2ー026 ~ お姫様抱っこ
「あっはい、一人のほうが速いもんで。あ、サクラ先輩、初めましてタケルです。あ、えっと勇者番号4番、ナカヤマ=タケルです」
目の前の軟弱そうな青年が本当に現状を導いた英雄的な者だというのか?、と確認するつもりでついオルダインのほうを見ると、伝わったのか微妙な笑顔で彼は頷いた。
おっと、勇者番号まで言われたのであれば応えなくてはならない。
- 勇者番号1番、トオヤマ=サクラです。初めまして。お噂は予予。大活躍のご様子、私もぜひ肖りたいと思うぐらいです。よろしくお願いします。
ああっ、かの偉業が頭にあったせいで、つい敬語で言ってしまったじゃないか。
あ、いや、敬うほどの働きだということは私だって愚かではないので認めているのだ。
「あ、よろしくお願いします。えっと、サクラさん?、って呼ばせてもらっていいのかな…、ネリさんがサクラさんの復活を知ったらきっと喜ぶと思うので、報告のあと一緒に拠点まで行ってもらっていいですか?」
- え?、はい、では私もタケルさんとお呼びすることにします。ネリは元気なのですね?、それは良かった。彼女には苦労を強いたのではないかと心を痛めていたのです。
「ネリさんは元気ですよ。あ、オルダインさん、今日の分の地図、いりますよね?、すぐ作りますので少しお待ちを」
そう言うと彼は、腰のポーチから羊皮紙を取り出し、え!?、まさか魔法の袋なのか!?、伝説の品ではないか!?、驚いた。
だけではなく、羊皮紙を両手で広げて持ち、数瞬それに視線を走らせた。
「お待たせしました。こちらが現在の状況です」
「ありがとうございます。なるほど、ハムラーデル側の東はこれで安心ですな」
「はい、おそらく片方はもう防衛の必要がなくなるかと」
余りの展開に一瞬呆けてしまった。
すこし皮が焦げたような匂いがしたところをみると、まさか今、焼き付けたのか?、一体どんな、魔法?、本当にそんな魔法があるのか?
それもそうだがハムラーデル側が安心?、どういうことだ!?
私はオルダインが作戦台の上に広げた新しい地図を目で追った。
先ほどまで見ていた地図より×印がひとつ増えている。今日の予定だといわれていた箇所だ。
- このダンジョンを攻略し、浄化してきたということなのですか?
「はい。ここは1層しかありませんでしたし、一本道で分岐もなく、部屋の数も7つでしたので早く終わりまして、それで拠点に戻る前に一度ここに寄ったんですよ」
その規模なら私でも殲滅にそう時間は掛からないだろう。
それに4人いるのだし。そうだネリは?
- ネリは、今一緒じゃないのですね。
「あ、ネリさんたちは今日は拠点で魔法の訓練をしてますよ。あ、そろそろ戻るって連絡しないと」
- 連絡?
その拠点って地図のあの位置?、あそこまで少なくとも50km以上あるぞ?、そんな気軽に電話するように連絡できるわけが…。
それに今『魔法の訓練』と聞こえたぞ?、ネリが?、魔法?、まさかそんな…
と考えていると彼は入り口のほうを向いて『よし』と言ったかと思うとこちらに向き直り、
「連絡しました。オルダインさん、あとはよろしくです。んじゃサクラさん、付いてきてもらえますか?」
そう言うと入り口からすたすたと出て行った。
え?、え?、と状況に戸惑っていると、
「サクラさん?」
と彼が戻ってきて入り口の布を手でよけて小首をかしげていた。
- あ、ごめんなさい、すぐに。
彼は笑顔で頷くと、布を片手で避けたまま身体を脇によけてくれた。
なんだかひさびさに、エスコートされた気がしてちょっぴり嬉しいやら小恥ずかしいやらで、つい通るときに彼を見てしまい、目が合ったせいで少しだけ赤面してしまった、不覚だ。
「持っていく荷物とか、大丈夫ですか?、何なら持ちますよ?」
何と紳士な。
お言葉に甘えたい懐かしい気もしたが、しかしこれには着替えや下着などが入っている。お金も鑑札もギルド証もだ。同じ勇者とはいえ、し、紳士とは言え、今日会ったばかりの異性に持ってもらう事などできん。
- だ、大丈夫です、自分でもてますので…。
どうして赤くなるのだ私!
