2ー021 ~ 勇者ネリ
「おお勇者ネリよ、しんでしまうとは情けない」
ああまたもう…、イラっとするこのセリフ。
でもそんな事より情けないのがあんな女たらし団長にいいように操られたあの…、うひー思い出すだけで悶絶しそう。
「どうしたんです?、どこか痛むんですか!?」
- ああ、そういうんじゃないです。すみません心配かけました。
目覚めた瞬間、頭を抱えて寝台の上をごろごろ悶えてればそりゃあ心配するよね。
ああああでもどうしてやろうかあの女たらし…、ううぅ、このあたしがあいつにあんな事を言わされたなんて…、畜生…、あっ、サクラさんは?
「そうですか、ではこれが支給の100ゴールドと布袋です。では」
- はい、ありがとうございます。
返事をしたら会釈してさっさと部屋を出て行った、やけに恰幅のいい女性兵士さんを見送った。
そういえば復活したときっていつも寝台の板の上にそのまま寝かされてるのよね。
ごろごろしたせいで肘とかちょっと痛い。
あたしの部屋は12号室。『勇者の宿』の3階にある。
勇者番号12番、ネリ。
もちろんネリは通称名で、本名はネリマ=ベッカー=ヘレンと言う。
一応言っておくけどヘレンの愛称がネリーなのよ?
生まれも親もドイツ人だけど、父親が日本人と再婚して入り婿になってるからこんな名前になってる。物心ついたらもう日本だったので日本語しか話せない。外人扱いされることもあったけど、そんなのしょうがない。だから気にしない。
自分では日本人のつもりだし。
16の時に通り魔っていうのかな?、後ろなんて見えないから何が何だかわからないけど、いきなり背中に衝撃があって、目覚めたらこの宿だったわ。たぶん死んだんじゃないかな、あっちで。
それから9年、勇者だなんて最初は納得行かなかったし、悩みもしたけどもう慣れたわ。
というわけで下でサクラさんの容態を尋ねないと。
そして急いでティルラ国境の担当区域に戻らないと!
1階で兵士のおばちゃん、って心の中では呼んでる兵士さんに勇者番号1のサクラさんについて容態を尋ねた。
壁の石が紫だったわ。ならまだ少しかかりそう。仕方ないので一人で戻りましょうか。
●○●○●○●
『勇者の宿』の詰所でだいたいの地図を写させてもらい、勇者の鑑札を発行してもらって、気合いで身体強化して走る。
とにかく100ゴールドしかないんだもん、あと支給された片手剣と背負い袋だけ。
だから雑貨屋さんでパンとかできるだけ買って、あとは道中で魔物とか狩ってなんとかするしかない。
商人ギルドに預けてあるお金ならあるけれど、『ツギの街』まで行かなければ商人ギルドがないし、ギルド証はティルラ国境第二防衛拠点の荷物にあるから、とにかくそこに行くしかないのよ。
あたしの装備、ちゃんと拾って確保しておいてくれてるかなぁ…、あの女たらし団長が、あたしへの『魅了』が解けてるって知らないなら、集めておいてくれているかもしれない。
いや、でも『魅了』が掛かっているならどうにでもなるとでも思って荷物が処分されているかもしれない。
時間がかかればかかるほど荷物は無事とは思えないし、どうやら今回の復活で2ヶ月ちょいかかってるみたいだから心配は心配だわ。
そんなことをパンをかじり皮袋の水をちびちびと飲みながら走り続けた。
少し休んでは、街道を離れて適当に狩りをし、隊商や旅の人の焚き火にお邪魔して肉を分けながら焼いて食べたりした。
まだそんなに連続で身体強化を続けられないのだから仕方が無い。
弱い強化状態なら1日程度余裕で持つんだけどね。
本気の強化状態だと速度は出るが、数時間がやっとなのよ。
とにかく急いで行かなくちゃっていう気持ちでつい本気で走りそうになるけど、中間ぐらいの強化にして連続で走ったほうが早いわね。
荷物のことはもちろん、現地の状況も気になるし。
第二防衛拠点まであと半日走ればいい距離にある村で、ホーラード王国から騎士団がティルラ国境へ支援部隊として派遣されたと聞いた。
騎士団が通ったのは4・5日前らしい。
ならもう第一防衛拠点には到着してるはずね。
あたしは少し安心しながら村長が提供してくれた部屋で休むことができた。
翌朝、村長に厚くお礼を言って出発。
村長は、『あれだけの肉や皮をご提供してくださったのですから、むしろこちらがお礼を言いたいくらいですよハハハ』って言ってたけど。
よし、現地での力を温存しなくちゃって思ってたけど、あの有名なホーラードの鷹鷲隊が支援に向かったのなら、第一防衛拠点の心配は要らないわね。
第二防衛拠点のほうはもともと第一よりも頻度が少ないし、これなら最高速で走っても何とかなるわ。現地で少し休めばいいし。
やっと到着したわ。この距離を走るのは2度目とは言っても、結構つらいわね。
- はぁ?、あたしの顔を覚えてないっていうの!?
