2ー024 ~ 勇者サクラ
「おお勇者サクラよ、しんでしまうとは情けない」
毎度のセリフ。もうこれで15回程だろうか?、数えているわけではないので正確なところはわからないが。
返事などする気もないのでじっと見る。
やけに恰幅のいいその女性兵士は、返事が無いのを訝しむこともなく、無言で支給品を寝台に置くと、そのまま出て行った。
今まで出会った王族や騎士団の方々は、正しくサクラと発音しているのに、なぜかこの『勇者の宿』の方々は、サクラの『ク』を強調した発音をする。
仕方ないことなのだが、例のセリフにそれがあるのが余計に癇に障るのだ。寝起きというのもあってさらに。
溜息をひとつ。
いつものように今回のことを少し考える。
魔物の襲来が激化してきたのに焦った兵士が、近くで危険だったのを助けて怪我を負い、その中型角イノシシを倒したまではよかった。
が、一旦戻って手当てをしたものの、足を傷めたままだったので、程なくやってきた大型陸亀との戦いが長引いてしまった。
そのせいで周囲の小型と中型に手間取った兵士たちを助けながら、大型亀の歩みを止めるために傷を負わせていたが、少し大きめの中型角サイの突進を避けそこなった兵士がこちらに飛ばされてきて、ちょうどタイミングが悪くそれを避けられず、別方向から来た中型角イノシシの牙に脇腹をやられてしまった。
何れも連戦による疲労で身体強化が甘くなってしまったのだ。
それで『勇者の宿』へと帰還。
過去に経験がないわけではないが、悪い事というのは重なるとこうも厄介だということか…。
全くこんな時期に戦線を離脱してしまうとは、先のセリフではないが我ながら情けない。もっと武力を鍛えれば怪我しなくなるのだろうか…?
と、悔やんでも仕方ない、今はティルラ国境が心配だ。
第二防衛拠点からネリが応援に来てくれるだろうが、ネリの負担を考えると一刻も早く戻らねばならない。
2階の1号室をでて下におり、分かる限りでいいからと現況を尋ねた。
なんとネリも倒され離脱をしたらしい。
これには私も焦ったが、2週間前に復帰して急いで戻ったとの事。
私が倒れたあと、ホーラード王国鷹鷲隊が支援に向かったそうだ。
来るというのは聞いては居たが、支援に向かう予定をかなり早めてしまったようだ。
彼等にはすまないと思った。
するとネリが現地に到着するより前にはもう支援部隊が到着しているだろう。
ならば少しは戦況もましになっているかもしれない。
楽観的すぎだろうか?
とにかく急ぐに越したことはない。
私は支給された100ゴールドで買えるだけの食料を買い、走った。
途中の村などには寄らず、迂回してひた走った。
その甲斐あって、7日後、私の担当であるティルラ国境第一防衛拠点に到着した。
何だ?、やけに人員が少ないな。拠点地域の入り口付近にいつもなら居るはずの衛兵も居ない。
応援部隊が来たのならもっと天幕があり人数がいても不思議じゃないはずだ。
まさか…、それほどの被害があったのか!?
とにかく本営、はまだあるようだ、良かった。いや良くない。
状況を知らねばならない!
本営に入ったが玄関口から奥の部屋までの間には2人しか居なかった。
それほど人員が払底してしまったのか…!?、背筋にいやな汗が流れる。
私は焦る気持ちを押さえながら、座ってこちらを見ていた兵士に勇者の鑑札を見せながら会釈をし、そのまま作戦室を仕切る布を片手でめくって中に入った。
ビルド団長は無事のようだ、作戦台の向かいに居るのは鎧の意匠からすると鷹鷲隊のひとのようだ。
さっと見回すと、中に詰めている人数も明らかに少ない。
ビルド団長の後ろの棚には私の装備や荷物がちゃんと保管されていた。ありがたい。
着替える前に、鷹鷲隊の隊長に挨拶し、厚くお礼を伝えた。
改めてビルド団長に戦線離脱の事を詫び、挨拶をした。
彼は笑顔で『お早いお戻りで良うございました』と言いながら、後ろの棚から装備と荷物を私に手渡し、棚の横の扉を指差して『どうぞ、お使い下さい』と言ってくれた。
それぐらいの余裕はあるような雰囲気なので、ありがたく着替えに使わせてもらうことにした。
ちなみに『お早いお戻り』というのは皮肉ではなく、半年以内に復帰できたことを喜んでくれているだけだ。
何せ『勇者の宿』での快復ターンは最長だと7年もかかるのだから。
扉の奥は、団長が普段執務をするときに使う部屋で、身体を清めることができる小部屋もついている。汲み置きの水が無ければ外まで汲みに行かなければならないが、その必要はなかった。ありがたい。
身を清め、髪を整え着替えを終える、防具の傷んだ箇所は修理されていた。あとで礼を言わねば。
部屋を出ると2人はまだ打ち合わせを続けていたようだ。団長に礼を述べた。
話の途中のようだがと尋ねたが、『サクラ様が現況を知るほうが先でしょう』と言われたのでありがたく作戦台についた。
最前線は現在どこにあるかを尋ねると、何とも言えない複雑な表情をしたビルド団長と鷹鷲隊の隊長が顔を見合わせた。
一体何だろう?
