2ー039 ~ 勇者カエデ2
「おお、勇者よ、しんでしまうとは情けない…」
これで何度目だろうか。
このセリフも聞き飽きた。
死ぬたびに100ゴールドもらっている。
使ってるのは行きに串焼肉を2本買う6ゴールドだけだ。
金貨を数えたら1009枚だった。
宿には無事に戻ったときに10ゴールド支払っている。
そう、10回も死んだのね。
惰性で戦いに行っていたけど、改めて回数を知ってしまったらどっと気が滅入ってきた…。
しばらく動きたくない…。
毎日ダンジョンにも行かず、宿で出されるスープと固すぎるパンを食べ、寝て暮らした。
気力が湧かない。どうせお金が無くなったらダンジョンで死ねばいいんだと思った。
なんだか部屋の外が騒がしい。扉がガチャっと音がした。カギ!?、扉が開いた。
と思ったらお父さん!?
- ど、どうしてここに…!?
「お前の事が気懸かりでな」
ベッドから起き上がり、思いっきり抱きついた。涙が溢れた。
助けに来てくれたんだ!、ありがとう!
「お、おい…」
- おどうざん…おどうじゃん…あでぃがどう…あぁぁぁ、ひぃぃん、ぐずっ…ふぅぅ…
「……おい、店主、こんなになるまで放っておいたのか。いくら勇者にあまり関わるなと言われているからといっても、話をするのを禁じている訳ではないんだぞ?、助言なり何なりあるだろうに……」
お父さんは店主にそう言いながら、あたしの背中や頭を、あやすように軽く撫で続けててくれていた。
●○●○●○●
「そろそろ落ち着いたか?」
- うん。
「窓、開けていいか?」
- うん。
お父さんは窓際に近づき、掛け金を外して窓を開け、つっかえ棒を取り付けた。
そして窓から少し離れ、あたしが座っている寝台の前に片膝をついてしゃがんだ。
「どうだ?、まだ俺がお前のお父さんに見えるか?」
- え!?
よく見ると彼の額や頬には傷跡があった。お父さんにはそんなものはないし、ここまで筋肉が発達していない。
髪型と声が似ているだけの別人だった。恥ずかしかった。彼の胸元はあたしの涙や鼻水でまだ濡れていた。顔がかーっと熱くなった。耳もだ。
- あっ!、ご、ごめんなさい。髪型と声が似ていたので…。
「そうか、光栄なことだ、と言っておこう。
改めて、俺は勇者番号9番、オオミヤ=ハルトと言う。
名前を聞いても良いか?」
- はい…、シノハラ、カエデ、です。
「そうか、いい名前だ。
カエデ、お前の勇者番号はこの部屋の番号と同じ、10番だ。
覚えておくといい」
本当にお父さんと声がそっくりだ。太くてしっかりとしたトーン。優しい声。怒鳴ると怖いけど、普段はこれそのままの声だった。また涙が滲んできた。
- はい…。
「俺も勇者だから、この宿の者たちとは違う。
頼ってくれていい。
今は俺も少し余裕がある。
だからしばらくはカエデ、お前の面倒を見ようと思って来た。
どうする?、嫌なら俺は行く」
- お願いします!、いっぱい死にました!、もう何をすればいいのかわからないんです!、ゴブリンが怖いです!、夢でも殺されるんです!、お願いします!
「お、おい落ち着け、な、頼むから落ち着いてくれ、し、深呼吸しよう、な?」
- ふぅ、すー、ふぅ、すー、ふぅ、済みませんでした…。
「つらかったのはわかった。でも俺にできることは、お前を守ることではなく、お前を鍛えることしかできん。カエデ、それでもいいか?」
- 強く…、なれるんですか?
「なれる。これは断言できる。勇者は成長が早い。だからカエデ、お前も強くなる」
それは根拠と言えるのかどうかわからなかったが、その時のあたしには何よりも力強く、そして心に深く大きく響いた声と言葉だった。
●○●○●○●
それから28年経つ。その間に2度死んだが、
『おお、勇者カエデよ、しんでしまうとは情けない…』
名前を名乗ってからはこう言われるようになった。
前々回死んだときに、他に言う事は無いんですか!?、と大声で言ったら『申し訳ありませんが規則ですので…』と済まなそうに言われた。
それでこちらも大声で怒鳴ってすみませんと言ってから少し会話ができた。
何だ、話せるんじゃない、ってつい言ったら、あたしが話しかけにくい雰囲気だったのと、規則であまり勇者に頼られてはならないことになっているから、何も言えなかったのだそうだ。
それで名前を教えてもらい、こちらも伝えた。テレスさんと言うらしい。
そのテレスさんは20年前に引退され、そのあと私の担当になったのがテレスさんの娘、テレアさんだ。
でも1度しか会っていない。
勇者は老化がかなり遅く、長生きするんだとハルトさんから教わった。
私の面倒を見始めたころ、『こっちにきて70年位になる』と言われて驚いたものだ。
それからはずっとハルトさんに付いてまわっている。
『ハルト師匠』、『ハルト先生』と呼ぶと嫌がられたので、結局『ハルトさん』に落ち着いた。
彼には本当に何から何まで教わり、今日勇者としてやって行けてるのも彼のおかげだ。
ゴブリンではなく小鬼だという事も、倒したあと少し時間をおくと角がぽろっと取れることも、1つ5ゴールドで買い取ってもらえる事も教わった。
『ゴブリン?、何だそれは?、丸刈りのことか?』と言われて笑った覚えもある。
あとは金貨だと思っていたのは銅貨だったこと。
ハルトさんは財布から取り出して、『これが金貨、こっちが銀貨、そしてそれは銅貨だ』と苦笑いをして教えてくれた。
