2ー037 ~ 水上魔法
翌日。
ハルトさんは昨夜遅くまでせっせとメルさんのテキストを写本してたようだ。
俺が羊皮紙を渡したんだけどね、もうあと10枚ないわ、まずいな。
だいぶ前に焼いた、潰したダンジョンの地図なんかは消して再利用できればなんとか…。
でも消せるのかな、なんか削ったりできるみたいだけどさ。インクで書いたんじゃなくて魔法で焼き付けてるしなぁ…、一応裏までは通ってないけどさ。
表面を削るって魔法でどうやりゃいいんだろう?
困った時のリンちゃん頼みで調達してもらうか……。
予定通り今日は中央東6のダンジョンを攻略だ。ハルトさんも付いて来た。
途中いろいろハルトさんが驚いたりなんやかんやあったけど、皆が通ってきた道だから説明とか全部丸投げした。
で、ペースは変わらず少し時間がかかったのは、層の数は4で同じだけど1~3層が分岐も部屋数も多く、魔物の数もそれまでより多かったからだ。
分岐のときの処理はいつもと同じ。俺ひとりで走ってって、行き止まりまで処理して埋めながら戻ってくる。本筋のほうに近いようなところは埋めずに帰りにする。これも同じ。
それで分岐に戻って追いかけて合流したら小休止でお茶にする。これも同じ。
ハルトさんは1層ではずっと見学してたらしいけど、2層からは戦闘に参加するようになったようだ。
昨日の魔力訓練と夜中のテキスト写本をしただけなのに、かなり魔力を効率的に使えるようになってた、ってリンちゃんがこっそり教えてくれた。
そりゃね、戦歴が違いすぎるよ。メルさんもすごいって褒めてたようだし。
同じように魔法の武器を使う者同士だからそういうのに敏感なのかもしれないね。
ところで魔物が多かったって話だけど、ダンジョンから出てくる魔物って、ダンジョンの規模に関係があるのは大型が出てくるかどうかってぐらいで、出てくる数はそれほど違いがないんだよね、なんでだろう?
とか考えてもしょうがないのでいつものように心のメモに、あ、メモ帳のこと忘れてたなー、新拠点いかないとなぁ、マジで羊皮紙なんとかしないと。
リンちゃんがもってる羊皮紙って上質っていうか高級品っていうか、なめらかなんだよね、地図を焼くなんてしょっちゅうだから使い捨てみたいな感じだし、そんなのに使うのって何だかもったいないような気もするんだよね…。
そんなこんなで毎度のように4層(最下層)手前の部屋に小屋を作って夕食の準備とお風呂タイムだ。
お風呂についてもハルトさんがものすごく喜んでたけど、これも皆と同じ。
『うんうん、やっぱ日本人はお風呂だよね~』とかネリさんが言ってたけど、『お前は日本人には見えないんだがな』とハルトさんに突っ込まれてた。
『国籍も育ちも日本人なんです!』って言い返してたけどね。
それでお風呂から出て食事のあと。
「俺がこの世界に来たのは西暦で言うと1920年だったんだが、ネリやタケル殿の時代は相当そこからの変化があるんだろうな」
ハルトさんが風呂でいろいろ思い起こすことがあったんだろう、まぁ、実はこっそり石鹸とかシャンプーとか光の精霊さん産のものを置いてるからね。
桶や椅子なんかは土魔法で作ったものだけどさ。だから重いんだよ、手桶とか。身体強化必須だね。
あ、シャワーは付けて無いよ。あれは森の家だけ。あっちは近代的どころか未来的なお風呂設備。
「そうですね、ハルトさんに以前少し話しましたが、私は戦後の高度成長期にこの世界に来ましたので、あのまま進歩しつづけたのか少し気になりますね。先日二人から携帯電話の話を聞いて驚きましたし…」
「電話なら俺の時代にもあったぞ?、サクラの時代にはそれが各家庭にあると聞いたが、携帯、ということは持ち運べるようになってるのか!?」
「持ち運べるというか、こんな大きさですよ、それでだいたい国民のほとんどがもってますし、世界中つながってます」
「え!?」 「なんと!?」
「でも営み自体はそれほど変わってないんじゃないかな、って思いますよ?」
「ほう?、しかしサクラにも交通機関の話を聞いたがそういった身の回りの物品が進歩したのなら…」
