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2ー041 ~ 午後の各自

 「それで、もう大丈夫なのか?」


 ハルトさんが私の脚を見て心配そうに言う。

 タケル殿――私もハルトさんに(なら)ってこう呼ぶことにした――に治してもらうまでびっこひいていたわけだし、だから大人しくしてろと何度も言われていたから。


- はい、でも今日明日は戦闘行為のような激しい運動は避けるようにと。


 「うーむ、一体タケル殿はどれほどの魔法が使えるのか…」


 本当に。魔法が使える勇者なんて、ロスタニアの『杖の勇者』シオリさんぐらいだったのだから、それもこの世界にきて1年と経たない未熟勇者、見習い勇者と言われるはずのひとがだなんて、今でも信じがたい。


- いきなり周囲に壁ができたときには驚きました。無詠唱であれ程の、それに回復魔法も、この羊皮紙のことも…。


 「見ても良いか?」


- どうぞ。


 タケル殿から渡された2枚の羊皮紙、私の脚のレントゲン画像のようなものが描かれているものを手渡した。


 「確かにずれているな、それがこうなるのか…、跡形も無いな」


- はい、それで明日もう一度診るので今日はこの小屋に泊まるようにと。


 「それは良かった。ならばこの教本を貸すから明日までに写本するように」


 テーブルの上、すこし横にハルトさんが持ってきていた羊皮紙の束を綴じたものを手渡された。

 何だろうか?、表紙のないそれをめくりながら見てみる。


- 何ですかこれ、って魔法ですか!?


 「俺もこれで魔法が少し使えるようになったぞ?」


 得意げな顔で言われた。なんですって!?


- え!?、ハルトさんがですか!?


 「本当だ。まだ詠唱が必要だが。『母たる水よ、我が力に応えてここに出でよ、水球』な?」


 彼が両手で何かを(すく)うような仕草をして詠唱すると、淡い光が集まってビー玉ぐらいのサイズだったのがバレーボールほどの大きさへと水の球が現れた。


- あの魔法嫌いだったハルトさんが…。


 「別に魔法が嫌いだったわけじゃないぞ?、俺にはこの剣があるから不要と思っていただけだ」


- それが一体どうした心境の変化なんですか?


 「いや何、今まで武力だと思っていたのが全て魔力だという事に納得してしまったのだ。それで少し訓練し、詠唱を覚えただけでこうだ。だからカエデ、お前もその教本で訓練すれば魔法が使えるようになるぞ?」


ー そんな、今まで武力だと思って鍛錬してきたのは一体何だったのですか!?


 そうだ、今まで武力の鍛錬によって身体強化や剣撃を飛ばすのだと教わった。

 それも他ならぬハルトさんから教わったことではないか。

 納得が行かない。


 「剣技の鍛錬はそのままでいいそうだ。身体強化や剣に纏わせるものが武力ではなく魔力だということを理解し、それを制御すると効率も上がり、更に強くなれるぞ」


 だとすると秘中の秘、奥伝(おうでん)や秘伝の(たぐい)だ。そんなほいほい写本していいのだろうか?


- そ、そのような秘儀がこの教本に!?


 「そういう事だ。メル殿に感謝して写すように。それはメル殿が持っておったものを俺が写本したものだからな」


- その、メル殿とはもしかして、ホーラード王国の姫君では?


 「そうだ、よく知っていたな。メルリアーヴェル姫だな。ホーラードからの支援部隊である鷹鷲隊と一緒に来たのだろう」


- メルリアーヴェル姫様というと、あの猛将オルダインと並ぶほどの武人と耳にしておりますが、その姫様が魔法の教本を?


 だったらそれはホーラード王国の秘伝…?、そんな……。


 「ああ、メル殿も写本したらしい。元はタケル殿やリン様の教えを書にしたものらしいぞ?」


 違った。それもタケル殿?、え!?、リン『様』?、ハルトさんが『様』付け?


- え!?、リン様というとタケル殿のお付きの?、いえ、魔法の腕は治療のときに見ましたが……


 「信じられないだろうが、リン様は光の精霊様だぞ」


- 精霊様…!?、まさか…


 「ああ、実在する。俺もタケル殿のおかげで念願だったこの剣に宿る火の精霊様を見た。お声も聞いた。思っていたのとは少し違ったがな」


- そ、そのお話を聞かせてください!


