2ー040 ~ カエデさんを治療
カエデさんがやってきた。
馬から降りるときにも補助してもらわないほどなのか。痛そうだ。
歩くのにもつらそうな感じがする。
魔力感知でもわかる、脛から足首にかけて、魔力が淀んでいるようだ。
リンちゃんをちらっと見ると、同じように感じたんだろうか、頷いた。
なら、まずは脚を診なくちゃね。
おっと、カエデさんが番号つきで名乗ってた。答えなくちゃいけないんだっけ。
- 勇者番号4番、ナカヤマ=タケルです。カエデさん、まずその脚を診てもいいですか?
「え!?、その…」
カエデさんはハルトさんをちらっと見た。ハルトさんが頷く。
「お願いします…」
- いきなり僕では不安でしょう、なのでまずリンちゃんが診ますね。リンちゃん。
「はい、タケルさま。カエデさん、そのまま座ってもらえますか?」
「座る?、え!?、いつの間に!?」
そりゃまぁ後ろにいきなり椅子があったら驚くよね。
もちろん土魔法で作ったものだけど。
カエデさんが座ったのを見て、リンちゃんが丁寧にブーツを脱がせた。
それだけでも痛みはあるようだ。こりゃ結構ひどいぞ?
- どう?
リンちゃん首を傾げる。
「なんだかまずい気がします。どうしましょう?」
ソナー魔法の応用で弱い超音波魔法を使って骨の位置を見てみるか…。
- まずい?、それじゃ失礼して僕が診ますね。痛かったら言ってくださいね。
「はい」
まずいと聞いたカエデさんは不安そうな面持ちだが、僕が触れることに抵抗は無いようだ。良かった。
骨の位置を確認してみた。……ん?、微妙におかしいような。これは羊皮紙に焼いたほうがいいな。
ポーチから羊皮紙を出して、画像にして骨の位置を焼き付けてみた。
ああ、これは治療がまずかったんだな。なるほど。
「あれは何をしているのだ?」
「わかりません」
「タケルさんのやることは難しすぎですよ…」
「おそらく周囲探査魔法の応用で脚の内部を調べているのでしょう」
「何だと!?、そんなことが可能なのか!?」
「え?、メルさんわかるの!?」
「何となくでしかありませんが、タケル様の魔力の動きをよく見てみると、周囲探査魔法の動きに似ていると思ったのですよ」
「あたし全然わかんなかったよ…」
「それであの羊皮紙に、地図のように描いているというわけか……」
「そのようです。タケル様が言うには探査魔法と焼き付ける魔法は別物だそうですが…」
「メル殿は同じことができるのか?」
「探査なら少しできるようになりました。でも羊皮紙に描いたり、今のあのような繊細な操作は自信がありません……」
「確か探査魔法のことは写させてもらった教本に記されていたな……応用か…、うーむ……」
「魔力の動きなんてよく見えますね、私はまだ全然ですよ…」
「訓練の成果ですね、皆さんは勇者様なのですから、私などよりも早く習得されるのではないでしょうか」
後ろで小声だけどいろいろ会話してるのが聞こえる。
メルさん大正解。何せ槍のこともあって熱心だもんなぁ、ダンジョンでも俺がピンガー撃って感知して地図焼いてたりするとき、じーっと見てるしさ。
暇さえあれば槍とにらめっこして魔力を使って観察して読み取ろうとしてるし。
そりゃ成長するよなぁ…。
羊皮紙に焼き付けた脚の内部をカエデさんに見せながら説明する。
まぁレントゲンみたいなもんだ。細かいことは抜きにして、骨の状態なんだからわかりやすい。
- 折れた箇所、ズレてくっついてますよ、ほら、ここ。
「ええっ!?」
羊皮紙を見せると驚いていた。何に驚いたんだろう?、まぁどっちでもいいんだけど。
- このままだと足首に負担がかかって最悪足首がもちませんね。
足首もちいさいけどヒビが入ってますし。
治りかけてますが炎症になってますね、これじゃかなり痛かったんじゃないですか?
「……道理で『もう歩けるはずです』と言われたのに痛みが酷いわけです…」
- どうします?、これもう一度折ってまっすぐつなぎなおしたほうがいいですよ?
「も、もういちど折るんですか!?、そ、そんな……」
折るというか外してずらすというかなんだけどね。
わかりやすくいうと折るわけで。
- リンちゃん、麻酔ってあったっけ?
「うーん、麻痺ならありますけど…、」
- それって電撃とかの?
「いいえ、回復系の魔法にあるんです」
- 部分的に可能?
「できますけど、それをするとつなぐときにたぶん激痛が…」
- ってことは全身やったほうがいいってこと?
「そうですね…、骨ですし、全身のほうが痛みを感じずに済むでしょう」
- というわけでカエデさん、初対面で信用しろってのも難しいかもしれませんが、ちゃんと治りますので、任せてもらえませんか?
