻製と野菜を挟んだパンを渡すように言っておいたが、受け取ったのかな?
いや、リンちゃんに訊くのを忘れてたんだよ。
リンちゃんは俺を起こしてすぐ台所のほうに行っちゃったし。
とにかく着替えて外に出ると、もうメルさんは早朝訓練をしていたので俺も剣を振り始める。
「サクラ様とネリ様はもう出られましたよ?」
- あっはい、さっきリンちゃんから聞きました。
「そうですか。ネリ様は『朝ごはんがー』って言いながら走って行かれましたが…」
言外に『面白い人ですね』って言ってるような表情のメルさんに、俺も微笑んだ。
- んじゃお弁当もらってなかったのかな?、渡すように言っておいたはずなんだけど、おかしいな…。
と呟くと、メルさんは微妙な表情で言う。
「タケル殿のそういう所を、サクラ様が『甘やかしている』と仰ったのでは?」
あー、昨夜の話か…。
- メルさんもそう思います?
「えっ?、私は別に…、もう慣れてしまったと言いますか、タケル殿のそういう優しさは好ましいですし、あっ、そ、そうではなくてですね!、いえ、そうではないというのは好ましくないということではなくてですね!」
- メルさん、メルさん、落ち着きましょう。
「は、はい…」
何だか急に焦り出したというか自爆したというか、そんな話題じゃなかったはずなのに、今日はどうしたんだろう?
- まぁお弁当ぐらいで甘やかすなんて話もちょっとどうかと思いますが、ここでの生活が普通じゃなく快適だということは分かります。だからそういう意味で、気がゆるむ生活だから、甘やかされていると言われたんじゃないか、と僕は受け取ってるんですよ。
「そうですね、戦闘があることを除けば、王族よりも余程良い暮らしかもしれません」
- そうなんですか?
「毎日お湯をふんだんに使えますし、高級な石鹸、髪のことをあれほど考えられた洗髪石鹸類、洗濯もですし、食事も、移動手段も、すぐ挙げられるだけでもこれほどの贅沢は王族でもなかなかできませんよ?」
- うーん、でも今更質を落とすなんてことはできませんし…。
「それもそうですね。私も森の家からこの生活に慣れてしまいまして、もう戻りたくありません。タケル殿はどう責任をとってくれるのですか?」
- え!?、責任…と言われましても…。
「ふふっ、冗談ですよ?」
- はー、脅かさないでくださいよ、メルさんは普段からあまり冗談を言わないんですから…。
「む、それは私が堅物だということでしょうか?」
おお、何か今日はやけに絡むなぁ…、昨日暴れ足りないとか言った事の意趣返しか?
- な、なんだかやけに迫ってきますね、もしかして、今日は2人だけだからですか?
「えっ?、2人きり…?、そ、そういえばそうですね、ひさっ、久しぶりですね、あ、でもあのときはプラムも居たのでしたか…」
2人『だけ』とは言ったが、2人『きり』とは言ってないぞ?
でもまぁ、過去の経験からも、好意を抱いてくれているというのは分かってる。
でもね、集会所で面倒見てた子たちの話は別にして、メルさんは王族だし、俺は勇者なわけだよ。
勇者ってのは寿命が長いんだ。
だから恋愛しちゃダメとまでは言わないが、片方が先に老いることになるわけで、やっぱりそういうのは何だかなーって思うんだよね。
とかなんとか、自分に言い訳してるような理由なのは否定しない。
現状、やっぱりメルさんやリンちゃんは、集会所で面倒見ていた子供たちのようにしか、今は、思えないんだよ。
だからいくら好意を寄せられていると知っていても、応えられない。
いや、応えることができない、だな。
あ、でも好意をもってもらえるのは単純に嬉しいよ?、それだけは確か。
- そうですねー、森の家ではその『サンダースピア』の話が多かったですね。
「そうでしたね、あ!、タケル殿に訊きたいことがあったのでした。よろしいでしょうか?」
ころころ表情が変わるメルさん。脳筋的なところを除けばこうしてとても可愛らしいひとなんだよなー、この子…、じゃなくてこのひとも。
朝の訓練のときは鎧じゃなくて普段着だし。
- あっはい、いいですよ?、槍のことですか?
