2ー018 ~ 魔物が来る原因
結構気合を入れて広範囲に調べたところ、どうやらティルラ王国の国境から西の地域、元は1つの国だったようだけど、その国にはダンジョンがいくつもできているようだ。
魔物の収束地ってのはそのダンジョンの予備軍のようなものだということが分かった。
というのも、魔物がそこで増えた角やダンジョンの一部のものを持ってきて置いておくと、その闇の魔力によってダンジョンが生成される…、というのが観察していたことからの推測だ。
ダンジョンが生成されるには結構な年月がかかるようで、今すぐにダンジョンができたり、いきなり深いダンジョンになったりはしないようだ。
その説がもし正しいなら、ティルラ王国に近づくほど新しいダンジョンで、浅いということだ。
ダンジョンでは魔物が発生しやすく、誰も中に入って討伐したりしていなければ、そのうち魔物は溢れて出てくる。
元の世界の創作物によくあった、『スタンピード』というのはこの世界には無いようだが、溢れるまで溜まらなくても、増えれば縄張りの都合上か何か知らないが、出てくるようになる。
そして今ここで起きていることのように、ダンジョンの欠片――仮にそう呼んでおく――を魔物が運び、新たなダンジョンの種とする。
それによって魔物の地域侵略になっているということかもしれない。
あれだ、まるでキノコを栽培して増やして食べるアリ、だっけ?、そんな感じじゃないか。
まぁそれで全部のダンジョンの説明がつくとは思えないけれど、とりあえずこの地域はそう考えると魔物の行動にも説明がつく。
ということを踏まえて、もってきた羊皮紙に広範囲な地図を焼き付ける。
それを見ると、ティルラ王国に近い側に、ダンジョンが2つ、収束地が2つあることがわかる。
さらに、南側、ハムラーデル王国に近い側にもそれぞれ2つずつ、北側はロスタニアとの境目近く、山脈の間を抜けるところに収束地がひとつ、そこから10kmほど離れたところにダンジョンがひとつあるようだ。
それ以外は、それぞれ内側にひとつずつ、まるで西の海からやってきた魔物が長い時間をかけて点々とダンジョンという拠点を作りながら東へ移動してきたかのようになっているのがわかった。
ということは、国境側からそれぞれ3国ぶん、ダンジョンを潰していけば、魔物に侵略されたこの地域が塗りつぶせるってことだ。
もちろん簡単じゃない。それはわかってる。でも今みたいに待ち構えているだけではきっとジリ貧じゃないかな。
さすがにこんな数百キロ単位の電波魔法レーダーを使ったら疲れた。
リンちゃんは『もう驚きません。でも限度ってものがあると思います』って笑顔なのに口調は呆れてた。
うん、気持ちはわかるよ。
それでお昼近いので、急いで戻ろうって話したら、小屋に石板仕込んであるのですぐ戻れますよ、だってさ。俺そんなことすっかり忘れてたよー。
抜け目ないよなー、この子。
●○●○●○●
何食わぬ顔をして転移した小屋から出てくる俺とリンちゃんに、警邏の兵士さんが少し小首をかしげながら通り過ぎて行った。
あれっ?、中に居たんだっけ?、みたいな事思ってたんだろうなー、うん、わかるわかる。
まぁそれはそれとして、出来合いのものをポーチから出して、リンちゃんがテーブルに布をかけてお茶セットを並べてるところにお皿ごと出した料理を並べて食べた。
食後のデザートはモモさん作のロールケーキだった。すごいなホントあのひと。素材とか何がとかさっぱりわからんが美味かった。
どうせクリームだって卵は元の世界のニワトリじゃないし、ミルクは牛乳じゃないだろうし、小麦粉って言うけど小麦だって元の世界の小麦とはちょっと違う気もするし、とにかく異世界素材まみれなんだから、俺もよく知らないし説明されても覚えられないからどうしようもない。
ロールケーキって言ってるけどそれも俺が見た目からそう思っただけで、ちゃんと名前があるかもしれない。
名前言われても覚えられる自信ないしなぁ…。
だから食レポはできない。諦めてくれ。
食後にお片づけをしたあと、本営に行ったら何か皆が不安そうな顔で模型のある作戦テーブルのところで会議していた。
どうしたんですか、って尋ねたら、そろそろ予定していた大型が見えるはずが、斥候を出しても見えないし、中型や小型もぱったりと来なくなったから不安になってるんだそうだ。
あ、それ原因俺だわ。申し訳ない。でもまだ言わないよ?
