2ー033 ~ 木札・縄・皮手袋
結果的には、音遮断結界は竜族の超音波攻撃に対して有効だった。
期せずして試すことができたわけなんだけど、できれば安全を確保して試したかったなってのが反省点のひとつかな。
「申し訳ありません。私がもっと早く麻痺させていたら…」
- あれはしょうがないですよ、位置的に言って近くの2人も巻き込んでしまいますし。
「ですが…、」
「メル様、私とネリの2人が未熟なのです。こちらこそ申し訳ありません」
「そうですよメル様、あたしたちが魔力障壁を素早く張れれば撃てたんですから」
- まぁまぁ、今回は布陣というか位置取りもよくありませんでしたし。たまたま僕やリンちゃんの位置からは見えにくい場所でしたし、まさかああやって合図されるとは思いませんでしたから。
そう、魔物のうち少し大きめのジャイアントリザードが――また妙な表現だけど――その部屋の主みたいなものだったらしく、言ってみりゃ中ボスのような存在かな、そいつが妙なそぶりで上に向けて笑ったんだよね。
その時は、俺たちの耳には『カッカッカッカ!』としか聞こえなくて、何だあいつ笑ってるのか?、って思ってた。
ところがそれは警告音のようなものだったらしく、中央奥の部屋にまでそれが届いたのだろう、竜族が動き出してしまったわけ。
戦闘中だったってのもあって、気付くのが少し遅れてしまい、まぁ言い訳になっちゃうけどさ。
一応魔力感知はしてたんだけど、竜族がボス部屋と俺たちのいる部屋のちょうど中間にある廊下の壁を破壊するまで気付かなかった。
反対側の部屋は先に処理を終えていて、そんな笑うみたいな動作をする個体は居なかったし、前回の中央東5ダンジョンのときにも居なかったので、まさかそんなのが居るとは思わなかったんだ。
それで遊撃みたいに後衛をしてた俺が部屋の外にでて、少し回りこんで竜族が見えるところまで行き、壁を崩そうと超音波を発する直前にその音遮断結界をヤツの眼前に張ったというわけ。
実はタイミングなんてわからないから、見えてすぐに張ったら、たまたまその動作だったんだけどね。
それでどういう理屈かよくわからないけど、もしかしたら結界で一部が反射したのか、竜族がめちゃくちゃな動きで暴れ始めたので、氷の刃を何発か曲射で打ち込んだらそのうちの1発が命中、無事倒せたってわけ。
何にせよ音遮断結界が有効で良かったよ…。
3人はまだ何か謝り合ってたけど、それぞれの課題ってことでこのへんにしてもらおうかな。
- とにかくみんなが無事でよかったと思いますよ。今回はいろいろ反省点も課題もありますけど、戻ってからにしませんか?
「「「はい」」」
もちろん俺にだって反省点はある。
今回たまたま中ボスがいない側を先に処理していたから良かったけど、逆だったら反対側のほうがボス部屋より近いんだからそっちの魔物共がやってきていたと思う。
その場合はリンちゃんが対処できるんだけど、3人のほうのサポートが居なくなる。
今までみていた限りでは大丈夫だと思うけれど、万が一ってこともある。
偶然、良かった点と悪かった点があったわけだ。
もし悪いことが重なってしまったらと思うと、ちょっと怖い気もする。
それでも何とかなるとは思いたいけどね。
だからそうならないように、俺も今のままでは魔力感知も操作も足りていないと思うし、もっと情報を集めて危険を減らすことができるようにならなくちゃ、頑張ろうって思う。
帰りはいつものように崩して埋めていく作業だ。4層もあるとそれなりに時間もかかる。
あ、そういえば前回戻ったときに解体業者というか解体担当者のひとから、『ここのところ何体か、骨は大丈夫だけれど身や皮が売り物にならないスカスカのがありました』って言われたんだよね。
そんでそれが増えてる傾向にあると。
俺もそんなの考えもしてなかったし、どの魔物がどこで倒したものだなんて印つけたりしてなかったんで、これからは素材が取れるもので持ち帰る種類の魔物は、倒した場所を木札に記してヒモで括りつけておくという作業が増えてしまった。
これがまた地味にめんどくさい。
新拠点や旧拠点のひとたちは、解体業者や商人以外は手が空いてるひとがいるそうなので、木札やヒモをせっせと作ってもらうように手配してるらしいんだけど、まだ最初だから訓練の合間など時間みつけて作ってる。俺が。
だって誰もやってくれないんだよ!