「はい、あ、でもそろそろ朝食ですから、朝食後にお時間を頂ければと…」
- わかりました、あ、ちょうどリンちゃんが呼びにきましたね。僕は全然汗かいてないので、メルさんどうぞ汗を流しに行ってください。
「え!?、あ、そうですか?、ではお言葉に甘えましてお先に行ってきます」
●○●○●○●
そして朝食後。
あ、サクラさんたちにはちゃんとお弁当を渡したんだってさ、サクラさんにまとめて。
だからもしかしたらネリさんはお弁当があることを知らないまま走って行ったんだろう、『朝ごはんがー』って言いながら走ったのはきっとそういうことだろうと思う。
新拠点にはリンちゃんが前に作った俺たち用の小屋もあるし、水道はないけど、あの2人ならもう初級の水魔法や火魔法は気軽に使えるんだから、小屋にある浴槽に自分たちでお湯を張るぐらいはできるだろう。
ん、でもネリさんがそこまで気がつくかどうかは…、わからないな。
「実は、お訊きしたい事というのはこの『サンダースピア』のことでして…」
うん。そうだろうと思ってた。
そろそろ何かあるだろうと思ってたんだよね。
あれだけ毎日熱心に槍と向き合ってたんだから。
魔力感知も操作も上達したようだし。
- 試したい技があるとか言ってましたね。
「あ、それは以前森の家でタケル殿が見せて下さった、扇形に雷撃を放出するもので、その時ほどではありませんが少しできるようになったので…」
- すると、何か読み解けたんでしょうか?
「はい、といってもおぼろげにしかまだ分からないのですが、だんだん自信が無くなってきまして、その、なのでタケル殿に少し相談に乗ってもらえれば…、と…」
もっと気軽に言ってくれていいんだけどね。
俺も『サンダースピア』のように多機能な武器は興味あるし。
- わかりました。そう固く考えずに、気軽に言ってくださっていいんですよ?
「ありがとうございます、それでですね、この口金と蕪巻には雷雲のような意匠が対になっているのですが、ここに集中して魔力を流すと、どうも全体的に纏わせた場合とは異なるようなのですが、そこから先がわからないのです」
- ほう。読み解いてみました?
「はい、それがその、口金から鏑巻の間、太刀打ち部分には胴金がこのように4つあるのですが、その部分に流れ込んでしまって上手く読み解けないのです」
ああ、そういうことか。
『サンダースピア』は使用者の適性が、水と風の複数属性なので、単一属性である『フレイムソード』より扱いがややこしい。
まぁ『フレイムソード』の場合は火の精霊がでてくるという別のややこしさもあるが、それはおいといて。
それでどういうことかというと、魔力を纏わせるのにも単純に纏わせた場合には、当人の属性配分がデフォルトで使われるわけ。
属性配分ってのは個々人で固有の、たとえばメルさんなら水と風に適性があるので他の属性よりも多めの魔力配分となるという事だ。もちろん適性があるといっても同量ではないはずなので、そこらへんがまたややこしいところではあるが。
この事は、魔力感知がある程度以上できないと全くわからないし、魔力操作で自分が使うときの属性配分を変えるにも相応の訓練が必要になってくる。
実はこれ、魔力を操作して魔法を行使したり、魔道具を使ったり、『サンダースピア』や『フレイムソード』というような属性武器を扱う場合にも効率に直結するので重要なことだったりする。
そしてそれが複数属性をもつ『サンダースピア』だからこそ面倒な部分でもある。
何とこの槍は、その部位によって属性に偏りがあるんだ。
特にその『太刀打ち』と呼ばれる部分が激しい。
そこらへんをメルさんに説明してもいいのかどうか、悩ましいな…。
- うーん、槍の説明の前に、少し魔力についてお話をしましょう。
「え?、は、はい!」
- 魔力には属性があるというのはもうご存知ですよね?
「はい。この槍のこともありますし、それはもちろん」
- ではメルさんはその槍に魔力を纏わせたり通したりする時、属性について考えていますか?
「……はっ!、その考えに至りませんでした…、何という事だ…、お恥ずかしいです……」
あ、気付いたみたい。
でもそんなに恥ずかしがることでもないんだよね。
- メルさん、あのですね、人にはそれぞれの属性に適性があるというのもご存知ですよね?
