2ー038 ~ 勇者カエデ
何かのドッキリに巻き込まれたんだと思った。
やけに手が込んでいる。
でもひとが寝てる間に勝手に着替えをするのはどうかと思った。
修学旅行で京都のホテルに泊まっていたはずなんだから、こんな木造の板の上に寝かせるなんて酷いと思った。
クラスの他の子たちはどこに連れて行かれたんだろう?
どうせあの出席日数ぎりぎりであれこれ免除されてるアイドル予備軍の子のせいで、同じクラスってだけで全員が巻き込まれたんだと思っていた。
内心、不満だらけのまま、ストーリーが進行すればそのうち終わるんでしょ、なんて思っていた。
あーはいはい100ゴールドね、剣と胸当てね。あと袋には着替えと皮の水筒?
割り当てられた部屋に戻って剣を確認してみた。
え?、これホントに切れそうなんだけど、大丈夫なのかな…?
部屋の中をきょろきょろと見回してみた。窓が開けっ放しだ。
ははーん、どこからかカメラが見てるんでしょ。
でもわざわざそれを探すなんてことをしたら放送に使ってもらえないかも。
だからカメラなんかには気付かないフリをしなくちゃ。
でも胸当てってこれどうやって着けるの?、それもクエストなのかな。
部屋を出て階段を下りて1階にはあたしを領主代行――ぷっ、代行だって。領主でいいじゃないの。変なの。――のところに連れて行ってくれた兵士さんたちがいたので着け方をきいてみた。案外親切に教えてくれた。剣のひももちゃんと腰に巻いてもらい、これで冒険者っぽい姿になったんだと思う。
どこに行けばいいのかもきけば教えてくれた。
『勇者の宿』――ぷっ、なんて安直なネーミングよ――を出て東へ向かう途中に乗合馬車の停留所があるからそれに乗れば『東の森のダンジョン村』――安直すぎ――まで行けるんだって。
もしかしたらクラスのみんなもそこに集まってるかもしれない。
停留所には馬車がいた。市バスのようなもんだろうと思って乗ろうとしたら止められた、勇者だって言ったら鑑札を見せろって言われた。もらってないって言うとそこの門の所に『勇者隊』の詰所があるからそこでもらえばいいらしい。宿でくれればいいのに、不親切だわ、とかぶつぶつ言いながら詰所へ行き、鑑札をもらってまた停留所に戻った。
今度は鑑札を見せて乗ることができた。
ガタゴトとすごくゆれてクッションもなくお尻が痛くなった馬車が止まり、東の森のダンジョン村とやらに着いたが、ちょっと遠いんじゃないかな、地形の都合とかあるのかもしれないけど、だったらもうちょっと乗り心地のいいのを用意すべきじゃない?
などと思いつつクラスの誰かが居ないかと見回したけど、誰も見当たらない。
もしかしてダンジョンの中に居るのかな?
と思って、馬車を降りたところにいた御者の人にきいてみたが、『クラス?、何だそりゃ、ダンジョンならあっちだよ?』と指差すので、そういうのは禁句なのかな、なんて考えながら指差された方角へ歩いていった。
すぐに分かった。小山のように土が盛り上がってところどころ岩が見える。周囲は森。木で雑にふさがれた入り口に扉がついていて、近くに兵士のひとが座っていた。
普通、カメラ映えするように立ってるもんじゃないの?、と、首を傾げながら近づき、鑑札を見せると中に入れてくれた。
『気をつけてな』
なんて声をかけられたけど、まぁそれぐらい定番よね。
中はすごく薄暗かった。演出にしてももうちょっと明るくないと映らないんじゃない?、赤外線かな?、そういえば袋のなかにランプみたいなのがあったけど、どうやって点ければいいのかわからない。
しばらく壁を手探りで進んでいくと、だんだんと目が慣れてきて、見えるようになってきた。さっきは外から入ってすぐだったから見えなかったのかも。
最初の小部屋、通路が少し膨らんだような場所。そこには何も居なかった。
クラスのみんなも居ないし。
『ねぇ、隠れてないででてきてよ…』なんて言ったかもしれない。
そしてそのまま進んだ。
進めばそのうち誰かに会えるだろうなんて思ってた。
結構歩いたつもりで、壁伝いだから時間もかかったと思う。
2つ目の膨らんだ小部屋に、何かが居た。
こういう時ってスライムじゃないの?、ゴブリン?、なんだかすごく臭い。
もうイヤ。って思ったら向こうもこちらを見つけたらしい、真っ直ぐ走ってきた。
何かギャッギャとか言ってたけど恐怖で動けなかった。
そして白い曲がった棒で殴られて気を失った。
●○●○●○●
「おお、勇者よ、しんでしまうとは情けない…」
目を開けたらすぐに横からそんなことを言われた。何それ?、酷くない?
