2ー023 ~ ダンジョン潰し
朝起きて、ああそうだよリンちゃんが起こしてくれたんだよ、もういいだろ?、いちいち言わなくても。起きたには違いないんだから。
それでとっくに起きてたメルさんと一緒に日課の訓練をしてたら、ネリさんも起きて外に出てきた。
「おはようございます、タケルさん朝早いんですね」
ネリさんは日本人って言ってたけどドイツ生まれでどう見ても外人さんだ。
こっちでは俺のような黒髪のほうが珍しいんだけど、向こうじゃ苦労もあったろうなーとかちょっと思った。
大人だとそういうの無くなるんだけどね、子供のうちってそういうのあるって聞くしさ。
特にネリさんは16でこっちに来ちゃったらしいから。
でもまぁそんなの俺がとやかく言うこっちゃないし、俺は俺で普通に接するだけだ。
だってネリさんの言動って、もうなんか普通に日本人なんだもん、そのうち慣れるけど、見かけとの違和感が半端ない。
- おはようございます。昨日は夜だったんですが、いつもはこうして朝やるんですよ。
「そうだったんですか、ご一緒しても構いません?」
- ええ。どうぞ?
ちょうど剣の訓練中だったので、3人並んで剣の型の訓練をやることになった。
それでまた最初からやることにした。
基本の型をゆっくり繰り返し振り、そして通常の速さで繰り返し振る。この世界での共通の訓練法だ。
まぁ準備運動のようなもので、それから幾つかのパターンを組んだものを振るというセット運動に入るんだが、これもちゃんと真剣に――特に実剣を持ってる今日のような場合には。ダジャレじゃないぞ?――振らなくちゃ訓練にならない。
「タケル殿、まだ今の部分の繋ぎが甘いですね、もうすこし後ろ足に体重を残す感じにしたほうがいいかもしれません」
- あっはい。えっと、こうですか?
「それだと残しすぎです。流れを意識して、こういう感じで」
- ふむ、なるほど。
こうやっていつもメルさんは剣の訓練をしているときは、時々このように注意してくれたりしていろいろと教えてくれる、説明もなかなか合理的でわかりやすい、実践的、とでも言おうか、今回は相手の区別はなかったが、相手が魔物か人間型か大きさはどうか、という想定で動きが微妙に変化する型のセットもあるのだ。
そういうのもちゃんと分けて説明をしてくれたりする。実に律儀で丁寧な先生だ。可愛いし、素晴らしい。
「わぁ、勉強になりますね、タケルさんいつもこうなんですか?」
- そうですね、剣の訓練中はメルさんが先生です。
「タケル殿は生徒として優秀すぎるので、そうはっきり先生と言われると照れますね…」
後頭部に手をやるのはこっちでも同じなんだな…、可愛いなそういう照れた仕草。
おおっと、リンちゃんがほんの一瞬だけ魔力をぶわっと…。平常心平常心。
- でもメルさんの指導はわかりやすくて合理的で、覚えやすくてありがたいんですよ、実際。
「へー、メル先生!、あたしのも見てもらえますか?」
「ネリ殿は既に師範について居られるのではないでしょうか?、なので私が口出しするとせっかく出来上がりつつあるものが乱れてしまうかもしれません」
「え!?、今少し剣を振ってたのしか見てませんよね?、それだけでわかるんですか?」
たぶんネリさんはノリみたいなもので言ってみただけ、だったんだろう、それが思っても見なかった返事だったので驚いたようだ。
軽い感じの笑顔だったのが目を見開いて引き締まったのがわかった。
「はい、足捌きや振り方などに特徴があるのがわかります。それでどなたかに師事されているのではないかと思ったのです」
「あたしはサクラさんに、あ、勇者サクラさんなんですけど、あたしがこっちに来てしばらく全然うまくいかなくて悩んでたときにお会いしてからずっと、剣を教えてもらってます」
ネリさんはそれは嬉しそうに、まるで自分にサクラさんの影響があることが自慢であるかのように話した。ああ、たぶんそうなんだろう。
「勇者サクラ様というと、剣の勇者ですか。私は話にしか聞いたことがないのですよ、剣を志す者として、一度はお会いしてみたい勇者様ですね」