「そうですか、では結構早く走りますので遅れないように付いてきてくださいますか?、あ、先輩勇者に失礼でした、ごめんなさい。では行きますよ!」
私が軽く頷いたのを見て、いきなり凄まじい速度で走り出した。
急いで身体強化にさらに武力を注ぎ込んで付いていこうと走ったのだが…、速すぎる。
とても追いつけない、何なのだ彼は…、と思ったら彼が戻ってきて並走してくれた。
- やはり荷物をお持ちしますよ?
と笑顔で言って手を出してくれたので、お言葉に甘えることにして荷物を渡した。
さらに彼は私の速度に合わせるようにして走ってくれている。
私だって40余年、勇者をやっているのだ。1年足らずの勇者に負けるとは思いたくは無い気持ちもある、負けるか!と思って頑張って走った。
が、50kmほど走って限界が来てしまった。ペース配分を疎かにするとは何たる不覚。
丁度そのあたりで彼が『ここらで少し休憩しましょうか』とタイミングよく言ってくれたので助かった。
まさか、見計らっての事なのか…?
彼は土魔法だろう、テーブルと椅子を作り出し、ポーチから布を出してテーブルと椅子にかぶせさらに座布団まで椅子に置き、花瓶に花をさし、ポットとお茶、それとクッキーが乗ったお皿を取り出して並べ、『どうぞ?』と椅子を引いて待ってくれている。
え?、何なんだこれは。夢なのか?、と思う頭とは違う意志でもあるかのように、身体は彼に吸い寄せられるように椅子の前に行き、優雅に座り、向かいの席に回った彼に微笑んだのだ。
夢だな、うん、夢だ。
お湯など沸かしていないのに、ポットから出た適温の紅茶、砂糖やミルクは無いが、香りが甘く芳しい。お茶請けのクッキーも甘く、疲れが解けるようだ。
やはり夢だろう。目をつぶって味わっていると、『倒した魔物の回収をしてきますのですこしここでお茶しててください』と言ったので、わけもわからず頷いてしまった。
草原にテーブル、紅茶にクッキー。そよぐ風。ああ、何て平和なんだろう。久しくこんな状況なんて無かった。しかもこんな景色。夢なら醒めないで欲しい。せめてこのクッキーを食べ終わるまでは…。
中学高校とお嬢様学校などと言われるところに通った。
でも内情は、お嬢様なんてほんの一部しか居ない、そんな所だった。
私はこれでも由緒ある家、だと思っている家だったので、なんとかその『お嬢様』の一部に引っかかっては居たと思う。
華族だの貴族だのの末裔だとか、財閥や閨閥の末裔だと言う子らにはとても金銭面でついてゆけなかったが、それでも幼少から剣道や茶道を嗜んでいたため姿勢もよく、隙のない歩き方、美しい立ち居振る舞いだなどと言われていい気になっていたものだ。
残念ながら学校には剣道部はなく、薙刀部しかなかった。
勧誘されて見学から仮入部したが、私はそう器用ではないし、基礎ができているせいか、先輩たちよりもうまく立ち回れたのが災いして、すぐに疎まれてしまった。
そういう事なら剣道部があったとしてもきっと同じことになっていただろうと思い、顧問の教諭に申し出て部活を辞め、道場通いを続けることにした。
高校に上がったとき、道場では師範代理――師範代ではない――として後輩たちの指導を手伝ったりした。
青年部にもいつも顔をだし、よく年上の男性たちからからかわれたりもしたが『私より弱い男性には興味がわきませんね』といってあしらい続けた。
道場で私より強い人は、祖父かその友人の道場主か、後継ぎの息子さんぐらいなもので、みな結婚して子供がいるような人しかいない。
警察関係の方も道場交流ということでよく来られ、私より強い人は皆、妻子のある方々ばかりだった。
そんな生活をしていたため、学校でも一目置かれて派閥のようなものも勝手にできていたりしたが、そこそこ楽しい学校生活だったと思う。
お見合いの話も何度かあったが、まだ早いと断り続けていたし、異性を意識することなんて無かったのだ。
こちらの世界には19の時に来た、刀ではないが実剣を振るい魔物を倒す生活で、何度か死に戻ったが、培った身体の動きは魔物を倒すにも有効で、自分の心に折り合いがつくまではそうかからなかった。
過酷な世界?、死に戻り?、上等じゃないか、ならば剣の道を征き、極めるまでだ!、と考えやってきた。
そして『剣の勇者』とまで言われた私がだぞ?
