2ー044 ~ 『生』の角
「昨日はいろいろ申し訳なかった。この通り!」
「私もついだらだらとしてしまいまして、すみませんでした!」
ハルトさんとサクラさんが早朝の訓練に起きてきた俺を見るなりいきなり頭を下げた。
- わ、頭を上げてくださいお二人とも!、たまにはいいじゃないですか、別に何とも思ってませんし!
「昨日2人が起こした事故も、俺たちがだらだらと昼間から酒を飲んでいたせいだと思う」
- とにかく頭を上げてください。あの2人だって子供じゃないんですから、ハルトさんやサクラさんが責任を感じることはないはずです。
近寄って、頭を下げ続けてる二人の肩をそっと押し上げるように軽く力をいれると、やっと頭を上げてくれた。
結局、昨夜はメルさん以外、勇者は誰も食事に来なかったんだよね。
久々に俺とリンちゃんとメルさんの3人で食事をしたよ。
メルさんは事故のときには洗濯ものを取り込んでたらしい。
すごい音がしたので急いで表に回ったらえらいことになってて驚いたんだってさ。
それで室内の様子をみて、床に座ってたサクラさんを介抱して、のそのそ破片を拾い始めてすぐ指先を切っちゃったハルトさんも介抱して、それぞれの部屋に連れてったそうな。
2人とも酔いが回ってて、足元すらおぼつかないぐらいだったんだって。
部屋に連れてったらすぐベッドで眠ったとか。『どれだけ飲んだんでしょうね?、ふふっ』なんて言って笑ってたよ。
リンちゃんが外でお説教したり、俺が帰ってきて『スパイダー』の片付けをしてる間、せっせとリビングの片付けをしてくれてたんだよね。王女様なのに。
王女様らしくないけど、助かったし、ありがたいと思ったのでお礼を言ったら、『これぐらい当然のことです。お礼には及びません』なんて言われた。
そいや回復魔法が使えるようになったんですね、って言ったら、軽い怪我程度ならもう無詠唱でできるようになったんだと。
それで回復魔法の話になって、夜にまた魔法の訓練をするときに人体の話をすることになったんだけど、まぁそれは別の話。
ハルトさんとサクラさんは昨日の昼からだらだら飲んで食べてたし、リンちゃんの話だと結構酔ってたらしいから、夕食には来ないかもしれないと思ってたけどね。
夜中にごそごそと起きてきて、食卓の上に用意しておいた飲み物と冷めたシチューを食べてまた部屋に戻ったらしい。
各部屋にも飲み水ぐらいはあるはずなんだけど、もしかして知らないのかな?
俺の部屋だけか?、まぁいいか。
カエデさんとネリさんが夕食に来なかったのは、やっぱり気まずいからなのかな…。
朝の訓練に出てきてくれればいいんだけど、来なかったらまずいな。
「しかしカエデの面倒を見ている立場上、そういうわけにもいかんのだが…」
親じゃないんだから…、あ、親代わりみたいになってるんだっけ。
「私もネリの師である立場ですから…」
ああ、師であり姉みたいなもんだったっけね。
- 実は昨夜、カエデさんもネリさんも夕食に出て来ずに篭ってるんですよね。
昨日少し強く言いすぎたかもしれません。2人とも充分反省しているようなので、今日は普通の状態に戻ってくれればいいんですが、そのへんお二人にお任せしてもいいですか?
「わかった」 「わかりました」
- 僕は日課の訓練をしてますので。よろしくお願いします。
というわけでそれぞれ任せることにした。
で、リンちゃんが居ないんだけどどこいったんだろう?
まぁ、そのうち戻ってくるか。
剣を振ってしばらくするとリンちゃんが帰ってきたようだ。
たたっと小走りに出てきた。
「タケルさま、改良版『スパイダー』が届きましたよ!」
- え!?、もう?