「いえ、団長が言うには半年はかかるだろうと…」
- 早く戻ったならそのほうがいいじゃないの。通るわよ!
「あっ、おい!、捕まえろ!」
なんですって?、勇者であるこのあたしを捕まえる?、バカなの?
こっちは荷物が心配で急いできたってのよ、邪魔するんじゃない!
全員ぶん殴って倒したわ。ふん、そこらの兵士が敵う相手だと思ってるのかしら。
本営の小屋に行くと、黒髪黒目の男性と入り口のところでばったり出くわした。
少し話をしたけど、危険な人じゃないみたいだし、とにかく用事を済ませましょう。
- はぁ?、装備は回収していない?、ですって!?、んじゃ荷物は?
「天幕が残ってれば、まだあるんじゃないですかね?」
そんなふざけた事を言った副団長はぶん殴ってやった。
「ネリ様、どうか落ち着いて!、人をやって確認させますので!、さぁこちらで座って、少し話をしましょう」
あ、こいつまだあたしが『魅了』状態にあると思ってるな?
腰に回そうとした手を叩き落としてやった。
「な、何を!」
- すぐに探してきて。装備の回収もよ。急いで!、ハリィ!ハリィ!ハリィ!!
「ネリ様、とにかくこちらでお茶でも飲んで、一旦落ち着きませんか?」
- 媚薬入りのお茶をまた飲ませるの?
「媚薬なんてとんでもない。出撃前にあれほど語り合ったじゃないですか、もう忘れたんです?」
- それを言うなー!!
あ、ついぶん殴ってしまったわ。まぁいいわ。ムカついてたし。
ついでに数人襲ってきたんで全部ぶっ飛ばしてやった。
あーあ、やっぱり荷物は無事じゃなかったかー、商人ギルドにほとんどは預けてあるから諦めはつくとして、でも武器は痛いわね…、あれはサクラさんとお揃いで仕立ててもらった刀なのに…。
ひとつ深呼吸。
しょうがない、そこらの兵士用の装備で我慢しよう。
あとはあの新人勇者くん、えっと、タケル君だっけね。
天幕とかももうないし、荷物もお金もないからしばらく厄介になろうかな。
可愛い女の子2人も連れてたんだし、天幕ぐらいあるわよね。
それにしても、ひとりは槍もって鎧装備で、もうひとりはメイド服ってどうなのよ?
この女たらし団長みたいなヤツだったらどうしよう…?
●○●○●○●
「そうですか、それは災難でしたね」
外で待っていたタケル君は、中での騒ぎをかいつまんで話すと、まるで触れたくないかのようにそんな言い方をした。
何だか頼りない感じね…。
不満げにあたしが言い返そうとした寸前に、彼が言ったその次の言葉に我が耳を疑った。
「勇者の鑑札、商人ギルド証なら、こっちにありますよ」
- え!?、どうして…?
「どっちも魔力を帯びているアイテムなので、わかるんですよ。ついてきてください」
そう言うと彼は歩き出した。
しばらく歩くと星輝団の食料庫だった。
- ここは食料庫だって聞いてるけど…?
「そうですか、中身はたぶん違うと思いますよ。少し荒事になるかもしれません。構いませんか?」
- え?、ええ。いいわ。やってちょうだい。
「では」
そう言うとドアが吹っ飛んだ。ドアの左右に立っていた護衛の兵士も吹っ飛んでいた。
え!?、え!?、魔法!?、無詠唱?、エアハンマーだっけ?、今の。
元の世界のゲームなどではお馴染みの魔法だけど、実際この目で見るとは思わなかった。
彼はずかずかと中に入り、『何だてめぇ!』とか何とか言って威嚇してきた連中を片っ端から電撃!?、え!?、『バチッ!』って聞こえたけど電撃よね?、これも無詠唱なの!?、ちょっとちょっとすごいじゃないのこのひと。
それで無力化していった。
木箱をすぱっと斬って、今、腰の剣抜いた?、まさかこれも魔法?、一体何なのよ…。
中身の袋を取り出し、あたしのところに持ってきた。
「この中に鑑札と商人ギルド証がありますね。確認してください」
- は、はい。
お金の入った皮袋は抜き取られていたが、あたしの荷物で間違いない。着替えや水筒、地図にロープにナイフやランタン、あとは小物がいろいろと。鑑札もギルド証もあった。
- ありました。あたしの荷物で間違いないです。
「そうですか、それはよかった。他に装備などは?、特徴はありますか?」
- えっと、刀のような形の両手剣、片刃のものを使ってました。高かったのであれがないと辛いです。
「防具は?」
- 防具は特に、女性用ですし、革鎧ですから、ありふれていますし…。
「ふーむ…、ああ、刀っぽい剣ですか、柄のところに紐を編んで鈴?、ベルかな、そんな飾りがついてますね」
- あっ!、はい!、それですそれです!、どこにあります?