「…はい、そうですね」
- 通常、魔法を使うときには詠唱によってその属性の魔力を選択的に使用しているんです。無詠唱の場合は、当人の魔力操作によって選択している、と考えていいでしょう。
「はい」
- ならば、属性武器を扱う場合は、どこで属性選択をすべきでしょうか?
「ああっ、何も考えず今までと同じようにやってしまってました…!、あああ…」
あ、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
片手は槍もったままなのでもう片手でだけども。
さて、それが理解できたなら、ここからが本題だ。
- メルさんメルさん、『フレイムソード』のような単一属性のものの場合、効率を無視するなら自然に魔力を纏わせたり流し込んだりしてもいいんですよ。
「え?、あ、効率を無視するなら、ですか、そうですね」
- はい。ですが複数属性の『サンダースピア』だと、単純に雷撃を出す場合は、水と風の属性成分が篭められた魔力にあればいいんですが…、槍の能力を十全に発揮するにはそれだけではだめなんです。
「それが、属性配分を魔力操作で調整する、ということに繋がるのでしょうか?」
- 以前、風雷を飛ばすやりかたをお伝えしましたが、あれはメルさんのデフォルト、えっと、メルさんが自然に扱う属性配分が風属性に偏っているからできるものです。
「そうだったのですか…、あ!、ということは水属性に偏らせればまた違うことができるようになるのですね!?」
お、落ち込んでいた表情が少し明るくなった。
『サンダースピア』って、口金や蕪巻部分の雷雲模様のところ、あそこだけ水属性なんだよね。穂先は両方だけども。
その部分に着目できるなら、属性配分について感覚的に掴みかけてるってことだ。
そして今、属性配分が理解できるなら、あとは説明してやって見せれば大丈夫だろう。
- はい。そこでメルさんの質問の答えなんですが、まず、その槍は水雷、風雷と2種類撃てるんですが、ご存知ですか?
「え!?、ああ、属性配分…」
たぶん『水雷』って言うと元の世界では意味が違うと思う。
水中雷撃だったっけ、水中機雷だっけ?、なんかそんな意味だったんじゃないかな。
でもここでは雷撃を纏った風に対する、雷撃を纏った水、なのでそれぞれ風雷、水雷と呼ぶことにする。
- はい。いままでやっていたのは風雷ですね。
水雷というのは風の芯の代わりに雷を纏った水球を放出するものです。
当たった時に、風雷だと雷撃ダメージと、風の貫通力でしかないんですが、水雷だとより多くの雷撃ダメージが与えやすくなり、貫通力は風雷ほどではないんですが、飛び散るので広範囲になりますね。
もちろん、そこに風属性を乗せて貫通力を持たせることも可能ですが、今はまだ考えなくてもいいでしょう。
それと、水雷は発火しにくいので、先日のような洞窟内の場面では水雷のほうが有効でしょう。
「ではやはりあの時、タケル殿がこの槍をお使い下されば…」
- 僕がその槍を持って前衛で戦っていれば、そうしたでしょうね。
「あ…、そうですね、私が持って前に居たのでした。詮無いことを申しました」
- 続きですが、メルさんが途中まで読み解こうとしていた口金と蕪巻部分にある雷雲の意匠、そこだけが水属性です。ですからそこは水属性の魔力をかければ、どう操作すべきかがわかると思います。
「…そういうことだったのですか…」
- 胴金の部分は風属性の魔力量で5段階の指標とでも思ってください。
「た、タケル殿は以前森の家でこの槍を手に持たれたときに、あの一瞬でそこまでのことを読み取られたのですか…?」
- はっきりとではなく、何となく、でしたよ?
「凄すぎです、一体どれほどの高みに…、いえ、すみません」
- いえいえ。では一度見たほうがいいでしょう、やってみましょうか。
「は、はい!、お願いします!」
目がきらっきらで頬が少し染まってる。期待と興奮ってやつだな。
わかりやすい。
可愛いんだけど、戦闘に関してだからなぁ…。まぁいいけど。
それで『サンダースピア』を借り、いつものように少し離れ、土壁をにょきにょき作って、一度メルさんのほうを振り向く。
- 一応、障壁を張ってくださいね?、何ならリンちゃんを呼びますが。
「大丈夫です!、余波ぐらいなら耐えられる障壁でしたら張れるようになりました!」
それは結構。
笑顔で頷いて、土壁のほうを向く。
- まず、これが以前お伝えした風雷砲です。
10m先から30m先まで並べた土壁が、円錐状に回転しつつバリバリ音を立てて飛んでいく風雷によって紙くずのように千切れ飛んだ。
- これは2段階です。胴金が1つ分ですね。以前のは1段階でしたので胴金が変化していなかったはずです。違いが分かりました?
