1ー003 ~ 光の精霊
『まさか勇者様の所から盗みを働くとは…、大変ご迷惑をお掛けしたようです』
- どちら様か存じませんが、少し光を抑えてくれませんか。
正直眩し過ぎて何も見えん、ってか扉の外から一歩も動けん。
『あっ、これは気付きませんで。これでよろしいでしょうか?』
- あっはい、助かります。
『では改めて。私は光を司る精霊、アリシア=ルミノ#&%$です。アリシアかルミか、お好きなほうでお呼びください』
うわー最初のほうしか聞き取れなかったよ。人外相手にどう対処すりゃいいんだろう、聞き直してもたぶん聞き取れる自信ないわ。
よし、スルーしよう。
- えっと、タケル=ナカヤマです。タケルと呼んでください。
『タケル様、ご丁寧に、そしてうちの子がご迷惑を』
- えっとアリシアさん。
『はい』
- 精霊、と聞こえたんですが、つまりはそちらのその、リン…さんも?
『はい。人種ではございません。しかし人の、ましてや勇者という存在に対して盗みを働いたというのは許されることではありません、この上はいかなる罰をも』
- ちょ、ちょっと待ってください、って、大人しいと思ったら固まってるじゃないですか、どうなってるんですかそれ。
『はい、この子が騒ぐかもしれませんので、動けないようにしております。話は聞こえているので問題ありません』
いやそれ問題だらけだよね?、いろいろ突っ込みどころ満載だけどさ、とにかくあれだ、穏便にもっていこう。そうしよう。
- 被害もそう大したものではありませんし、リン…さんはまだ小さいじゃないですか。
『小さい見掛けではありますが、人間であれば80歳と言ったところです。能力的にもそこが勇者さまのものであると分からないはずがないのです。人の子と同じようにお考えになる必要はありません』
- はぁ、そういうもんですか。いやしかしですね…
『お優しいのですね、タケル様は。それともリンのことがお気に召されたのでしょうか?』
- は?、いえ、そういうわけではありませんが…
『ではこう致しましょう、リンがこうなってしまったのには私にも責任の一端がございましょう。なのでリンを再教育いたします。そのあとリンをタケル様にお付けします』
- え?、どういうことでしょう?
『タケル様は勇者様ですので、精霊がお側に付いていれば何かと有利になると存じます。では再教育の間、少しだけお待ち頂けますか?』
- はぁ。わかりました。
返事をしたとたん、アリシアさんとリンが消えた。辺りは何もなかったかのような朝の森の風景だ。
まるで夢だったかのようだ。
再教育っていうんだからだいぶ先のことなんだろうな。
今はとりあえず荷物を取りに行く方法を…、ああ、燻製の保存箱まだあったかなぁ、まさかそれも食べられてしまっていたなんてことはないよな、確認しそこねた。
それによっては盾が買えないからちょっと辛くなるな。
よかった、箱は1つだけ無事なのが残っていた。
全部で5つあったはずなんだよなー、あと、燻製箱――燻すための箱――の中身とか、干してあった肉とか、無くなってやんの。
一体どんだけ食べたんだよあいつ…。
●○●○●○●
「タケルさま~!」
うぉっ、びっくりするじゃないか。リンが小屋に飛び込んで抱きついてきた。
- あれ?、再教育は?
『無事、終わりました。リン、これからはタケル様にしっかりとお仕えするのですよ。タケル様、リンをよろしくお願いします』
丁寧にお辞儀するアリシアさん。リンも少し離れて同じようにお辞儀をした。
済し崩し的にこうなってしまったが、しょうがない、受け入れよう。
なんせ相手は精霊様だしな。人の理屈が通じる相手とは思えないし、下手に断ったりしたらどうなるかわかったもんじゃない。たとえ物腰が丁寧であっても、な。
いや、マジで。怖いだろ?
- あっはい、わかりました。リン…さん?、これからよろしくお願いします。
『リンに敬語を使う必要はありません。何でもお命じください。それでは私はこれで。タケル様、リンをお赦しになり受け入れて下さったご恩、我々精霊は忘れません。では御前を失礼致します』
言うが早いかいきなり消えたよ。ってか御前を失礼致しますって、勇者ってなそんな偉いもんなのかね、この世界では。全然実感ないんだけどさ。
ってか今更だけど、精霊ってのが居る世界なんだ、ここ。あんなのが居るなら魔王退治もやってもらえばいいんじゃないのかな。
あっ、何かあったときのために連絡方法きいとくんだったな。
ま、いいか、夢だったってことにしとこう。
とにかく燻製肉の仕込みはまた帰ってからするとして、残ってるのを定食屋のおばちゃんとこに買ってもらって、盾が買えるなら買って、荷物取りに行かなくちゃな、朝になっちゃったし。急がないと。
「あのぅ…、タケルさま?」
あ、リンちゃん居たんだった。夢じゃねーじゃん。
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20230830:なんとなく訂正。 するんですよ ⇒ するのですよ