2ー042 ~ 卵
- はい、もう大丈夫っぽいですね。でも慣れるまで激しい戦闘は控えてくださいね。
超音波魔法で調べながら、身体強化を使ってもらって、魔力感知で流れを見る。
微妙に流れのおかしい箇所に弱い回復魔法をかけると、流れがスムーズになった。
念のために左右診せてもらったけど、どうやらこれで完治したっぽいなと。
「ありがとうございます。あのままでは戦えない勇者になるところでした」
深々とお辞儀をするカエデさんに、まぁまぁと宥めてから、
- それでこの後どうされます?、僕たちは朝の訓練を、って今外ではみんながやってるんですが、それを終えたらダンジョンに向かいますが。
「ハルトさんはどうされるんでしょうか?」
そういえば帰るともなんとも聞いてないなー、ってかいつまで居るんだろう。
なんだかそんなのばっかし…。
メルさんも当然のように居付いてるしさー、ネリさんもサクラさんも。
まさかこのままハルトさんやカエデさんまで居付いてしまうなんてことは……。
でもまぁ、帰れとも言えないんで居るなら仕方ないし、ダンジョン攻略にも、ついて来るなら断れるはずもないんだけども。
勇者の溜まり場みたいになっちゃってる気がする。
12人しか居ないはずの勇者のうち5人がここにいるんだよな?
2人ほどお休みしてるから、動ける勇者の半分だよ?、いいのかなぁ…。
- 行くとも帰るとも聞いてないんですけど、どうされるんでしょうね?、ははは…。
「わ、私も付いて行っていいでしょうか?、その、勉強になるみたいですし…、あ、ご迷惑なら別にその……」
だんだん小声になっていくカエデさん。
これで断ったら俺が悪いみたいになっちゃうなぁ。断らないけど。
カエデさんって結構強気な人って聞いてたんだけど、全然違うじゃないか、誰だよ適当なこと言ったのは…、ネリさんか?、まぁいいけどさ。
- 構いませんよ?、手伝ってもらうこともあるかもしれませんし。
「あ、ありがとうございます、頑張ります!」
ぱぁっと明るい顔になったよ。
そんでぺこぺこお辞儀しながら小走りで部屋から出て行った。器用だな。
ああ、この部屋はまた増えてた寝室と同じ広さ同じ間取りの空き部屋ね。
リンちゃんが、『診察室に使ってください』って一晩で用意してくれました。
じゃなくてたぶん数分だと思うけど。
リビングも倍ぐらいになってるし、皆が眠ってる間に何やってんだろうね?
今朝なんて皆それぞれ起きて部屋から出た瞬間に、『わ!』とか、『うぉ!』とか言ってたよ。
そりゃ驚くよね、配置が変わってて部屋出たら廊下になってたらさ。
俺もびっくりしたし。
リビングに出たら森の家みたいにソファと暖炉?、だよな、たぶん、の部分と、でっかいテーブルと椅子の部分が、つまりリビング2部屋分が合体したみたいな雰囲気になってて、壁んとこに操作盤がついてたよ。そう、給湯器とかインターホンとかのやつあるじゃん?、あれみたいな感じの。
ついでに俺の部屋んとこにも操作盤があったらしい。
気付かなかったんだけど?、って言ったら部屋の机の上にあった。
というか机の上面がそうだった。もうどうにでもしてくれ。って気分になったよ。
操作盤があるってことはコアがあるってことだろうなー、って何となく呟いたら、『はい。家屋の規模が大きくなりましたので管理用にコアを設置して部屋の配置換えを行いました』、って事も無げに言われたよ……。
これで給湯だの空調換気だの、あと結界操作だのもばっちりなんだってさ。
ということは、お風呂も広くなって変わったんだろうなぁ…、今みんな外で朝の訓練やってるけど、あとで汗流すときにまた驚くんだろうなぁ……、まぁしょうがないかー。
メルさんはもう今更だし、あとは勇者しかいないし。
そんじゃまぁ、俺も訓練に参加しにいくかー…。
●○●○●○●
今日の予定としてはハムラーデル国境側で、判明していない収束地らしきものがいくつかあるのでその調査だ。
移動距離はかなりあるけれど、乗り物あるし、それほど大変でもないかな、って思ってる。
具体的には、
・ハムラーデル側から中央に流れて合流してる川の上流、
ティルラ王国とハムラーデル王国の間にあるドルタ山地のふもと。
・「く」の字型の池の上流側、ドルタ山地の西にあるドルテ山地のふもと。
・処理済の中央東6ダンジョン南西に体育館ぐらいの岩山があり、その根元。
この3箇所の調査を予定しているわけ。
余力があれば中央東7ダンジョンまで処理できればいいなー、って感じかな。
一応みんなには話をしてある。
距離的には3箇所の調査をして川小屋へ戻って来ると200km以上なんだけど、もし中央東7ダンジョンを処理するならダンジョンの中でまた宿泊だね。
説明してるとき、カエデさんが何か言いたそうだったけど、隣でハルトさんがこそっと何か言ったようで、大人しくしてた。
気持ちはわからんでもないよ、もう皆に丸投げするから俺から言うことないけどね。
それで『スパイダー』にぞろぞろ乗り込んで移動。
カエデさんの顔が引きつってたけど、見なかったことにして俺はサンルーフから半身出していつものように周囲を警戒した。
そして最初の調査地点に到着。
「あの洞窟がそうなのか?」
- はい、でも中はすぐ行き止まりですね。何匹か中に居るようですが。
「魔物でしょうか?」
- わかりません。大きさと魔力量からすると野生動物かもしれませんが…。
「実際見るしかないのか」
「そうですね、行きましょう」
そして近寄ってみると、どうやら野生の熊が棲みついているだけの洞窟だということがわかった。
魔物じゃないし、襲ってこないなら放置でいいんじゃないかな、ってことになった。
- 熊って、人が棲み処に近寄ると襲ってくるんじゃないんですか?