そのせいかちょうどオルダインさんたちも混ざっているようなので、作った広範囲の地図を見せて、あくまで推論ですけど、って前置きをして説明をした。
すると思い当たる節がいくつもあって、少なくともこの地域ではと前書きがつくが、合点が行ったらしい。
かといって現状の拠点防衛のようなものと、ダンジョン探索や殲滅をするのとは訳が違う。
だからすぐに打てる手がない。
なので提案した。
- 今日はこの広範囲探査で結構消耗しちゃったので、明日でよければこのダンジョン、ちょっと入って調査してみますよ。比較的新しいダンジョンならさほど深くもないでしょうし。
「えっ?、それは助かるのですが、まさかお二人でですか?、いくらなんでもそれは…」
「タケル殿が行くなら私も付いていくぞ?」
「メルリアーヴェル姫様も出られてしまっては、オルダイン団長だけでここを防衛することになります、まずいのでは?」
ビルドさんが心配そうにオルダインさんに尋ねた。
「もしかして今日魔物がやってこないのは、収束地の向こう側あたりまでの魔物をタケル殿たちが倒されたからではないですかな?」
うわーオルダインさん勘良すぎじゃね?、状況判断かな?、何にしてももう正直に言うしかない。
- はい、ちょっと全体的な状況を知りたくて収束地の向こう側、地図でいうとこのあたりですね、ここまで行って広範囲探査をしてきました。ついでに途中の魔物は、当然襲ってくるので掃除しておきました。あ、倒した魔物は大型以外は持ってきてますので、後で外の広いところに並べますね。
「そうでしたか。ということはダンジョン探査に行かれるなら、こちらに来る魔物はかなり減るでしょうな。ならば対大型人員が私一人でも問題ありますまい」
この発言で方針が決まった。
さすがのオルダインさんだと思った。何ていうのかな、言わないけどさ、ビルドさんとは貫禄が違うっていうかさ、ビルドさんも眼光は鋭いんだけどね。
纏ってる空気が違うっていうか、ああ、オーラが違うって言えばいいのか。
でも達人級のひとって身体強化のレベルというかランクというか、そういうのがもう全然違うんだよね。メルさんと森の家でしばらく一緒だったせいで慣れたけどさ。
それで俺とリンちゃんは外にでて今こうして午前中に狩った中型小型をせっせと並べてるんだけども、そのメルさんがなぜか俺の後ろに、まるで金魚のフンみたいについてきてて『ふふっ、ダンジョンか…』とか、『ふへっ、タケル殿と肩を並べて戦う…』、『楽しみだ…』、『タケル殿の本気を…』、とかなんかぶつぶつ言ってはニヨニヨしてんのよ…。
近いから聞こえてるし、こっちはパッシブで感知できてるから後ろでどんな表情してっか見えてるってか、今身体強化そんなにする必要ないですよね?、わ、またぶつかりかけてたでしょちゃんと前みてくださいよ、その槍そんなに魔力注いだら先から電撃漏れてあぶなっ、素振りやるならもうちょっと離れて、ちょっ、マジであっち行ってやってくれませんかね、あっ!、置いた魔物の死体斬らないで!
「あっ!、すまぬ、せっかくきれいな魔物の死体が…」
反省したらあっちいってやってくれませんか…、なんて言えないので魔物を取り出して置いたしゃがみ姿勢でメルさんを見て、
- メルさん、少し落ち着きましょうよ…。
と言うに留めておく。
「そ、そうですね…」
なんか耳まで赤いんだけど…、ああ、恥ずかしがってるのか。それならいいけど。
「そこのひと!、持って行くなら端からにしてくださいデス!、そんなにがっつかなくてもまだまだたくさんあるのデス!」
わ、あっちで黒くなってるよ!、大丈夫かな…?