「それでも人間は、起きて食べて働いてまた眠るのは同じでしょう?、この世界だって魔物が居たり魔法があったりしますけど、街や村の人たちの営みって基本的には変わらないですよ」
「達観的だな…、しかし分からん話でもない。明治維新が起きたからといって市井の民の営みが根本的に変化したわけでもないしな…、政体が変わろうが多少生活に影響があろうが、やってることは同じようなもん、か…、確かにそうかもしれん」
「そこはそうですけれど、その身の回りの物の進歩についての話では?、なんだか話が変わってしまったような…」
「あ、そうでした、ごめんなさい」
「いや、いいさ。他にはどういうものがある?、鉄道や航空機については以前サクラたちからも少しずつ聞いたが、うん、そうだな、料理なんかはどうだ?」
「うちの家は電気調理器具でしたね、それで電子レンジというものがあって……」
ネリさんそれたぶん、電『磁』調理器具。
俺はあまり話さずにネリさんとサクラさんに任せてた。
メルさんは3人の話を興味深そうに、ときどき小首をかしげたり頷いたりしながら聞いていたようだ。
俺は食後のお片づけや、いつもやってるハニワ兵を作ったりしてた。
それで眠る前にハルトさんが、『外のでかいハニワは何だ?』って訊かれたけどね。
光の精霊さんの技術です、って言ったら、『あの乗り物もそういうことなのだな』ってすごいねこのひと。長生きしてるだけはあるよね。さすがというか察しがいいというかさ。
それでちょっと土魔法の練成について質問されたけど、俺じゃほんと伝えられないんだよね…。隣で実演してくれれば、そこはこういう感じで、とか言えるんだど。
そんでハルトさんがメルさんのテキストを持ってきて、ここの意味は…、とか、詠唱のこの部分は…、とか訊かれて困ったよ。リンちゃんにメルさんを呼んできてもらって何とかなったけどさ。
俺もそのテキスト読んで勉強すべき?
●○●○●○●
4層。やっぱり構造がほぼ同じ。でも左右の小部屋が2つずつになってた。
前みたいに警告だされて全部が動いちゃたまんないので、中ボスっぽいトカゲは先にたおしてしまうことにした。
2部屋あるので、俺とネリさんとメルさん、リンちゃんとハルトさんとサクラさん、の2チームに分かれてそれぞれ同時に対処するようにして、俺とリンちゃんは中ボスっぽいの優先で狙って倒す方針だ。
前衛担当のそれぞれの2人は、射線が通るようにすることと、後衛に魔物が来ないようにするのがお仕事。
という大雑把な作戦だけど、それで何とかなった。
左右あるので片方ずつ、念のために2部屋ごと音遮断結界を上のほう重点的にぶいっと張ってみた。
もしそういう大きめの魔法が気付かれたら厄介だなってびくびくしながらだったけど、気付かれた様子はなくてほっとした。
あ、ボスの竜族だけどさ、ハルトさんに尋ねてみたところ、彼自身が見たわけじゃないけれど、ヨーダさんが砂漠の塔にその竜族らしき羽がついてるトカゲが居るのを見たらしい。
あとは噂で聞いたということだけど、炎の洞窟やトルイザン連合王国のダンジョン、ガイネシア群島、などにも居るとかなんとか。
竜族って言ったら驚いてたよ。トカゲの上位魔物、って認識だったんだってさ。
それはそれでだいたい合ってると思うけど。
で、この層の竜族は、気付かれていないなら遠くから余裕で首をさくっと、のはずだったんだけど、いや、倒せたのは倒せたよ?、一撃で。
しかし音で気付かれたのかな、完全に切断コースだったのに、微妙にずれて当たってた。
だから切断じゃなくて少し皮と肉を残して繋がってるだけの死体ができた。
倒せたのはいいけど、この先同じ方法だと、もしかしたら避けるような個体が居るかもしれない。この先も天井がなくて上から攻撃できるとは限らないし。
え?、たまたま動いただけだろ、って?、そうだといいんだけどね…。
●○●○●○●
そしていつものように埋めながら出る。ハルトさんが驚くのも皆と同じ。
俺がそういう作業をしてる後ろでは魔法談義や戦闘談義をしてるのもいつもと同じ。
そして外にでて、少し多めに土を盛っておしまい。