「お腹いっぱいだったんじゃない?」
「おそらく俺たちのほうが強いから大人しかったんじゃないかな」
「そういうものなんですか?」
「ああ、子育ての時期ではないからな。ある程度こちらの強さがわかると襲ってこない」
「へー」
この世界だと、人間でも野生の熊なんて素手であしらえるレベルの猛者がごろごろ居るものなぁ、たぶんメルさんだってその一人だろうし。
そんな話をしながら『スパイダー』のところに戻って次の調査地まで行った。
途中、ハルトさんがハムラーデル側の拠点に近い収束地点がどうなってるか様子を見ておきたい、と言ったので少し寄り道になったが、収束地点には魔物は居なかった。
ダンジョン跡地に角サルが1匹居座っていただけだった。
そして川を越えて、2番目の調査地についた。
差し渡し5mぐらいの穴はあったが、中は水が溜まっていただけで、魔物の気配は無かった。
川のすぐ横なので、染み出して溜まったのだろうと思われた。
「普通に池ですね」
「そうだな、次に行こう」
「おなかが空きました」
「あー、でも少し早いんじゃないか?」
どうしてそこで全員俺を見るんだろう?
- あっはい、そうですね、次のところまでそれほど時間がかからないと思うので、次の調査を終えてからにしませんか?
ということで、『スパイダー』に戻って乗り込む。
ネリさんにはクッキーの袋とレモン水を渡しておいた。
- 全部食べちゃだめですよ?
「はーい」
「お?、俺も食べていいか?」
「ハルトさんさっき早いんじゃないかって言ってたのに~」
「いいじゃないか、ひとつくれよ」
しょうがないので全員に飲み物を渡した。
やっぱり金属製の水筒が欲しいね。
それか、『スパイダー』の中に給水器を設置するとかさ。
またリンちゃんの仕事が増えるかな?、あとで話しておこう。
3番目の調査地は、小さい池とそのすぐ横にあるでかい岩の根元にある穴だ。
「でかいな」
「そういえばこのあたりって、ここが国だったときには首都があった場所では?」
「おお、そうだな、しかし百数十年以上前の話だぞ?」
ハルトさんの話では、海からやってきた大型爬虫類系の魔物にまず上陸され、ろくに抵抗できずに海岸線の村々が蹂躪されたんだそうだ。
「当時のハムラーデルとティルラは援軍を出したが、援軍が到着したときにはもうこのあたりが最前線だったらしい。それまで大型の亀なんて居なかったらしくてな、亀の歩みをなかなか止められなかったんだ」
両国の歴史書にはその時の記録があるらしく、イラスト付きで戦闘の様子を描写したものがあるんだと。
それにしても、廃墟の残骸などが残ってても良さそうなものだけど、ここに来るまでそういうのを見た覚えがないな。
「漁村以外は遊牧民族の集まりでな、人よりも家畜の数のほうが多い国だったらしい。あまり建造物というのがなく、あっても木造家屋や柵程度だったそうだ」
なるほど、障害物の少ない平地で、しかも城壁や砦などもないとなると、大型混じりの魔物集団には苦労しただろうな…。
などと話しながら穴の中を調べてみた。もちろん魔法で。
- あ、これダンジョンですね。でも規模が小さいようです。地図にしますね。
羊皮紙を取り出して地図にしてみてわかった。これ、ツギのダンジョンの1層に似てる。あれほどの規模ではないけれど。
「変わった形だな、中央の部屋は小部屋が隣接しているのか…?」
「これってジャイアントリザードですか?」
- たぶんそうです。ツギのダンジョンの構造がこういう感じでした。
「ツギのダンジョン?、確かに洞窟型でしたけど…、こんな形でしたっけ?」
- 僕が行ったときはこうなってたんですよ。
「そういえば『ツギの街』から要請があったな。国境のほうが大変だから行けないと返事したが、タケル殿が対処してくれたのか?」
- あっはい、成り行きで。
「そうか。ありがとう」
「2層あるのかな?、ほら、一番奥の部屋の壁」
- そうですね、あると思います。
「ジャイアントリザードの数が多いですね、どうします?」
- やることは同じです。片っ端から倒すだけですよ。行きましょうか。
「そうですね…」
なんだろう?、サクラさんの反応が微妙だな。