一応少し離れてついてきてる兵士さんが魔物の種類と数を記録していってくれてるし、それぞれの作業場へ持って行っても大丈夫なんだけども。
ああ、リンちゃんについてる兵士さんが説明してるか。
でもなんか機嫌悪いなーリンちゃん。ごめんね、面倒なことさせちゃって。あとで何か埋め合わせしないとなー…。
ふー、なんか倒して回収してたときより、並べてるだけのほうが時間がかかった気がする。
最初のうちは笑顔だった付いてきてる兵士さんや、周囲で見守ってるのかな、野次馬?、じゃないよな、解体とかするために待機してるんだよな?、そういう人たちの顔色がさ、数並べてるうちにどんどん悪くなってきてたしさ…。
まぁ、魔物とはいえ死体をこんなにずらっと並べたら気分悪くなるよね。俺も気分よくないし。何か汁とか垂れてたりしてて臭いし。
とにかく全部並べたり積んだりして、あとは兵士さんたちが走り回ってるのに任せてきた。
え?、数?、最初は並べながら俺も数えてたけど、50ぐらいから数えるのやめたよ。
いいじゃん、ちゃんと兵士さんがメモってるでしょ。
今回は冒険者ギルドと違って、金になるわけでもないし、どうでもいいよ。
そんで小屋に戻って風呂を準備…、してるんだけどさ。
メルさんいつまでついてくんの?
●○●○●○●
こんな即席作成の小屋にも足を伸ばしてゆったりと寛げるぐらいの風呂がある。実に贅沢な話だが、もうこれが当たり前になっちゃってるんだよね。でも1人用だ。
誰が何と言おうがリンちゃんが黒くなろうが、1人用。俺が使うときは断固として1人用なのだ。
だから順番に入るということで、やっぱり俺が最初だった。
気持ち的にはリンちゃんに先に入ってもらいたかったんだけど『タケルさまより先に入るわけにはいきませんから』と言われた。
最前線当番のはずのメルさんもなぜかまだ居て、『先に入るなんて恐れ多いです!』って首と手を振りまくってたので仕方なく俺が折れた。
それで洗い終えて湯船に浸かってて、ふと、この首飾りが水を弾いているというのが気になり、魔力感知で耳をすませるように観察してみると、なかなか特徴的な魔力操作をしていることがわかった。
そこで、場所がお風呂ということもあって、試してみることにしたわけだ。
結果、お風呂の湯の上にマッパで座っている俺。
御機嫌斜めで拗ねているウィノアさん。
ウィノアさんの首飾りがそれ自体の魔法とで競合し合って解除できなくなってしまったのだ。解除しようにも俺の意思でうまく解除ができなくなってしまったようで、そこで首飾りを外そうとしたところ、これまた外せずに困っていたら、お声がかかった。
ならば、と、相談したところ、『水に関することでしたら事前に相談してくださればよろしいのに…』と言われ、首飾りは複雑に魔法が編まれているのでこうしっかりと絡まってしまうと解除に手間がかかる、と。
ウィノアさん曰く、首飾りのほんの一部の魔法だけを俺が模倣したために、弾くどころか、極端に水を嫌っていると言える状態になっているのだそうで、それで機嫌が悪くなっているようだ。
そういった目的ならどうのこうの、魔力をこういう風に編んでどうのこうの、水が無ければ人種は生きて行けないのにどうのこうの、長い歴史でこんなに人種に嫌われたことはどうのこうの……、昔は水神と崇められたこともなんやかんや……、この私がこれだけ……、タケル様はつれないお人なんやかんや……こんな魔法をこんな量の魔力で……、そりゃ強制的に励起してこうなりますよどうのこうの、普通のヒト種なら即死ですよ全く……。などなど。
水に入れない状態を解除してもらうのにこうして素っ裸で待っている、ちょっと情けない姿の俺。
でもウィノアさんと風呂一緒なのはもう今更だしなぁ…。
とにかくそれでウィノアさんの分体さんが向こうを向いていらっしゃるのを宥めていたんだが、すすすと近寄ってこられて、手をとられ、ウィノアさんを後ろから抱きしめているような格好になって、御機嫌をとっている、いや、ご機嫌をとらされている?、というところか。湯船の上で。
抱きしめている感触は実に幸せな、あ、いや、心地よい、うーん、正直に言おう、とても素晴らしいものなんだが…。
そろそろ1時間になるような…。
- あの、ウィノアさん?、そろそろ解除をですね…
『反省してませんね?』
- あ、いや、反省しましたから…、お願いします。
『本当に?』