『何してるんですか?』って訊かれて答えると、『ふぅん』とか『ただ倒すだけじゃダメなんですね…』とか言うけど、『手伝いましょうか?』とは言われないんだよ…。
木札用に廃材とか板とかロープの束と一緒にあっちで渡されてさ、切って穴あけて木札作れってんだよ全く。
そんで道具は?、って訊いたらその担当者のひと、何て言ったと思う?
『道具はこちらで使う分しかありません、勇者様は何とかご自分でお願いします』
だとよ。
酷いと思わないか?、これ。
切るだけならまぁ、魔力を纏わせた剣でとか、魔法でスパッと斬れるけども、問題は穴のほうなんだよ。
ヒモを通すってったって、元の世界みたいな細くて丈夫なもんじゃなく、荒縄のちょっと丈夫で重いやつなんだよ。使い捨てにするヒモなんてそんなのしかないんだってさ。
だから最低でも親指ぐらいの穴を開けないといけない。
しょうがないから土魔法で圧縮した硬い岩みたいなドリル作ってみた。(_П_)こんなクランク型で、真ん中のとこもって手で回すやつな。
それで穴あけてたんだけど、ドリルの刃がもたない。
やっぱ金属じゃないとダメか?、と思って金属のゴミってないのか訊いたら鍛冶屋で溶かして叩いて使うから、不純物の塊みたいな、いわゆるスラッジ?、って言うんだっけか?、そんなのしかないらしい。
金属操作はちょっとまだ自信がないんだよ…。火魔法で高温にするのっていまいち感覚がまだ掴めない、氷作るのはすぐ覚えられたんだけどなぁ…、練習用の素材もないし。
なので一応スラッジもらってきたけど、全然できてない。
結局、土魔法で同じようなドリル作って魔力纏わせて加工してる。
みんなにそれぞれ『器用ですね』なんて笑われてたけど、俺スゲー真面目にやってるんだよ、これでも。遊んでるんじゃないんだけどなぁ…。
ネリさんだけは穴あけちょっとやってみたい、って言われて渡したら、魔力を纏わせるのをしてなくて、刃がすぐダメになった。
そんでどう力を入れたらそうなるのか、クランク部分のとこボキって折っちゃって、それ持ったまま情けない顔で涙目でこっち見るのな。
デコピン覚悟の顔してたけど、手伝ってくれようとしたんだし俺も説明不足だったし、怪我してない?、また作るからいいよ、ありがとう手伝ってくれて、って優しく言ったのに、涙ぽろぽろ流して『うぅぅ…、ごめんなさい……』って泣かれて困った。何で?
試作品『スパイダー』のときみたいに笑ってごまかそう、とはしてなかったけど、笑い混じりでやっちゃったthprだったらこっちも軽く、しょうがないやつだなーって笑って済ませられたのに、よくわからん。
正直なところ、動機はどうあれ手伝ってくれたのは嬉しかったんだぜ?
え?、言ったよ、泣かれたんで焦って慰めたときに。
それで穴あけ作業だけはドリルと道具を2つ作ったし、ネリさんと2人でやってる。
魔力操作の訓練にもなるしな。
あ、切るときもノコギリみたいなの作って魔力纏わせて切れば訓練に…、ま、いいか。
そんでもってヒモのほうだけど、これがまた油か何かしみこませてあるのか、ちょっとネチネチしてる。そんで臭い。服とか手袋につくからできれば触りたくない。そんなヒモ。
しょうがないからそれ専用に皮手袋を買って、まぁついでだからまとめ買いしたんだけど、その臭いヒモを使うときは――魔物を回収するときね――作った木札に場所を書いて、いちいち手袋を付け替えて木札に通し、魔物の死体に括りつけて収納ってやってる。
いや、そういう調査って大事だって知ってるよ?、だからやってんじゃん。
しかしこの皮手袋もなんか臭いな…、脱いだあとの手が特に臭い気がする…。
やだなぁ、もう…。
●○●○●○●
「もう行ってしまわれるのですか!?、少しぐらいは…、」
- そんな暇は無い。状況が悪化しているのはどこも変わらんのだ。察しろ。
そう言ってティルラ国境防衛地を、前線を押し上げ戦ったそのままの足で走り去ったのはひと月ほど前だったか。
少しずつ疲労が貯まって行く身体。焦れる心。
ハムラーデル国境東防衛地ではカエデが負傷してしまい、戦線に出る事が適わず。
ティルラ国境ではサクラが倒れ、そしてネリも倒れた。
ホーラード王国に救援を依頼してしばらく経つ。
俺が倒れるのが早いか、救援部隊が到着するのが早いか、だな。
この程度の苦境など過去にいくらでもあった。