メルさんは一瞬呆けていたようだが、そう声をかけると、はっと気を取り直した。
「威力が桁違いです、2段階でそんなに違うのですか…」
- 伝説の武器ですから。
と言って少し笑うと、メルさんも苦笑いした。
- では次に水雷です、槍の反応をちゃんと見ていてくださいね。
「はい!」
作り直した土壁とその両脇に同じように土壁を並べ、1段階の水雷砲を放った。
30m先までの壁だが、前半の20mまでの壁がちぎれて破裂した。両脇の壁は4枚目までがそうなった。
- 次に2段階です。
崩れた壁を作り直し、放つ。
先端に雷撃を含んだ水球が、竜巻に押されるように飛び、壁に当たる。
壁は爆発したように後方に千切れ飛び、周囲の壁も巻き込んで飛び散り去った。
「す、凄まじい…、ただの雷撃ではこうは行かない…」
- どうでした?、参考になりました?
「はっ!、は、はい!、一瞬の魔力操作で属性分配しているのがわかりましたが、早すぎて、予めそうと聞かされていなければ見逃すところでした」
- 属性分配しているのが感知できたなら十分ですよ。
ではこういうのもお見せしましょう。
そう言って前方、壁のあったところに向けて、霧を放つ。
拡散しないように軽く障壁で囲んでみた。
「え!?、霧…?、ですか?、まさか『サンダースピア』で…?、…え!?」
- そこにこの剣を放り込むと…
ポーチからショートソードを取り出し、鞘から抜いて放り込んだ。
霧に飛び込んだ瞬間、バチバチと火花を散らして地面に落ちた。
- こうなります。
「ど、どういうことでしょう?、あの中では一体何が起きてるのですか!?」
- 散らないように障壁で囲んでいますが、雷雲のようなものです。
あの中は分かりにくいですがあちこち渦のように霧が動いています。
それで小さな雷の元を作っているわけです。
大雑把だけどそう言うしかないからね。
本来もっと複雑なんだが、だいたい合ってるはず。
「なるほど、それで剣があんなことに…、それも『サンダースピア』の機能なのですか?」
- はい、工夫と応用によってこういうこともできます。
実際、これが何の役に立つかは、ちょっと今はわかりませんが、ははは。
「あの霧はどれぐらい持つのでしょう?」
- 篭めた魔力量次第ですが、障壁がなければすぐに霧散するでしょうね、地形や天候などにも左右されるでしょう。
あ、危険なので解除しますね。
解除しようとして、水魔法で霧を消そうとしたら全部が短絡したらしく、障壁の内側が爆発した。うは!、水蒸気爆発か!、ものっそい音がしたぞ!?
風雷や水雷のテストよりでかい音と爆発だった。ヤバすぎた。
障壁を頑丈にしていていよかった…。
軽い障壁だったらこっちまで吹っ飛ぶ所だった。あっぶな…、焦ったー、笑ってごまかそう。
「タケルさまっ!、今の音は!?」
あ、リンちゃんが小屋から飛び出してきちゃった。
- 大丈夫、ちょっとやりすぎたっていうか、雷雲の解除に失敗しちゃって、はははは…
あ、つい本当のことを言ってしまった。
リンちゃんもメルさんもジト目で見てるわ、素直に謝ろう。
- ごめんね。
「全く…、大事がなくてよかったですよ、気をつけてくださいね?」
- はい…。
メルさんに槍を返したら、
「扱いを誤るとあのように危険だということがよくわかりました。障壁の訓練も大事ですね…、頑張ります」
ちょっと皮肉が混じってるような気がする。
20180908:名前間違えてました。…orz
なんでメルとネリを間違えるんだろう…、情けない。
20181218:誤字訂正。 変わり ⇒ 代わり
20190208:訂正。 思うだけだよ ⇒ 思うんだよね