- はい、もちろん。これからきちんと相談してからにします。
『今回のことは悪気があったわけではなさそうですので、このへんにしてあげます』
と言うとすぐ解除された。
湯の上に座ってたんだぜ?、それがいきなりだよ。どぼん!、と湯に落ちたよハハハ。
なぜか増えてた湯が溢れまくって洗い場にドバッシャーってなってたよ。
ウィノアさんくすくす笑ってたけど。
その直後、いつもより入浴時間が長かったからだろうか、脱衣所の扉が開いてリンちゃんが顔を覗かせ、
「タケルさま!?、今の音は!?」
「タケル殿!、大丈夫ですか!?」
「ど、どうして貴女まで来るデスか!?」
「わ、私だってタケル殿が心配で…」
何もメルさんまで来ることないよなぁ…。扉のとこから中を覗いて、黒いリンちゃんに注意されて顔青くしたり赤くしたりしてもじもじするならさ…。俺、湯船からでれねーじゃん。
「タケルさまにはあたしがついてるデス!、貴女はリビングに戻りなさいデスよ!」
「す、すみませんでしたリン様…」
「ふん、わかればいいのデス、タケルさま、何があったデスか!?」
さてはリンちゃんが来るタイミングを見計らってたな?、ウィノアさん。
- 大丈夫、ちょっと試したいことがあっただけ。
毎度思うんだけど風呂にウィノアさんが現れたり俺が何かしてたら、リンちゃんが感知できないはずはないんだよね…。
もしかして、いつもリンちゃんにばれないように隠蔽みたいな障壁張ってんのかな…。
次にウィノアさんが来たらそのへん魔力感知でしっかり見てみよう。
そんなことを考えながら無事をアピールする意味でも湯船から出て脱衣所に行く。
もちろん湯船の手すりのところにかけておいたタオルを腰に巻いてだよ?
エチケットだからね。一応。今更だけど。
「むっ、またタケルさまがいい香りになってるデス。お風呂で一体なにをなさってたデスか?」
- 水属性の魔法のことでちょっといろいろ試してたんだよ。
と言いながら頭を撫でる。あ、からだ拭くの手伝ってくれるのね。でももうちょっと離れてくれないかな…?
拭いてもらいながら、頭を撫でたり、ちょっと膨れてるほっぺたをむにむにしてたら機嫌が直ってきたようだ。よかった。
え?、リンちゃんのほっぺた?、うん、ぷにぷにでやわらかいよ?
「タケルさまはずるいです…。(あたしとはダメなのに水の精霊だけは構わないなんて…)」
- リンちゃん…。
リンちゃんだってわかってるはずなんだよ。
水の精霊なんだから水のあるところなら自由にでてこられるってことぐらいはさ。
それにそんなこと言われたら俺が困るってこともわかってるはずなんだよ。
あ!、そこは自分でやるからタオルとらないで!
そんなこんなで、水の上を走れるようになった。
いや、たぶん走れる…、かもしれない。練習すればね。きっと。
だって湯の上に座ってたときも思ったんだけど、何ていうのかな、ほら、遊園地にあったりする空気で膨らんでる中で子供が入って遊ぶやつあるじゃん?、あれみたいな感じ。
表面張力で1円玉を浮かせるようなさ、それのスゲーやつだと思ってくれていいと思う。
だから座ってるところがちょっとだけ凹む。そんで接地…じゃないか、接水?、まぁとにかく下はやわらかくて、風呂だったんでわかりにくいけど波の影響もちょっとある。
実際に海や池などで試してみたいけど、近くにないんだよね。
それでまぁ、もともと泳ぎはあまり達者じゃなかったので、これで溺れることもないだろうと思ったが、溺れたときにはこんな魔法を使うヒマも余裕もないだろう。
水に入る前に魔法を使うぐらいかな。あとは安全に泳いでいるときか。
でもどういうとき使えばいいのかな、これ。川でも渡るか?
ああ、自分で走らなくても帆を張るとか漕ぐとかすればいいじゃん。
まてまて、それ俺が船かよw
もういっその事、風魔法で滑るように進めば気持ちいいかも?
ああそっか、サーフボードみたいなやつごと魔法かけて…、ってそれ普通に小船やボードに乗るのと変わらないんじゃ……?
沈まないってだけいいか。なんかスゲー魔法の無駄な使い方のような気がしてきた…。
リビングに戻ると、メルさんが近寄ってきて、
「湯上りのタケル殿からはいつもいい香りがしますね……」
と、1歩半の距離で鼻をすんすんさせて顔を上気させてた。
何その微妙な距離…。
ウィノアさんのせいだってメルさんになら教えてもいいかもしれないな…。