そして袋と剣とお金の入った袋を渡された。
受け取ると、兵士のおばちゃんはすぐに出て行った。
確か、ゴブリンに殴られたよね?、でも身体は何とも無かった。
夢だったにしてはリアルすぎる。ちゃんと覚えてるし。
1階に下りて胸当てをもらってないんですが、って言ったら胸当ては最初だけなんだそうだ。ってことはやっぱり死んだの?、あたし。
でも今生きてるよね?
わけがわからないまま、同じようにまたダンジョンに向かった。
怖かったけどそうするしかないと思い込んでしまってた。
今度は目が慣れるまで入ってすぐは少し目を閉じて立っていた。
目を開けて、剣を抜いて持ち、それで歩いていった。
2つ目の小部屋の入り口に、剣や袋、それと胸当てと服が落ちていた。
もしかしてさっきのあたしの装備?、そう思って急いでそれを拾って走って戻った。
こんなに持ったままじゃ荷物になると思い、いちど戻ることにした。
宿に戻ると10ゴールドだって言われた。どうして?、あたしの部屋じゃないの?、と思ったけど、宿の人は同じことしか言わないし、文句を言っても同じことしか言わない。
仕方が無いので10ゴールド支払った。
部屋にもどって荷物を確認した。2本の剣、袋が2つ、お財布の小さい皮袋が2つ。
中身を出してみる。着替えが上下3枚ずつ、金貨が190枚、金属製のランプっぽいものが2つ、皮の水筒っぽいものが2つ、勇者の鑑札。
おなかがすいてきた。
でも今日はもう疲れた。幸い、暑くも寒くも無い気温だから、寝台といっても板のままだけれど、そこで袋につめた着替えを枕にして少し眠ることにした。
もうひとつを抱きしめて。
喉が渇いて起きた。真っ暗だった。
薄く物が見えるのは窓があけっぱなしで外から月の光が差し込んでいるからだろう。
枕元においたままの皮水筒から水を飲んでみる。臭い。おいしくない。でもこれしかない。コップもない。悲しくなった。涙がでてきた。
しばらく泣いた。
月でも見ればましになるかと、窓のほうに行って外を見上げてみた。
月が小さい。2つあった。どういうこと?
おなかがすいた。美味しくない水を飲んで横になった。
眠って起きたら京都のホテルで目覚めるだろう、なんて思いながら目を閉じていた。
起きた。やっぱり戻ってなかった。
目をこする。目の周りがゴミだらけだった。違う、眠りながら泣いてたんだろう。
顔を洗いたい。
1階で洗面所はどこかときいたがわからないといわれた。水が使える場所はどこですかと言いなおしたら裏口を出たところに井戸があると言う。
仕方なく行ってみた。井戸があった。ポンプがついていない。使い方がわからない。
戻って井戸の使い方を教えて欲しいと言ったら兵士のひとが来た。
店の人や兵士のおばちゃんと違って、優しく教えてくれて、『つらいだろうが頑張れよ』と言ってくれた。また涙が出た。兵士のおじさんは慌てて走って行ってしまった。
冷たいと思う。
顔を洗っても拭くものが無い。袖やシャツの裾で拭いた。
部屋に戻って着替えた。
しばらくぼーっとしていた。
勇者の仕事って何だろう、魔王を倒せと言われたんだった。どうやって?、無理でしょう。こんなに弱い私がどうやって強くなるんだろう?、ダンジョンに行ってゴブリンを倒すと強くなるのかな?