 その後は伝説で実在なんてしないだろうと言われていたはずの精霊様がほいほい登場する話に驚きながら、でもその存在だけは信じていたハルトさんが楽しそうに、嬉しそうに、でも火の精霊様にはとてもがっかりしたという話、『フレイムソード』の由来、そしてタケル殿たちとダンジョンを攻略したときの話を聞いた。


 ハルトさんは近年どころかめったにそんな表情を見せたことがないのに、興奮気味に、実に楽しそうに話してくれたものだから、内容が少々荒唐無稽すぎることなど忘れて私も興奮気味に聞き入っていた。






●○●○●○●






 なんだかもう小屋って言えないサイズだよなぁ、7つも寝室あるし。

 土魔法の石造りだし、リンちゃんが屋根に凝るから一見瓦屋根だし、風呂付トイレ付き、リビングルームの隅や各寝室には氷塊が置いてあって中は涼しいし。

 そういえば溶けた水どこに行ってるんだろう?、まぁいいか。


 豪邸とまでは行かないけど、小屋どころか普通の家というにも(はばか)られるでかさ。

 次もし人が増えたら二階建てになるぞ?、これ。


 そういえばさっき寝室見たけど、ガラス窓がついてたよ…。アルミサッシじゃないけど木枠のやつ。そんで外側に木窓のフタがあるタイプ。木窓はブラインドみたいに木が斜めに重なってた。凝ってるなぁ…、どうなってんのw


 そのうちテラスとかベランダとかつくんじゃないの?、ってかここそんな長居するつもりで作ったんじゃないのにね。

 何だか民宿とかできそうなぐらいになってる。


 裏に回ってみてみたら、キッチンに勝手口があって、そこから河原(かわら)まで手すり付きスロープができてた。その部分まで屋根があって上にでっかい物干し台ができてたんだけど、全然気付かなかったよ!、いつの間に!?

 あ、ここの河原は中小の小石ってか砂利河原(じゃりがわら)ね。歩くとじゃりじゃり言う。


 考えてみたら俺、洗濯したのってリンちゃんと出会う前が最後だわ。

 それからずっと、ポーチから着替え出して、ん?、あれ?

 出して…?、出した覚えがないな。


 風呂からあがると着替えが用意されてるし、朝起きたら着替えが、今は濃灰色の精霊さんの里でもらった一式が用意されてるし、うん、リンちゃんの世話になりっぱなしだな。

 ってことはいつの間にか洗濯とかしてくれてたってことか、今気付いたわハハハ。


 え?、お前少女にパンツ洗わせてんのか!?、って?、いやな言い方するなよ…。


 いやー恥ずかしながら、リンちゃんに出会う前のノーパン生活に慣れちゃってさ、無いのが当たり前みたいになってて、光の精霊の里でつけた1枚はあるんだけど、下着をつけるとなんか逆に違和感を覚えるようになっちゃってね…、だから今もノーパン生活なんだわ。まぁ、男のノーパンなんて誰得なんだってことで、わざわざ言うことでもないから言わなかっただけで……。


 だから洗濯場も裏にちゃんとあったし、って、何あの四角いやつ。

 ちょっと近寄ってみてみよう。

 フタがあって、中にザルみたいに穴がいっぱいあいた桶があって、ボタンが3つあって、洗い、脱水、停止……。うん、どう見ても洗濯機だなこれ。いいのか?、いいのか?


 知らなかったよ……!


 物干し台があるのは干してある洗濯ものがゆらゆら風に(なび)いてるからすぐにわかったけども。

 うん、俺の服だけじゃなく、干してある。他にもシーツやタオルやなんやかんやが干されてる。

 いつやってたんだこんなの。

 女性陣も何も言わないんだもんなぁ…、まぁ、ハルトさんが来るまで男性俺だけだったけども。だから言い辛かったのかな。いいけどさ。


 「あれ?、タケル殿?、お洗濯ですか?、なら私はあとにします」


- あ、いえ、違います、こんなのがあるなんて知らなかったので、見ていただけなんですよ。ハハハ…。


 メルさんが洗濯ものを入れた(かご)――脱衣所にあるものと同じものだ。竹っぽいんだけどこの世界の竹はどうせ違うものだろうね――を抱えて勝手口からでてきたようだ。


 「え?、タケル殿が作ったのではなかったのか…、するとリン様が…」


- でしょうね。あ、お洗濯ですね、どうぞ?