それがどうしてか学生の頃のことを思い出し、お嬢さまらしい振る舞いをしてこんなところで紅茶を飲んでいる。
彼と目が合うとなんだか落ち着かない。何なんだこれは…?
元の世界で19年、こちらに来て40余年、60歳だぞ?、見かけは二十歳そこそこの姿だが、中身はもう婆さんだぞ?、いまさら恋だとでも言うのか?、ばかばかしい。
それも初恋?、まさか、幼稚園の時のはカウントして良いのか?、あれがノーカウントなら今更だぞ?、誰が?、私がか?、ありえない。
「お待たせしましたか?」
- はっ?、い、いいえ?、大丈夫ですわ。
「あ、そのクッキー、疲れてるときにはちょうどいい甘さでしょう?、普段はちょっと甘すぎるって思うんですけどね、僕には」
- そうですね、美味しいです。確かに疲れた身体に染みますね、ふふっ。
ひぃ、『ふふっ』って何だ!、自分でもわけがわからない!
ああ、思い出した、これは高校生だったときに被ってた猫だ…。
何と気恥ずかしい、これが自分の過去を晒されたときの気分というやつか…、親戚一同が集まったりすると叔父や叔母がよく、祖父たちが自分の子供の頃の恥を当人の前で言うから気恥ずかしい、と言っていたのがこういうことか…。
少し違う気もするが。
「お口に合ったなら何よりです。ではそろそろ拠点へ移動しましょうか、大丈夫ですか?、走れますか?」
- あ、そうですね、ネリには迷惑を掛けましたし、会ってお礼を言わなくては。
「そういえばネリさんの剣の師匠だって聞きましたよ」
彼はそう話しながら茶器やテーブルを片付けていく。
- 多少教えはしましたが、師匠だなんてそんな…。
おい私、どうしてそんななよなよするのだ!?
猫をかぶるどころじゃないぞ?、我ながら見てられない。
「あと10kmほどありますね、もうすぐですが、大丈夫そうですか?」
- もう少し休めばなんとか…、でもお急ぎなんですよね?
「そうですね…、ではちょっと失礼しますね」
そう言うと近寄り何と私の膝の後ろと背中を支えてひょいっと持ち上げた!
- あ、あのっ、これは…
わぁぁぁ顔が近い近い近い!、これが夢にまで見たお姫様だっこ、というやつではないか!?、父や祖父に小さい頃はしてもらったが、何十年ぶりだろうか、いや、そういうことではない!、抵抗しなかった私もおかしいが、これはおかしいだろう!?、さっきも夢だと思ったが、やはり夢だろう。夢ならいいかもしれない。
「んじゃ落ちないように掴まっていてくださいね」
そう言うと凄まじいスピードで走り出した。
え!?、私の全速力よりも速いぞ?、いやそれよりも掴まる必要などないぐらい安定しているではないか。何だ?、ああ、何て安心感。夢ならこのまま…、いやいや、そうじゃない!
「ちゃんと僕の首に手をかけて、そうです」
ひぇぇ、ああ、最初見たときには軟弱そうだなんて思ったが、かっこいいじゃないか。いや、たぶんこれはお姫様抱っこのせいだ!、きっとそうだ。速度がでてるのでどきどきしているからそう見えるだけだ!、そ、そうだ吊り橋効果とかいうやつじゃないのか?、うん、きっとそうだ、でもちょっとぐらいいい夢を、そうだ夢なんだ、だったらどうせ抱きついているようなものなんだ、少しぐらい胸元にしなだれかかっても……
何か胸元に寄せた頬にぽこぽこと衝撃が…?、走る振動か?、しかし顔をあげると彼の顔を近距離でまともに見てしまう…、あ、前方を見ればいいのか。
ん、小屋が見えてきた。速いな、速すぎるのでは?、いや私がいろいろ考えていたからか?