何となくそれしかないように思えた。
ダンジョンに行くしかない。
また死んだら回収しなくちゃいけないので胸当てと剣を装備しただけで、ズボンのポケットに鑑札を入れて出た。
東の森のダンジョン村に着き、ダンジョンまでの途中に屋台が出ていた。
串に挿した肉を焼いている匂いで空腹を思い出した。
店のおじさんに1本くださいと言ったら、1本3ゴールドだって言われた。
しまった、お金もってきてない。
財布を忘れたと言って店を離れた。悲しい。
ダンジョンに入り、目が慣れるまで待ち、剣を抜いて持ち、進んで行った。
最初の小部屋には居なかったのに、1匹居た。
向こうを向いていた、これなら倒せるかもしれない。
走って近づき剣を上から振り下ろせばいい。
「ぃやぁぁ!」って気合いをつけて走りながら剣を上に構えて、振り下ろしたが気付かれてぎりぎり避けられた。
剣を構えて突っ込む途中、白い棒が降って来て首筋に衝撃が……
●○●○●○●
「おお、勇者よ、しんでしまうとは情けない…」
死んだらしい。
呆けている間に袋と剣を置いて、兵士のおばちゃんは出て行った。
哀れむような目つきだったような気がした。
だったら何か……
だったらどうだと言うの?
宿の人は『一泊10ゴールドです』しか言わない。
兵士のおばちゃんは『しんでしまうとは情けない』と言って剣と袋を置いていく。
それだけの存在だ。
今度は水筒に井戸水を入れて剣のベルトにくくり付け、3ゴールドだけを持ってでた。
東の森のダンジョン村で串焼肉を買って食べた。涙がでるほど美味しく感じた。
店のおじさんに『どうした、嬢ちゃん』と言われて、お肉が美味しいんです、って泣き顔で言ったらもう1本くれた。いい人だった。
次は2本分ちゃんとお金を持ってこようと思った。
ダンジョンに入り、目を慣らしてから剣を抜いてゆっくり進んだ。
最初の小部屋には剣と鞘と胸当てが落ちていた。服がない。
落ちている剣を鞘に入れようとして少し錆びていることに気がついた。
そんなすぐに錆びるのか、消耗品だから毎回もらえるんだろうか?
少しだけそんなことを思ったが、あの臭くて憎たらしいゴブリンが来るかもしれない。
急いで胸当てをつけた。
奥の通路のところまで壁の近くを歩いた。あまり壁際すぎると白っぽい石がごろごろしていて歩きにくいから自然とそうなった。
通路を覗いてみたが何もいないようだ。進むことにした。
曲がった通路の向こうから何か音がした。
息を潜めて通路の壁に寄った。
何かが来る。ゴブリンかな?
今度こそ倒してやる、と思った。
まずは倒せば道が開けるんだと。
2匹が歩いてくるのが見えた!
向こうもこちらを見たようだ、何か叫んでる!
どうしよう!?、逃げ、もう遅い。やるしかない!
両手に1本ずつ剣がある、振り回せばいいだけだ!
片方のゴブリンが先に目の前にきた!、タイミングが合ったのか、右手で振った剣がちょうどゴブリンのお腹を斬った!、やった!
そのゴブリンが前かがみになった瞬間!、目の前に白い石が!
●○●○●○●
「おお、勇者よ、しんでしまうとは情けない…」
死んだらしい。
やっぱり2匹は無理だった。でも1匹は倒したんじゃないかなと思う。
あたしは勇者だ。死んでも生き返るんだ。
何度でもやってやる。どうせ帰れないんだ。
さっきの戦いで、剣が両手に1本ずつあっても、うまく振れないことがわかった。
なら、錆びた剣は投げてもいいかもしれない。
今度は6ゴールド持って行った。
………
また死んだ。
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作者注釈:
この世界の月は2つじゃありません。もっとあります。
カエデが見た夜はたまたま2つが見えていただけです。
『勇者隊』は勇者が依存する存在になってはならないという規則があります。
兵士のおじさんが逃げてしまったのはそのせいです。
あと、カエデはいろいろと勘違いしていることがあります。