にっこり微笑むメルさん。
2人の笑顔に釣られて俺もなんか嬉しくなるね。いいよね、こういう美少女2人がにこにこして会話してるのって。
内容は剣の話とかちょっと物騒だけどさ。
そこからネリさんのサクラさん賛美が始まった。
賛美部分を除けばだいたいこういう話だった。
勇者サクラ。
幼少より祖父が懇意にしていた近所の剣道場に通い、真面目な性格と、祖父や父親が時代劇関係の仕事をしていたのもあって、ずっと剣道に取り組んできたらしい。
中学と高校が由緒あるお嬢様学校で、残念ながら薙刀部しかなく、大会出場経験はないが、高校在学中に3段を取得。
へー、高校生で3段ってほとんど最高レベルだよな。確か。剣道やってたやつが言ってたような覚えがある。そいつは初段だったけど。
こっちの世界には19の時に転移してきたそうだ。
以来40年余りこっちで勇者として活動しているんだと。ベテラン勇者だね。
ネリさんは転移してきて半年近く死にまくって――当人の弁。前回が5回目らしい。死にまくるってほどでもないよな…?――辛かった時期に、たまたま快復ターンを終えたサクラさんと出会って、いろいろ教えてもらっているうちに心酔したんだってさ。
それがだいたい9年ほど前だそうだ。
それでずっと剣を教えてもらってたんだって。
ああ、だから武器が刀っぽい形なんだ。それもサクラさんとお揃いで作ってもらったんだってさ。
スゲー嬉しそうに話すもんだから、訓練停止状態だよ。汗引いちゃったよ。
「そうだったのですか。やはり私から教わる必要はありませんよ、勇者サクラ様の御指導をお続けください。そのほうがネリ殿にとっては良いと思いますよ」
「そんな、メル様、遠慮なんてしなくても…」
「いいえ、遠慮ではないのですよ。剣は基本は同じでもそこから先には流派、と言ってもいいかもしれませんが、それぞれの流儀があるのです。ある程度極めるまでは、そこに迷いがないほうがよい剣士に育つといわれています。私もそう教えられ、育ってきた一人でもあるのです」
「そうなんですか、わかりました!、ありがとうございます!」
断られたことに納得が行ったのか、はきはきとした態度でお辞儀をしたネリさん。
「はい、では訓練を続けましょう、タケル殿、連携技の最初からやりましょうか」
- はい!
そういえば元の世界の剣道にも流派があった。
基本的なものは同じだけど、そこからが違うんだそうだ。
なるほどそういうものか、と思った。
ネリさんがこっちに戻ってくるときの話で、『勇者の宿』を出るときにサクラさんの石の色が紫だったらしいから、そのうちこっちに来るらしいので会えるんじゃないかな。
お姫様のような黒髪ストレートで、姿勢正しく、まさに凛とした性格と佇まい、大和撫子を体現したようなかっこいい女性だって、ネリさんが大賛美だったので会うのがちょっと楽しみだ。
あ、でも怖い人じゃなければいいな…。
●○●○●○●
毎日そんな感じでスタートして、風呂で汗を流して朝食を摂ったあと、ダンジョンを虱潰しにしていく作業をしていった。
第一防衛拠点のほうも方針が決まったようで、こないだ3つ目って言ってた元ダンジョンのすこし東側のあたりに新しく防衛拠点をつくって、第二防衛拠点の人員も合わせてそこで防衛をするってことにしたようだ。
そこにはオルダインさんが詰めてて、現場の指揮をとってるんだってさ。
俺たちもそのうちそっちを拠点にしなくちゃね。毎回第二防衛拠点まで戻るのもアレだし。
戻るとき、転移でもいいんだけど一応帰路に魔物が居ないかチェックするために走ってる。そのほうが兵士さんたちの負担も減るからね。
何せ兵士さんたちの総数がすごく減ったから。
そうそうその理由、第二防衛拠点を担ってた星輝団は解体して、第一防衛拠点を担ってる金狼団に吸収されたんだってさ。
犯罪に加担していた星輝団の主だった連中とか含めて結構な人数が護送されてったよ。見てないけど報告だって言われて話だけは聞いた。
そんなどーでもいい話をこっちにもってくるなと言いたかったけど、これも勇者の務めなんだとさ、ネリさんが言ってた。