「改善案は少しずつ出していましたので。昨日壊れたのは偶然です」
- あ、そなの。
また光の精霊さんが一晩でやってくれたのかと思ったよ。
「じゃ、出しますね」
- あ、コアが作るんじゃないのね。
「今回ので問題がなければこれが正式版になるようですよ」
そういいつつピンクのリュックを下ろして、フタをあけて取り出すリンちゃん。
しかしエプロンのポケットといい、そのリュックといい、でっかいものを取り出すシーンはシュールだなぁ…。
とくにエプロンのポケットから取り出すときなんて、未来の青いロb…、いや、これ以上は危険だから考えないようにしよう。
ちなみにエプロンのポケットは真ん中じゃなく左についてるんだよ?、そんでポケットの角に小さくヒヨコの刺繍が増えてたりする。一応。
- へー…、ん、形は前のと変わらないね。
「ふふっ、中身が違うんですよ?」
不敵な笑い。自信作なのか。
リンちゃんは昇降姿勢の『スパイダー』のドア脇の鍵穴に棒状のカギを挿し込んでドアを開けた。俺も続いて中に入る。
「今回のは使用者登録機能がついてます。
登録者であればこの鍵は無くても動かせますし、ドアも開きますが、見た目にもダミーとしても普段から鍵を使うようにしてください。
どうぞ、タケルさまの分です。」
- あっはい。またえらく派手な鍵だねこれ。
「ダミーですから、目立つ色のほうがいいそうです」
- なるほど。
「前回は、昇降姿勢になるとドアが自動で開きましたが、今回は操縦席から操作します。使用者ならドア横に開閉ボタンがありますのでそれで開けられます」
- ふむふむ、あ、シートにベルトがついたのね。
「はい、他にも前と後ろにライトが装備され、近距離センサーがつきました。
フロントウィンドウに投影したり、操作パネルのモニタを開いて表示させることができます。
センサーがついたことで衝突回避機能が搭載されました。
自動的に判断して減速や回避を行います。
タケルさまがサンルーフから出入りしやすいような工夫も採り入れました。
あとでご確認ください。
それと、窓の開閉ボタンも改良しました。
あとは、そうですね、後部席の横に給水器を設置しました。
その他の改良部分は機関部や脚部などですね」
そう得意げに説明するリンちゃん。
なんかちょっとやり過ぎなところもあるような気がしないでもないが…、嬉しそうだし別にいいか。
もうこれ街や村などに乗っていけないな。でもそれは前からか。ならOK。
- おお、操作スティックが変わってる。
「シートベルトで身体を固定しますので、操作しやすい形になりました。
シートはこのように、着座しやすく横に向けられるんですよ」
- おおー、随所に工夫があるんだ。素晴らしいね。
「でしょう?、ふふん、あ、タケルさまが仰ってた軽金属製の水筒、お持ちしましたよ」
リンちゃんがエプロンのポケットから出してきた水筒は、アルミ製?、アルミ合金かな?、よくわからんが、とにかくその少し平べったくて湾曲してる形をしたものだった。
厚手の布で包まれていて、剣帯などを通したりできるようにもなってるものだ。
少し小さい気もするが、あくまで非常用なのだし、充分だろう。
- おー、いいね、こういうのがあれば革水筒の臭みから逃れられるなって思ってたんだよ。ありがとう。
「いえいえ、タケルさまのお役に立つのが我々光の精霊の願いですので」
昨日ちょっと憂鬱な夜だっただけに、今日こうしていい笑顔で誇らしそうなリンちゃんを見ると癒されるなー。
●○●○●○●
というわけで現在は、中央東7のダンジョン、いつものように3層までを処理し終えて4層の手前の部屋です。
毎度お馴染みですが、小屋つくって順番に風呂に入って食事をし、俺はハニワ兵を2体作ってる。
今朝はあれからカエデさんとネリさんをつれてハルトさんとサクラさんが出てきたときにはもう俺の訓練は終ってたし、朝食にしましょうって言って、食べながら説明をして出発、雰囲気がちょっと重かったけれど、それも1~3層までの間に、無事いつもの雰囲気に近くなった。
あれだよね、戦闘民族には戦闘させるといいね。
メルさんといい勇者たちといい、おおっと、なんかちょっとメルさんがこっちを鋭く見てるような…、何でもないですよーお姫様、ゴキゲン麗しくお願いしますね、はい。
そして夜中。
うるさいから目が覚めて、そしたらハニワ兵が結界の外で戦ってた。
今まで層をまたいで出てきた魔物が居なかったので安全って思ってたんだけど、それでもハニワ兵を置いといてよかったよ。
ハニワ兵、あれで結構な重量があるのでジャイアントリザード程度ならがっしり受け止めて反撃できるようだ。しかも戦闘時結構機敏に動くのな、知らなかったよ。
考えてみたらハニワ兵が戦闘してるのって初めてじゃないか?