「それならこの下に、ああ、そこの床が開くようですよ、梯子がありますね」
そう言いながら彼はつかつかと歩いてその床を、手を使わずに弾き飛ばして、梯子を降りていった。
慌ててあたしも追いかける。
梯子の下は地下室があった。奥に続くのか扉も見える。
足元にはさっきの蓋が破裂したせいか、兵士がひとり伸びていた。
しかし酷い臭いだ。薬品のような香のような…、香!?、まさか…
「あ、降りてきちゃったんですか。んー、この先は見ないほうがいいかもしれませんよ?」
- もう何となく察しはつきます。大丈夫です。
「そうですか。リンちゃーん!」
「はい、タケルさま?」
「メルさんにはそのまま外を見張ってて、って伝えてくれるかな?、そしてリンちゃんは降りてきてくれる?」
「はーい、わかりました!」
梯子の上から覗きこんでいたメイド服の子が返事をして、またすぐに戻って降りてきた。
あたしにはこの先を見ないほうがいいなんていいながら、こんな小さな子に見せても大丈夫なのかな?
彼は気にした様子もなく、ひびが入って奥に食い込んでる木製の扉を、また手を使わずに斬ると、崩れ落ちた扉の破片を踏んで中に入った。
あたしも続いて入る。
中はひどいものだった。
壁際に鉄の杭があり、そこに鎖で繋がれた女性が4人、全裸だった。
目は虚ろで、手枷が嵌められていて、杭の鎖は首輪に繋がっていた。首輪!?、まさか奴隷の首輪!?
「助けるしかないんですが…」
そう呟くタケルさん。もう『タケル君』なんて気軽に言えない。実力は遥かに彼のほうが上だ。
彼は腰のポーチから大きい布、毛布!?、え?、魔法の袋!?、実在したの!?
驚いているあたしをよそに、彼はいつの間にか首輪や手枷を外しながら女性に声をかけていた。
「もう大丈夫です。怪我も治します。食欲が出たら美味しい食事をして、お風呂に入って、ふかふかのベッドで休みましょう。大丈夫、僕が守りますから。大丈夫、大丈夫…」
なんという人だろう。見ていて涙が溢れてきた。
ふと見るとメイド服の子も同じようにして女性を解放していた。
●○●○●○●
「おい、そこをどけ!、チビ助!」
食料庫とは真っ赤なウソだったらしいこの倉庫の前で立っていると、10人ほどの兵士の格好をした野蛮人たちが現れ、代表格のでかいやつがそう脅してきた。
「勇者タケル様より、誰もここを通すなと厳命されている」
当然、こんな連中に遅れをとるような私ではない。
名乗りこそしないが、押し通ろうとする者には容赦するつもりもない。
リン様には『殺しても構いません』とお墨付きを貰ったしな。ハハハ。
「どうやら痛い目をみたいらしいな、ゲハハハ」
「坊やだと思ったらお嬢ちゃんじゃないか、これは楽しみだ、フハハハ」
半円状に囲むように広がり、それぞれ得物を抜く連中。
何人かは下品な笑いと脅し文句を言ってきた。
抜いたのならもう殺してもいいということだな。
私は槍のカバーを外すつもりも槍を使うつもりもないが。
何故か?、槍が穢れるからだ。
自然体で立ったままの私に、3方から襲い掛かってきた。
が、遅すぎる。
「ぐっ!」「おぇ!」「おごっ!」
「どうした?、この程度か?」
一瞬で3人が吹っ飛んだのを見て残りの連中はひるんだようだ。
「では今度はこちらから」
そう言って突っ込んでいく。こちらは身体強化してるのだ、身体強化をしていないザコ兵士なんて止まっているようなものだ。
犯罪捜査をしているわけではないのだから、問いただすことがあるわけでもない。
だから全部ぶっ倒した。
一応、殺してはないぞ?
20180707 誤字修正
20180815 誤字修正。まだあるとは…orz





