2ー034 ~ 勇者ハルト
ハムラーデル東4のダンジョンを埋めながら出て、周囲を確認したところで小休止と言いつつお茶の時間だ。
やっぱり毎日のように戦闘して魔物を殺すとか殺伐としてる生活には、こういう優雅な時間が必要だよねー、心の洗濯って言うかさ、美味しいお茶とお菓子で笑顔になる美女とか美少女とかを眺める時間っていうかさ。
あ、あまりじろじろ見たりしてないよ?、こう、ほら、遠くを見るような視線で、視界に彼女らの笑顔とかを入れるだけ。そんな感じ。
「タケルさん、あっちに何かあるんですか?、あ、魔力感知に何か?」
む、勘違いされちゃってる。
- あ、いや別に…、そうですね、索敵しときます。
油断禁物、だよね、ちゃんとやらなくちゃ。
……あれ?、川小屋んとこに人が居るぞ?、人…だよな?、たぶん。馬を2頭余分に連れてきているようだ。荷運び用かな?、荷物の中に魔力を持ったアイテムがいくつかあるし。
あとやけに魔力ある人が……、ハムラーデル側に1人しかいないから、先輩勇者のどっちかかな、あ、もしかしてあれが『フレイムソード』かな?、魔力を内包してる剣なんてそれだろう。たぶん。
ということはハルト先輩かな。
- どうやら小屋にお客さんが来てるようですね。10人居るようです。お茶の途中だけど戻りましょうか。
「お客さん、ですか?、どなたでしょうか」
- たぶんハルトさんじゃないかなと。あとハムラーデルの兵士さんかな。
「おお……、勇者ハルト様ですか……」
「ああ、連絡隊が到着した頃合でしょうし、それで状況を知りたくなったのかもしれませんね」
「(ふふふ…、『フレイムソード』で火属性があるか試せるかも…)」
メルさんはハルトさんに憧れとかあるのかな。
ネリさんは何を呟いてるのか知らないけど悪巧みするみたいな顔になってるぞ?
- なるほど、あまり待たせても何ですし、行きますよ。
「あ、ちょとまってー」
と言うなりネリさんはお皿のクッキーを頬張って急いで食べ、カップに残ってたお茶をごくごく飲んだ。
行儀悪いなぁ、もう…。子供か。クッキーならまだあるんだから言えば出すのに。
『スパイダー』に乗り込んで池から流れ出ている川を渡り、あとはシャカシャカと走るだけだ。まぁ30分ほどで着くだろう。
あ、運転はリンちゃんね。俺はほら、サンルーフから半身を出して魔物倒したりしなきゃだし。もうほとんど居ないんだけど。
それはそうと『スパイダー』いきなり見せて大丈夫なのかな…?
一応サクラさんにきいておこう。
- サクラさん、これハルトさんに見せて大丈夫でしょうか?
「大丈夫、とは?、あ、魔物と間違えられないかってことですか……うーん…」
- そこで悩むということは、降りて近づいたほうがいいってことですね。
「そうですね、そのほうがいいと思います」
- というわけでリンちゃん、橋の手前で止めてもらえるかな?
「はい、タケルさま」
「タケルさん…、飲み物下さい…」
- え?、ああ、あんなに頬張るから…。
しょうがないからポーチからコップを出して水いれて渡してあげた。
- そういえば水筒とかもってないんですか?
「ふー…、ありがとうございます。だって皮水筒ってお水が美味しくないんだもん」
「そう言われてみると私も水筒を使わなくなりましたね」
「休憩すると必ずお茶が出ますし、水筒を持ち歩く必要がないので私も水を持ってませんね」
- それだと僕やリンちゃんと逸れた時に困りません?
「「「……そうですね…」」」
何その息の合った相槌…。
- でも水の味か…、確かに皮水筒のお水って臭いが気になりますよね…。金属製の水筒があればいいのかもしれませんね。
「水筒に金属を使うのですか?」
不思議そうなメルさん。この世界って金属製の水筒ないのかな、アルミ製品ってそういえば見たことないな。アルミニウムって言っても通じないだろうなぁ…。
- はい、軽金属という、鉄よりも軽い金属の水筒なんですが、ありません?