「うーん、わかりました。どうせこのままでは戦えませんし。お願いします」
- はい、楽な服装ありますか?、なければ、えーっと破いてもいいズボンあったかな…
「破くんですか?」
- ええ。膝から下を。
今カエデさんはブーツを脱いで細めのズボン、足首からは布をテーピングのように巻きつけている状態だ。
このままだと脛の部分をたくしあげることができないので、破らなくちゃいけない。
「着替えはありますが、同じサイズしかありません、何ならこのまま破いてくださっても…」
- それなら僕の着替えがたくさんありますので、それをお渡しします。まだ着たことのないものが何枚もあるんですよ。
「そうなんですか、ではお言葉に甘えます」
- では床と囲いを作りますので、そのままそこで着替えてください。リンちゃん。
と言いつつぶわっと土魔法で周囲に壁をつくり、地面を均して固めておく。
「はい」
リンちゃんもエプロンドレスの前にあるポケットから大きな布と俺の着替えのズボンを取り出して、囲いの入り口から中に入る。
入ってズボンをカエデさんに手渡し、入り口のところの上からぬのを垂らした。
ちゃんと布を掛けられるように棒状の構造をつけてあるんだよ。ふふふ。
少し待ってると、入り口の布をよせてリンちゃんが顔を出した。
「タケルさま、準備ができました」
- はい、ありがとう。
俺も中に入って、まずカエデさんが座ってる椅子の背もたれを崩し、ベッド状に直す。
リンちゃんが新たな大きい布をとりだしてそこに敷いた。
- カエデさん、少し持ち上げますね。
「え?、はい」
こんなときぐらいはお姫様抱っこでもいいだろう。
持ち上げてベッドに寝かせる。
- リンちゃん、お願い。
「はい。カエデさん、目を閉じてゆっくり息を吸って……吐いて……吸って……吐いて……タケルさま、麻痺しました。あたしはこのまま呼吸補助を続けます」
- 了解、ありがとう。
そうなんだよ、意識を失うほどの麻痺って、呼吸まで止まっちゃうので実はヤバいんだ。さらに深い麻痺だと内臓も止まっちゃう。つまり心臓まで止まる。なのでそのへんの微妙な加減が必要らしい。自発呼吸を残したままだと、ひどい痛みで覚醒することがあるんだってさ。それで呼吸は外から補助しなくちゃいけない。
元の世界だったら気道に届く管を挿入して呼吸を外から制御したりしてるよな、手術とかのときって。あれみたいなもん。魔法でやってるってだけで、やってることは同じっぽいよ。
さて、ここからが俺の仕事だ。
折れて変に繋がってる部分を、真っ直ぐに、徐々にずらしてゆく。骨の長さを調節、少しずつ少しずつ変形というか、繋がるときに変に膨らんだりしてる部分を削って使ったりするんだけどね。これがまた微妙なコントロールが必要で、んん、こんな感じかな、足首のとこの皹も埋めて……よし、ちょっと足首んとこ持って動かして……よし、ここの軟骨がもう少し、こうかな、この位置にして周囲の組織に回復魔法を……と。
これずっとソナーを断続的に使って位置とか確認しながらだから、結構大変。
それで風魔法で位置を支えて、周囲の組織に回復魔法で炎症や出血を取り除いて治すと固定されるんだ。
普通の怪我とちがって骨が絡むと実にめんどくさい。
すぐ内出血になるしさ。そりゃ外から切って開いてやってるんじゃないんだからそうなるのも仕方ないんだけどね。
改めて膝裏を支えて足首を持ち、動かしてみる。
うん、たぶんこれで大丈夫のはず。
医学とかさっぱりだけどね、回復魔法使ったりしてると正常な動きかどうかってのを自然と覚えるもんだね。
- 終わったよ、リンちゃんありがとう。
「はい、では麻痺状態を解除します……、終わりました」
- カエデさん?、お疲れさま。足、どうです?、カエデさん?
カエデさんに声をかけると数瞬、目を開けて瞬きを繰り返していたがはっと気付いたようだ。
「え!?、もう終わったんですか?、なんか一瞬だったような…」
- そりゃ麻痺してたんですから。
「あ、そうでした」
- 足、どうです?、床は固めてあるので素足でも大丈夫ですよ。
「へ?、はい。あ、え!?、あれ!?、傷跡もありませんけど…?」
両足の膝から下のとこズボン切っちゃったんで、何だっけ?、五分丈ズボン?、ステテコ?、何か違うかもしれないけどそんな格好だから驚いたのかな?、ブーツも脱がせてるし。あ、傷跡か。
- ああ、外側はついでにきれいにしておきましたけど、傷跡残ってたほうがよかったです?