 「はい。ですがその…、タケル殿にはいろいろ見られてしまってますし、今更という気もしないでもないのですが、やはり恥ずかしいのでできれば…、その…、言い辛いのですが、その…」


 ん?、と聞いてる間にみるみるメルさんが赤くなって…、あっ!


- あっはい!、向こうに行ってますね!、気が利かなくてすみません!


 脱兎のごとく逃げた。


 でもさ、『いろいろ見られてしまってますし』って俺が何を見たというのだろう?

 そういう勘違いされそうな事を言うのはホントに勘弁してほしいんだが。

 誰が聞いてるかわからない場所なんだからさ…。






 何するともなしに生簀(いけす)のところまで来てしまった。

 見ると魚が居なくて、水路のところも開放されていた。

 逃げた…?、じゃないよな、たぶんリンちゃんが残り全部もってっちゃったんだろうな。んじゃ補充しとくか、どうせ今日は休息日みたいなもんだし。


 ダンジョン行かないのかって?、やだなぁ今朝帰ってきたとこでしょ。






●○●○●○●






 ダンジョンから帰ってすぐにお洗濯をしたんだけど、昼前に川で遊んでて――水の上をはしゃぎ回った。めちゃくちゃ楽しかった――ずぶ濡れになっちゃったんでお風呂を用意してもらって順番に入り、お洗濯が後回しになってたのを思い出して食後にするはずが、これも順番を譲ってしまったのでさっき終わって干してきたとこ。

 着替えが少ないとこういうとき困るね。


 タケルさんが来て、一緒に行動するようになってから毎日が色づいたように楽しくて仕方が無いのよね。

 今も鼻歌なんて歌いながらね。自分でも驚いたもん、鼻歌が出てくるなんて。曲名なんて忘れたけど、そんなことすら数年間無かったぐらい。


 それで籠を脱衣所のところに返して表に出たら、テーブルでハルトさんとカエデが親子の会話をしていた。

 何となく近寄りがたくて、川小屋、なんて呼んでるけどいつしか大きくなってる建物沿いに横手に回った。


 これぐらいで驚くことはもう無くなった。

 部屋は増えるし大きくなるし、大きな氷が置かれるようになって快適になるし、テーブルは長くなるし椅子は増える。

 ここはそういう所。


 窓ができてたりするし、『書き物がしたいから筆記用具があれば貸してください、あと食卓使っていいですか?』ってリン様に言ったら、『お部屋にありますよ』って言われて、朝起きたときには無かったはずなのに、机と椅子が設置されてて、インクとペンと羊皮紙が机の引き出しに入ってたり…。

 電気じゃないけど電気スタンドみたいなのが机においてあるし、部屋の天井には明かりの魔道具が吊るされてたし…。


 裏の洗濯機とか、物干し台とかも。

 それと、こっち側に大きな木があるんだけど、これもいつの間にかあった。

 そして根元に直径50cmぐらいの泉が湧いてた。底から水が湧いてるのが見えるのに、ふちに石が並んでるところの水位が全然変わらないの。不思議。

 ためしに味見したらすごい美味しい水だった。冷たくて。ごくごく飲んじゃったわ。


 そういえばここの前でメルさんがしゃがんで祈ってたっけ。宗教的なものだったみたい。

 飲んじゃダメだったかな?、バレてないかな?


 とにかくタケルさんたちと居て、いちいち驚いて騒いでいたら身が持たないもん。

 慣れっておそろしい。






 川小屋の横手では、サクラさんが壁に(もた)れてテキストを片手に魔法の訓練をしていた。


- こんなところに居たんですか、サクラさん。


 「ん?、ああネリか。ネリやメル様に少しでも追いつきたくてな…」


- そこはタケルさんに、って言うところじゃないんですか?


 にやっと笑ってからかってみた。

 あたしとサクラさんは師匠と弟子というよりは姉妹のような感じ。

 だからこれぐらいの距離感でちょうどいい。


 「わかるだろう?、彼はどのぐらい先に居るのか見当がつかないんだってことぐらい」


- そりゃまぁそうですね。でもサクラさんあたしよりずっと強いじゃないですかー。


 小さく溜息をついたサクラさんに同意する。

 あれで勇者見習い――1年未満はそう言われる――ってズルいと思う。


 「剣の腕ではそうだが、魔力の扱いはネリのほうが先を行ってるじゃないか」


 ちょっとむすっとした表情で言う。黒髪がきれいな日本美人のサクラさんがそんな表情をすると保護欲みたいなのをそそられるような気がする。充分強いのにズルい!