そして勇者と生ったからには名実共に『勇者』であるべきなのだ。
”勇者として生まれたから勇者なのではない。勇者として行動するからこそ勇者なのだ”
俺はこの『フレイムソード』を託してくれた師であり友である勇者ヨーダからそう教えられ、後輩勇者にもそう伝えている。
と、格好良く言っては居るが、俺やヨーダが勇者として胸を張れるようになるまでは40年近くの歳月がかかったものだ。だから後輩勇者たちにもあまり厳しく接しないようにしている。
ハムラーデル国境東防衛地へと急ぎ走りながら、払拭するように苦笑いをした。
そうだまだ笑える余裕があるではないか。
ならば前に進むべきだ。
この俺がまだ戦える限り、ハムラーデル東西防衛地、ティルラ国境第一第二、これら4箇所を支え続けるのだ。
と、この時は決意を新たに走ったのだった。
俺が担当しているハムラーデル国境西防衛地から、ティルラ国境第一防衛拠点までは、直接通る街道がない。
街道に沿って移動すると道のり的には500km以上ある。それも山地の間を縫う道だ。
直線距離なら200km程なのだが、その間は平野だが魔物の地域だ。
単身で通るのは自殺行為に近い。
まさか魔物を引き連れて――トレインと言うらしい。客車を引っ張る汽車とは上手いこと言うものだ――第一防衛拠点に行く等という事はできないのだから、街道に沿って走っていくしかない。
すると往復20日かかることになる。
街道を通らずに魔物の地域を迂回し、できるだけ近いところを通るとしても、山林を通ることになるため、速度が出せず、やはり同じぐらいかかるだろう。
その経路にはまばらではあるが存在する動物系の魔物や野生動物も居る。
戦闘行為をするとなると、この『フレイムソード』は下手をすると山林火災の元になってしまう。
通常の剣を使うことを考えると効率の面で著しく劣るのだから、近道の意味がない。
そういった事由で街道を使わざるを得ないのだ。
実は馬による連絡隊でも同じくらいの時間がかかる。これは街道沿いに予め馬を用意しており、乗り継ぐことで早く伝達ができるような仕組みになっているからだ。
当然だが乗り手のことは考えられていないので、同じ人間が乗り続けると到着したときには乗り手はへとへとのぼろぼろになる。
俺も乗馬はこの世界に来てから覚えたし今では慣れたものだが、たかが500kmだ、走ったほうが速い。それに馬だって騎士団のものなのだ。乗らずとも大した違いがないのなら、乗らない方を選択すべきだろう。
だいたい身体強化をして乗ると馬が嫌がるのだ。俺が未熟だからなのか、元々そういう物なのかは知らん。故に騎乗時は身体強化ができない。
すると馬に乗って移動する疲労と、身体強化をして走るのとでは後者のほうが圧倒的に少ないのだ。速度もそうだし手間や世話などのこともある。だから走る。それだけだ。
そしてハムラーデル東防衛地へと到着したのが21日ほど前だった。
食事中も走り、睡眠時間を削った。その成果として1日短縮できたのだ。
その分疲労も蓄積したが、些細なことだ。
本営にてカエデと話した。
彼女は脛を骨折し、回復待ち状態なのだ。
従軍している看護兵と従軍司祭――これは役職らしい。従軍していない従軍司祭というのも存在するそうだ――により、回復魔法とやらを毎日かけてもらっている。
幸い2本ある骨の片方だけで済んだらしいが、通常なら治癒するまでひと月以上、過不足なく動けるようになるまでさらに月単位で時間がかかろうものだと聞いた。
それが回復魔法によって20日で歩けるようになり、さらに10日で戦線復帰ができるという。
元の世界のことを思えば恐るべき医術だと思う。文明的には遅れていると思っているが、こういう点もあるのだからこの世界もなかなか侮れるものではないと常々思う。
魔法などというものが存在しているのだからな。
カエデが負傷したのは俺がティルラ国境へ応援に出発する直前だった。
おそらくは俺への負担が増大したことに対して思う処があったのだろう、それで無理をしたのだと思う。
涙声で謝り続ける彼女に、無事で良かった、無理をせず治療に専念しろ、などと慰めになったのかどうか分からないような事を言って出てきたため気懸かりだったが、話した限りでは大丈夫のようだ。
- では俺は西に戻る。世話をしてくれる方々に失礼の無いように、言うことをよくきいて大人しく治療に専念するんだぞ?