数日後、オルダインさんが指揮してる拠点がある程度形になったってことで、俺たちも今の小屋を潰して、そっちに小屋を作り直して移ったよ。
と言っても場所が変わっただけでやることは同じだ。
毎日起きて訓練して風呂入って朝食。出かけてダンジョンまで走って中の掃除して崩して帰って風呂入って食事作って食べて寝る。
1日1ダンジョンなのはだんだんと距離が遠くなってるからだ。
もう戻るの面倒だからって、一昨日からは掃除したダンジョンの中に小屋つくって泊まってる。そんで出るとき小屋潰してダンジョンも崩して出る。
「何でダンジョンなのに夜とか朝とかわかるんですか!?」
ってネリさんが訊いてきたけど、『リンちゃんは光の精霊さんだから』で納得したらしい。
俺にしてみればそれでどうして納得できるのか不思議だったけど、よく考えてみたら俺も最初はそれで納得してたんだった。
あ、ちゃんと訓練などの生活サイクルは変わってないよ。
朝とか夜とか俺ももうわかるんだけどさ、夜はともかく朝はまだリンちゃんに起こしてもらわないと起きない。起こされればすぐ目覚めるんだけどねー、なんだろうね。
リンちゃんに甘えすぎ?、いいじゃないか別に。
魔物が来たらちゃんと分かるんだからそれで起きるって。たぶん。
だってリンちゃんが結界張ってるし、掃除したダンジョンは、闇の魔力ポイントも散らしてあるから魔物も湧かないんだよ。
その魔力ポイントだけど、最初のうちは帰り際にやってた。でも帰りにまた魔物が湧いてたことがあってさ、層が増えると1層とかの最初のほうから時間があいちゃうので、湧くことがあるんだよ。
それで魔物を掃除しながら魔力ポイントも散らすようにしたってわけ。
だから寝るときには安全。魔物は来ない。来たことがないから『たぶん起きる』としか言えないんだってば。
訓練では、ネリさんは武力だと思っていたものが魔力だということを、もうすっかり理解ったようで、魔力系の訓練にも身が入ったようだった。
メルさんと一緒にプラムさんのテキストで頑張っていた。
ところで例の斬撃を飛ばすやつの話な。
サクラさんは『風刃』って呼んでたらしいので俺もこれからそう呼ぶことにするが、それをできるようになりたい!、ってネリさんが言い出してさ、メルさんは当然のようにできるのを知ったネリさんが、しつこく頼み続けたのに根負けして『わかりました、伝授します』なんて言って教えることにしたようだ。
もちろん俺なんかの出る幕もなかったんだけど、メルさんのやってたものはリンちゃん曰くかなり非効率らしい。
俺がちょっとその風刃についてリンちゃんに尋ねたときに、ぼそっと『あれでは効率が悪いのでタケルさまは参考にしちゃダメですよ』、なんて言ったのが2人に聞こえちゃったんだよね。
そりゃもう2人ともスゲー食いつきでこっちに迫ってくるわけで。
余計なことを言うから…、って目で見たらリンちゃんもしくじっちゃったthprみたいな可愛い仕草してたけど、ごまかせるはずもなく、俺もやるから教えてあげようよ、って言ったわけで。
それでリンちゃんも『タケルさまがそう仰るのでしたら』ってことで3人で教わることになっちゃったわけだ。
それでまぁ、俺は元々教わってたのもあったし、ここしばらくは風刃のこと忘れてて――魔法のほうが使いやすくなっちゃったからね――やってなかったが、ある程度まではできていたのですぐにコツも飲み込めて、実用レベルにまでできたんだけど…。
問題は2人なんだよ。
メルさんはメルさんで、染み付いた動きやほぼ無意識にやってた魔力操作のクセがなかなか抜けず。
ネリさんはネリさんで、魔力操作や魔力感知にまだ不慣れだからなかなか上手くいかず。
時々黒くなったリンちゃんに2人ともスゲー叱られてたけど、ネリさんは今朝ようやく風刃が出せるようになった。
で、そうすると『試したい!』ってなるのも必然ってやつなわけで。
しょうがないから中型を1匹?、1頭?、ネリさんに回してあげた。
え?、何偉そうに言ってんだ先輩だろ?、って?