もうトカゲ2匹倒しちゃってるし、残り2匹も、あ、ちょうど今終わったっぽい。
「タケル人形強ぉい!」
うわびっくりした!、なんだネリさんか。
他のみんなは俺より先に居たんで後ろから来ると思わなかったよ。
でも『タケル人形』ってのはやめてほしい。
俺を|象った人形みたいじゃないか。それにもうあるんだよ。
- 『タケル人形』って言うとリンちゃんに叱られると思うよ?
「だってタケルさんが作った人形じゃないですかー」
- ハニワ兵って前に言いませんでした?
「なるほど、言われてみれば顔がハニワですね」
「なかなか強いな、ハニワ兵」
「どうしてハニワにしたんですか?」
どうして、って言われてもなー、作りやすいから?、って説明しづらいなー。
「ところで以前から気になっていたのですが、『ハニワ』とは何ですか?」
――メルさんにハニワの説明中――
「そのような由来が…、意味的にも眠る場所を守る兵そのものですね……」
メルさんものすごく納得したように何度も頷いてるけどさ、そこまで深く考えて作ったわけじゃないんだよ……、何だか申し訳ない気分に…。
「なるほど、それでハニワに…」
カエデさんまで納得しちゃったよ…、もうそれでいいか。
ハニワ兵が倒したジャイアントリザードをよく観察してみると、角がない。
「わ、何これ卵?、と角?」
え!?
4層との境界のすぐこちら側、ネリさんが足元を見ていた。
- これらのジャイアントリザードには角がありませんね。
「んじゃこの角はそのトカゲの?」
「いや、数が合わないだろう」
む、魔力反応があるな。
- あ、その角、触らないで下さいね。抜け落ちたものじゃないようで、魔力があります。
勇者の魔力量なら角の魔力に負けることは無いだろうけど、一応ね。
動物なんかは角に触れると魔物化するらしいからさ。
「え!?、あ、ほんとだ、何か存在感がある」
「わかるのか?」
「言われてみるとわかるって感じです」
「ふーむ、私ではまだそこまでわからないな…」
- メルさんなら感じ取れるんじゃないですか?
「そうですね…、まるで魔物のような反応があることがわかります」
そっか、だからメルさんは俺の近くで警戒状態のままだったのか。
- 壷でも作って持っていくか…
「タケルさま、あれは袋に入れられません」
- え?、壷に結界つけてもだめ?
「どの程度の結界なのかわかりませんが、以前『生』の角を結界で包んで容器に入れて運ぼうとした者が居たんです。でも腰の袋の魔法に影響が出てしまい、袋の中身が取り出せなくなったそうです」
- それは困るね、それでその袋はどうなったの?
「里で時間をかけてなんとか修理したそうです。それ以来、『生』の角を入れることは固く禁止されました」
- そっか…、よし、叩き潰すか。
「危険では?」
といってもなー、まぁ、試しにひとつ、手で触れずに棒かなにかで台の上に乗せて、ハンマーで叩き潰してみよう。
- 試しにいっこだけやってみるよ。皆は結界の内側に居てくださいね。
ポーチから薪の細いやつを2本だして、挟んで土魔法で作った土台の上に乗せ、同じく土魔法で作った柄の長いでっかいハンマーで、よっこらせっ!