「はい」
壁に背を預け寝台に座り、散歩に連れていってもらえず留守番を言われた飼い犬のような表情で頷く彼女。
俺は笑いながら頭を撫でてやった。
- うむ。いい娘だ。2・3日したらまた来る。
「もう、また子ども扱いして…!」
- 子供どころか孫のようなもんだ。
実際、感覚としては爺なのか中年なのかわからなくなっている。
この世界に来てそろそろ100年ぐらいか?、ホーラードの王宮になら記録ぐらいあるだろうから正確な年数も判るだろう。俺はもうよく覚えてない、といつもごまかすことにしている。
カエデは見た目10代だ、この世界にきて30年ぐらいか?、なのにまだまだ若々しい。
俺もだが勇者というのはなかなか老化しないようだ。これも魔法とやらなのだろうな、不思議なものだ。
彼女が俺に付いてくるようになってからも30年ということだ。もう弟子というよりは娘か孫のように思ってしまっても不思議じゃないだろう。
先のように『子供扱いするな』としょっちゅう言われるがな。
そしてそれからは西に東にと、ハムラーデル防衛地をまさに東奔西走というのを地で行く形で戦っていたのだが……。
2週ほど前から魔物の襲来頻度が減り始めた。
最初のうちは波もあるものだから、こういう日もあるだろう、負担も減る、良い傾向だ、等と思っていた。
それが今週になってみると大型はたった2度襲来しただけだ。それも西にだけ。
中型や小型も減った。
それで東西両方とも斥候小隊を放つように依頼した。
驚いた事に東側は収束地付近まで近づけたそうだ。
俺も一緒に中隊規模で様子を見に向かった。
確かに少ない。収束地まで殲滅できたのなんて何年ぶりだろうか。それも犠牲も怪我人も無く、だ。快挙とすら言える。
しかもしばらく様子を見ていたが、明らかに少ない。これは異常だ。
何かの凶兆の前触れだという兵士も居たが、根拠無く人心を惑わせる事を言うなと厳しく叱っておいた。
そして東は一昨日から魔物が来なくなったのだ。
西はまだ中型小型だけは来る。日に数匹という程度だ。
あまりにも不自然なので調査に出ることにした。斥候兵小隊と普通兵小隊、それと俺の10名だ。
カエデはまだ戦闘行為はできないので東で待機だ。『私には無理をするなと言っておきながら…』と不服そうであったが、怪我で動けず不満が溜まっているのだろう。
東防衛地から出て収束地。
午前中に小型と中型が計数匹居たところだ。魔物は発見できず。
そのまま北に向かった。
40kmほど進んだところに川があった。
途中、小型の魔物が2匹居ただけだ。草原に2箇所、不自然に草が剥げた盛り土のようなものがあり、そこに居た。向かってきたので当然倒した。
盛り土の足跡から判断して、収束地のようなものだと判断したが1匹では何とも言えん。
その日の調査はそこまでとし、一旦東防衛地に戻った。
明けて昨日、ティルラ国境防衛第一拠点の金狼団所属連絡部隊が到着した。
彼等が齎した情報と地図は驚くなどという陳腐な言葉では言い表せないほどのものだった。
まず地図だ。恐ろしく正確だった。
それに因ると一昨日に調査した場所の盛り土はダンジョンを埋めた場所だということが分かった。
俄かには信じられないが、地図には確りと『処理済』と記されていた。
俺がティルラ国境の防衛線を押し上げてから、ほんの半月ほどの間に一体何があればこんなことになるのか、全く想像がつかないが、地図によると10日程前の時点で11箇所のダンジョンを破壊し埋めたということだ。
彼等によると、おそらく現在はもっとダンジョンの処理が進んでいるでしょうとの事だった。
こうなると最新の情報が欲しい。
その、未熟なはずの勇者タケルとやらは、その付き人らしき少女に、勇者ネリを加えたたった3名で、川の分岐の袂に拠点を築いているのだそうだ。
連絡隊の方々にはここで休んでもらって、一昨日の調査隊でその拠点まで行くことにした。
そして今、たった1匹しか小型の魔物に遭遇しないまま、受け取った地図の写しを頼りに進んできたが、確かに橋があり、やけに頑丈だが柵などのないそれを渡ると小屋があった。
そしてそこには誰も居なかったのだ。