「見たことがありません…」
- まぁそのうち見つかればひとり1つぐらい用意してもらうことにして、当面は僕かリンちゃんがかならず付いているようにすればいいでしょう。
ということにした。
金属加工とか魔法でどうにかできないかな、こないだから時間があったらちょっとやってるんだけど、まだ上手くいかないんだよね、スラッジだからかなぁ、鉱石でもあればいいのかな。
まぁこれも課題として心のメモに…、いや、たぶん忘れるな、俺だし。
羊皮紙の束でメモ帳つくっておくか…、これも忘れそうだけど。
そんなことをぼーっと考えながらサンルーフから半身を出してると、橋が見えてきた。
魔物?、全然見つからなかった。川の向こう側には居たけどさ、あっちはロスタニア方面だし、中央の川幅は結構広いんだよ。
そして、リンちゃんを残してみんな降りて歩く。
リンちゃんは『スパイダー』に乗ったまま、後ろからゆっくりついてきてもらうってわけ。
●○●○●○●
橋から小屋に近づいていくと、小屋の近くに天幕とテントができてた。馬は近くの草を食んでた。
周囲を警戒していた兵士さんに一瞬緊張が走ったように感じたけど、サクラさんとネリさんに見覚えがあるのだろう、2人のほうを見て緊張を解いたのがわかった。
天幕からハルトさんが出てきた。おお、貫禄あるがっちりした体型。壮年というには迫力ありすぎの男性だ。日焼けした肌に短髪。うん、歴戦の戦士っぽい雰囲気。
その彼が目を細めて言った。
「久しぶりだな、サクラ、ネリ、二人とも早い復帰で良かった」
「お久しぶりですハルトさん。いきなりで驚きましたよ」
「お久しぶりです」
「驚いたと言う割りには驚いていないようだが…、そして初めてだな勇者タケル君」
- 初めまして、勇者番号4番、ナカヤマ=タケルです。
「おお、勇者番号9番、オオミヤ=ハルトだ。ハルトと呼んでくれ。ところでいろいろ尋ねたいことがありすぎなのだが、まずその後ろのでかいのは何だ?、人が乗っているようにも見えるが、乗り物なのか?」
- はい、8本脚で蜘蛛みたいですが乗り物です。乗ってみますか?
「む、そうだな、ひとつひとつ行こう。いいのか?」
ハルトさんは一瞬考えたようだったが破顔して興味深そうに訊いた。
- 運転はあの子にしてもらいますが、乗るのは構いませんよ
と言いながらリンちゃんに合図を送った。
リンちゃんはゆっくりと『スパイダー』を歩かせて近くにきて乗降姿勢をとる。
ハルトさんと兵士さんたちは『おおお…』なんて言ってた。
乗降姿勢というのは、前後2脚ずつにわかれて扉のところをあけ、本体は乗り降りしやすい高さになって停止することだ。そうしないと脚が邪魔だからね。
近づいて扉を開き、手で示す。
- どうぞ?
「お、おお。これは土足でもいいのか?」
- はい、そのままどうぞ。
あ、他の兵士さんも乗るの?、席足りないよ?
- すみません、席が足りないのであとで交代でお願いします。
というと残念そうに半数が列をといて離れた。そして俺も乗り込む。
乗るとすぐにハルトさんが声をかけてきた。
「凄いなこれは、椅子といい窓といい、未来ではこのような乗り物があるのか?」
未来?、ああそうかこのひとは100年前の人だっけ。
- いえ、これは元の世界のものではありません。ですがこの世界の人間がもつ技術でもありません。
何か言いたそうなハルトさんに片手で合図をして止め、
- そのあたりの話は後ほど。少し走らせてみましょう、気になりますよね?、速さとか。
「わかった。そうだな、座ったほうがよいか?」
- 手すりを持っていれば立ったままでも構いません。リンちゃん、お願い。
「はい、タケルさま」
リンちゃんが返事をすると扉が自動で閉じ、ゆっくりと動き出した。
乗って座っていた兵士さんたちも『おお、動いた』とか言ってるよ。
そりゃ動くって。さっき見てたでしょ。
- リンちゃん、走っていいよ。
「はい」
それで加速した。ハルトさんは立ったまま、手すりを持ち『うぉっ』と言ったが楽しそうだ。
俺はサンルーフの下の台に乗り、サンルーフを開けてハルトさんに手を差し出す。
- ハルトさん、こちらへ。
「お?、おお」
引っ張り上げると俺の隣に立ち、サンルーフから半身を外に出した。
「こいつは……すごいな、早い。素晴らしいな…」
軽く走ってるだけなんだけどね。
それでぐるーっと回って元のところに戻って乗降姿勢で停止。
さすがリンちゃん。合図しなくてもすぐ戻ってくれたよ。
「乗り心地もいいな、なるほど、これのせいで小屋の周囲が耕したようになっていたのか…」
- 車輪で走っているわけではないので仕方ないですね…。
「そうだな、詮無い事を言ったようだ。馬車などとは比べ物にならない乗り心地だった、いい経験をさせてもらった、礼を言う」
- どういたしまして。あ、残ってた兵士さんたちも乗りたそうですので、交代しましょう。
「だそうだ、ほら、降りろ」
名残惜しそうな兵士さんたちを促すハルトさん。なんか面白いな。
交代した兵士さんを乗せて、リンちゃんが運転する『スパイダー』が同じコースで走って行くのを見る。
「しかし…、こう言っては何だが、乗るにはいいが見るのは少々…」
- 虫みたいで気持ち悪い、ですか?