- うわっ!
「タケルさまっ!?」 「うぇ!?」 「「「え!」」」
何だこれ、土台が潰れて土に戻っただけじゃなく、ハンマーも半分土になって崩れたぞ?、地面も少し陥没してる、叩いた箇所を中心に直径3mぐらい。
「タケル殿、力を込め過ぎだろう?」
- いえ、そんなに力を入れたつもりは…。
どういうことだ?、これ…。
もしかして一部の魔法が解除された?、土台は完全に解除されたよな、これ。
もう一度やってみよう、今度は魔力感知の目でよく見ながら。
- もう一度やってみますね。リンちゃんもよく見ててくれるかな?
「わかりました」
同じようにしてもう一度やってみた。
やっぱり同様に、土台の土魔法が解除されて土になった。ハンマーも半分崩れた。
砕いた瞬間、土台とハンマー部分を維持していた土魔法の残滓が解除されたのがわかった。
ああ、土魔法で形を作った場合、完全にその形が定着するまですこし時間がかかるんだよ。
- どうやら魔法を解除したり、ダンジョンに穴をあけたりする効果があるようですね、これ。
「それが闇の魔力ということですか?」
- そうですね、だから袋に入れると袋の魔法に干渉が起きて袋がおかしくなるんでしょう。
「動物につけると魔物化するんでしょうか?」
- そう言われていますが、ちょっと検証する気にはなれませんね。気分的にも。
「そうですね…」 「うーむ」
こんなの悪意ある人の手に渡ってしまったら、人間を魔物化したりしそうで怖いな。
普通の皮袋などに入れて持ち運べるだけに。
厄介だな。
- やっぱり全部砕きましょう。あと8つですか。しょうがない。
それでまた割れた卵のところに行って『生』の角を薪でつまんで…、ん?
- これ、卵1つですよね?
「え?」 「どうした?」
- いえ、これよく見ると卵1つ半ぐらいの殻じゃないですか?
ハルトさんとサクラさんに薪を渡しておく。
俺は角をよけて、ひとつつまんで端のほうで粉砕作業だ。
「確かに、1つ半だなこれは」
「そうですね、もしかしたらこの『生』角を運ぶのに使ったとか?」
「トカゲがか?」
「たぶん」
怪訝そうな表情で会話する2人。
でもそうだと思う。
- サクラさんの言うとおりでしょう。
トカゲは服きてませんし、4匹で10個の角を運ぶとなると、器も必要なんじゃないでしょうか。
「そうだとして、こいつらは角を運んで何をするんだ?」
- ダンジョンの拡張や、魔物を増やしたりするんじゃないでしょうか?
「「……」」
- 見たわけでも確実な証拠があるわけじゃないです。状況証拠のようなものですね。
「ああいや、しかしそう考えると、収束地のことといい、ここで起きていることには説明がつくな」
「それに、ダンジョンの層をまたいで移動ができるんだとわかりましたね」
そうだ、それも重要な発見だろう。
ということは『ツギのダンジョン』では2層に居たジャイアントリザードは、ヘビを避けて1層に移ったのかもしれない。
だとすると角の有無に関わらず、ダンジョン層の境界は魔物が通れないのではなく、通ることもあるということになる。
「ここのところ急にあれこれと新事実が発覚したせいで、常識だと思っていたことがどんどん崩れていくな…」
「タケルさんと居ると非常識が普通ですよ、ふふっ」
「それもそうだな、ははは」
- えー……。
俺のせいみたいに言わないでくれませんかね?
20180908:助詞訂正。
『生』の角は入れることは ⇒ 『生』の角を入れることは