そんでリンちゃんがリュックから『スパイダー』を出して、乗り込んで川小屋に帰る。
帰りにサンルーフから半身を乗り出して魔物を探して倒して回収するのも同じ。
でももうほとんど見つからない。これも最近は同じ。
しかしなぁ、毎度の事だけど崩したダンジョン、地表に影響ないんだよね。
入り口近くの十数mぐらいは影響ある。崩すと地表も陥没してる。
でもそこから先は影響がない。
以前、池の壁と勘違いした箇所、地下水脈の横だったけど、あそこは影響あったよね。
内部で外に影響のあったのってそれぐらいなんだよねー…。
そういうもんだと思うしかないんだけどさ、どうせ考えてもわかんないし。
そんなこんなで川小屋に着いた。今朝少し早めに4層の攻略を始めたので昼までまだ2時間ぐらいある。
することは訓練だけじゃなく木札のことやら、食料にできる魔物を捌いたりと、いろいろあるのでそれはいいんだけどね、今回はちょっとね。
「ところでハルトさん、あまり留守にしているとカエデが怒りませんか?」
おっと、その話をする前にちょうどサクラさんがハルトさんに声をかけてた。
ちょっと様子をみよう。
「大丈夫だ、彼奴は怪我で療養中だからな」
「「え!?」」
ああ、それでここしばらくカエデさんらしき人物が――内包する魔力が高いひとはわかるんだって前に言ったよね――ハムラーデル国境の東側防衛拠点から移動してなかったのか。
「怪我したんですか?、容態は?」
「従軍司祭は骨折だと言っておった。俺の負担を減らそうと気負って無理をしてしまったらしい」
「そうですか、カエデらしいと言えばらしいですね」
へー、生真面目な人なんだな、カエデさんって。
まぁ今まで出会った勇者はみんな真面目でいい人ばかりだけどさ。
そういやここに全部揃ってるな。ははは。
「それでハルトさんの負担が増えてるんだから世話無いわね」
「ネーリー?、元はと言えば私やネリが倒れたせいですよ」
「そうでした。失言でした、ごめんなさい」
余計なことも言ったりするけど、基本的には素直なネリさん。
そろそろいいかな、伝えておかなくちゃね。
「カエデもだがネリ、どうしてお前たちはそう仲が良くないのだ?、俺から見れば年も近いし境遇も似ているところがあるように思うのだが…?」
「うーん、何でかなぁ…、自分でもよくわかりません!」
「あのなぁ…、」
- お話の途中すみませんが、そのカエデさんってひとがハムラーデル側のもう一人の勇者ですか?
「ああ、そうだが?」
- それらしき人物が、おそらく馬に乗って、4人でこちらに向かってますよ。
「何!?、大人しくしてろと言ったのに…、で、どこにいる!?」
椅子から立ち上がって南の方を見るハルトさん。
- まだ30kmほど先ですので見えませんよ。あのペースだとお昼を少し過ぎた頃に到着、でしょうか。
「そうか、しかし凄まじいなタケル殿の魔力感知は…、地図のことからするとそれぐらいの距離は大したことではないのだろうが…」
座りなおしてお茶を口にしてる。
しかしどうしてネリさんが自慢げな表情をしてるんだろう?
- 常に集中しているわけではないので、いつもそんな遠くが見えているわけじゃないんですよ。いつも見えているのはせいぜい100mほどです。30kmともなるとこちらから信号を発してその反射信号から読み取らなくてはなりませんから。
「それは俺でも魔力感知を鍛えてゆけばできるようになるのか?」
- いえ、これは皆さんにも言っていることなんですが、近距離、そうですね数十から数百mぐらいならメルさんの教本にある方法でできるようになれます。
しかし僕のやっている広範囲のものは、どうもうまく説明ができなくて、お伝えすることができないんですよ。すみません。
「いや、それだけの距離でもわかることができるのなら充分だ」
「それ、皆同じこと言ってたんですよ?、ハルトさん」
「おお?、そうか、ははは」
- それで、食事ですけれど、カエデさんたちはお昼まだのまま到着することになりますよね?、だったらもう到着を待ってからでもいいかなと思うんですが、どうですか?