 あたしは魔力の扱いの差なんて全然わからないけど、メルさんのほうが魔力の扱いがちゃんとしてるってことは何となくわかる。

 ちっちゃいし目もぱっちりくりくりしてるのに剣の腕もすごいし、あのお姫様もズルいと思う。

 普段、魔法の槍を使ってるけど、剣のほうが得意なんだって。

 知らなくて、この間タケルさんが居ないときに剣で模擬戦の相手を頼んだら、リン様から棒切れを渡されてた。

 こっちはいつもの刀――の形をした剣――でいいって言われて、どういうこと?、って思ったけどこてんぱんにやられた。ここに隙がありますね、繋ぎが甘い、体重移動が遅い、と注意めっちゃくちゃされたっけ。身体強化してもしなくてもこてんぱんだった。

 もしかしたらサクラさんより強いんじゃないかな。


 時々タケルさんを熱い目で追ってたりする。

 タケルさんは気付いてないのかな、あんなに露骨なのに。






- そうなんですか?、あ!、風刃(ふうじん)出せるようになったんですよ!、へへへー。


 「おお、そうなのか、頑張ったんだな。私も益々頑張らんとな、あ、そうか。風刃も魔法だったな、確かこのテキストに解説があった、書き写した時にはいまいちよく分からなかったが、こういう仕組みだと今なら分かる気がする、本当によくできているな、このテキストは」


- え、そんなの書いてましたっけ?


 「ネリだってこれを写したんだろう?、…ここだここ。ほら、ちゃんと図解まであるんだぞ?」


- あ、あたし文字しか写してないかも…、ってサクラさん絵、下手ですね。


 「う、うるさいな、分かればいいんだこういうのは!、って、せっかく図まであるんだから、ちゃんと写さないとだめじゃないか」


 少し赤くなったサクラさん。こういうとこ、この人は可愛らしいと思う。ズルい!、けど素敵な女性だと思う。

 教師みたいな顔つきになってごまかしてるところとか。


- 余白はあけてあるんですよ、ページ数を合わせるために。だからあとでまた見せてもらって書きますって。


 「なんなら私のを写すといい」


- え?、このヘタ絵をですか?、ちゃんとメルさんに見せてもらいまいたっ!


 軽く叩かれた。


 「そうヘタヘタ言うな!」


- あははは、はーい、でも字はきれいなのに絵が下手なのが不思議。


 「自覚はしてるんだ、もう言わないでくれ。だんだん他人(ひと)に見せづらくなるじゃないか。それはそうと、タケルさんの話では、勇者はひとより魔力量が多く感知がしやすいからいい訓練になるそうだぞ?」


- あ、それあたしはメルさんに言われました。


 「そうか。それには2つの意味があって、感知する時にも最初は魔力効率が良くないが力技でなんとか感知ができるようになるのでコツを掴むのが早いという意味と、感知されるほうとして、普通の人よりも魔力量が多いから位置などがわかりやすく訓練になるという意味があるそうだ」


- へー、そうだったんですか。んじゃここって今勇者だらけだから、


 「うん、私もさっきネリが来るのがわかったぞ?」


- え!?、あたしの区別がついたんですか?


 「いや、そこまではまだ…、誰か来るとしたらネリだろうと思っただけだ」


- なーんだびっくりした。あたしもそこまでまだ区別つかないのに。あ、でもタケルさんとリン様はわかりますよ、なんかすごく存在感っていうか大きいんですよ。


 「そうだな、魔力感知の訓練をし始めてすぐに違いがわかるほどの差があるな、あのお二人は」


- ですよねー…


 「だからせめて同じ勇者なんだって自負を得るためにも頑張らなくては…」


- メルさんからこの間、2人でできる魔力感知の訓練方法を教わったんですよ。やりましょうサクラさん。


 そうやってしばらくサクラさんと二人で魔力感知や魔力操作の訓練をしていた。






 タケルさんが裏のところをうろちょろしているのがわかる。

 あ、メルさんが勝手口から出てきた。お洗濯かな、だいたい早朝やってるのに、珍しいな。そいや今朝はダンジョンだったんだっけ。

 ん?、なんだか様子が…。


 「ですがその…、タケル殿にはいろいろ見られてしまってますし、今更という気もしないでもないのですが、やはり恥ずかしいのでできれば…、その…、言い辛いのですが、その…」

 「あっはい!、向こうに行ってますね!、気が利かなくてすみません!」


 何ですと!?、『いろいろ見られてしまってます』ですと?!!