「い、いえいえ、ありがとうございます」
- それで立ってみてどうです?、あ、ブーツどうぞ。
「あ、どうも。……全然、何ともないんですが、どういうことなんです?、これ」
- 一応、こちらが施術前で、こちらが施術後です。
羊皮紙しかないので見えにくいかもしれませんが、ここがさっきお見せした、折れて変に繋がって治りかけていた部分で、それがこうなってます。
足首の皹は、ここですね、うっすらと写ってますけど、それで治りかけていたせいで少し盛り上がっていて、この軟骨と小さい骨のところに負担がかかって炎症が起きてました。それも治してます。
「え?、はい、なるほど……、もう何に驚けばいいのかさっぱりわからなくなりましたが、全然痛くもなんともなくなりました。普通に動けそうです。ありがとうございます」
そう言ってカエデさんはぺこりとお辞儀をした。
俺は先に外にでて待つ。
ハルトさんたちは小屋の前のテーブルに座っていた。
ああ、リンちゃんがこっちに居るもんね、お茶がないね。俺もこっちだし。
カエデさんが着替え終わったと合図をされたのでまた中に入る。
リンちゃんが布を回収したのを見て、周囲の壁やベッドを解除した。
カエデさんを促してテーブルのほうに歩いて行った。
●○●○●○●
「待ってる間に食事の準備をしようって思ったのですけどね…」
サクラさんがそう言って困ったような済まなそうな表情をした。
- リンちゃんも僕もこっちに居ましたし、食器も何もないでしょう、準備しようがありませんよ。
そう笑って答えると、そうですよね、って皆も笑った。
リンちゃんがテーブルクロスを出して敷き、お皿を並べていく。
そして大皿にたくさん揚げた川魚の切り身が乗ったものを取り出して置く。
俺は竈の上の大鍋をよいしょっと持ってきて、深皿に注いでサクラさん――が近いから――に手渡していく。
あとはパンの乗った大皿を、あれ?、え?、燻製?、それ川魚だよね?、いつの間に!?
「揚げたての魚に燻製ですか?、これは。どちらもいい香りですね」
「贅沢な食事だな、そういえばダンジョンでも肉と柔らかいパンとスープだったが、タケル殿と一緒に居ると毎回こうなのか?」
「そうですよー」 「はい」
「このような食事に慣れてしまっては戻れなくなりそうだな」
「もう戻れませーん」
そういう話で笑っているのを聞きながら、皆の前にコップを置いて水差しから注いで回った。
カエデさんについてきていた、いや、カエデさんを連れてきた、が正しいかな、その3人の兵士さんたちももう待ちきれないような表情をしていた。
- では頂きましょう。頂きます。
いつもの儀式だね。
食事中、ハルトさんがカエデさんにも分かるように配慮したのか、サクラさんとネリさんに近況っていうかここに来るまでの話を尋ねて、まずネリさんが、次にサクラさんがと、順にティルラ国境に戻ってきてからの話をしていた。
それで乗り物の話になり、サクラさんが『試作品をネリが壊した』って話をしたり、罰として蟹股で長時間立たされていた話などをして場を沸かせていた。
罰は罰だけど、でも身体強化魔法の訓練にもなってたんだよ?、まぁいいけどさ。
それでデコピンの話になり、ネリさんが『タケルさんのデコピンは、身体強化して防御してるはずなのにめちゃくちゃ痛いんですよ!?、どうなってるんですかあれ!』って言ってまた笑いになってた。
まぁデコピンされたのネリさんだけだもんね。
痛いのはそりゃあ、ネリさんが身体強化してる魔力を感知して、こっちもそれに対応して強化するからに決まってるじゃないか。まぁそんな種明かしなんてしないけどさ。
●○●○●○●
あとでリンちゃんに聞いたんだけど、生簀の魚がときどき居なくなってたのは、逃げたとか、俺が全部取っていたんじゃなくて、リンちゃんが回収して森の家にもってってたんだってさ。
そんで燻製加工されて、また受け取りに行ったらしい。
いつの間にやってたんだそんなこと。
羊皮紙の補充もしてくれてたみたいだし、食後のデザートやパン、お茶請けのお菓子なども補充したりしてたんだってさ。
転移魔法、便利だなぁ、ちょっと真面目にできるようになろうかなぁ…。
俺もできるけど、今のままのでは周囲が危険だからダメだって禁止されてるんだよね…。
そういえば前々から疑問に思ってたんだけど、訊いてみたらリンちゃんの背中のリュックとエプロンドレスの前ポケットって繋がってんのな。
それと俺のポーチも繋がってるらしい。
道理で俺の着替えとか、『あれ?、いつ渡したんだっけ?』ってモノがリンちゃんのほうから出てくるわけだよ…。
まぁ便利だからそれはそれでいいかー…。