「そうですね、少しぐらい遅くなっても私は構いません」
「そうだな、そうしてくれるか?」
ネリさんだけお腹すいたのになーみたいな顔してるけど。
- 何か食べたいものってあります?、カエデさんの好物でもいいんですが、できるものであればの話ですが。
「そうだな、ここで会った最初に食べた魚が旨かったな。できればまた食べたい」
- では魚とってきますね。そこの川で採れるんで。
「もしかして釣りができるのか?」
おおっと、釣りがご趣味ですか、でも残念ながら。
- いいえ、もっと原始的です。
「どういうことだ?」
「タケルさんの魚採りは面白いんですよ、誰も真似できないでしょうけど。ふふふ」
面白いってね、サクラさん…。
「あれを原始的って言うのはどうかと思うよ?」
やってることは格子状に障壁を編んで、下流側から斜めに設置しておいて、そんで俺は上流側から魚を追い立てて川岸に土魔法でつくった生簀に誘導してるだけなんだけどね。
水の上を走ってるってことを除けば普通の漁と原理は同じ。
でも説明しづらいので実際に見てもらうほうが早い。
そんでもってやってることが感知できるなら魔力感知のレベルが訓練で上がってるってことだし。だからまだ誰にも説明なんてしてない。
●○●○●○●
「おいおい、水の上って走れるのか?、どうなってる?」
「そういう魔法だそうですよ?」
「最初すっごく面白かったんですよ?、転びまくってて、あはは」
む、聞こえたぞ?、よーし、そう言うならやってもらおうじゃないか。
- 何ならやってみます?、もう魚は充分でしょうし、魔法掛ければしばらくなら水の上を走れますよ?
「はい!、はーい!、やってみたいですタケルさん!」
「お、俺も構わないか?、貴重な体験ができそうだ」
おお、釣れた。
- 了解。サクラさんはどうします?
「わ、私ですか?、いえ、やめておきます、ここで見てることにするわ」
- そうですか。んじゃお二人さん、準備はいいですかー?
「はいっ!」 「お、おう」
そして水上魔法をかけてあげた。ふふふ、どれだけ難しいか身をもって知るがいい。
- いいですよー、どうぞー?
「こ、これで本当に乗れるのか?」
- 乗れます。思い切ってどうぞ。制限時間ありますので。
「わ、わわっ、軟らかいよ!?、ふにってなる!、ふにって!、あははは」
ほんと人生楽しそうだなこの子は。
- そんな波打ち際で遊んでないで、ささ、走りましょうよ、こんなこともできますよ?
そう言って走っていってスライディングみたいにして踵でブレーキをかけるようにすると、水しぶきが前方にバシャーっとなる。
「わ、面白そう!、よーし」
ふふ、罠とも知らずに岸から走っていくネリさん。そうすると…
「ひぇっ!」(バシャー)「あははは!」
「はわっ!」(ぺしゃー)「あははは!」
「あれっ?!」(ぺちゃん)「あははは!」
「先生!、立てません!」
ほらね。でも楽しそうだな。
- 頑張りましょう!、え、ハルトさん?、何してるんですか?
「立てるようになるまでは這い這いをするものだろう?」
いやそれは赤ちゃんならそうだけども、どうなんだその格好は…。
「あ、それやってみる!」
え?、……なんだろうこの絵面。
川面を四つん這いでのそのそ這い回る女子高生ぐらいの子と壮年の男性…、ものすごくシュールなんだけど。
「こ、これはかなり難しいぞ?、タケル殿はよくあれだけ走れるものだ…」
「タケルさんだって最初すっごい転んでましたよ?、ね?」
- はい、そうですけど…
「身体強化でやってみるか…」
「なるほど!」
あ、それ下手にやると…
「なんとか立てたぞ、よし、おわっ!」(バシャー)
「あははは、あたしも!、わ!」(バシャー)「あははは!」
そうなるんだよ。踏み切る足の強化に水面が耐えられないから爆ぜて滑るわけ。それで転ぶ。
- まぁ、楽しんでるようだからいいかな。
俺はサクラさんのところに戻ってきて、魚を生簀から土魔法で作った桶に移してたんだが、
「そうですね、あれだけ楽しそうなら、私もやってみたくなりました」
おお?
- 魔法、かけましょうか?
「はい、ぜひお願いします」
- 了解。……どうぞー
「い、行ってきます!」
あ、四つん這いなのね。まぁご自由にどうぞ。
- あ、魔法は1時間半ほどで切れると思うので、お昼前には戻ってくださいね!
「はい」「はーい」「おう」
よし、んじゃ魚もってってリンちゃんに調理してもらおう、あ、揚げ物もいいかな、油たりるかな?
ん?、メルさん?、メルさんなら小屋の前んとこで槍とにらめっこしてたよ。
そしてお昼前。ずぶ濡れの勇者3人。
だから切れるって言ったのに……。
20180708:何と名前ミス!、情け無い…