- 何があったんです?
「サクラ様が『勇者の宿』に帰還されてからはかなり苦しい戦いになりました。
第二拠点から時々ネリ様も応援に駆けつけてくださったのですが、それでも防衛ラインを少しずつ下げていく方法でしか対処できなかったのです。
そしてご無理をなさったのか、ネリ様までが『勇者の宿』に帰還されました」
- そこまでは聞いている。そして勇者ハルトが駆けつけてくれて、最前線を国境付近まで戻したのだな。
「はい。ハルト様のおかげでなんとかそこまでは持ち直したのです。
ハルト様はまたしばらくしたら来ると仰ってくださったのですが、それ以上に魔王軍の襲来が増えておりまして、どうしても戦力不足は否めず、少しずつ下がるしかなかったのです」
- そうか…、済まなかった。
「いいえ、我々にも問題のあったことです。話を続けます。
そこにようやく鷹鷲隊が到着しました。
ホーラード王国オルダイン騎士団長のおかげでその夜は2度大型が襲来したのですが、来ることが分かっていたのもありまして、最前線を維持できました」
- まて、分かっていたというのは何だ?、それほど遠くまで斥候を放てたのか?、鷹鷲隊の斥候兵はそれほど優秀なのか?
私はちらっと鷹鷲隊の隊長を見たが反応は無かった。
「いいえ、襲来予定がわかったのは、勇者タケル様の地図があったからです。その時に頂いた地図がこちらです」
彼が棚から取り出し、作戦台の上に広げた大きめの羊皮紙には、まるで航空撮影でもしたかのような詳細な地図が描かれていた。
- ふむ、え!?、何だこれは!、正確すぎるぞ?、一体どんな魔法なんだ。
ざっと見ただけでも分かる、これは恐ろしい精度だ。
彼は空からこれを描いたのだろうか?、飛べるのか?、まさか。
「はい、魔法だと仰っておられました。精霊の加護だと」
- な…?、いや、まぁいい、それで地図のこれが大型ということか。添え書きまであるではないか…。
「はい、それによって大型の速度から襲来予定がわかりまして、準備も早めにできるようになったのです」
- そうか、彼の貢献は多大だな。
そりゃこれだけ正確な地図があるのだ、それを提供してくれただけでその貢献度たるや大きすぎるだろう。何せ樹木や岩などまで記されている、魔物の分布まで写し取られているのだ、魔物は移動してしまうだろうが、それでも正確な地図というのは軍略上大変な価値がある。
元の世界では住宅地図など、書店に行けば地図などありふれていたが、それは長い時間と人手をかけて測量をし続けたからだ。魔物のいる場所でそんな暢気なことなどやれるわけがない。
彼は一体どうやってこんな地図を入手したのだろうか…。
「それだけでは無いのです。こちらが最新として届いた地図です」
そうして彼はその地図を端から丸めて作戦台から避けた。
元からそこにあったのだろう、下に敷かれていた地図を見た私は驚いた。
- は!?、何だと?、この×印は処理済と書かれているがどういうことだ?
古い地図を見てからなのでその違いがよくわかった。
最初に私が気付かなかったのは、作戦台の上に地図があることなんて普通のことなので、まだよく見ていなかったからだ。
「それをお話する前に、現況をかいつまんでお話します」
- わかった。聞こう。
「ホーラード王国オルダイン騎士団長は現在この位置に陣を張っています」
- え!?
