1ー002 ~ こそどろ
考えてみりゃ今まで4号室ということに疑問を抱かなかった。
『勇者の宿』ってのもただの名前なんだろうって思ってたしな。
他の部屋には他の客が使ってるんだろう、ってまさか同じ勇者――見習いってそういえばいつまで見習いなんだろう――だとは思わなかった。
そう言えば他の客、ああ勇者か、に全く出会わなかったな。
出会うとすれば最初のうちと、あとは死に戻って復活したとき、ぐらいか。
うん、考えても仕方ない。そのうち縁があるなら出会うこともあるだろう。
それはそうと、ここに復活するってことなら荷物とかここに置いたまま、預けてもいいってことかな?、4号室は俺、って決まってるみたいだし。
まさか居ない間に一般客が使ったりとか、無いよな、無い無い。だって客が居るときにいきなりグロい怪我したやつが復活転送されてきたら大変だぜ?、だから無いと言える。
で、当面の問題は、100ゴールドと初期装備(布袋・着替え・皮水筒)と剣1本、これであの場所まで荷物を取りに行けるかどうか、ってとこだな。
革の胸当ては最初だけなのかな、もらえなかったけど。
あと、森の拠点がどうなってるかも気になるし…。
よし、考えてたってしょうがない、外は夜みたいだけど森の拠点や『東の森のダンジョン村』まで行くぐらいなら初期装備でも大丈夫だろう。
へ?、眠くないのかって?、何言ってんだよ、さっきまで寝てたろが。
死にそうだったんだけどな!
●○●○●○●
森の拠点、と偉そうに言ってるが、草木で作ったぱっと見わかりにくい小屋だな。小屋というほどしっかりしたものでもないが、と謙遜したもんでもないと自負してはいる。
んで、だよ。
夜明けも近いっていうような時間なのに、どうも中に誰かいるようだ。誰か?、いや、何か、だなこの場合は。
いや、分かるんだよ。入り口の扉に仕掛けがしてあってな、解除せずに開くとわかるようにしてあるんだよ。
今まで泥棒とか入ったことは無いけどな、やっぱほら、一度死んだわけだし。用心深くもなるんだよ。仕掛けをしたのは死ぬ前だけどな。
あ、厳密には死んだわけじゃないらしいけどな。まぁ似たようなもんだろう。
そおっと息を殺して中の気配を探る。扉が少し開いたままじゃないか。隙間から中を覗う。
なんか6・7歳ぐらいの幼女?、少女?、っぽい何かがいるぞ?、あっ!、こいつ保存してある燻製食ってやがる!
- おいこら!、このこそ泥め!
「ふがっ!、ひっ!、げほっげほっげほっ!」
びっくりして咽たらしい、ちょうどいいから押さえつけて壁にかけてあったロープで縛ってやろう。
「げっほげほげっほ!、うげっほ!、げぇっほ!」
床というか地面に四つん這いになって苦しんでる隙に、両腕を後ろ手にして腹這い状態にし、そのまま持ち上げて椅子と胴体をぐるぐる巻きにしてやった。
おお、すげー涙目、というか鼻水と涙で酷い顔だな。
「はぁ、はぁ、ひとが苦しんでるのに何してくれるんですかこの人攫い!」
- おぅおぅ人様が苦労して作った小屋ん中で商品である燻製肉を食べ散らかすこそ泥が言うじゃないか、え?
「こ、ここに落ちてたから!」
- 台の下の箱に保管していたものは、落ちてたとは言わないな。確か泥棒は年齢の3倍叩きの刑だったっけ?、衛兵に突き出してやるから叩かれるのを楽しみにしてな。
「ご、ごめんなさい!、もうしません!、叩かれるのはイヤです!」
- だいたい泥棒ってのは捕まったときにはそう言うんだよ。
箱の中をみてみると、おいおい、結構食べたなぁこいつ。1つ5ゴールドぐらいとして、えーっと、残ってるのが14枚だから86枚も食ったのか?、え?、この体のどこに入ったんだ?、んで430ゴールド分か、卸し値だけどな。
- しかしよく食ったな、86枚ってどんだけ腹空かせてたんだ?、欠食児童も真っ青な食いっぷりだ。ノド渇かないか?、
「今日はまだ8つしか食べてないもん!」
- 今日『は』?、『まだ』?
「あっ…」
- おい!、お前さては常習犯だな!、さっき言った『年齢の3倍』ってのは初犯の場合なんだぞ?、常習犯は刺青いれられて鉱石採掘の犯罪奴隷か、腕1本ぶった切られるか選ばされるんだぞ!?、重罪だぞ!
「はわっ!、そんなのイヤです!、ごめんなさいごめんなさいぃぃ、うわぁぁぁん!」
しまった、強く言い過ぎた。あーあ、涙と鼻水大増量だよ、どうしようかなこれ。
- お前さ、まだ小さいのにそんな泥棒稼業しちゃダメじゃないか、どこの子だ?、もう怒らないから落ち着け、な?
できるだけ優しい声、のつもりで、そう言って頭を撫でてやる。
落ち着いてよく見りゃ銀髪だよ、さらさらで結構きれいな髪じゃないか、服の生地や仕立てもなんか良さそうだし、もしかしていいとこのお嬢ちゃんか?、このへんにそんなとこあったか?、領主代行って言ってたっけな、それの関係者か?
とか何とか考えながらも何だか撫で心地がいいというか、で、撫で続けてたら泣き止んできた。
普通なら自分の手で目やらの涙をぬぐったりしてるんだろうけど、生憎いまこいつは両手を後ろに縛られてっからな。
しょうがない、確かこのへんに手ぬぐい代わりの布切れがいくつか…、あったあった。
あまりいい布じゃないから赤くなるかもしれんが、拭いてやろう。
「おj…、お兄さん、何でもします、衛兵に突き出さないでください」
今おじさんって言いかけたよな?、こいつ…。
- 悪いことをしたって分かってるか?、反省してるか?
「分かってます、反省してます…」
だいたいそう言うんだよなぁ…、あ、また目に涙が溜まってきた。せっかく泣き止んだんだ、責めるのはやめてやるか。
- 本当か?、大人しくいう事をきくなら、縄を解いてやる。
「はい、大人しくします」
- おっと、その前にだ。名前は?
「リン、です」
- リンか。可愛い名前じゃないか。そんないい名前を付けてくれたお父さんお母さんが、リンが泥棒をするような子に育っちゃ悲しむだろうが。
おっと、また泣きそうだ、頭を撫でてやろう。
- もう二度とするんじゃないぞ?、両親のためにもいい子にならないとな?、でその両親はどこにいるんだ?
「お父さんは居ません…、お母さんなら…、あ、もうすぐ来るって…」
へ?、狂って?、じゃないか、来るのか。え?、ここにか?、思い出したが夜明けだぞ?、こんな時間にか?
- 来る?、ここにか?
「はい、あ、外にいるみたいです」
え!?、急いで縄を解いてやると、たたっと小屋を出ていった。まさか逃げたんじゃ!?、と思ったが追って外に出る。
何かやけに明るいな。ああ、朝だもんな。
いや、朝なんてもんじゃねーぞこの明るさ!
『うちの子が申し訳ありません』
うぉ!、なんだ眩しい!、そして頭に直接響く声!、なんだこれ!、なんだこれ!