 メルさんはタケルさんに何をいろいろと見られたんだろう?


 もしかしてこれが世に言うラッキースケベ的なアレだろうか?


- あらやだ聞きました?、奥さんw


 口元に片手をあてて、もう片手で一回だけサクラさんを扇ぐような仕草で。

 なんでこのジェスチャーなんだろうね?、でも面白いからOK。


 「誰が奥さんだ」


- サクラさんノリ悪いですね、『いろいろ見られて今更』って何を見られたんでしょうね?


 「ネリも相変わらずだな、そういうのを詮索するのは良く無いぞ?」


- もー、サクラさん真面目すぎですよ、気にならないんですか?


 「き、気にならないと言えばウソになるが、そういうのは気にしちゃダメなんだって!」


- ほらぁ、気になるんじゃないですか、ねね、何を見られたんでしょうね?


 「そういう事を言ってるとまたタケルさんにデコピンされるぞ?、いいから真面目にやらんか。全くもう…」


- はーい。


 真面目にやろう。あのデコピンはすごく痛いんだもん。まだあたしだけしかやられてないから皆に伝わらないのがはがゆいけど…、ん?、あたしだけ?、そうかあたしだけかー、そっかー、あたしだけ特別扱いかー、ふふふん


 「なんだ急ににやにやして、一体何を考えた?、メル殿に失礼な事を考えたのではないだろうな!?、おい、ネリ!?」


- 真面目にやりましょうよサクラさん。


 「お前が言うな!」


 また軽く頭を叩かれちゃった。






●○●○●○●






 「リン様の髪はいつもきらきらでさらさらでとてもお綺麗ですね」


 夕食後そんなことをメルさんが言った。


 「きっとお風呂にあるシャンプーとリンスとコンディショナーの効果じゃないでしょうか?、私もここに来てから髪がさらさらでとても具合が良くなりましたし」


 サクラさんがポニテにして垂らしている後ろから首を傾けて、片手でそのさらっさらの髪を前に持って来て言った。すごい、羨ましい!


 「しゃ…?、何ですと?」


 あれ?、メルさんが驚いている。ってかまさか知らなかったのかな?

 サクラさんもどう言えばいいのかとまどってるっぽい。

 それを察したのかタケルさんがフォローした。さっすがタケルさん。


 「えーっと、シャンプーってのは髪を洗うときのもので、リンスやコンディショナーってのは洗い上がりの髪の状態を整えるものですよ。メルさん」


 「そのようなものがあったのですか…、もしかして石鹸で洗ってはダメだったのですか!?」


 あちゃー、誰も説明してなかったんだ。


 「あれ?、森の家でももしかして石鹸しか使ってなかったんですか?」


 タケルさんも驚いていた。


 「はい、とても泡立ちも香りもよい高級な石鹸でしたので、それに…」

 「それに?」

 「王都を出るときに髪につける香油を持って出るのを失念しておりまして…」

 「なるほど」

 「どうせ兜で隠れてしまうのでいいか、と…」


 赤くなってしょんぼりするメルさん。


 「リンちゃん、メルさんに説明してなかったの?」

 「森の家ではプラムさんも居りましたし、他の4人も居りましたので…」

 「ああ、誰かに説明されるだろうって、特に言わなかったんだね。あれ?、ってことはプラムさんも知らなかったんじゃないかな?」

 「そうかもしれません。申し訳ありませんタケルさま」

 「いや、僕に謝られても、謝るならメルさんにでしょ」

 「そ、そんな!、リン様に謝って頂くようなことでは!」


- んじゃ今から説明すればいいんじゃない?