「金狼団はその位置で新たに設営作業をしています。
第二防衛拠点の星輝団が女性略取・違法薬物使用・奴隷売買で拘束され、約半数が王都に送られました。星輝団は解体、残りは我が金狼団に吸収されました。
勇者ネリ様は過日、鷹鷲隊と共に派遣された勇者タケル様、メルリアーヴェル姫様と共に、地図上のこれらのダンジョンを毎日順に破壊して回っておられます。
オルダイン団長が居られる拠点は、そのためのものでもあります。
連絡隊を編成し、10日前、ハムラーデル側をご担当なさっておられる勇者ハルト様、勇者カエデ様にこれらの情報と地図の写しをお渡しすべく派遣いたしました。。
同日、ロスタニア側をご担当なさっておられる勇者シオリ様にも派遣いたしました。
双方からの返答はまだありません」
いきなり反応して言いかけた私を片手でとめ、そのままビルド団長は話し続けた。
私は驚きの連続で、眩暈がしてきたかのように思い、無意識に左手で側頭部を支えるように当てていた。
- ちょ、ちょっとまってくれ…。
あまりにも多くの変化がありすぎて頭が混乱してきた。
つまり私が倒れてから派遣された、1年にも満たない新米勇者が大活躍したということか?
「その通りです。
処理済というのは、タケル様が仰るには浄化したダンジョンとその予定地だそうです。
予定地というのは我々が言っていた収束地のことで、放置しているとそこがダンジョンとなる場所だったそうです。
浄化したダンジョンと言うのは、内部の魔物を殲滅し、浄化処理を施してダンジョンを埋めたものだそうです」
- …っ……。
言葉もない。
ダンジョンの浄化?、浄化だと?、内部の魔物を殲滅!?、埋めた?、ダンジョンをか?
ありえない。
地図のこともありえないぐらいのものだが、地図については歴然としたものが目の前にある。認めないわけには行かない。
しかし、それは地図のこと以上に思えた。
本当にそのようなことができるのだとしたら、勇者番号4番、タケル。一体何者だ?
- そ、その勇者タケルとは一体どんな人物だ?
「ネリ様もついておられますし、メルリアーヴェル姫様もご一緒なさってます。
もうおひとり、タケル様についているメイド服の少女がおりますね。
タケル様は大変温厚な人物です。
やっていることは荒唐無稽どころか信じがたいことばかりですが、現にこのように地図を描かれますし、倒された魔物も大型以外は持ち帰られておりまして、食料や素材と我々には大変助かっております。
しかも一切の報酬をお求めにならないのです」
ビルド団長はまるで尋ねられることが予めわかっていたかのようにすらすらと答えた。
なんだその聖人は…。
- 倒した魔物はどんな感じだ?
「全て頭部に穴がございます。おそらく細い槍のようなもので一撃かと」
- なんだと…?、達人にも程があるぞそれは。
「しかし毎朝の訓練では剣をお使いなのです。
槍をお持ちなのはメルリアーヴェル姫様なのですよ。
あ、昨夜ご提供くださった魔物がまだ処理作業中かもしれません。行ってみますか?」
- あ、ああ、見てみたいな。
ビルド団長についていくと、天幕から程近い広場がまるで屠殺場のようになっていた。
ひどい臭いだがそんなもの何十年と勇者をやってればなんともない。
処理前のものはほとんど傷もなく、きれいなものだった。
頭部を見ると、確かに前後か左右か、対になっている小さな穴があいている。
痕跡からすると、片方から入って、反対側へ真っ直ぐ抜けた、そんな感じだ。
- これは…槍ではないな。
穴の周囲は摩擦熱なのか少し焦げている。
銃か?、いや、銃創など見たことはないが、こんなにきれいに抜けるものだろうか?
「こちらのものは穴が1つですね」
言われて注意深く見てみると、いくつかは確かに、穴が1つだけのものがある。
- 中を見たいな。
そう言ってから解体済みのもので穴が1つのものの頭部を割ってみた。
中に小さい石の破片がいくつかあった。
これは、魔法か!?、おそらく小さい石を恐ろしい速さで飛ばしたものだろうか。
土系統の魔法に、確かに石を飛ばすものがあるが、こんな速度で飛ばすことができるのだろうか?、できるとすれば恐ろしい技量だ。
- どうやら魔法のようだな。それもこの数、命中率、恐ろしく正確だ。一体どんな魔法の達人だ?
勇者タケル…。
温厚な性格だそうだが、これは会うのが楽しみだな。
作者追記:
穴が2つのもの = タケルが撃ったもの。
穴が1つのもの = リンちゃんが撃ったもの。
リンちゃんは絶妙な加減をするので石弾が抜けずに中で割れます。
タケルはそこまでの加減ができないので、撃ち抜けてしまいます。
加速で石弾が壊れないように、魔力を篭める時点から加減ができてないのがよくわかりますね。