持たせてもらったが、重さも大きさも全然違った。これも恥ずかしかった思い出だ。
ランプは支給されたときには油が入っていないこと。
油は雑貨屋で購入するか、兵士の詰所で補充ができること。
火は雑貨屋で着火の魔道具を買ったほうがいいということ。
着火の魔道具は魔石がつけられていて、10回ほどで使えなくなるので補充用の魔石を用意しておくこと。
これもすぐに教わったことだった。
ハルトさんが渋い顔で『こんなことすら教わって居なかったのか』と嘆いていた。
一番ショックだったのは、自分ではこの世界に来てから1ヶ月ほどのつもりだったが2年も経っていたことだ。
死に戻って目覚めるまでには程度によって時間がかかるそうだ。
ひどい場合、最長7年もかかることがあるらしい、それを聞いたときはぞっとした。
剣を回収したとき、ところどころ錆びていたのはそのせいだとわかった。
そりゃ10回も死に戻ったのだから、それだけ時間がかかったということだろう。
むしろ短いほうだったかもしれない。
他にも、剣の手入れや防具の手入れ、剣の訓練は毎日行うこと、できるだけ清潔に保つこと。等々。
お父さんではなかったが、まるでお父さんのような気がして、そのせいか、今でも子ども扱いされることも多い。
それはそれで構わないと思っているが、やはり他人の前だと照れ臭くなる。
●○●○●○●
ひと月近く前になるが、ティルラ国境を担当している2人の勇者が相次いで倒れてしまい、ハルトさんがそのフォローをする事になった。
ハムラーデル東防衛地を担当する私としては、ハルトさんがこちら側に居ない間、彼が安心して向こうに赴けるようにと、いつもより張り切って戦っていた。
それで気負いすぎたのか、脚をやられてしまい、幸い死ぬことはなかったが、戦線離脱を余儀なくされてしまった。
情けない、ハルトさんへの負担が増えてしまったではないかと悔やんでも仕方がない。
この世界には魔法があり、従軍司祭が回復魔法を毎日掛けてくれるため、元の世界での完治までの期間にくらべて早く治ることが、まだ幸いな点だろうか。
ハルトさんはハムラーデル側に居る間、2・3日に一度は西防衛地からこちらのほうにやってきては、戦線を押し上げ、私に『世話をしてくれる方々の言うことをよくきいて、大人しくしているように』と、同じことをいつも言ってから西防衛地に戻って行った。
そんな時、ハルトさんが魔物の頻度が減っていることが気懸かりだと言って、斥候隊を率いて調査にでた。
極端に減っていたらしい、それでもう少し斥候の足を伸ばそうという話がでたときに、ティルラ国境防衛をしている金狼団から連絡隊がやってきた。
漏れ聞こえた内容ですら驚くべきもので、今年こちらに転移した1年未満の勇者が地図を作り、魔物を駆逐しつづけているそうだ。
私もその地図の写しを見せてもらったが、私達ですら掴めていない、防衛ラインの内側の全域が描かれていた。
それでハルトさんが調査隊を率い、地図に記された彼らの拠点まで赴くことになった。
夕刻には調査隊は帰還したが、ハルトさんは向こうに残ったようだ。
これが一昨日のことだ。
昨日には戻るかと思ったのに、ひとりで向こうに残るなんてどういうことなんだろう、そう思ったので、今朝、斥候隊から3人を連れて、4人で馬にのって向かった。
早朝に出て、昼前には着くかと思ったが、私の脚のことを気遣ってくれたのだろうか、昼を少し過ぎてしまった。
川には橋が架かっていたが、こんなものをどうやって魔物の地域に建設したのだろうか?
恐ろしいことに普通なら橋には継ぎ目があるものだが、それがない。欄干もないが、足元には芸が細かいことに滑り止めの横線が引かれていた。
もしかしたらこの横線で継ぎ目が巧く隠されているのかもしれない。
その橋を渡り、小屋の前にはハルトさんを先頭に5名が並んでいた。
サクラさんやネリの姿もある。件の勇者はあの青年だろうか?、それとも鎧の少女かメイド服、なのか?、の少女だろうか?
馬をとめ、斥候隊の兵士に手伝ってもらって降りた。
ひょこひょこ歩くのは辛いが、ハルトさんの前に近づいて挨拶をした。
「大人しくしてろと言ったのに、そんな状態でどうして来たのだ?」
ああ、やっぱり言われた。でもあまり怒ってないようで安心した。
- 昨日戻られると思っていたのに、戻られないので心配になってやってきました。
「しょうがないやつだな。タケル殿、こちらがカエデだ。…カエデ」
タケル『殿』?、ハルトさんが敬称を?
- はっはい!、勇者番号10番、シノハラ=カエデです!
「勇者番号4番、ナカヤマ=タケルです。
カエデさん、まずその脚を診てもいいですか?」
え?、いきなり?、どういう人なの!?
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作者注釈:
ハルトがこの世界に来たのは西暦1920年です。
『ゴブリン』というのはヨーロッパの民間伝承によるもので、近世には絵画やファンタジー作品に登場していたらしいのですが、残念ながら彼にその機会は無かったようです。
日本に入って来ていなかったかもしれません。
J・R・R・トールキンが児童文学を発表したのは1937年辺り。
マーク・トウェイン作『トムソーヤーの冒険』や『海底二万哩』は知っているようですが、ジョージ・マクドナルドの作品とは出会わなかったようです。