と思いながら歩いて入って行くと、ネリさんがこっそり、
「(サクラさんは大きなトカゲとかヘビが苦手なんです、ふふっ)」
「ネーリー!、タケルさんに変なことを…」
「其方ら少し緊張感を持った方が良いのではないか?」
ハルトさんに注意されてた。なんかすみません。
「すみません」 「はい」
あとで聞いたんだけど、小さい頃に動物園に行ったときに、ちょうどワニにエサやってるところを見て大泣きしたんだってさ。しばらく夢にでて、ワニみたいに歯がたくさんあるやつが苦手になったんだと。
今はそれほどでもないし、戦えるし倒すけど、気乗りはしないんだってさ。
気持ちはわかる。俺だってそうだ。でかいトカゲなんて、遠くから倒せるからやってるだけで、近接戦闘なんてしたくない。
そういう意味では、剣や刀の距離であんなのと戦えるサクラさんたちのほうがずっと凄いと思うよ。
「まるでジャイアントリザードの巣だな…」
「まるで、ではなく巣ですね。卵もありますし」
そう。『ツギのダンジョン』にあったように、中央の部屋に隣接する小部屋には卵があった。
「こっちにもありましたー」
「結構ありますね…」
倒したのを回収したときに気付いたんだけど、普通なら魔物を倒してしばらくすると角がとれる。小形の動物系は角が取れないので根元から折り取るんだが、それは別ね。
倒した数と、角の数を数えると、ジャイアントリザードの半分ぐらいに角が無かったってことになる。
つまり卵から生まれた、ってことなのかもしれない。
前に倒した、大きめのジャイアントリザード、警告音を出したやつな。あのとき角の数と倒した数を比べたりしてなかったけど、もしかしたらあれも卵から生まれたものなのかもしれない。
角がないトカゲ、翼をもったでかいボスもそうだった。
だったらあの中ボスみたいなのは竜族になる一歩手前だったのかも?
ジャイアントリザードが育つと超音波が使えるようになって、同族と通信ができるようになるとか…?、背中に翼が生えてくるとか…?
それで言うと、『ツギのダンジョン』にあった卵って、竜族が生まれる可能性のある卵なのかもしれないぞ?
これらは推測にすぎないけど、もしそうだったら各地のダンジョン、ちゃんと討伐して卵を破壊して管理してないとこの先やばくないか?
今すぐどうこうってことはないだろうけども、これってちゃんと国レベルで周知したり調査したりすべき問題じゃね?
とりあえず『ツギのダンジョン』のほうはリンちゃんから森の家経由でサイモンさんたち『鷹の爪』のひとに伝えてもらって、冒険者ギルドに話をしてもらおう。卵もひとつ調査に出したらしいけど、もし孵化してたとして、調査のために育成してたらそのうち危険なことになるかもしれない。
そのへんのこともオルダインさんたちに連絡して、各国に周知してもらったほうがいいんじゃないかな…。
●○●○●○●
1層の卵は全て破壊して、2層に進んだ。
そこは『ツギのダンジョン』の2層ではなく、3層に近い構造だった。
あれほどは広くないが、それでも幅400m・奥行き600mほどもあった。
天井も高く、細長い池があり、角イノシシと角ニワトリがいる。
でもボスは居ないようだ。
「何だここは…?、本当にダンジョンか?」
「なんだかほのぼのした所ですね」
ハルトさんとカエデさんが言うのもわかる。俺も最初はそう思った。
さて、ここを埋めるのは骨が折れそうだなぁ、やめるか?
- うーん、一応地図つくりましたけど、どうしましょう?、ここは放置でいいかもしれませんね。
「確かに、この空間を埋めるのは大変そうだな…」
「埋める作業はタケルさんにしかできませんし、タケルさんがそう言うのなら放置でいいのでは?」
皆も頷いてる。まぁそうだよな。俺も頷く。
1層は一応浄化処理をしたし、でも埋めないならまた淀んで魔物が生まれるかもしれないが…、それまでには管理してもらえる人たちを派遣してもらえばいいか。
「んじゃさ、お昼にしない?」
- あっはい、そうですね。
イノシシとニワトリとハーブ、そういえばまだ結構あるんだよね。
『ツギのダンジョン』の3層で収穫したやつね。どうせだし消費しとこう。