 簡単に思って言ってしまったこの時のあたし。


 「あ、そうですね、リンちゃん、お願いしていいかな?、僕だと女性の髪質のこととかよくわからないし」

 「わかりました。ではメルさん、皆さんもこちらへどうぞ」


 そう言って脱衣所のところに行くリン様にぞろぞろと続いた。






 「こちらが、普段傷みがちな髪でもしっとり仕上がるタイプで、」


 と、リン様が脱衣所の洗面台の下の戸棚を開けてボトルに赤紫のラベルが張ってあるセットを取り出して台の上に並べた。


 「こちらが、サクラさんのようなストレートヘアがばらつかずにしっとりさらさらになるタイプで、」


 と、水色ラベルのセットを並べる。


 「こちらが、少しウェーブのあるメルさんのような方向けで、跳ねたりしがちな髪を指通りよくスムーズにまとめることができるタイプで、」


 と、緑色ラベルのセットを並べる。

 え?、まだあるの?、一体どれだけあるのよ。


 「こちらが、細くてすぐぺたっとなってしまうような方でもふんわりと仕上がるタイプです」


 と、黄色いラベルのセットを並べた。

 あ、あたし黄色いのが良さそうかも。


 「いつもお風呂場においてあるのは標準タイプですので、できればこちらの棚からご自分に合ったものをお使いになったほうが良いと思います」


 あ、そうだったの。ラベルが白かったけど。

 説明は無かったけど、シャンプー、リンス、コンディショナーって書いてるのだけは読めたんで普通に使ってたわ。

 こんなに種類があるとは思わなかったけど。


 「使い方は、えーっと、それでは実際にやってみましょうか。ネリさん、こちらにどうぞ」


 え!?、あたし?、まぁいいか。

 あ、ちゃんと黄色のセットを使ってくれるのね、って、洗面台の前に椅子が!?

 ああうん、今更よね。何でもアリだし。ここって。


 まるで美容室のような椅子に座ると、リン様が足元を操作して椅子がくるっと半回転。『椅子を倒しますね』と言われて背もたれが倒れ、洗面台の凹みのところに首の後ろが当てられた。

 ちゃんと髪をそろえて後頭部を支えてもらいながら。うん、そのまんま美容院じゃんこれ。懐かしい。あ、やっぱりタオルを丸めて目元に乗せるのね。


 「まず髪を充分お湯で流します。ネリさん、熱くないですか?」


- はい、ちょうどいいです。


 「充分に流したら、シャンプーを髪の長さに合わせてこれぐらい手にとり、軽く泡立てます」


 そうやって始まった説明、しっかり地肌もマッサージするように洗ってもらい、すごく心地よかった。

 あたしには不要だそうだけど、トリートメントの説明もあった。メルさんは真剣にメモを取っていた。カエデもサクラさんも、それを見てメモを部屋まで取りに走ってた。


 あたしも知らなかったことがいくつかあった。勉強になるなぁ、リン様本当にすごい、ありがとうございます。


 ドライヤーの魔道具なんてあったんだ、棚においてあったなんて知らなかったよ…、ブラシも各種あったなんて。持ってっちゃダメかな?、ダメだろうなー…。


 「こちらの台の下には豆乳が冷えておりますので、お風呂上りにどうぞ」


 え!?、そんなところに冷蔵庫が!?

 気付かなかったよー、あ、メルさんは知ってたっぽい。微笑んでる、なんか悔しい!

 

 でもシャンプーのこととあわせて引き分けかなー






 「むぉっ!?、開かんぞ!?、こういう場合は…」

 「あ!、待って下さい、ロックを解除しますので!」

 「おぁ!?、リン様!?、は、裸で失礼致します!」

 「大丈夫です、直接は見えませんから。少し下がってお待ちください」


 そうだった、ハルトさんが入ってたんだった。

 扉、ロックされてたんだ…、そりゃそうだよね、いきなり全裸のハルトさんが出てきたらびっくりするし。ハルトさんも、あたしたちも。


 「さぁ、皆さん早く出ましょう」


 リン様に(うなが)され、みんなも無言でいそいそと脱衣所を出た。





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作者注釈:

 プラムは洗髪用品のことは知っています。(1-030話)

 髪質に合ったものの存在までは知りません。

 森の家でメルとプラムは同時に浴室を利用しなかったためです。

 王族と貴族出の冒険者ですから、おそらくプラムが恐れ多いと辞退したのでしょうね。


 王族はお付きの者が護衛を兼ねて入浴補助をしますが、メルは騎士団の訓練後に一人で汗を流すので、自分で洗うことには慣れています。



20191105:誤字訂正。 効 ⇒ 利

20210128:脱字訂正。 ほしんだが ⇒ ほしいんだが

20211006:最後のパート部分に加筆と訂正。

20230312:名前ミス1箇所訂正。なんと今頃になって名前のミスに気付く始末…orz

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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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