そうなんだけどさ、こっちはまさに見敵必殺なんだよ。見える距離になったら石弾スパっと撃つだけ。発射時には風の筒みたいなので音もそんなにうるさくないように配慮した、サイレンサーバージョンだぜ?、こないだから『スパスパ撃つ』って言ってたのは比喩じゃなくそういう音なんだよ。ん?、スボッ?、フボッ?、まぁいいや似たような感じなんだから。
とにかくあまり遮るものなんてあまり無い、ところどころ木があったりでかい石があったりはするけど、こんな平原なので、結構遠くまで見える。
そんで見えたら撃つ。パッシブの魔力感知もあるので見える前から居ることは分かってるしな。
そんな距離なんて俺どころかメルさんの風刃でも届かない。つまり近接の出番なんてないんだよ。
それに、軽くだけど身体強化して走りながらなんだぜ?、処理するダンジョンも層が増えてきてて、1層ごとの距離は短いし範囲もそんな広くないけれど、手間がかかるので移動に時間をとりたくないんだよ。
だからそうやって移動中は見敵必殺で魔法でさくさく倒してるわけ。
でもネリさんが試したいって気持ちもわかるから、仕方なく1匹だけ残して、魔物がこっちに来るのをわざわざ近くに音たてるなどで気付かせて釣って、それでネリさんが倒すのを待つわけなんだよ。
わかるだろ?、まぁ、休憩にしてこっちが待ってるとか時間の浪費してるとか、気付かせないようには気を遣ってるんだけどさ。
気持ち的には、『回してあげる』なんだよ。
上から目線?、そういうんじゃないんだけど、もういいよそれで。
ダンジョン内部も、もう一本道じゃないことがあって、分岐だとか行き止まりだけど魔物がいる、ってこともあるので、そういうときは3人に先に行ってもらって、俺だけ分岐のほうを処理しに行ったりする。
メルさんとネリさんの安全のために、リンちゃんには支援に回ってもらってて、魔物の処理のメインは2人にやってもらってるわけ。
え?、リンちゃんがスパスパ撃ったほうが早いだろって?、そうなんだけど、2人も活躍してもらったほうがいいんだよ。2人とも適度に戦闘があったほうがゴキゲンなんで。
もうダンジョン内にも大型が居るしさ。
そりゃーもう喜んで戦ってくれてるよ?、いい汗かいた、みたいににこにこして。
実は俺が分岐のほう処理して追いつくのに必要だったりするとか言っちゃダメ。
リンちゃんには言わなくても伝わってるので、そこらへん支援でうまく魔物の数を調整してくれてるっぽい。
分岐が長かったりするとき、追いつくまで時間がかかりそうだと、リンちゃんは魔物の数や動きをこっそり誘導したりして、ちょっぴり苦戦するように演出してたりするようでさ、追いついたときには毎回そこでお茶するんだけど、『いやぁ今回はちょっと苦戦しました、ハハハ』とか、『メルさんがあそこで助けてくれなければ危なかったかもしれません』とか、『2人の連携がうまくいってよかったですね』とか、『次はこういう動きはどうでしょうか?』とかで2人とも上気した顔で興奮冷めやらぬ様子で実に楽しそうに話してくれたりしてる。
え?、チョロい?、ダメだよそんなこと思っちゃ。
可愛い女の子がゴキゲンで居るんだからそれでいいんだよ。
俺も見てて目の保養になるし、微笑ましいのは嬉しいじゃないか。
だって見た目どうみても小学生が鎧着てるのと、高校生が革鎧着てるののペアだよ?、そこに小学生ミニスカメイドだよ?、それがにこにこお茶してんのよ?、な?、微笑ましいだろ?
何だよモゲロって。誰にも手なんて出してねーぞ?