「そうだな。銀色で無ければ魔物と勘違いしそうだ、いや失礼」
- 構いません、僕もですが皆そう思ったようですし。
「そうか、では慣れるしかなさそうだ、はっははは」
- ところで、今日はどうされたのです?
「いや何、ハムラーデル側に魔物が来なくなってな。それで気になって調査にでたのが最初なんだ。そこに連絡隊がやってきた。御主の作ったという精巧な地図を持ってな」
- なるほど、それでこの小屋の場所がわかったんですね。
「そういう事だ」
- では立ち話も何ですし、そろそろお昼なので、席をご用意しましょう。
「おお、そうか、それは助かるな。ん?、席?、あの小屋にか?、些か手狭ではないか?」
- いいえ、野外で恐縮ですが、今から作りますのでお待ちを。
と言って小屋の前のあたりに長いテーブルを土魔法で作って、席を15名分作り、テーブルには布をかけ、水差しとコップを出して並べた。
これもデモンストレーションってやつだ。
サクラさんとメルさんは優雅に、ネリさんはそそくさと席に着いた。え?、給仕は俺?
兵士さんたちとハルトさんが驚いているのはデフォルトだな。
あ、『スパイダー』が戻ってきた、土埃がこっちにこないように障壁と風魔法で向こうに散らしておこう。
「サクラたちは驚いていないようだが…、」
「タケルさんと行動を共にしているとこれが普通のことになります」
「いつものことですよ、ハルトさん」
「もう慣れましたね…」
「なるほど、常識外ということか、地図もそうだがダンジョンの事も」
- まぁ、どうぞ座ってください、兵士の方々もそちらに。
そう言いつつ竈をつくり大鍋を出す。そして下拵えの済んでいる肉や野菜を鍋にいれ、水を出す。火魔法で鍋ごと温度を上げてさっさと火を通す。
ついでに小屋においてた薪を竈の下に入れて着火。
え?、順序が逆だろって?、まぁいいじゃないか。
リンちゃんも降りて小走りで来て手伝ってくれた。
小声で、出来合いの料理、何かある?、って訊いたら、こないだの川魚の料理がまだたっぷりありますよ、ってことなのでそれも出すことにした。
パン類は固いのしかないけど、そこは我慢してもらおう。
さすがにお酒類は出せない。一応ここ最前線だし。
「このような場所で普通のものが食べられるとは思わなかった。馳走になった」
兵士さんたちも喜んで食べてくれたようだ。
食事中、いろいろと訊かれ、答えた。魔法のことについても。
準備中からサクラさんたちと話してたのもあって、半分ぐらいは信じてくれただろうと思う。
兵士さんたちも近くにいるので、精霊さん関係の話はできなかった。
そこらへんが胡散臭く感じたのかもしれない。
食後、すぐに兵士さんたちは帰るしたくをしたようで、天幕を畳み始めていた。
てっきり1泊すると思っていたんだけど、最新の地図を入手したし状況がわかったので早く戻ることにしたそうだ。
そして兵士さんたちを見送ったあと、ハルトさんが言った。
「タケル君、精霊の加護ってのはどういうことだ?」
20200113:誤字訂正…、まだこんなミスが残っていたなんて…。
例を言う ⇒ 礼を言う
20230510:言葉足らずの部分に追加。 馬を2頭 ⇒ 馬を2頭余分に