●○●○●○●
「遅かったデスね…」
おおぉ、リンちゃんが黒い…、『また新しい女を連れてきてる!』とでも言いたそうな目で見ている気がする。
違うんだよリンちゃん!、なんかヤバい!、怖い!、逃げたい!
- ごめんね、オルダインさんのところに報告に寄ったんだ。
「その女性は何デス?」
ああ、目にハイライトがない…。
助けを求めてメルさんを見たが、メルさんにもハイライトがない!、ジト目だ。
ネリさんなら助けてくれる!、あれ?、ネリさんが居ない!
- こ、このひとは勇者サクラさん。オルダインさんのところに居たので一緒に来てもらったんだ。
「どうして抱っこしてるデスか?」
- 途中までは走ってたんだけど、サクラさんが疲れちゃってね…。
と言いながらサクラさんを降ろす。
だって背中にはサクラさんの背嚢があるわけだから、背負えないだろ?、だからお姫様抱っこになっちゃったんだけど、それがまずかったのかな…。
「あっ!、サクラさん!」
おお、救世主が!
「ネリ!、元気そうだな」
「サクラさんも!、よかった、装備とかちゃんと保管してもらってたんですね!、あたしなんて装備回収してない、なんてウソ吐かれちゃってタケルさんに見つけてもらわなかったらサクラさんとお揃いの剣も無くなってたところだったんですよ!、ひどいよねー星輝団の連中」
「そうだったのか、それよりもいろいろ苦労をかけたようだ、申し訳なかった」
「そんなことないです、あたしも死んじゃったし、あはは、それよりサクラさん?」
「ん?」
「どうしてタケルさんにお姫様抱っこされてたんです?」
「うっ…、それは…」
「それは?」
あー…、こっちでも何か雰囲気が…。
- 連絡してからちょっと遅くなっちゃったけど、みんなお昼は食べた?、僕はまだなんでお腹空いちゃって。サクラさんはお昼まだですか?、だったら一緒にいかがです?
サクラさんは助かったような表情でこちらを見て、
「そうですね、私もまだです、よばれてしまってよろしいのですか?」
ネリさんは口を半開きにして信じられないモノでも見るような目でサクラさんを見ている。
リンちゃんとメルさんがでっかい溜息をついた。
「はい。タケルさまが戻られるなら一緒にと、お待ちしていたんです」
- ごめんね、また心配かけちゃったかな?
「タケルさまの行動はそういった、行 き 当 た り ばっ た りな所が多いので、心配はしましたが、信号を撃たれた方角から、新拠点へ寄られたのだとわかりましたし、大丈夫ですよ」
- そっか、そr…
「でもタケルさまの移動速度なら新拠点からこれほどかかるとは思いませんでした」
う…、遮られたし、メルさんまで頷いてるし…。
何だかもうだんだんリンちゃんが嫉妬深い地雷女にしか見えなくなってくるのがとてもイヤだ。
リンちゃんってもっとこう、素直で可愛くて、一歩ひいてメイドさんしてくれる可愛い子だよね?、あ、可愛いがかぶった。
でもそう考えると俺って、リンちゃんを便利な子と思っていたことにちょっと凹んだ。
そういえばアリシアさんが便利に使ってやってくださいって言ってたもんなぁ、などと少し自分を正当化したいようななんというか、こういうのダメな傾向じゃないか?、俺。
待て待て、正当化って何だよ、俺別にリンちゃんと恋人とか結婚とかの関係じゃないぞ?、メルさんもそうだぞ?、なのに何でこんな考えになるんだよ…?
そうだよ、俺がおどおどびくびくするからそうなるんじゃないか?、何も疚しい事なんて全く無いんだから、堂々としてればいいんじゃないか?
そうそう。俺は悪くない。堂々としよう。なるようになるさ。
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作者追記:
リン「遅かったデスね…、他の女の所にでも行ってたんでしょ!」
リン「あたしはずっと、タケルさまのことを見てますからね」
リン「タケルさまの た め に、メイドになったんです。ずっと側にいられるように」
何だかラベンダーやスズランの香りがする。
余談ですが、サクラがお姫様抱っこ中にタケルの胸元に頬を当ててもたれた時、ぽこぽこ叩いたのはウィノアの首飾りです。





